小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:バーチャル・フューチャー(仮想未来) 作者:hitori

第5回 二章 適性率(後編)


 気が付いたら廊下の真ん中に立っていた。
 どこにでもある普通の校舎の中だ。
 これが仮想未来か。現実世界と何も変わらないな。
『海、聞こえますか?』
 不意に、頭の中にキョウの声が響いてきた。まるでテレパシーみたいだ。
「うん。聞こえるよ」
『まずは周囲の安全を確認してください』
 あたしはその場で周囲を見回す。
 廃校になった校舎だから当然誰もいない
『体調に変化はありませんか?』
「なんともないよ」
『ではさっそく、実験をお願いします』
 あたしはすぐそばにある〈一年A組〉の教室に入った。
 廃校になって間もないのか、机も椅子も残っている。埃も積もってない。
 懐かしいなぁ、教室。雰囲気からしてここは中学校かな。
 ポケットからスマートフォンを出し、教卓の真ん前の席に座る。
 さて使えるかな。
 ブラウザのアイコンをタッチする。
 もし使えるなら、あたしがトップページに設定しているヤ〇ーホームページの画面が出てくるはずだけど……。
 ……
 …………
 いつまで経っても真っ白な画面。
「出てこないね」
『そのようですね』
「受信アンテナは立ってるのに画面が出てこない。どうなってるんだろ?」
『どうやら、これは悪い方の可能性が当たってしまったようですね』
「え、それって?」
『先ほども説明した、そもそも仮想未来において我々が持ち込んだ情報端末は使えないという可能性です』
「じゃあ、ここでネットはできないってこと?」
『まだ確実ではありません。別の場所でもう一度試してみましょう。一旦終了しますね』
「え、もう?」
『これ以上ここに留まっても仕方がありませんので』
 率直な返事だ。
「それはそうなんだけど……」
 記念すべき初のアクセスがたったこれだけで終わりかぁ。
『終了します』
 次の瞬間、あたしの意識は暗転した。


 気が付いたら暗闇の中に座っていた。
 一瞬びっくりしたけど、暗いのはヘルメットのせいだとすぐに気付く。
「海、気分はいかがですか?」
 キョウがヘルメットをそっと外してくれる。
「うん、特になんともないかな」
 明季が言っていたような気だるさや疲労感はない。
「では引き続きミッションを行いましょう」
「次はどうするの?」
「念のため別地点で同じことを試してみます。時間軸は同じ一年後です」
「うん、わかった」
 それから、三回アクセスポイントを変えて同じ実験を繰り返したが、やはりネットワークにはつながらなかった。スマートフォンだけでなく、ノートパソコン、タブレット端末でも結果は同じだった。
「やっぱりダメかぁ。いったいどうなってるんだろ?」
「原因はわかりませんが、これだけ試して一度もつながらないのでは、もはや不可能とみて間違いないでしょう」
 あたしはがっくりしたが、キョウは意外に平気な様子だった。
 最初から期待していなかったのかもしれない。
「じゃあ、向こうの機器を使ったら?」
「はい、次はそれを試していただきます。海、運転免許証はお持ちですか?」
「ん、持ってるけど、どうして?」
「ネットカフェへ入店するのに、身分証明書の提示が必要になる場合がありますので」
「そっか、次はネットカフェに行くんだね。でもあたしの持ってる免許証で大丈夫かな? 一年ずれてるんだけど」
「有効期限さえ切れていなければ大丈夫でしょう。そこまで気にする店員は少ないと思われますので」
 念のため財布に入っている免許証を出し、有効期限を確認する。
 うん、大丈夫だ。
「入店後は周りに会話を聞かれないよう、小声でお願いしますね」
 またヘルメットをキョウに被せてもらう。
 これで五回目。今度はうまくいくといいな。


