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作品名:冒険者は踊る 作者:十羽ふみ

第1回 世界は微睡みから醒める
 白い石柱。草が所々生えた石畳の地面。大きな岩に掘られた顔。
 目に入ってくるものは石ばかりだ。あっちも石、こっちも石、寝ているところも石ときた。だからなのか、妙に身体のあちこちが痛い。

 「……えぇっと」

 起き上がって辺りを見回してもそんな感じだったので、中途半端な呟きは、人気の無い空間に消えていった。どこだここ。そんな感想しか浮かばないし、感想を言ったところで聞いてくれる人もいなさそうだ。

 俺はゆっくりと台座から降りた。台座も当然、朽ち果てた石でできている。いや、石は朽ち果てたりなんてしないからおかしいな……そんなことを考えながら、生まれたての子鹿のように、きょろきょろと頭を巡らせた。
 
 石が柱状に立ち尽くしている背後で、森がざわめいている。記憶に無い光景が広がっていて、俺は小さな物音でもびくっとした。
 だけど、どれほど怯えても、辺りに人っ子一人いない状況は変わらなかった。
 そして同じように俺は、自分が一体どんな奴なのか、少しも思い出せなかった。

 目覚めて早々、真剣に考え込むハメになる。つまり@ここはどこか。A俺は誰か。実に簡単な質問だ。しかし考え始めると、無限の思考の罠に嵌まる。いくら唸ろうが腕を組もうが、答えはでない。

 どうやらすっぽりと記憶が抜け落ちているらしい。例えば俺が三日連続で飲酒してべろんべろんになって、ここの石柱のどれかで頭をぶつけて気絶していたとする。自分はそんなまぬけじゃないと信じたいところだが、記憶があった頃の俺の行動は、今の俺の行動とは違うはずだ。今の俺は、恐怖心から小さな物音にすら怯えるただの小心者に成り果てているが、ひょっとすると昨日は全然違う人間だったかもしれない。しかし今、頑張っているのは昨日の俺ではなく、今の俺なのだ。

 理不尽だ、と腕を組んでぶつぶつ呟く。周囲に誰もいないとわかっているからできる芸当だった。そうじゃなければ不審人物扱い待った無しだ。

 とにかく状況を整理してみよう、と辺りをもう一度見回す。

 石が(しかも巨大な石が)ごろごろしている、ここは遺跡だろうか? 屋根は無く、頭上には青空が広がっている。幸いなことに日はまだ高く、外敵が襲ってくる心配はなさそうだ。

 外敵、と考えを巡らせたところで、俺は首を傾げる。
 敵がいる。当然だ。『敵がいる』ということまでは忘れていない。そして『そいつらと戦える』ということも、実感として知っている。なぜなら、俺は一本の剣を持っているから。

 そう、剣。長さは俺の腕くらい。腰に鞘と一緒にベルトでくくりつけられている。刃は一見すると綺麗だが……これで敵を切ったことがあるのか? 俺は?
 わからない。ますますわからない。ただひとつ言えるのは、もし敵が出てきたらこれで戦わなくちゃいけないということだ。俺はとりあえず剣を鞘に戻した。
 わかっているのはこれくらい。つまり俺は何も知らないに等しい。赤ちゃんよりもっと酷い。目の前に家族すらいないわけだし。

 自然とため息が出た。とにかくここから動かなければ駄目だろう。俺は服の埃を軽く払うと、恐る恐る遺跡の外に出た。


 獣道もかくやと思われる小さな道が、生い茂った草むらの中に続いている。なんで俺はこんなところを行こうと思ったんだ。やっぱり『昨日の俺が酔っぱらい説』が正しいのかもしれない。
 暗澹たる気持ちで草をかき分け、進む。せめて大きな道までは続いていて欲しい。

