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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第23回 第二章・十三
 なんだろう、なんか、直接頭に響くような声だ。多分、言霊だな。でも、リューカのものとは根本的に違う。あいつのは、喩えれば本当に程度の低い催眠術に掛かっているような感じ。でも、マスミさんのこれは違う。本当にそうしないといけない気になってくる。この言葉は幻心に向けられたものに間違いないけど、それを耳にしただけの俺でさえ、マスミさんの言う通りにしないといけない気になってくるから不思議だ。だから直接、言葉を向けられた幻心は、本気でそう思ってるんじゃないだろうか。
 案の定、幻心は立ち上がり、うなだれた。
「わかりました。諦めます」
 あっさり諦めすぎだ。土下座までしておいて、これはいくらなんでも極端すぎないか?。
 でも、これこそがマスミさんの言霊の力なんだろう。それこそ、意志を持たぬ呪符のような無機物でさえ、地に落とすほどの。
「お騒がせしました」
 そう言って、マスミさんに一礼すると、幻心は最後に俺を見た。
「じゃあな、小僧。もし何か困ったことがあったら、俺を訪ねて来いよ。俺の咒術で、特別に何とかしてやるからよ」
「行かねえよ」
 確かに気のいい兄ちゃんのようだし、マスミさんはああ言ったが、コイツは間違いなく悪人だ。「依頼された」ということで、人を誘拐しようとしたのだから。言い換えれば、金さえ積まれれば、何でもするということだ。そんなヤツを信用しろというのは、無理な話だろう。
 俺の返事をどう受け取ったか、幻心はVサインを出し、ついでに大きなクシャミをして校舎の中に戻っていった。
 くどいようだが、パンツ一丁だぞ、あいつ。いきなり町中にでも出ようもんなら、えらい騒ぎになる。
 俺がそんなことを呟いたのを聞いた、マスミさんが言った。いつの間にか俺のすぐ側に立っている。
「幻心が言ったかも知れんが、幻創空間はどこにいても創ることができる。じゃから、自室に『出口』を繋げば、なんら問題はあるまい」
「ああ、なるほど。それならお巡りさんのお世話にならなくてもいいか」
「ところで」
 と、マスミさんが俺を見た。微笑んでいるんだけど、何となく落ち着かない。まるで獲物を狙うネコ科の猛獣に、睨め回されているように感じるのは、何故だろう?
「お主、リューカの言霊がまるで効かなかったそうじゃな?」
「え? ああ、多分、そうだと思いますけど」
「それに、穏形の呪符も効果がなかったとか」
「……多分」
 断言できるほど自信がない。リューカの言霊は、彼女が未熟だっただけかも知れないし、呪符にしても効果を発揮するのに、何らかの条件が必要で、あの時の俺はその条件から、たまたまはずれていただけかも知れない。
「なるほど」
 なのにマスミさんは、何かを納得したように何度も頷いている。そして唐突に言ったのだ。
「アーヴィング、お主、儂の弟子になれ」
「……はいぃぃぃぃぃ?」
 我が耳を疑った。
 今、彼女は何を言ったのか。
「お主には素質がある。磨けば、かなりのものになるぞ」
 嬉しそうに、本当に嬉しそうにマスミさんは言ってのける。
「あ、あの、さっきは弟子はとらない、て」
「相手によりけりじゃ。素質のある者なら、いつでも儂は弟子にとるつもりでおるぞ」
 鼻歌でも口ずさむかのように、彼女は答えた。それはつまり、幻心に素質はないということか。なんか、この人がよくわからない。
「どうじゃ、悪い話ではないと思うが?」
 マスミさんが小首を傾げるようにして俺に語りかける。髪がサラリと流れて、蠱惑的な瞳が俺を見る。「小悪魔的」なんて表現があるけど、こういうのをいうんだろうか?
 顔面が熱くなって火を噴き出しそうだ。
 俺は慌てて彼女から目を逸らし、ばれないように深呼吸を二度三度とする。
「どうした、具合でも悪いのか?」
 そんな俺の顔を、マスミさんがのぞき込んできた。
 不意打ちだ。
 初めて会った時に、彼女は絶世の美女だな、ぐらいには思ったけど、それ以上の感慨はなかった。でも、こうして間近で、ちょっと吊り目気味だけど大きな瞳が俺を見ているのを意識すると、心臓のバクバクが止まらない。
「ン? 顔が赤いではないか。熱でもあるのか?」
 そんなことを言いながら、マスミさんはこともあろうに、俺と自分のおでこを合わせる。
 演技だろうか、素(す)だろうか、なんて深く考える余裕はない。
「ああああ、大丈夫ッス! 平熱ですから! 子どもは平熱が高いんスから!」
 飛び退いて、思わずあまり頭のよくないことを口走ってしまう俺。そしてその瞬間、「答え」は決まっていた。
「え、と、申し訳ありませんけど。俺、弟子とか、言霊とか、そういうの向いてないです」
 マスミさんが哀しそうな表情になった。なんだか、申し訳ないというより、ものすごく悪いことをしているような気になってくる。心の中は罪悪感でいっぱいだ。
 でも、これははっきりとさせないといけない。彼女の顔を見ているだけで、どうにかなりそうな自分を抑え、俺はきっぱりと答えた。
「今の俺は普通に生活するので、精一杯なんです。それに言霊の修業なんてハードなことが、俺に勤まるとは思えません。申し訳ないんですが、弟子入りの件はお断りさせていただくということで」
 マスミさんは、右の人差し指を顎に当てながら、上目遣いで物欲しそうに俺を見ている。演技じゃないとしたら、いや、演技だとしても、ものすごい破壊力だ。やっぱり俺も男だから、こういうのには弱い。でも!
「すみません!」
 俺は姿勢を正して、腰を九十度以上に折った。さっき幻心のことを、どちらかというと冷ややかな目で見たけど、悪いことしたな。実際に自分がやってみると、その時の心境というものがよくわかる。
 マスミさんは不意に息を漏らすと、笑顔になった。
「主がそこまで言うなら、仕方ない」
 極上の笑みだった。

 余談。
 その夜、真雄さんに、マスミさんから弟子入りを持ちかけられた話をしたら、血相を変えて隣に乗り込もうとしてた。
 どうやら、真雄さんの前ではマスミさん関係の話は鬼門のようだ。


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