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作品名:冒険者は踊る 作者:十羽ふみ

第6回 妖精は暗闇に迷う
 掴まるところもない、恐ろしく長い急勾配を滑り落ちていく。

 右に左に蛇行する度、俺の胃袋が悲鳴を上げる……俺自身も何か叫んでいた気がするけど。

 最終的に俺たちは、どこかわからない暗闇に「ぺっ、」という感じで放り出された。

 どさどさどさと投げ出され、しばらく動けない。埃っぽい地面に這いつくばりながら、この世に床があることを感謝する俺である。

 「大丈夫かネイト。それにロロ」

 当然のように立ち上がって埃を払うと、ティノアは俺に向かって手を差し出す。強い。俺なんかとは基本的に作りが違いますよ。
 ロロも呻きながら起き上がると、口の中の砂を吐き出した。
 
 「ニャァアア!? もう、ほんっとに何なのニャー!? 騎士に脅されるわ、お宝はあったと思ったら無いわ、おまけに変な罠に引っかかるわで、もーいやニャー!!」

 うわあ。並べると立派な厄日だな……。
 尚も泣き叫びそうなロロの口を、ティノアが素早く手で塞いだ。
 「……シッ。静かに」

 ギョッとして、俺もロロも口を噤む。ティノアは何かに聞き耳を立てていたが、やがてゆっくりと手を離した。

 「……気のせいか。誰かの啜り泣く声が聞こえたような気がしたが」
 「ちょっ、ちょっと。怖いこと言わないでニャ……!」

 ロロが神経質に耳を伏せて辺りを見回す。俺もキョロキョロと首を巡らせてみたが、あまりにも暗くてよく見えない。敵の気配が無いのが救いだ。

 わかっているのは、ここが壁と鉄格子に囲まれた部屋だということ。
 ……いや、部屋じゃない。これは牢屋だ。あの罠はどうやら泥棒を檻に入れるための、大がかりな装置だったらしい。無駄が多い作りのような気がするが、こうやって引っかかる奴もいるということは、案外優秀な装置なのかもしれない。自分で言ってて悲しくなる。

 上を見上げると、天井に巨大な穴が開いていた。ここから落ちてきたみたいだが、手が届かないほど高い上に、這い上ることすらできない急勾配だ。ラギを呼んでみたけれど、思った通り返事は無い。

 鉄格子越しに奥を覗くと、目が慣れてくるに従って、ぼんやりと廊下らしい部分が見えてくる。
 というか、壁がうっすら光っている……?

 目を擦ってみるが、光は消えない。それどころか、あちこちで白く何かが発光しているように見える。
 驚く俺に、ロロが壁を指さした。

 「あれ、ハッコウリンダケニャ! 暗いところでぼんやり光る、貴重なキノコニャよ!」
 「キノコ? っていうか、苔にしか見えないけど……」
 「実はちっちゃなキノコの集合体なのニャ。最近見つかった新種らしくて、アタシもこんなにたくさん生えてるところは初めて見たニャア……」

 ロロが感心したように言うところを見ると、あまり見かけないキノコらしい。
 うーん、俺は『サハギン』は知っているけど『ハッコウリンダケ』は知らない……ってことなのか。でも新種ってことは、記憶を失う前の俺が知らなかったってこともありうる。手がかりとしてはちょっと心もとない。

 物思いに耽っていた俺の真後ろで、ガキャッ! という嫌な音が鳴り響いた。
 振り返ると、丁度鉄格子の一部分が、ティノアの蹴りによって倒されるところだった。
 長年放置されていたらしい鉄格子は劣化していたようだ。それでも並大抵の蹴りで倒されることはないだろうけど……この場にティノアがいてよかった。

 「とりあえず開いたぞ。上に戻る道を探そう」

 頼もしすぎるお言葉に、俺とロロはただ頷くばかりだった。


***** 


 牢屋から出た先は、薄暗い廊下が延々続いていた。石組みの壁に装飾は無く、出入り口付近とは雰囲気が違う。
 俺達はハッコウリンダケの淡い光を頼りに、通路を進んだ。

 「というか……この遺跡、こんなに奥深い場所があるんだな。知らなかった」
 「本当ニャ。盗賊仲間も、ここにはもうお宝なんて無いって言ってたニャ。まぁアタシは信じなかったから、ちょっと覗きにきたんだけどニャァ」
 盗る気満々だったような感じだったけど……まぁ実際盗んだわけじゃないからいいか。
 
 通路は迷路のように入り組んでいて、さっき通ったところをもう一度通ったような感覚に陥る。ぐるぐると同じところを回っているような気分だ。
 しかしロロの夜目が効くおかげで、本格的に迷うことはなかった。更に目印として、ハッコウリンダケを矢印の形に毟《むし》り取ってきたから、俺でも来た道がわかる。
 ……こんな暗い遺跡の奥でひっそりと生きていたキノコ達にとっては迷惑な話だ。
 
 黙々と通路を歩いていると、再びティノアがシッ! と口に指を当てた。
 反射的に耳を澄ませる……が、やっぱり何も聞こえない。
 気のせいなんじゃないかと言いかけたその時、ロロが小さく叫んだ。
 「聞こえたニャ! ちっちゃい女の子が泣いてるニャ!!」

 やっぱりかと頷くティノアの横で、俺は一人青褪める。俺には聞こえないけれど、3人の内2人が聞こえているのなら、それは本当のことなんだろう。
 問題はその内容だ。
 『ちっちゃい女の子の啜り泣く声』って……ここ、遺跡の奥深くなんですけど。盗賊すらも来ない、前人未踏と言ってもいい場所なんですけど……。
 