 俺の願いは聞き届けられ、しばらく進むと大きな轍の跡が続く道に出た。木々は切り払われて、これぞ道って感じに続いている。

 とりあえず俺は胸をなでおろした。どっちに行けばいいかわからないが、どこかに続いているのは確かだろう。行けばわかるさ、と自分を奮いたたせるには十分だ。
 俺は小鳥の鳴き声が響く森の道を、ぶらぶらと適当に歩いた。よく晴れていて、敵の気配は少しも無い。もしかするとこの安全な道を誰かが通るかもしれない。期待が高まる。

 しかし、と別の不安がよぎった。もし俺が無事に街まで辿り着けたとしても、それで記憶が戻る保証はどこにもない。街並みを眺めて記憶が戻れば万々歳だが、果たして昨日の俺はそんなに単純な奴なのだろうか。
 なんとなく明るい方角に歩いていくこと数十分。道はぐねぐねと続いている。代わり映えのしない光景に、退屈さを覚えはじめた。

 ぼんやりしていた俺は、誰かの声がしたような気がして、顔を上げた。
 気のせいか? いや、確かに誰かの気配がする。何かを言っているような……。
 気がつくと俺は走り出していた。自分で思っていた以上に、他の誰かの存在が嬉しかった。

 だが、緩やかに曲がる道を進んだところで、俺はぎょっとして一瞬立ちすくんだ。
 「てめぇら! 近寄るんじゃねぇ!」
 誰かを威嚇する声。獣の唸り声。馬が怯え嘶く声……。
 穏やかな現場じゃない。少なくとも、俺が出ていって「すいません、街まで案内してもらってもいいですか」とか聞ける雰囲気じゃない。

 少しだけ迷ってから、俺は再び走り出す。腰にある剣を意識して、最後の曲がり角を曲った。


 まず、立ち往生する荷馬車が見えた。
 二頭の曳き馬が、イライラと前足を上げている。その側に、長剣を持った男の姿があった。
 「畜生! この雑魚共が! お前らごときに、俺の野望を邪魔されてたまるかってんだ!」

 男がブンブンと剣を振り回すその先に、二匹のコボルトの姿があった。棍棒を持った、犬頭の二足歩行の魔物。うん、これは記憶にあるとおりだ。よかった。
 ……いや、何も良くない。間違いなくあの威勢の良いおじさんの危機だ。

 コボルト達はぎらぎらした目つきで、唸り声を盛んに上げていた。一匹がおじさんに殴り掛かり、もう一匹がおじさんの隙を窺う。おじさんは肩で息をしはじめているようだ。マズい。

 俺が大声をあげたのと、コボルトの一匹がおじさんに襲いかかったのは、ほとんど同時だった。
 なんて言ったのか、大声を出した俺自身もわからない。たぶん意味の無い叫び声だったと思う。が、コボルト達を油断させるには十分だったようだ。振り上げていた棍棒が空中で止まった。

 おじさんはその隙を見逃さなかった。一気に間合いを詰め、コボルトを一刀両断……する技術はなかったようだが、かすり傷を与えた。
 思わぬ増援に驚いたのか、おじさんの反撃に驚いたのか。コボルトは一瞬怯んだが、それでもその場に留まった。むしろコボルトのプライド(あるのか?)を傷つけられたかのように、更に激しく唸りかかってくる。

 俺は無意識の内に、剣を鞘から抜いていた。

 自然と身体が動く。ということは、やっぱり俺は剣を使っていたのか。いや、そんなこと考えるのは後回しだ。目の前のおじさんは、今度こそコボルトに殴り殺されそうになっている。
 コボルトの一匹が俺の存在に気づき、棍棒を振り上げる。だけど動きはのろい。それならば単純な話、コボルトの棍棒より早く動けばいい。

 俺は祈る気持ちで剣を突き出した。嫌な感触が手元に伝わり、獣がグッと低く呻く。剣を引き抜くと、コボルトの身体がぐらりと揺れ、倒れた。

 「おお!」
 おじさんが歓喜の声を上げたのと同時に、不利を悟ったもう一匹のコボルトが森の奥へ逃げていく。俺は詰めていた息を漸く吐き出した。

 「凄いじゃないか、お前! 雑魚とは言え、鮮やかな手並みだったぞ!」
 喜ぶおじさんとは対象的に、俺はぼんやりと倒れたコボルトを眺めていた。もっと詳しく言うと、果たして今の俺の行動が、昨日の俺に通ずるものかどうか思案していた。

