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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第32回 第三章・九
 海浜地区にある公園の一つに、マスミと真雄は来ていた。
 海を眺めながら、しかし二人の間にロマンティックな空気は微塵もなかった。
「率直に言うぞ。アーヴィングを『こちら側』へと呼ぶな!」
「これはまた単刀直入じゃの。普通は世間話から入って、うち解けてから……」
「茶化すな! とにかく、あいつは一人の人間として、男として生涯を全うするべきなんだ」
「保護者みたいな事を言う」
 鼻で嗤うように言ったマスミの言葉が気に喰わないのか、真雄はマスミへと詰め寄った。
「少なくとも、お前よりはあいつに関わってるぞ、俺は。それに、哲弥の遺志でもあるからな!」
 冷ややかに真雄を見て、マスミは言う。
「儂も関わっておるぞ。資産関係、税金関係、その他諸々の面倒なこと。すべて儂がやっておる」
「グッ……! だが、哲弥が望んでいるのは、普通の平凡な人生を歩ませることだ!」
「じゃが、アーヴィングの存在理由は、すでにそうではない。それを選ぶのは確かにアーヴィング自身かも知れんが、あいつの存在自体がすでにその意義を定義づけておる」
 不意に真雄がマスミの襟首を捻り上げた。吊り上げられる格好になって、マスミが爪先立ちになる。
「そうしたのは、お前だろうが!!」
 真雄が睨む。視線で相手の皮膚を貫き、その下にある痛覚神経をことごとく抉るような、そんな目だ。
「そうするしか、なかった。それは哲弥も、……アーヴィングの父も母も充分了承しておった」
 静かに、達観したようにマスミが言う。途端、動力の切れた重機のように真雄の腕から力が抜ける。そしてマスミから目を逸らす。彼女の言葉は、あるいは諦めの現れだったのかも知れぬ。
「わかってるさ、そんなことぐらい。だが、いや、だからこそ、奴には普通の人生を送らせてやりたいし、そうする権利があるはずなんだ。……和穂とお前との繋がりについても、アーヴィングには知らせないつもりだ。アーヴィングの周辺にいるのは、親戚と、父親の古い友人でいい。普通の人間なら、得体の知れない言凝使いなんて知り合いは、いない!」
 マスミから離れ、真雄は海を見る。
「……すまん。感情的になりすぎた」
「いや、かまわんぞ? 何十年か、いや、百年に一回くらいは、そういう取り乱す主(ぬし)を見ないと、落ち着かぬでな」
 かすかに笑みを浮かべ、着衣を直す。そしてマスミは海に背を向けて言った。
「己(おの)が手にしたものが、刃物であると知らず暮らすのと、それを知って暮らすのと、どちらがよりよい人生であるのか、主ならわかるであろう?」
 コートのポケットに手を突っ込み、マスミは歩き出し、一度だけ振り返った。真雄は振り返ることなく、ポケットに手を突っ込み、ただ黙って、海を見ていた。


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