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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第37回 第四章・五
「もう話がないんなら、俺は帰る。バイトがあるからな」
 本能という奴だろうか、この男と関わっちゃいけない、そんな気がバリバリするのだ。実はさっきまでは、男から話を聞きたいと思い、男がいることを期待さえしていたが、今はそれどころじゃない。一刻も早く、この男から離れたい。そんな強迫観念めいたものが俺の頭の中をグルグルまわっているのだ。
「なるほど。私如きの『言霊』による誘いでは、マスミの『言凝』には敵わぬ、ということか」
 そう言って男は目を閉じ、歪んだ笑いを浮かべる。何となく自虐めいている。
「いいだろう。アーヴィング君、君に教えてあげよう。君のことを」
 静かに男は言う。
 俺は自然のうちに緊張する。何故かは知らないが、とてつもなく重大なことを言われるような、そんな感じがするのだ。
 男はこちらの準備ができるより早く、語り始めた。
「君は、本当は『皇アーヴィング』ではない」
「……はあ?」
「君自身は『皇アーヴィング』であるとの意識を持たされているに過ぎん。いわば『偽物』なのだ」
 あまりといえば、あんまりの突拍子のなさに、俺はまともに相槌を打つことさえできない。
「あの事故で死者は三人いた。それは君の両親、そして君自身なのだ」
 男は断言した。わけがわからない。
「死者は二人だったって。それに俺はここにいるじゃないか」
「あの映像にあっただろう。手の施しようのない少年がいると。あれは君のことなのだ」
「だから俺はそこから回復して、ここにこうして生きているじゃないか!」
「全くの別物が、『皇アーヴィング』のふりをしてね」
 男の言葉は、まるで俺に冷水を浴びせかけるかのようだった。
『ソンナコトガアルワケナイ』
 どこか遠くで、そんな声がしたような、そんな気がした。
「いや、今の言い方は正鵠(せいこく)を得ているとは言い難い。より正確に言うなら、今の君は『皇アーヴィング』だった者の肉体に、『皇アーヴィング』を模した人格を定着させている。そういうことなのだ」
 話が難しい、理解できない、常識を逸脱している、世迷い言だ、戯言にもほどがある。
 そんな言葉ばかりが、頭の中を渦巻く。
「あの事故の話をしよう。六年前、ふとしたトラブルから、ここにあった花火工場は爆発事故を起こした。このそばに建っている廃屋同然の建物、そして倉庫は花火工場の所有だったものだ。というより、この辺りはその工場のものだった。その時の爆発のせいで、工場は燃えた。その時、君たち親子は爆発の近くにいたため、身を守ることもできず、熱波を受けた。そして」
 男は俺を見据える。
「命を落とした」
 短い言葉が、俺の胸を抉り、深く重く沈み込んだ。
「だが、君だけはかろうじて一命を取り留めた。病院へと搬送された君は、生命維持装置で命を繋ぐ、そういう状態だった。あの映像はそんな時期に撮影されたものだ。だが、その後、君は奇跡的な回復を見せた。医師の誰もが驚いたが、可能性のない話でもなかった」
 まるで見てきたように男が話す中、俺は身じろぎ一つできなかった。それは緊張のせいだ。そして掌には、いつの間にか汗が滲んできてさえいた。
「しかし、それには裏がある。実は、その時、君はすでに死んでいたのだ」
 数秒間、鼓動が止まったような息苦しさが俺を襲った。それはまるで外から心臓を鷲づかみにされて、むりやり拍動を止められたようだった。
「だが、君のご両親が最後に『ある術』を君に施していた。それ故、君の死後も肉体は腐敗することなく存在し、紛い物の人格を植え付けられるにいたったのだ。そして術が君の体に馴染んだ時、生命の歯車は回り始めた。それが、奇跡的な回復の正体だ」
「そんなの、嘘だ!」
 ようやく言ったその言葉は、震えていた。自分でも情けないと思うほど。
 男は俺を見下すような笑いを浮かべ、こちらに歩み寄ってきた。
「私なら、君の価値を活かしてやれる。君の、『言凝』の奥義書としての君の存在をね」
「耳を貸すな、アーヴィング!!」
 男の言葉を打ち消すように、凛とした声が響いた。


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