 気が付いたら公園の木陰に立っていた。
 周囲に人はいない。
 学校の教室二個分ほどしかない小さな公園の外には、無数の高層ビルが立っている。
 都会の中にある公園みたいだ。
『海、公園を右方向に出たら、そのまま歩道をまっすぐ歩いてください。三百メートルほど進んだ所にネットカフェがあります』
 時間設定が日曜日の早朝だからか、都会の中心部付近だというのに歩道を行く人は少ない。三車線ある大通りを走る車もまばらで、排ガスの匂いがなく空気が澄んでいる。
 さすがに、こんな時間帯にネットカフェが混雑していることはないでしょう。
 しばらく歩いていると、ビルの壁に大きく貼られたネットカフェの看板が目に入った。
「あれだね」
 あたしは十階建てくらいのビルの地下にあるお店に入った。
 薄暗い店内に五十以上もの個室が設置され、壁際にはぎっしり本棚が並んでいる。
 他にも、ドリンクバーがあり、食事の注文ができ、シャワー室まであり、好きな人なら何時間でもいられそう。
 あたしはこういうとこ苦手なんだけどね。じっとしてると肩凝ってくるから。
 入店時には会員証の作成が必要で、その際、身分証明書の提示を求められたけど、特に怪しまれることもなく手続きは完了した。
 番号札を挟んだバインダーを手に、禁煙の個室席に入る。
 個室に入ると、すでにパソコンの電源が付いていた。
 さっそく、リクライニング式のソファに座り、マウスを手にする。
 さて、今度はどうかな。
 ここならネットワークにつながらないってことはないはずだけど……。
 でもなんとなく、うまくいかないと思った。根拠はないけど、未来に来てネットで情報集めるなんてずるい気がするから。
 緊張で鼓動が速くなってきた。
 震える手でブラウザのアイコンをクリックする。
 すると――
「なに……これ?」
 インターネットのホームページは確かに立ち上がっている。
 それなのに、画面がぼやけていて内容が全く読み取れなかった。
 画面右上の×ボタンをクリックしてホームページを終了させる。
 デスクトップはぼやけてない。
 それからもう一度、ブラウザのアイコンをクリックして画面を立ち上げたが結果は同じだった。
 あたしは小声でつぶやく。
「なんなの、これ?」
『わかりません。パソコンの故障とは思えませんが……』
 キョウの苦々しい声。
『念のため席を替えてみてください』
 う〜ん、これはもう無理っぽい展開だな。段々面倒になってきたよ。
 でも一応試さなきゃダメか。
 カウンターへ行き、席の変更をお願いする。
 そして新しい席でホームページを開くも、やっぱり同じ。
 画面のホームページの部分だけがぼやけている。
 これはもう決定的だね。
『どうやら、現行のVFシステムでは仮想未来のネットワークが再現できないようですね』
「じゃあ、ネットで情報収集は無理ってこと?」
『残念ながらそのようです。ですが、インターネットでなくとも情報収集はできます。海、新聞と雑誌を確かめにいってください』
 あたしは個室から出て、新聞と雑誌が置いてあるコーナーへ行く。
 こっちもか。
 なんとなく予想はしていたけど、新聞も雑誌もすべてぼやけていた。
 雑誌なんて表紙までぼやけている。
 馬鹿馬鹿しいと思いながらも雑誌を手に取り、ページをめくってみた。
 当然ぼやけている。
『海、コミックはどうでしょう?』
 あ、そうだ!
 コミックと聞いた途端ワクワクしてきた。
 続きがすっごく気になってる漫画があるんだよね。もし読めたら、ちょっとだけ時間くれないかなぁ。
 ええと、あの漫画のコーナーは……あった。
 確か十巻まで読んだから、次は十一巻……って、あれ?
 見ると、十一巻より先の背文字がぼやけている感じが……。
 ウソでしょ……。
 恐る恐る十一巻を手に取る。すると――
 やっぱりー!
 表紙がぼやけていた。当然、ページをめくってもぼやけている。
 え、でも十巻は?
 十巻を手に取ってみる。こっちはぼやけてない。普通に読める。
 他のコミックもいくつか見てみたけど、やはり現代で発売されていない巻はことごとくぼやけていた。
『どうやらコミックも無理みたいですね。仕方ありません、ここまでにしましょう』
「そんなぁ」
 周囲に人がいるのも構わず、あたしは声を出して嘆いた。
 どうせもう終わりだから関係ないもん。
 続き読みたかったな……。
 次の瞬間、あたしの意識は暗転した。


