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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第27回 第三章・四
 バイトが終わり、帰路についたのが、午後七時四十五分だった。
 最寄りのバス停に向かって歩いていると、途中にある公園の前に一人の男が立っている。防犯灯に照らされるその姿は、四十代前半というところだろうか。きちんとセットして艶のある髪に精悍な顔つき、そして黒いコートを着ている。何となくアクション映画に出てくる、マフィアのボスみたいだ。
 男は俺の方を、いや、俺を見ているようだ。直感的に俺の頭に閃くものがあった。土曜日、幻心のあとに現れた黒いコートの女だ。あの時と同じ「何か」を感じる。俺が身構えると同時に男が言った。
「皇アーヴィング君だね?」
 俺と男の距離は七、八メートルぐらいだろうか。周囲が静かなせいか、重低音の男の声は張り上げているわけでもないのに、よく聞こえる。
 俺が否定も肯定もしないでいると、男がいきなり質問をぶつけてきた。
「君は自分の父親がどういうことをしていたか、知っているのかね?」
 何の事を言っているのかわからない。いや、正しくは「なんでこんなことを聞くのかわからない」だ。確か、和穂さんから聞いた話では、俺の父は「佐久野(さくの)出版」という雑誌社に勤めていたが、祖父母が病気で相次いで亡くなったのを機に退職し、旅館業の傍らフリーのジャーナリストをしていたらしい。それで結局、旅館業を廃業し、ジャーナリストとして生計を立てていたという。
 とすると、あれか、ジャーナリストとしての親父に恨みでもあるのか?
 だが、予想に反して男は冷静だった。とても恨み言を言おうとしているようには見えない。もっとも、「静かな怒り」というやつかも知れないが
「出版社に勤め、退職後は旅館業に力を入れた。その傍らでフリーのジャーナリストとしても辣腕を振るった。そんなところだろう」
 一切の感情もなく、男はただ事実のみを告げる。まさにそんな口調だ。
「だが、それは上辺(うわべ)でしかなく、しかも歪曲された事実を含んでいることを、君は知っているかね?」
 男の口調に、かすかだが揶揄するような色が混ざった。
 俺は、やっぱり何も答えず、ただ黙って男を見た。いや、そうすることしかできなかった。少しずつだが、男から威圧感がにじみ出てきているのだ。気がつくと、俺はすっかり男の気に呑まれていた。
「それから君自身についてだ。君はどこまで自分について、知っているというのかね?」
 よくわからないことを言う。もしかしたら失われた俺の記憶について言っているのだろうか? だが、それは俺が十歳より前のことだ。そんな年齢の子どもに、どんな秘密があるというのか。
「君にいい物をやろう」
 そう言うと、男はコートの内側から封筒を取り出し、自分の足下に置いた。
「もし君が真実を知りたければ、中を見るがいい」
 そしてこうも言った。
「君にはマスミの加護が働いている。さすがに私でも手が出せぬ。だが、君の方から来るのであれば、別だ。待っているよ」
 最後にそう言って男は不敵な笑みを口許に浮かべると、俺に背を向けて去って行った。
 そして数秒後、俺は大きく息を吐いた。自分ではそれほどの自覚はなかったが、随分緊張していたのだろう。糸が切れたみたいに膝から脱力するのを感じた。
「今の、どう考えてもマスミさんの敵だよな。それに今の口ぶりだと、奴が幻心の依頼人ぽいな」
 俺は呼吸を整え、封筒のところまで歩いた。
「でけぇな。これって、コートの内ポケットに入るサイズなのか?」
 B5版サイズの封筒がそこにはあった。ただ、折り癖がついていたから、折ってポケットにねじ込んでいたんだろう。
「爆発物とか、入ってないよな?」
 用心しながら、俺は封筒の口を開く。
「レポート用紙に、これは。……DVD?」
 入っていたのは、折り畳んだ二枚のレポート用紙に、DVDロムの入ったケースだった。
「一応、マスミさんに相談するべきかなあ?」
 だが、好奇心に駆られる自分がいるのもまた、確かだった。
 結局、俺はその夜、午後十一時を回った頃、パソコンでDVDを再生した……。


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