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作品名:境界線 作者:北川 青

第2回 双生子1
 たとえばの話。同じ顔の、同じ考え方をする、何もかもが共有できる人間がいた場合の話。二人は、自分を分割できるのか。たとえばの話。そう、たとえば。

 彼と、彼は一卵性双生児だ。名前はもちろん違う。だけれど、それ以外のほぼ全てが同じだ。先に言っておくけれど、これは僕の独り言のようなもので、ぜんぶ僕から見たときの話だ。何が正しいとか、正しくないとか、そんなつまらないことに意味はない。ただ、出来るかぎり僕の中の数千数万の言葉たちの中から、ふさわしくなくはない奇跡のような言葉をつないで、ここに置いておきたいと思う。僕の主観が告げてくるこれまでを、一度、言葉という形にしておきたいのだ。まったく言葉というものは不思議なもので、僕たちの思考そのものに名を与え、形を与えることができる。奇跡のような存在だから。それじゃあ、あなたが退屈することがないことを願って、始めよう。

 彼ら二人はとある年の、真冬の最中生まれた。聞いたところだとその日はとても雪が降っていたらしい。彼らのふるさとで雪が積もることは珍しいのだって。それでもその日はどこまでも真っ白くて、街灯や窓の明かりがわずかに瞬き、まるで星のようだったのだと。

 時刻はたしか早朝四時だったかな。あっさりと生まれてきて、とても母親にやさしいお産だったそうだよ。もちろんそこに僕がいるはずないから、やっぱりぜんぶ、伝え聞いた話だ。まあとにかく、二人は生まれた。そして同時に泣き出した。そうそう、するする生まれたらしくてね、兄も弟もそんなに時間差はなかったらしい。だから、こうなったのかもしれない。

 さあ、彼ら二人の小さい頃はそんなに詳しくないから、省いてしまおう。あまり無駄な言葉を使いたくないからね。ただ、そうだな。彼らを識別する上で、何がしかの記号が必要だ。便宜上、兄をソラ、弟をウミとしようか。

 あまりネーミングセンスが無いことについては、どうか何も言わないでほしい。そんなどうでもいいことに思考を割けるほど、恥ずかしながら余裕がないんだ。それに僕のネーミングセンスがそんなに褒められたものではなくたって、それはこの先あまり関係がないことだ。まあいいや、話を進めよう。そうだな、彼らが物心つき始めた頃の話から。

 最初に書いたように、もし、身体や心――つまり各々の腕や足、それに感情や記憶といったものが、お互い共有できたらどういうことが起きるのだろう。二つの身体があり、二つの精神がある。それらは独立しているが、同時に交換できるとしたら? くどくなるけれどもつまり、Aという身体と精神、Bという身体と精神があったとする。そしてまた、このAとBの精神がお互いの体を交換することができたら? かつAとBどちらの身体の感覚も同時に受け取ることができたら? 言ってしまえば、ひとつの精神が二つの身体をもち、その身体が重複している状態だ。これは僕たちにはなかなか想像ができない。何せ一つの身体に一つの精神しかないからね、当たり前なんだけど。

 だけど驚くべきことに、彼らはそれができてしまったようだ。普通に考えるならソラはソラの身体を、ウミはウミの身体を動かす。けれど、ソラはウミの身体がどう動いているかわかるし、ウミが今何を考えているかわかってしまう。ウミからも同じだ。ソラが何を考えているか、どう感じているか、そういったことが全てわかってしまう。自分で書いておきながら、これは訳のわからないことだ。果たしてそんなことがありえるのか。信じられないならどうか、フィクションだと思ってもらいたい。空想の中では、何を考え、何をかいても自由だから。

 ここで注意してもらいたいのは、たしかに、ソラとウミは別個の自己をもっていたことだ。二人は決してコピーみたいに同じ自己を持っているわけではなかった。ロボットのようにまったく同じ動きをし、同じ考え方で、同じ感じ方をするのではなかった。彼らは互いに違う人間で、異なる考えをもち、感じ方まで違う存在だった。だから彼らは混乱した。なぜなら自分が行動しているはずなのに、常に自分ではない人間の思考や感覚が自分の中にあり、挙句の果てに記憶や感情までしっかりと重みを持ってあるのだから。それでもまあ、小さい頃はよかったんだ。なにせ他人をそこまで知る機会がないからね。二人にとってなにより幸運なのは、愛情深い両親がいたことだろう。そうでもないと、もしかしたら今頃この世には存在しなかったかもしれないね。いや、『もし』の話は止めておこう。これまでにもたくさん無駄な言葉を使ってしまったことだし。

 二人はだから、文字通り一心同体のような存在だった。言葉を出さなくても通じる、相手がどう動いているか見なくてもわかる。一から十まで理解できる。そして、お互い以外はその正反対だ。何もかもがわからない。

 二人は両親を尊敬していた。お互いのように心と心が通じ合う、なんてことは決してなかったけれど。それでも二人の名前を呼ぶ声音のやわらかさ、頭を撫でるやさしい手つき、両親が彼らを抱きしめたときの温かさ。それらすべてが、二人を包み込んでいた。そこには疑いようのない愛情が溢れていて、たとえ両親の言葉がわからないときがあったって、そんなことが塵に思えるくらい、幸福だったのだ。

 そう、言葉。これが彼らの人生の第一の挫折だ。言葉が必要とは当初思えなかったのだ。言葉は削られた感情だ。知っている中で、もっともそのとき一致していると思わしき言葉を使って、僕たちは意思疎通をしている。そこには必ず切り捨てられるものがあるのだ。そして、わざわざ言葉を使って感情を削ぎ落とさずともお互いの思考がわかる彼らにとって、言葉そのものが不要ではないかと考えてしまった。いや、もしかすると、今でも思っているかもしれない。

 とにかく、言葉を習得するには長い時間がかかった。まず、言葉を使わないと二人以外の人間と意思の交感ができないことを知ることまでが長かったからね。これはとても後のお話になるのだけれど、ウミが教えてくれたんだ。大きくなれば、みんなと言葉を出さないで話せるようになると思っていたんだ、とね。わざわざ音にするのは、みんなの趣味だと考えていたとも。

 だからそう、彼らにとって言葉は単なる音だった。ソラとかウミ、と呼びかけられたら二人ともが振り向いた。それが呼び名だということはわかっていたから。それが二人のどちらを指したものなのかはわかっていなかったけど。


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