 五回目のアクセスも収穫なし。
 どうせ無理だろうとわかっていながらも、六回目はテレビとラジオを確認するために某大手家電量販店にアクセスした。
 予想通り結果は同じ。
 展示品のテレビに映る番組は当然かのようにぼやけていた。音もぼそぼそとこもったような雑音しか聞こえない。
 ラジオも、そのお店で買って聞いてみたけど、同じように雑音しか聞こえなかった。
 六回目のアクセスから戻ってきた時点で約一時間半が経過。
 アクセスによる気持ち悪さはないけど、精神的に疲れてきた。
「少し休憩しましょう。それから、あと一回だけアクセスして終わりにします」
「それで、今度は何を確認するの?」
 つまらないミッションが続いたせいで、つい嫌味っぽく言ってしまった。
 そのことにすぐ気が付いて後悔したのだけど、キョウは特に気にするでもなく、さわやかに返してくれた
「ご安心ください。メディアからの情報収集の実験はもう終わりですから」
 ああ、やっぱり優しいな、キョウは。


 ブリーフィングルームで十分ほど休憩したのち、再び作戦会議を始める。
「次はどうするの?」
「情報収集という任務に変わりはありませんが、今度はメディアではなく直接人から話を聞いてみましょう」
「人から?」
「はい。本日午前中の野川さんのミッションで、わずかながら未来の情勢がわかる発言があったということですので、会話からであれば情報が入手できる可能性があります」
「そうなんだ。それどんな発言だったの?」
「例のモデル都市の市長の発言らしいのですが、経済成長を推し進める勢力によって、都市の開発はかなり遅れているとのことです」
「そっか。明季、またあの街に行ったんだ……」
 胸に不安がよぎる。
 テロリストとかいたし、大丈夫かな。
「そのミッション映像、キョウはもう見たの?」
「いえ、まだ閲覧許可が下りていないので見ていません。私が知っているのは柳所長の秘書から聞いたことだけです」
「何があったんだろう? 気になるな」
「少なくとも無事ミッションが終了したのは確かですのでご安心ください。映像に関しては、後ほど柳所長に確認してみます」
「うん」
「本題に戻りましょう。次のアクセスですが、十年後の未来に行っていただきます」
 やっと一年後から脱出だ。十年後なら少しは珍しいものが見られるかもしれない。
 キョウは続ける。
「そこで現地の人から直接お話を聞いていただきたいのですが、いきなり通行人に話かけるわけにもいきません」
「そうだね。でも、見ず知らずのあたしに社会のこと詳しく教えてくれる人なんているのかな?」
「はい、すでに作戦は考えてあります」
「へえー、どんな作戦?」
「帰国子女の振りをしてタクシーに乗ってください」
「どういうこと?」
「要するに、『海外留学から帰ってきたばかりで、最近の日本の状況がよくわからないから教えてほしい』ということにすれば、自然と会話ができます。そして、タクシーの運転手なら知らない人の世間話にも付き合ってくれるでしょう」
「な、なるほど!」
 あたしなんて世間話が好きな田舎のお年寄りに聞こうかな、くらいしか思い浮かばなかったよ。
「ですので、次のミッションは空港から開始します。手ぶらでは不自然なので、まずは空港内でスーツケースとハンドバッグを購入し、適当に買ったものを中に詰め込んでください」
「うん。……あ、でもお金は? あたしそんなに持ってないよ?」
「お金はこちらで用意しました。どうぞお受け取りください」
 キョウは懐から封筒を差し出してきた。
 受け取って枚数を数えてみると、一万円札が十枚もあった。
「こんなに!?」
「念のためです。十年後の物価がどうなっているのか予想できませんので。あとのことはミッションが始まってからその都度指示を出します」
「うん」
 その方が助かる。これ以上は覚えきれない。
「では開始いたしましょう」


