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作品名:機巧の心は約束を違える 作者:栄久里丈太郎

第9回 第1章 面影との邂逅 7
「はぁはぁはぁ……」
ココウィルはマンション脇の路地に入り、荒い息を整えていた。
(もうリリスさんのバカバカァ! あれじゃ先輩にはしたない娘だって思われちゃうじゃない!)
確かにトーマの部屋を訪れると言う事で服装を見えない所まで気を配ったのは事実だが、あからさまにバラされてしまえば純粋な乙女心はとても耐えられたものではない。
「ああもう、学校行こ」
気分を切り替えて登校する事に決める、しかしそこで疑問が一つ沸くのだ。
「……鞄」
手元にも足下にも無い、よくよく考えればトーマの部屋から持ち出した覚えも無い。
「ああ〜しまった〜!」
間違いなく忘れてきたのだ。だが今は自分からトーマに顔を合わるのは気が引ける。
「どっどうしよう、これじゃ学校行けないよ!」
動こうにも乙女心が邪魔をして動けないでいるココウィルの頭に軽いショックが落ちて来た。
「てっ」
自分の頭に乗った重し、それは間違いなく忘れてきた鞄である。
「忘れ物だ」
更に背後から聞こえたのは顔を合わせずらい先輩である。
「先輩、わざわざ持ってきてくれたんですか?」
「学校に遅刻する訳には行かないだろう」
「ありがとうございます……それから、その……」
ココウィルはもじもじと体をよじりながら言葉を選ぶ。
「さっきのは、その、別に変な意味は無くて、だから……」
「あれはリリスが悪い、それだけだ」
「……はい」
トーマは回りくどい言い回しが出来る人間ではない、シンプルかつ端的な言葉使いは一見冷たく見えるだろうが、焦る人間にとっては寧ろ心に響く。
ココウィルも先輩の気遣いを悟り、落ち着きを見せた。
(団長としてじゃない私はいつも先輩に助けられちゃう、これじゃまだ先輩の横には立てないな)
恋心は複雑なものだ、相手に受け止めてほしい感情と支えたい欲求が胸の奥から高鳴ってくるのだから。
「ココウィル、それで首尾よく仕掛けられたか?」
「はい大丈夫です、そう簡単に見破られることは無いはずです」
ココウィルがリリスに仕掛けた乱れる世界は術式内に改良が施されている。リリスに伝えた対象が包術を使用するのに合わせた意識の強制シャットダウン、そしてもう一つ。
「位置探索の術式も組み込んであります、問題ありません」
ココウィルの術式適正は『支配』属性。対象の動きを制限するだけでなく、術式の構成そのものに対して干渉し包術そのものを支配する応用性の高い属性である。
「もうすで黒の蝙蝠団員皆んなにエリスさんの位置は探知出来るようリンクしました、これで私達から逃げ切るのはほぼ不可能でしょう」
「さっすがココちゃん、パンチラされながら抜け目ないぜ」
路地の更に奥から一人歩いて来る、私服姿のウィルソンだ。
「お前も来てたのか」
「団長に召集されりゃな、お前さんの部屋でのやり取りもちゃんと聞いてたぜ」
ウィルソンは右耳からインカムを外した、ココウィルの鞄に忍ばせた盗聴器と対になる物だ。
「取り敢えず今のセクハラ発言で減給です」
「ココちゃん!」
どうやらココウィルが容赦ないのは犯罪者だけではないらしい。
「残りの二人はどうした?」
「俺の減給を無視すんなよ! 残りの連中はそれぞれ任務で遠征中だよ、現在この街で活動出来る特務は俺らだけだ」
「一人の人間を見張るのに特務を三人割く時点で例外か」
「例外過ぎるだろ、総長にも連絡は入ってるのからな」
「そもそも今回人員を避けたのも総長の好意によるんですよ」
「総長の好意?」
団長の言葉に疑問符を浮かべるトーマ。
「エリスさんの案件に関しては現場に一任するそうです、特務の権利範囲なら労力も捜査規模も自由にせよと、但し通常の任務も滞る事なく、だそうです」
「だからココちゃんは俺の事も呼び出したんだよ、出来る限りリリスちゃんに接触出来るメンバーを増やしときたいってな」
「結果として十分な報酬もありました、コレです」
ココウィルは鞄から二丁のハンドガンを取り出す、グリップに二対の刀剣が重なったレネゲートのエンブレムが刻まれたリリスの所持品だ。
「さっき拝借してきました」
「拝借ってココちゃん、手癖悪いね」
「だが鞄ごと忘れてるのは抜けている」
「……トーマ先輩手厳しいです」
ウッと呻いたココウィル。
「へぇ確かにこりゃレネゲートのエンブレムだ、でもよトーマだったら何で拘束しちまわないんだ、こうして特務に情報を流してるくらいなら相手の要求なんか無視して拷問なり自白剤なり使えば良いだろ」
ウィルソンの疑問は最もだろう。恐らくリリスも自分の情報が特務に流れているのは承知の筈、その上で自身の思惑に従って行動しているのだろうが、特務が律儀に犯罪者へ合わせる必要はない。
「……」
トーマは一瞬沈黙し。
「俺の個人的な事情だ」
心の内を曝け出した。