 「なんで?」という顔をして立ち止まった俺たちは、互いに顔を見合わせる。

 「ゆ、ユーレイとかそっち系じゃないニャよね……?」
 「そ、そんなわけ無いじゃないか……」
 怖いこと言わないでくれよ。
 震えあがる俺たちとは正反対に、ティノアが再び歩きだす。俺たちも恐る恐る後に続いた。

 「ティ、ティノア……怖くないのか?」
 情けない俺の質問にも、ティノアは涼しげに応える。
 「どの道、敵意があるなら倒さなければ。泣き声で位置がわかるなら、そこへ赴いて調べるまでだ」
 完っ全に狩る側の理論だ。幽霊逃げて。
 と言うか、幽霊に体術って効くんだろうか……いや、彼女ならなんとかなってしまいそうだ。別の意味で怖い。

 薄暗い廊下を進むこと数分。
 ついに啜り泣く声は俺の耳にも届くようになっていた。声は時々小さくなったり、まったく聞こえなくなったりしたけれど、どうやら場所を移動しているわけでは無いらしい。

 俺たちは通路の両側に現れた扉を、一つ一つ慎重に開けていった。何かの詰め所だったのか、狭い部屋がいくつも並んでいる。
 幸いなことに鍵もかかっていなかった。魔物が潜んでいる気配も無い。だけど女の子の泣き声は、とても近い場所から聞こえてきていた。

 「この辺にいるみたいだな」
 ティノアの言葉に、俺とロロが頷く。
 しかし三つ目の扉を開けたところで、女の子の泣き声がぱたりと聞こえなくなった。
 室内にはぼろぼろになった本棚と机、あと水でも入れていたのか、壺がいくつか転がっているだけだ。声の近さから考えると、この部屋に泣き声の主がいるはずなんだけど……。

 首を巡らせていた俺は、ふと壺の近くが薄ら光っているのに気がついた。
 ハッコウリンダケの明かりかと思っていたけれど色合いが違う。

 壺にそっと近づいた俺は、息を飲んだ。

 「……くすん、くすん……誰、なの」

 蝶々の翅を持った小さな少女が、壺の中からこちらを伺っている。かき消えそうな声で問う少女に、俺は慌てて首を横に振った。

 「あ、えーと……驚かせてごめん。俺たちはただの新米冒険者で迷子で……なんて言えばいいか」
 しどろもどろに説明する俺を、手の平くらいの少女がじっと見つめる。背中に生えた蝶々の羽根が、ゆっくりと呼吸するように点滅していた。

 「ニャニャ、妖精ニャ!」
 ロロが俺の後ろで叫んだ。
 「よ、妖精?」
 「そうニャ! 人間が嫌いで、あんまり人前に姿を現さない種族なのニャ。西のほうにはたくさんいたらしいけどニャア」
 珍しいと連呼するロロに、少女の妖精は怯えた表情をする。

 「わ、私を捕まえるの……?」
 俺たちは互いに顔を見合わせて、一斉に首を横に振った。
 「いや。俺たち、ただの迷子だから」

 「おにーちゃん達も迷子なの?」
 「……おにーちゃん達『も』?」
 妖精がこっくりと頷いた。

 「うん。ナナも迷子なの」 


 *****


 「私の名前はナナイルフェトラウドっていうの」
 無邪気に告げられたその名前を、俺は一発で覚えることができなかった。そればかりか発音することすら無理だ。
 「なない……なな……」
 「みんな、私のことはナナって呼ぶの。だからおにーちゃんたちもナナって呼んでほしいの」
 そう言って、壺の縁に腰掛けた妖精の少女は笑う。俺はありがたくその申し出を受けることにした。

 妖精は長い緑髪を二つに分けて、毛先で緩く結んでいる。蝶の翅は髪の毛よりも一段薄い緑色で、ゆっくり明滅を繰り返している。
 どこからどう見てもワンピースを着た幼女にしか見えないが、本人は俺の手を広げたくらいの大きさだった。
 普通にいてもびっくりするが、こんな遺跡の奥深くにいるのは更に驚きだ。

 「それにしたって、どうしてこんなところで迷子になっているんだ?」
 ティノアも同じことを考えていたらしい。ナナは暗い表情で俯いた。

 「ナナ、人のいる場所まで行こうとしたの……ふぁうりんどって大きな国に行きたかったの。でも風に飛ばされちゃって、ここに入り込んじゃったの。外に通じる場所があったけど、風が強くて一人じゃ出れなかったの……」
 
 どうやら見た目通り、飛ぶ力はあまり強くないらしい。だから風に飛ばされて身動きがとれなくなっていたのか。

 「……ちょっと待てよ? ということは、ここから外に出れるのか?」
 「出れるの。でも危ない場所なの」

 良いことを聞いた。少々危なくても、俺たちにはその脱出路しか残されていないようだ。
 俺は驚かせないように、ゆっくりと手をナナの前へ差し出した。

 「良かったら、外に出れる場所まで案内してくれないか? 俺たちならそこから出られるかもしれない」
 「本当!? 嬉しいの!」

 かわいい。
 ……いかん、素でそう思ってしまった。名誉の為に言っておくが、俺はその手の変態じゃないぞ? 可愛いものを可愛いと思う、ただそれだけのことだ。うん。

 謎の葛藤を繰り広げている俺の隣で、ティノアが冷静に聞く。

 「危ない場所、というのはどういう場所だ?」
 「それは……行ってみたほうが早いの。案内するの」
 ナナの返答に、俺たちは一瞬顔を見合わせる。というのも、ナナが本当に味方である保証はどこにも無いからだ。
 だがこの迷路のような遺跡地下で、他にアテになりそうなものも無い。結局俺たちはナナの提案に頷くしかできなかった。


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