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作品名:言凝、幸わう星 作者:ジン 竜珠

第11回 第二章・一
 葦原中津(あしわらなかつ)市でも指折りのホテル……新市街にある「ホテル・アトラス」の最上階には、一泊百三十万円というロイヤルスイートがある。部屋の明かりを間接照明にしたその窓から、天鵞絨(ビロウド)の上に宝石の粒をぶちまけたような夜景を臨みながら、一人の男が女と話をしている。男の年齢は三十代後半といったところ。襟足を長く、きちんとセットした髪は艶に満ち、手入れが行き届いていることを感じさせる。顔つきは精悍だが、油断のない鋭さは蛇を思わせる。
 着ているのはブランド物のスーツだが、それが嫌味ではなく、むしろそういう服を着ていない方が不自然に思えるようなオーラをまとっていた。
 一緒にいる女は、この男に信頼を寄せていた。それは、思慕であり恋慕であり服従である。もしかすると、信仰でさえあったかもしれない。
「そうか、マスミが帰ってきているのか」
 女からの報告を受け、男は言った。
「刀月様」
 と、女は言った。「刀月」と呼ばれた男が振り向く。夜景を映していたのと同じ瞳が女を映す。
 はたして、自分はあの瞳にどのように映っているのだろうか。あの夜景のように、きらびやかに映っているのだろうか。
 今、こうして男と同じ部屋にいて、そしてベッドさえともにするが、それはこの男にとって気紛れでしかないかも知れない。本来、男が求めているのは、自分ではないのであり、換言すればいくらでも自分の代わりはいるのだ。
 いつ自分が用済みになるか。そう思うと、女はいいようのない、そして払拭しきれぬ不安に襲われるのだ。
「マスミが戻ってきている以上、何らかの策を講じませんと。直接対決は控えた方がよろしいと愚考いたします」
「咲弥(さくや)」
 と、女の言葉に刀月は応えた。
 咲弥と呼ばれた女は、神妙な面持ちで次の言葉を待つ。
「もしかすると奴は我らを監視し、その動きに先んじてこの国に舞い戻ったのかも知れん。あるいは、そうなるよう、我らの方が動かされたのかも知れぬな」
「刀月様!」
 思わず声が大きくなった。女は慌てて口を押さえ、非礼を詫びた。
「申し訳ございません。ですが、いかな女怪といえど、そこまでできるものでしょうか? 我らの足跡をたどり、その先を行くなど、不可能なことです!」
 そうだ、自分たちは幾重にも呪術的手段を張り巡らし、身を潜めていた。これを探知することなど、できるはずがない。だいたい、これまで、さんざんあちこちを歩かされているのだ。この上、操られて日本に帰ってきたなど、考えるだけでも気が滅入るというもの。
「咲弥、お前はあの女を甘く見ている。お前も薄々は感づいているであろう? そう、あの女は長い間、その容姿が変わっていない」
「ですが、それは美容や健康に気を配れば……」
「私は十年間、奴の元にいた。写真を見る限りではもっと前からだ、まったく変わっていないのは。変わらず、若く、美しい」
 刀月は静かに言った。
「そう、奴はすでに『不老』の境地に達しているか、近いところにいる。それだけではない。奴の『言霊』は、本当に大地を動かす」
「ですが刀月様」
 と、咲弥は声を絞り出す。精一杯だった。
「今の刀月様も、世界を動かすほどの『力』をお持ちのはず!」
「レベルが、いや、『質』が違うのだ。私が動かせるのは、せいぜい人を介した『世界』。だが、あの女は、何の喩えでもなく『世界』そのものを動かしてみせるだろう」
 そう語る刀月の表情は、どこか陶然としている。
 咲弥はただ唇を噛みしめるだけだった。刀月がマスミを高く評価しているだけならまだしも、心酔しているかのような表現を使うのが耐えられない。だが、それでも、と咲弥は口を開く。
「それでも、刀月様はマスミを超えます」
「ああ。ありがとう」
 刀月はそう答えながら目を閉じ、口元を歪めるように微笑んだ。
 その笑みが咲弥を哀しくさせる。これは自虐の笑みなのだ。
 自分の言うことなど、刀月にとって心の支えにさえならぬと言わんばかりの声なき声なのだ。その現実が、咲弥を置き去りにする。
「だが、勘違いするな、咲弥」
 と、刀月が咲弥を真っ直ぐ見据えた。強い意志を光に変えて。まるで胸を貫かんばかりの視線に、咲弥は高鳴りを覚える。
 刀月は窓外を見やる。
「この夜景を見ろ。無秩序に光がばらまかれている。私なら、こうはしない。無秩序に見えながらも秩序のある光。それこそが私のするべきことなのだ。そして私は、必ずそれを達成する!」
「できます。刀月様なら」
 熱い声で、咲弥は答えた。
 刀月が歩み寄る。
 二人の唇が重なった。
 熱く、そして酔うほどに。


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