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作品名:冒険者は踊る 作者:十羽ふみ

第4回 迷宮は試練を与える U
 翌朝は雲一つ無い晴天だった。

 ランバートは俺達の食料を調達してくれていた。乾燥させた肉や豆、それに水獣の浮袋で作られた頑丈な水筒が、テーブルの上に並んでいる。
 俺は乾燥してしわしわになったツトの実を口に頬張り、ふやかしてみた。酸っぱいけどおいしい。
 木の実の名前とかの記憶は残っているんだなぁと一人で感心していると、後ろから手が伸びてきて、俺の目の前の干し肉をひょいと掴んだ。

 「うん、ほど良い塩加減だ」

 満足気なティノアの声に、ランバートが振り向く。せっせと調理していたランバートは、つまみ食いの犯人──つまり俺たち──をぎろりと睨んで見せた。

 「良い塩加減だ、じゃないだろう。昼飯が減るぞ」
 「それは困る」
 再びつまみかけていた肉を、ティノアが慌てて戻す。俺は何食わぬ顔で食料を鞄に詰めた。

 外はまだ薄暗い。家の前を掃く音や、どこかで荷馬車が引かれていく音がする。
 冒険者ギルドは、昨日一日がかりで掃除した甲斐もあって、かなり綺麗になっていた。看板も大きく目立つものを取り付けた。これでここが何をするところかわからない、なんて感想は出てこないだろう。

 一階にはカウンターやら、依頼を掲示する板が置かれている。完全な新規参入ということで、新しい冒険者も随時募集中だそうだ。専用冒険者じゃなく、小遣い稼ぎの副業で依頼を受けてもいいらしい。
 ……詳しいことはわからないけど、それで商売が成り立つのなら、まぁいいんじゃないかな。
 
 そんなことを考えながら通りを眺めていると、向こうから一際目立つ甲冑の大男が歩いてくるのが見えた。ラギだ。

 「準備はできたか、新米冒険者」

 鎧こそ昨日と同じ厳ついものだが、兜を脱いでいる。背中に見たこともないくらい巨大な剣を背負ったラギは、俺を見るなりニヤリと笑った。
 「ほとんどできてます。……すごい剣ですね、それ」
 「ただデカいだけだ。それに、剣ならお前も持ってるじゃないか」
 俺は腰のベルトに固定した剣を触って、苦笑いを浮かべる。あっちが大剣なら、俺のはまるでおもちゃだった。


 ラギは机の上に並べられている準備品をひとつひとつ検めた。食料が主だが、ランタンなんかも置かれている。本気を出せば日帰りじゃなくて数日寝泊まり出来そうな品揃えだ。
 「よし、これだけあればいいだろう」というラギの言葉で、俺達はようやく出発することになった。俺はランバートから借り受けた地図を開き、遺跡の方角を確認する。

 ファウリンドを出て東の小道をひたすらまっすぐ歩くと、『白の森』という場所に出るらしい。遥か古代の遺跡が今でも残る、貴重な森なんだとか。
 遺跡と聞いて、俺は自分が目覚めた時の事を思い出した。あの石柱群も遺跡みたいに見えたけど、何か関係があるのだろうか。

****

 俺たちはランバートの見送りを受けながら出発した。街中を抜け、俺が数日前に通った巨大な門を潜ると、緩やかな谷と森が広がっていた。その谷の狭間を縫うように、街道が続いている。
 東の小道は、俺がランバートと一緒にやってきた道とは正反対にあった。ぐねぐね曲がりながら今にも消えそうな道が森の中へと続いている。どうやらあれが『白の森』らしい。

 ほとんど無言で歩くこと数刻。
 俺たちはあっさりと目的の遺跡に到着した。

 「……思った以上に近場でしたね……」
 森の中はそれなりに薄暗いが、陽が高くなったからか、魔物の気配は無い。とは言え、街からさほど離れていない場所にこんな遺跡があって大丈夫なのか。
 俺の不安を読んだように、ラギが小さく笑った。
 「まぁな。この辺りは騎士団の巡回場所に指定されているくらいだ。魔物はいるが、数は少ない」
 「それを聞いて安心しました」
 「なんだ、がっかりした」
 ……どうして俺とティノアの意見は正反対なんだろう? いや原因は明らかだけど。
 肩を落とすティノアに、『ほら、遺跡の中には魔物がいるかもしれないから』とかわけのわからない慰めを言ったほうがいいのか悩みながら、俺は地図を袋に仕舞った。

