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作品名:境界線 作者:北川 青

第4回 仮面の町
 ひとつの結論を、長い長い時間をかけて出しました。それは、私のおばあちゃんがうら若き少女のときから、皺を何百とたたえるくらいの時間です。人生をたくさんの人が目一杯かけて、そうして、導き出しました。
 今日も私はお気に入りの白狐の面を被ります。後頭部でぎゅっと締める朱の紐は大好きなおばあちゃんがくれたもの。このお面のかわいさは何といってもきゅっと曲がった口元の上がり具合。笑いをこらえているような、悪戯を考えているような、私の半身。
 鏡の前で、最終確認。少し高めの位置で結んだポニーテール。悪ふざけをする風に負けないように気合を入れて、くすんだ窓の鍵をしっかり閉めて。
「行ってきます」

 私たちは約束しました。それは、素顔を決して見せないこと。素顔で会うには、お互いの了解を得てからにすること。
 私は「公共の場における仮面着用の義務」が社会に浸透してから生まれました。仮面をつけない社会のことについては、授業でしか知りません。おばあちゃんも、両親も、何一つ教えてくれないのですから。
 先生が言うには、こうです。以前、仮面着用がなされていなかった時代は悲しいことが沢山起きていた。他人の見かけを嘲笑ったり、美醜だけで物事の良し悪しを判断したり。視覚は認識に大きなバイアスをかける。これはそのまま視覚の重要性を示しているが、その重要性がここで問題になった。我々は生れ落ちたものとして、また共に生きていくものとして、価値は平等でなければならない。ここに価値の不平等を生まれさせないためにも、国際的に「仮面」が選ばれた。顔を仮面で覆い隠す――これによって私たちの判断基準のひとつが、大いに是正された。私たちは仮面を被るかぎり、驚くほど平等である。従って、仮面は他者との関係を構築する上で、貴方達自身が相手を平等に見るために、必要である。
 話の長い先生は、確かにこう、仰いました。
 やわらかな日差しと対照的な銀の風。細かな針がちくちく肌を刺し、吐息がすっかり白くなります。
 私はときどき、「仮面着用」義務について考えます。ぼんやりと青い空を仰ぎます。思考が散漫とします。朱色の編み紐をぼんやり手遊びしながら。
 同級生の恥ずかしがりやな男の子は言いました。眼光鋭い鷹の仮面の向こうから。

「仮面着用は好きだ。誰も、僕がどんな表情でいるかなんてわからない。僕の中に、深く干渉できないから」

 またある女の子は言いました。赤青緑に彩られた花束の向こうで。

「仮面着用は少し面倒くさいよね。上手くおしゃれもできないし」

 誰しもが各々の考えを持っています。それをどのように面に出すか、出さないかは個人の自由でしょう。「仮面着用」義務について黙秘を貫いた人だっていました。それは仕方ないことです。言いたくないことは、言わなくたってしょうがありません。
 私が不思議に思うのは、「仮面着用」義務によって平等となったか? ということです。これは先生には尋ねることができません。そんなことしたら、きっと怒られてしまいます。
 町にはいろいろな人がいます。痩せた人、太った人、背が低い人、高い人。みんな思い思いの仮面を被っています。自分が大好きな仮面を。
 動物モデルのわかりやすい仮面、ムンクの叫びに似た仮面、ただのっぺりしただけの仮面。様々な形に、それぞれのデコレーションがされています。仮面の下の表情はもちろんわからないけれど、声の振動は伝わります。
 
――本当に仮面だけで十分なのかしら?

 本当の平等なんて私には皆目見当がつきません。ただ私は知っています。おしゃれ好きな子が目立つためにスパンコールを沢山つけたりすること。寡黙な子が関わらないでと白面に大きな文字を書いたこと。その子は結局苛められてどこか遠くへ行ってしまいました。私はそういったものを、ずっと狐の笑顔で見てきました。

 ――本当に平等だっていうのなら、私たちには仮面なんていらないのではないだろうか。

 視覚のバイアスをのぞいたって、違うバイアスがかかるのだと思います。マトリョーシカみたいなものなのです。大きなバイアスの下に、それよりちょっと小さいバイアスがあって、またその下にも。きっと、バイアスから離れることなんて不可能なのです。
 平等というのは、全てを均等に均すということではないのではないか。生まれ持った表面をそぎ落としそぎ落とし、均一にすることで本当に私たちは平等となるのだろうか。むしろ、本当の平等というのは――。

 町中にサイレンが響き渡ります。「公共の場で承諾なく仮面を外し、義務を破った人非人の素顔を、刑法第4条に照らして広場で2時間さらします。皆様、公共を乱す恥さらしの素顔を、とくとご覧くださいませ」
 
 ねえおばあちゃん、私たちは間違っていないだろうか。


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