 七回目のアクセス。
 指示されたとおり、まずは空港内でスーツケースとハンドバッグを購入する。
 なんで空港にスーツケースが売ってるんだろう? ここで買って、それからどうするの? ――という疑問は置いておく。
 それから、売店で買った物を適当に詰め込んで重量を増やし、いかにも外国から帰ってきた学生という風体を装った。
 よーし、準備完了。
 ――あたしは学生、あたしは帰国子女。あたしは学生、あたしは帰国子女。
 設定を間違えないよう自己暗示をかける。
 ああ、なんかこういうのって楽しいなぁ。本当はもう大学卒業してるのに学生って。
 しかも帰国子女だよ。才女だよ。
 ニヤつきそうになるのを我慢しながらスーツケースを引き、タクシー乗り場へ向かう。
 その途中、キョウの声が頭に響いた。
『海、説明の続きをしますので、そのまま歩きながら聞いてください。返事はしないように』
 あたしは言われたとおり、無言で歩き続ける。
『これから、タクシーに乗って運転手と会話する際の注意点と、話の内容について説明します。まず注意点ですが、なるべく運転手には質問させないよう次々と話を進めてください。留学していた時のことなど聞かれては困りますからね』
 あたしは海外へ行ったことは一度もないし、外国語も話せない。話の流れがそっちへ行ってしまったら、そこでミッション失敗になってしまう。
『次に話の内容ですが、先ほど説明したとおり、留学生だから最近の日本の状況をよく知らない、というところから入ってください。それから、最近の景気の善し悪しを聞いてください。その後の話題については、会話の流れに沿って私が短く指示を出しますので、臨機応変にお願いします』
 説明が終わる頃、タクシー乗り場に到着する。
 空港内は現代とほとんど変わらなかったけど、ここに来てちょっと変わった光景を目にした。
 十台以上のタクシーが待機する国際空港のタクシー乗り場。にも拘らず、車のエンジン音があまり耳に入ってこないし、排ガスの匂いもない。
 あたしも乗っているからわかる。ここに停まっているタクシーはすべてハイブリットカーだ。現代でもハイブリットカーのタクシーは見かけるけど、まだまだ数は少ない。ここ数年で変わったみたいだ。
 もしかして電気自動車もあるかな、と思い探してみたけど見当たらなかった。
 まだまだグローバルスタンダードへの道のりは遠いみたいね。
 ――さて、ここからが本番だ。気を引き締めていこう。
 あたしはタクシーの運転手さんに乗車の意思表示をする。
 運転席から出てきた運転手さんは、三十代前半くらいの男性だった。
 スーツケースをトランクに入れてもらい、後部座席に乗り込む。
 それから行き先を告げ、シートベルトを締め、車は発進。
 直後、運転手さんが前を向いたまま話かけてきた。
「お客さん、旅行帰りですか?」
「いえ、実はあたし、留学先のアメリカから帰ってきたところなんです」
「ほう、アメリカ――」
「だから、ここ最近の日本がどうなってるのかよくわからないんですよ。運転手さん、よかったらいろいろ聞いてもいいですか?」
 相手に質問させる隙を与えず、どんどん話を進める。
「ええ、いいですよ。何でも聞いてください」
 ちょっと強引だったけど、運転手さんは快く返事をしてくれた。
 少し走ったところで、タクシーが空港から直結する高速道路に入る。
 一般道では止まったり曲がったりで忙しくて会話しづらいから、すぐに高速道路に入るこの空港を選んでくれたみたいだ。
 ともかく会話の主導権は握った。
 確か最初に聞くことは――
「最近の景気はどうですか?」
「景気ねぇ、ひどいもんですよ。税金ばかり上がって所得が上がらないもんだから、経済は混乱する一方です」
 運転手さんは前を向いたまま、後部座席にもはっきりと届く声で言った。
「そうなんですか……」
 あたしは残念そうに答える。
 さて、導入はうまくいった。次の指示、次の指示。