 遺跡の入り口は、巨大な樹の根に埋もれていた。アーチ状の白い門柱はすっぽりと根っこに覆われていて、階段がその奥の地底に向かって伸びている。この門はどれだけの年月ここにあったのだろう。想像もつかない。

 「さて、行くか」
 ラギが松明を手に取る。俺たちは恐る恐る階段を降りた。

 遺跡の中はがらんとした小屋のようだ。綺麗に組まれた巨大な石の通路が、果てしなく続いている。ラギが松明を近づけると、壁に掛かっていたろうそくに火が灯った。

 「そういえば結構発掘が進んでるって言ってましたね」
 未発掘部分は奥にあるとか言ってなかったか。入り口付近に真新しいろうそくがあるのは、この辺りまで調査員が来たことがある証だろう。
 「あぁ。遺跡の中の地図は無いらしいが、ほとんど一本道だそうだ。脇道があっても行くんじゃないぞ」
 ラギの言葉に、俺とティノアは頷いた。こんなところで迷子だなんて絶対イヤだ。



 少し埃っぽいことを除けば、遺跡の道は予想していたより遥かに快適だった。ところどころに彫られたレリーフや絵の断片を観察しながら、俺達は黙々と歩く。
 進むにつれて少しずつ湿っぽい匂いが強くなっていき、地面にはよくわからない陶器の破片みたいなものが増えた。ちょっとずつ人の気配が薄れていっているようだ。

 蜘蛛の巣を払い除けながら進む。どこかでチーチーとこうもりの鳴く声がするくらいで、辺りは恐ろしいほど静かだった。

 どうしてこんなところに遺跡があるんだろうと、俺はぼんやり考える。ずっと昔、この辺り一体は町だったんだろうか。今は土や木の根に埋もれてしまっているけど、たくさんの人が住んでいた土地なのかもしれない。

 古代の町に想いを馳せていた俺は、前方を歩いていた人──つまりティノア──が立ち止まったことに気づかず、その背中に思い切りぶつかった。

 「……わぁあ!? ご、ごめん! 考え事をしてて気づかなかっ」

 肝心のティノアは振り返ることなく、熱心に何かを見つめている。先頭を歩いていたラギも立ち止まり、松明を虚空に翳していた。
 「……見ろ。どうやらここは未到達の場所みたいだぞ」
 俺は恐る恐る前を覗き込む。行く手には大きく開けた空間があった。

 天井は見上げるほど高く、中央に巨大な円柱が一本立っている意外に何も無い。どうやら天井部分に穴が開いているらしく、そこから薄っすらと陽の光が差し込んでいた。
 「なんの空間なんだろう、ここ」
 俺の呟く声が奇妙に反射する。足元の埃や砂を見る限り、ここまでやって来た人はほとんどいないらしい。
 ラギは壁から垂れ下がった巨大な旗を見上げていた。
 遺跡に残っている旗はボロボロになっていると思っていたけれど、草の紋様が入ったその旗は、比較的綺麗に残っている。何かのシンボルなのだろうか。

 円形の空間には、他にめぼしいものは見当たらない。光が帯のように床まで照らしているだけだ。

 「何もないな」
 俺が呟いたのと、誰かに襟首を掴まれたのは、ほとんど同時だった。

 次の瞬間、もの凄い勢いで後ろに引き倒される。そんなことができるのは当然ティノアしかいない。ぐぇと潰れた声を出し、俺はあっさり倒れ込む。たぶんちょっと浮いた。
 
 「な、なにするん……」
 唐突で理不尽な暴力に対して抗議しようとした俺は、さっきまで自分がいた場所に深々と突き刺さる槍を見て、言葉を失った。
 同時に、奥の暗闇から何かがゆっくりと起き上がる。
 巨大な頭とエラ、魚と人間がぐちゃぐちゃに混じったような姿。ボロ布を纏い、手には粗末な槍を持っていた。

