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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第38回 第四章・六
 男が眉をひそめ、俺は振り返る。フェンスの近くにいたのは、いつかのように、白いコートを着たマスミさんだった。その隣にはリューカも立っている。
 マスミさんの声で、俺は一気に緊張がほぐれるのを感じた。自然と溜息が漏れる。
「久しいの、刀月」
 マスミさんが男を見て言った。なんだか、険のある表情に、とても冷たい声だ。
「人の弟子をスカウトするのは、感心せんな」
 いつの間にか俺はマスミさんの弟子ということになっているらしい。だが、それについて否定の声を上げる余裕なんて、俺にはない。
「フン」
 と、鼻で嗤ってからトウゲツと呼ばれた男がマスミさんを見た。
「さすがに真正なる『型人(かたびと)』を私にとられるのは悔しいか? マスミ・ミロワールともあろう者が、さもしいことだな」
「言っておくが、アーヴィングは『カタビト』などではないぞ。れっきとした人間じゃ!」
「何を今さら。あなたが皇哲弥に奥義書を預け、哲弥がそれを使って、瀕死の少年を助けようとしたことは明白。もっとも、私もその確信を得たのはこの数ヶ月のことだがな」
「しばらく見ぬうちに、すっかりと妄想がたくましくなったの」
 言いながら、マスミさんは俺をかばうような位置に立つ。
「アーヴィング君、今の話の続きだ」
 と、マスミさんを無視して男は話を再開した。
「哲弥は奥義書の力を使い、君の体が消滅しないようにした。さらに離れ逝く魂の代わりに、君の疑似人格と記憶を『言凝』で作りだし、その体に定着させた。ただし、この疑似人格は本来の君のものではない。哲弥が捉えていた君の人格、いわば哲弥が望んでいた『皇アーヴィング』という人間のパーソナリティなのだ」
 今度はマスミさんは男の話を遮りはしなかった。ただ、黙って俺と男とを見ている。
「おそらく君の記憶には、欠落以外にも、どこか不都合なところがあるのではないか? 考え方が昔と極端に違っていたりはしないか? そんな不連続は、途中で君が君でなくなっているからなのだ」
 記憶の欠落。それは、失われたのではなく、初めからなかったとしたら、説明がつく。
『ダカラ、ソンナハナシヲマニウケルナ』
 頭だけじゃなく体中から、そんな声がする。いや、声というよりメッセージが浮かんでくるといった感じに近い。
 俺は頭を振った。雑念、妄想、惑乱。あらゆるものが俺の頭蓋内を支配しようとする。
 そんな俺を見てマスミさんが男に言った。
「どんな勘違いをしているか、わからんが、ここにいるのは紛うかたなき皇アーヴィングじゃ。皇哲弥とヴァージニアとの間に生まれた息子に間違いない」
 そして右手を振る。そこから光の帯が放たれる。その光は真っ直ぐ男を目指したが、男はそれを軽くはねのける。
「あなたらしくもない。この程度で私をどうにかできると……」
 言いかけると男は何かに気づいたように、近くの廃屋を見た。はねのけた光が、崩れかけの倉庫に命中するところだった。
「危ない!」
 悲鳴にも近い叫びで、マスミさんが俺とリューカを抱きかかえる。広げたコートはまるで鳥の翼のようだ。
 直後、轟音が響き渡る。土埃、砂塵、土塊、小石の雨。そんな言葉でしか言い表せないような雑多なものが降り注いでくる中、俺とリューカはマスミさんのコートに護られていた。土煙が収まった時、顔を上げて見ると男がこちらに背を向けているところだった。隣には、例の黒いコートの女もいた。
「刀月様、よろしいのですか?」
「ああ。まんまとしてやられた。これだけの騒ぎが起これば、衆目が集まる。今はまだ、マスミとの直接対決は避けねばならん。この場は引くぞ」
 そんな会話を交わして、二人は去っていった。
 俺が起きあがった時だった。
「マスミ、マスミ!」
 リューカの必死の声が耳に届いた。
「どうした!?」
 見ると、マスミさんは、額から血を流してぐったりしていた。
「マスミが起きないの!」
 リューカは半泣きになっている。
「マスミさん!?」
 俺はマスミさんを抱きかかえた。


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