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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第20回 第二章・十
 俺は曲がり角を曲がる。ここを真っ直ぐ行くと、正面玄関があるはずだ。だが。
「よう。遅かったな」
 そこは購買部となっていた。
「言い忘れたが、中のレイアウトは自由自在なんだ。だから、四階の上に一階を持ってくることも出来る。この瞬間にもな」
 販売用のカウンターに腰掛けてそう言う幻心の背後には、本来なら地下倉庫への、下り階段がある。そして銀色に輝く金属板を手に幻心は笑いを浮かべていた。勝利を確信したような笑いだ。
「痛くしねえから、そんなに心配そうな顔をすんな。依頼人からは、お前を『無傷』で連れて来いって言われてるんだからよ、俺も荒っぽいことをするつもりはねえ」
「な、何だよ、その『依頼人』って? どこの誰が、俺に用があるっていうんだ?」
「そいつは言えねえなあ。守秘義務っつーのがあるし」
 俺は再び後じさる。すぐに窓ガラスに背が当たった。左右を見ると、廊下が真っ直ぐ伸びている。このまま、また走って逃げることも考えたが、ここが奴の思うがままの空間だというならそれは徒労だ。
 まさに絶体絶命、というヤツだ。一般市民の俺に、もはや何かをどうこうすることはできない。諦めの境地に至った時だ。
『聞こえるか、アーヴィング?』
 突然、声がした。頭の中と耳許、両方からしているような、不思議な感じの声だ。
「誰?」
 思わず呟いて周囲を見回す俺を、幻心が訝しげな表情で見た。
「何だ、独り言か」
 幻心はそんな風に納得している。ということは俺にだけ聞こえてるのか?
『今、お主の背に窓ガラスがあるだろう? それを割って外に出ろ。あとのことは心配するな』
 声は続く。そして何やら俺に指示している。
『案ずることはない。そのガラスはお前を傷つけることなどない。それに幻心の奴は、割れないという自信を持っておるようじゃが、割れるように儂が創り変えておいた』
 この声、口調。どうやらマスミさんのようだ。テレパシーというやつだろうか? それに気づくと何となく気が楽になった。
 マスミさんなら、信じても大丈夫。
 根拠はないけど、そんな風に思った俺は、気合いとともに両方の肘を背後のガラスに叩きつけた。
「無駄なことを」
 幻心は鼻で嗤う。だが一瞬の後、小気味のいい音を立ててガラスが砕け散った。
「何ッ、割れるはずが……!?」
 狼狽する幻心の声を聞きながら、俺は振り返りざま、外へ飛び出した。
「ま、待て! そこは創ってないんだ!! 無茶はするな!!」
 あわてふためいたような幻心の声を背にし、俺は地面に転がった。そこは……。
「あれ? ここは」
 体育館だった。一方の幻心も、唖然としていた。
「何だあ、こりゃあ?」
 なんて呟いている。
「また会ったのう、幻心とやら」
 館内にハスキーな声が凛と響いた。
「お前、どうして!?」
 十五メートルほど先にいる声の主を見た幻心は、そう言ったきり絶句してしまった。
「お主、なかなかの術者と見える。これだけの幻創空間を創ってみせるのだからの。じゃが、まだまだじゃ。いかにもここに幻創空間があるかのように、空間に歪みを残しておる。まあ、歪みがあろうがなかろうが、儂にとって、ここを見つけるのは造作もないがの。ついでに言うと、『この場』は儂が創ったものじゃ」
 俺は、バスケットゴールの下に立っているマスミさんの傍に駆け寄った。情けない話だけど、とりあえずここなら安全だ。
「アーヴィング、無事で何よりじゃ」
 とてつもなく頼もしい声で頼もしいことを言ってくれるマスミさんを見て、俺はまた胸が高鳴った。
「そう、何度もやられるかよ!」
 窓から飛び出してきた幻心が、呪符を投げつけてくる。
「『落ちよ』」
 ただ一言。本当にマスミさんは一言言っただけなのに、その札はまるで浮力を無くした木の板のように、力なく落下した。
「今日は、言霊の違う使い方を見せてやろう」
 そう言うと、マスミさんは右腕を前に突き出し、まるで剣のように構えた。そして静かに言った。
「『吾(あ)が腕(かいな)は剣(つるぎ)。禍津(まがつ)を断ち切る都牟刈太刀(つむかりのたち)』」
 それは静かに、まるで詩を詠ずるように、彼女の口から紡ぎ出された。その次の瞬間!
 まるでSF映画のようにマスミさんの右腕が光り……。いや、光る、なんてもんじゃない、光が彼女の腕から迸っている感じだ。その光は青白くあたりを照らし渡る。
 幻心も、目を丸くして仰天している。その様がおかしかったのか、マスミさんは少しだけ笑い声を立てると、そのまま、幻心に向かって踏み込んだ。


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