 『サハギン』という単語が浮かぶ。記憶を取り戻したというより、まるで花が咲くように閃いた名前だった。

 魚人間、暫定『サハギン』がガチガチと歯を鳴らすと、周囲に生臭さが広がった。コボルトよりも巨体で、手にした槍も頑丈そうだ。
 上を見ると、二匹の『サハギン』たちが飛び降りてくるところだった。合計三匹。

 「こいつら、ここを根城にしている魔物か!」
 ラギが向かってきた一匹を、鉄塊のような剣で振り払う。サハギンは素早く飛び退き、威嚇の声を上げた。
 ティノアも当然のように一匹と対峙している。

 ……いや、ちょっと待て?
 合計三匹。一人一匹の計算だ。ということは、俺にもお相手がいる……?
 恐る恐る辺りを見渡した俺と、サハギンの視線が合った。合ってしまった。畜生、そんな運命の相手はいらない。
 蒼白になって逃げ場を探す俺へ、サハギンはどんどん迫ってくる。コボルトの時とは比べ物にならないほど恐ろしい。

 「ネイト!」
 俺の危機を察知したのか、ティノアが叫ぶ。すかさず、ティノアと対峙していたサハギンが槍を繰り出した。彼女もこちらを助ける余裕が無いらしい。もちろんラギも同じような状況だった。
 ──やるしかない。
 俺は一瞬ティノアの声に気を取られたサハギンの隙をついて、剣を閃かせた。が、長い槍にあっさりと防がれる。丸太をそのまま削ったような槍は重く、逆に俺がよろける結果になった。
 体勢を崩した俺に向かって、サハギンが再び槍を繰り出した。ギリギリのところで避けたが、どう考えても俺のほうが不利だ。
 
 胃の辺りがじわりと重くなる。正反対に、サハギンの濁った眼が一瞬喜んだように見えた。獲物を捕らえた獣の眼だ。
 どうやっても殺される未来しか見えない。当然ながら俺の理性は、恐怖の裏側で『こんな遺跡で死ぬのは嫌だー!』と叫び続けている。

 何かないか。この窮地を切り抜けられる何かが。
 
 必死に探す俺の前に、じりじりと迫るサハギン。長さからして槍と剣じゃ勝負が見えている。
 まぁ、向こうで戦ってるティノアにはそんなの関係ないみたいで、槍を避けて思い切り蹴り飛ばしてるけど……。すげぇ、サハギンってあんなに吹き飛ぶんだ。

 いや、蹴りに惚れ惚れしてる場合じゃない!! 俺は生存欲をかき集めて、思考を振り絞る。
 
 その時。

 迫ってくるサハギンの肩に何か光るものが突き刺さり、悲鳴を上げて数歩後退する。何が起こったかわからずぽかんとしている俺の耳に、聞き慣れない声が響いた。

 「少年、今ニャ!」

 ……『ニャ』?
 だめだ、条件反射的にツッコみたくなるけどここは我慢……!
 よく見ると、サハギンの肩に銀色のナイフが一本刺さっていた。サハギンは痛みに怯んでいる。
 確かにチャンスは今しかない。
 俺は思い切って剣を突き出した。槍に刺されるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、サハギンはギギッ! と甲高く鳴いただけだった。力の限り柄を押し込めてなんとかトドメを刺すと、サハギンの巨体がどっと後ろに倒れ込んだ。
 勝った、らしい。どうにか生き残れた、らしい。
 
 よろよろと座り込む俺に、それぞれの相手にトドメを刺したティノアとラギが駆け寄ってきた。その背後には文字通り死んだ魚の眼をしたサハギンが二匹、床に倒れている。予想通りの結果だ。

 「おい、大丈夫か!?」
 ラギの問いかけに、俺はかろうじて頷いてみせる。ほとんど同時に、俺の背後から高笑いが聞こえてきた。


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