「俺が孤児院の出身で、そこで姉の様に慕っていた人が居たのは話した事あるよな」
「確かエリティアさんでしたよね」
「お前さんの話で何度か聞いてるよな」
「そっくりなんだ、エリティア姉さんとリリスが……顔立ちや髪に瞳の色から声まで……もし姉さんが生きていたら外見年齢はあの位になっていて丁度いい」
ココウィルとウィルソンは確認するように顔を見合わせる。
「でもよ他人の空似って事じゃねぇか、髪や目の色が同じ人間なんてごまんと居るだろうぜ、顔立ちが似てる人間だって探しゃ見つかるだろ」
「それにトーマ先輩はエリティアさんが亡くなるところを実際目撃されてる筈じゃ?」
「その通りだ……だが酷似してるのは外見だけじゃない、リリスは姉さんと同じ炎熱属性の包術を使用した、自分でも馬鹿な事を言ってる自覚はある、目の前で死んだ人間とその人に似たレネゲートの女、偶然現れた他人を重ね合わせてるんだろう、だけど胸騒ぎがするんだ……少しの間で良い、リリスを泳がせて様子を見たい」
トーマは団長と親友に頭を下げた、誠心誠意の表れだろう。
「……どうすっよ団長?」
「事情は理解しました、構いません団長権限において今回の一件はトーマ先輩に一任しましょう」
「本当か!」
ガバッと頭を上げるトーマ。
「もともと総長からも好きにせよと言われてますし問題ありません、但し任務は任務です、問題が発生する様な場合は私達も動きます」
「だそうだ、団長命令なら俺も従う、最もそうじゃなくても裏で手助けする気だったし」
「ウィルソン先輩反逆の疑いで減給です」
「ねぇココちゃん何でそんなに俺の給料減らしたがるの! お願い止めて! もうお願い!」
「二人とも……」
今度は感謝を込めて再び頭を下げるトーマ。
「ありがとう」
「何度も頭下げんなよ、気持ち悪りぃ」
「そうですよ、私達は仲間じゃないですか」
「ああ、そうだな……そういえばココウィル、学校の時間は良いのか?」
「へっ……ああっ!」
ココウィルの腕時計は遅刻ギリギリの時間を示していた。
「私もう行きます! それじゃお二人ともまた後で!」
学生は慌てふためきながら路地から出て行く。
「気を付けてな」
「転ぶなよココちゃん!」
手を振る先輩二人へ一度だけ手を振り返して学生は急ぎの通学路を走って行った。
「さてと、俺も行くわ」
「これから任務か?」
「普段の任務も疎かにすんなってんだろ? 安心しな、厄介な案件は今んとこ無いし俺一人で片づけとくさ、お前さんはリリスに集中してろ」
「恩にきる」
「何度も言うなや、俺たちの仲だろ」
ウィルソンは擦れ違いざまにトーマの肩を叩きその場を後にした。
「……俺も戻るか」
来た道を引き返しマンションへ戻り、エントランスホールを抜けてエレベーターに乗り込む。
フッと力が抜けて壁に背を預けた、安堵からの脱力ではない、困惑からの目眩だ。
(姉さん……リリスは何者なんだ?)
心の内で今は亡き姉に問い掛ける。
(教えてくれ、何か姉さんと関係があるのか……もしそうなら……)
エリティアに瓜二つのレネゲートが現れた。
その現実に追い詰められ自然と掌が汗ばみ、緊張をいやが応にも自覚させられる。
トーマは恐れているのだ。
憎んで憎んでキリが無いレネゲートであるリリス、彼女の条件を満たした先に訪れる結末にエリティアがどう繋がっているのか、知るのが恐い。
(リリスが反抗してきた時は……)
エリティアに酷似したリリスに手を下す時は術式を使い己の心を殺し、排除しなけらばならない。
(レネゲートなんだ、容赦する必要はない筈だ……)
リリスはエリティアではない。
分かっている。
理解している。
自覚している。
今更覚悟する事柄では無い筈なのだ、過去にも夥しい命を葬ってきた、その中に新しい一片が加えられるに過ぎない。
それでも邂逅してしまった面影は機巧の心を揺るがして仕方がない。
(……今は考えない方が吉か)
エレベーターが5階に到着した。
(考えても進展しない事案は先ず解決するに限る、その先に必ず答えは待っている)
通路を進みながら思考を整理、悶々とした意識に一旦鍵を掛け自室のドアを開ける。
「リリス!」
室内の光景に目を見張る、リリスはは窓に片足を掛け今にも飛び出そうとしていた。
「あれトーマ君? 戻ってくるの早いね、でも……」
リリスはトーマを確認するなりニヤリと笑みを浮かべ。
「バイバイ!」
窓から勢い良く飛び出す。
「待て!」
後を追うべく窓に駆け寄るとビル壁を滑り降り、市街地へ向けて駆けていくリリスの姿が見えた。
「ここ5階だぞ、度胸も良いところだ」
トーマは半分呆れ、半分はリリスの身体能力に関心する。
そして円環法陣を展開、ココウィルがリンクしてくれた探索術式を起動する。
「何かしら動くと思っていたが大胆なヤツだ、お前の目的と正体は必ず暴かせてもらう」
答えはその先に必ず有るのだから。


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