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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第26回 第三章・三
 あの料理を俺に披露しているから、そんなにサプライズでもないと思うけど。
「そうね。確かにそうだわ。考えてみたら小学校の頃から、修業していたのは確かね」
「小学校の頃から、ですか」
「うん。まあ、あれを修業と呼ぶのなら、だけど」
 微妙な言い回しだ。ここは、聞かない方がよさそうだ。空気が硬いのが感じられる。でも、そんな空気を払拭するように微笑んで、未来さんは続けた。
「私の家ってね、ちょっと複雑だったの。だから、小学校の頃から一流料理人だった父のもとで、いろいろと料理をやらされたわ」
「複雑?」
 呟いてから、「しまった」と思った。他人の俺が聞くべきことじゃない。でも、未来さんは変わらぬ笑みで言った。まるで何でもない世間話のように。
「私の母って、いわゆる妾なの。だから私は、俗に言う『妾腹』ってわけ。ただ、ここからがちょっとややこしいのね。普通の妾と違うから。父は歴史ある料理屋の息子で、格式のある家だったから、跡継ぎだとか、そういった問題があったらしいの。そして父の本当の奥さんには、子どもはいなかった。あとで聞いたんだけど、子どもができない体だったらしいの」
 本当に、何でもない茶飲み話のように、未来さんは話を続ける。
「それで、母は比較的強い立場だったらしいわ。子どものできない父の奥さんは正妻でありながら、肩身の狭い思いをしていたみたい。それで母は天狗になってしまった。ところが、私が小学校に上がってすぐの頃かな。もう一人お妾さんが現れたのね。しかもそちらの子どもは男の子だった。あっという間だったわ、母の立場が急落したのは」
 古い家だから、男子の跡継ぎの方が重宝される。そういうことだろうか。実際にそんなことがあるのか、にわかには信じられないが、そんな信じられないことが「旧家」というところでは往々にしてあるということなのだろう。
「そしてその頃、母は、体をこわしてしまった。これもあとで知ったんだけど、母は、末期のガンだったの。大酒呑みだったからね、覿面(てきめん)で肝臓がやられてたわ。そして母の死後、私に、父の正妻によるいじめが始まった。他の妾に男子がいたことから結局彼女の立場は変わらなかったみたいで、その分の鬱憤が私に来たのね。もちろんそれまでの経緯もあるし。そのうち、父も私の味方をしてくれなくなって、下働きをさせられるようになって。その流れから、料亭の雑用もするようになったの」
 多分、母を亡くした彼女には頼れる身内というものがなかったのだろう。父という人も、跡継ぎとなる男子が現れたことで未来さんに対する興味を無くしていったに違いない。
「でもね、なんとか頑張ってみるものだわ。例の男子と正妻との間に養子縁組がまとまって、正妻の機嫌はよくなったし、私も文句も言わずに頑張ったおかげでいろんな人から助けてもらって、父にも認められて料理の手伝いをさせてもらうようになったの。それが小学校の五年の時」
 彼女から感じるパワフルさというのは、こういう芯の強さからにじみ出てくるものに違いない。
「俺には、とても真似できないです」
 お世辞でも何でもなく、心底俺はそう思った。こういう人生を歩んできた人の持つ「強さ」というものは、俺にはない。
「ウフフ。ありがと」
 未来さんは明るい笑みでそう答える。
「今はいろいろあってマスミ様のところでお世話になってるけど、いつか世界でも通用するようなシェフになって、自分だけのお城を持つのが私の夢なの」
「なれますよ、未来さんなら。きっと!」
 本心からそう思う。
「ありがとう。アーヴィング君も頑張ってね」
 お互いにエールを送り合う。そして、彼女は、ふと思いついたように言った。
「もし二つ隣の県の豊瑞穂(とよみずほ)市に行くことがあったら……」
 豊瑞穂市といえば、ここから新幹線で行っても四十分近くかかる。そしてそこに未来さんが少女時代を過ごした料理屋があるという。よかったら行ってみてくれと言われ、その名前を聞いて、俺は驚いた。老舗であり、テレビでも紹介されたこともある一流料亭だ。
「無理ですよ、そんな高級料亭!」
 俺は手を振って苦笑いするしかなかった。


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