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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第31回 第三章・八
 路地裏に、数人の男女がいる。
 老若男女さまざまだ。だが、共通点があった。
 皆、生気がない。否、そんな抽象的な概念を持ち出すまでもない。皆、一様に表情に乏しく、まるで脱力しているかのように、肩を落とし、膝を曲げたまま立っている。
「こういうのが、街の中を歩いていたの、マスミ?」
 リューカが首を傾げ、マスミを見る。
「そうじゃ。じゃが、普通の者の目には、これが普通の者とかわらぬように、見えるのじゃ。生気に満ち、背筋をしゃんと伸ばしたようにな」
「だから、普通の人にはわからないんだね、『カタビト』のことが」
 二人は今、路地裏にいる。彼女たちが「カタビト」と呼ぶ一団と同じ空間だ。ただ、マスミたちは大通りから「カタビト」たちを隔離するかのように立ち塞がっている。
「さて、と。リューカ、主の修業の成果を見せてみよ」
 頷き、リューカは大きく息を吸い込んだ。そして「謡い」始める。
 その響きは、東洋的でありながらどこかエキゾチックであった。歌詞は特にない。母音に時折混じる子音は、メロディのアクセントにこそなれど、意味ある単語とは言い難い。
 まさに先刻、マスミが謡っていた歌の如く、「音」の羅列である。だが、そこにいかなる力が働いたか、「カタビト」たちは次々に崩れていくのだ。
 そう、文字通り「崩れている」のである。
 砂のような粒子が輪郭を漂い、人としての形を無くし、ちりぢりになって宙を舞っていく。漂う粒子は、まるで何かの文字のように、そして記号のように見える。ほんの二分ほどで、そこにいた「カタビト」たちは消滅した。
「どうよ、マスミ?」
 謡い終え、腰を手に当ててリューカは胸を張る。しかし、マスミは硬い表情を浮かべる。その意味をリューカが尋ねようと口を開きかけた、その時だった。
「ひ、人殺しィィィィィ!」
 奇声が響いた。若い男の声だ。振り返ると、一人のサラリーマン風の男が路地の入り口で、こちらを見ながら、震えている。腰が抜けそうなのか、だらしなく肩を落とし、よろめいている。
「あ、やば!」
 リューカが口に手を当てる。
「やっぱり記憶を消しといた方がいいよねえ、マスミ?」
 マスミを見上げながらリューカが言った。その表情には困惑が、ありありと浮かんでいる。
「本当に、そう思うか?」
「え?」
「本当に、あの者の記憶を消すのが良いと思うのか?」
「だ、だって、普通の人には秘密にしておいた方がいいんだよね、『カタビト』のことは?」
 言う間に男は向きを変え、よろけながら大通りの方へと歩き出した。リューカが「あっ」と声を上げた時だった。矢のように飛んできた金色の光が、男の胸を貫いたのだ。
 一瞬ののち、男は身もだえし、崩れていった。「カタビト」たちと同じように。そして粒子となって消えていった。
「今のも『カタビト』だ。それぐらい見抜けるようになれよ」
 そんな事を言いながら路地に入ってくる一人の影。それは。
「真雄さん!」
 リューカの声に応えるように、入ってきた男が手を挙げる。
「まあったく、気をつけろよ、リューカ。お前がマスミから教わってるのは、ただの『言霊』じゃねえ。それを超えた『言凝(げんご)』なんだからな」
 真雄は、サラリーマン風の「カタビト」を貫いた金色の矢を、アスファルトから抜き取る。それは五鈷杵と呼ばれる法具のようだった。ただ、片端の中央にある突起が、長く伸び全体のシルエットが剣のようになっている。それを手にし、何事かを小さく唱えると、中央の突起が縮み、五鈷杵へと変わる。
 それをジャケットの内ポケットにしまいながら、真雄が言った。
「とりあえず、路地の外側には影響は出てない。俺がサポートに来るまでもなかったな。腕を上げたじゃねえか、リューカ。……が、内側は少々影響受けてるみたいだな。マスミが言うところの『巻き添え』って奴だ」
 真雄の視線を追うリューカは、建物の表面、その高さ二メートルほどの位置にある、一部分だけが、妙にざらついているのを見つけた。まるでヤスリで削ったみたいだ。
「うわっちゃあ。これって、もしかして」
 リューカは恐る恐る、上目遣いでマスミを見上げる。溜息混じりにマスミはリューカの頭を撫でる。
「まあ、だいぶ上達した方じゃ。最初の頃など、廃墟となっていた屋敷をまるまる崩してしまったのじゃからな。それから較べれば、うん、うまくなったの」
 そして微笑んでリューカを見る。
「えへへ」
 照れくさそうに、リューカは頬を掻く。
「じゃが! 『カタビト』以外に干渉しておるということは、言凝の選別と並びを間違えたということ! さらなる研鑽が必要じゃ」
「あう」
 小さく悲鳴を上げ、リューカはうなだれた。
 二人の話が一段落したところで、真雄がマスミに近寄り、小声で話しかけた。
「マスミ、お前、アーヴィングを弟子にとろうとしたそうだな」
「……それが?」
「ちょっと話がある。顔貸せ」
 頷くと、マスミはリューカに先に帰るように指示した。
 そして二人は路地から大通りへと出て行った。


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