 おじさんはそんな俺の様子を、一種の感傷的な行為だと勘違いしたらしい。
 「なぁ、お前、冒険者だろ」と声をかけられて、俺は思わず問い返した。
 「え?」
 「だってその格好、どう見ても冒険者だ。魔物とは言え憐憫をかけてやるなんて……まだ若いのに、偉いな」

 思わず自分を見下ろしてみる。冒険者という響きに聞き覚えはなかったが、意味はわかる。なるほど勘違いされても仕方がない。
 「いや、憐憫も何もかけてないですし、たぶん冒険者じゃないですけど……」
 「は? たぶん? だけどお前、そしたらなんで剣なんて持ってるんだよ」
 どうみても騎士じゃねぇし、狩人が持ってるのは弓だし、とおじさんは首を傾げる。

 ここで知り合ったのも何かの縁だ。俺は素直に自分の身の上を明かした……と言っても、目覚めてから半日以内の出来事だったけれど。

 「俺、記憶が無いんですよ。さっき目が醒めて、とりあえず街を目指していたところです」
 「え? なんだそりゃ」
 おじさんが俺を上から下までまじまじと眺める。
 「記憶喪失……ってやつか? 本当に?」
 「自分でも信じられないくらいですけど、本当です。だからなんで剣を持ってるのかとか、俺の名前とか、説明できないんですよ」
 「うーん。そりゃ問題だ」

 おじさんは何かを考えるように腕組みする。一方俺はと言うと、剣を拭うものを探していた。この剣はなんとなく綺麗にしておきたい。元々綺麗だったんだし。

 俺が適当な草で剣を拭き終えたのと、おじさんが「よし」と頷いたのは、ほとんど同時だった。
 「おい坊主。俺はお前に助けられた礼がしたい。街に連れて行って、記憶探しの手伝いをしてやろう」
 「えっ!?」
 願ってもない申し出だ。だがおじさんはさっと手で俺を制した。

 「まぁ焦るな、話は終わってないぞ。それでだな、お前さん、金は持ってるのか?」
 この言葉で、俺は全て理解してしまった。所詮この世は金がモノを言う。有り金と引き換えに手伝ってやろうとかなんとかそんなところだろう。しかも残念ながら俺は金なんて持っていない。
 がっかりした表情で首を横に振ると、おじさんは「あ、しまった」という表情をした。
 「あ、いや、金を出せとかそういうんじゃないぞ? 勘違いさせたようだが、つまりどこかに泊まるアテがあるのかと聞きたかったんだ。金がない上に家も思い出せないんじゃ、今日泊まる場所も無いだろ?」

 おじさんの言う通りだった。まだ日があるとは言え、もう数時間もすれば夜が来てしまう。それまでの数時間で俺の記憶が戻ればいいが、どんな楽観主義者でもその可能性に賭ける奴はいないだろう。つまるところ早急に安全な寝床を確保しなくちゃいけないというわけだ。俺は野生動物か。

 頭を抱える俺を見て、おじさんは胸を叩いた。
 「礼がしたいって言っただろう? 俺が宿を提供してやる。何、ちょっとした恩返しさ」
 「……記憶探しを手伝ってくれて、尚且つ宿も提供してくれるって?」
 怪しむなというほうが無理だ。俺の疑わしそうな視線を受けて、おじさんがぼりぼりと頭を掻いた。
 「ああ、わかったわかった! 全部訳を話す。だがとりあえず街まで行くぞ。こんなところで悠長に立ち話じゃ、またコボルトに襲われかねないからな……」

 俺は渋々申し出を了承した。どんな裏があるのかわからないが、おじさんの提案はまっとうなものだった。


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