『少子化問題について聞いてください』
 
「少子化問題はどうですか? 日本の人口は、まだ減り続けてるんですか?」
 すると、運転手さんは「ハハッ」と皮肉っぽく笑う。
「まだってお客さん、人口減少はこれから拍車がかかるところですよ。あと三十年は、この流れは止まらないでしょう。政府が本腰入れて対策に乗り出さない限りね」
「じゃあ、今はこれといって対策してないんですか?」
「全くではありませんが、相変わらず貧困にあえぐ若者が増えているのが現状です。政府もメディアも少子化問題を口にするだけで、本気で取り組む気がありません。平均寿命もさらに伸びて、世代間の格差は広がる一方です」
「どうして、政府はちゃんと対策しないんですか?」
「それは、子供のために予算を割いても票にならないからですよ」
「え、票って、選挙のことですか?」
「そうです。投票者の数が多いのは高齢者ですから、政治家は選挙で票を集めるために高齢者が優遇されている現状を変えようとしないんです。そしたら、その分だけ若い世代の負担が増すわけですから、少子化に拍車がかかって当然なんです。まあ、投票に行かない若者にも問題はありますがね」
 うむむ、そうだったんだ……。
 あたし投票なんて行ったことないよ。これからは行った方がいいのかな。
「かくいう私も、三十過ぎても結婚する目処がちっとも立たないわけですが……」
 運転手さんは悲しそうに言った。
 あたしには返す言葉がなかった。
 少しの間、会話が途切れる。すると――
 
『移民政策がどうなったか聞いてください』

 すかさずキョウのフォローが入った。
「じゃあ、少子化で減った分の労働人口はどうやって補ってるんですか? もしかして海外から移民を募ってるとか?」
「そうです。あれだけ反対の声が多かったというのに、結局始まってしまいましたね。そのせいで若者の雇用状態がさらに悪化しています。私みたいな契約社員は、いつクビを切られるかわかったもんじゃありません。いや、もう正社員でも安心できる時代じゃないでしょう」
 そういえば、午前中に見た明季のミッション映像にも外国人がたくさん映ってたな。
「移民はどこから募ってるんですか?」
「中東やアフリカが多いですね。最近は街でよくイスラム教徒を見かけるようになりましたよ。それと、東南アジア、中国からも来てます」
「それだと、宗教や文化の違いで争いが起きるんじゃないですか?」
「もちろん起きてますよ。政策を実施して以来、犯罪件数も明らかに増加しています」
「そんな……」
 あたしはまた言葉を失った。
 そこへ、キョウからフォローが入る。

『暴動が起きているか聞いてください』

「そこまでひどい状態になって、暴動とか起きないんですか?」
「今のところ本格的な暴動は起きていませんが、デモ行進やヘイトスピーチをする若者はかなり増えています。政府がこのまま愚策を続ければ、暴動に発展するのも時間の問題でしょう。いくら日本人でも限度はありますからね」
 日本で暴動。年代が近いだけあって、生々しくて恐ろしい。
「それじゃあ、もう日本が世界一安全な国とは言えませんね」 
 あたしはとりあえずそれっぽいことを言った。
「そうですね。飲食店で机にカバンを置いて席取りみたいなことはもうできませんね。でも、お客さんはアメリカで暮らしてたんだから、そのへんはもう慣れっこですよね?」
「あ…………はい! そうですね、慣れてます」
 一瞬、惚けてしまったところを慌てて取り繕った。
 アメリカ留学から帰ってきた設定だったのを忘れてた。
 幸い運転手さんは特に不審がる様子もなく言葉を返してくれる。
「ですよね。向こうじゃカバンから目を離すなんて危険ですもんね」
 とはいえまずい。話が海外方面にいってる。早く戻さなきゃ。
 そこで、またもタイミングよくキョウのフォローが入る。
 
『危険といえば、原発はどうなりましたか』

「危険といえば、原発はどうなりましか? 今は稼働してるんですか?」
「してますね、残念ながら」
「ええと、それはどのくらい?」
「全国各地で稼働してます」
 運転手さんは呆れたように言う。
 あたしは呆れてなんてられなかった。
「全国ですか」
「それどころか、新しい原発の増設まで検討されてますよ」
「ど、どうしてですか? 原発なくても乗り切ってたじゃないですか?」
「はっきりとはわかりませんが、やっぱり利権絡みじゃないでしょうかね。それに日本が原発をやめても周辺国がどんどん作ってますから、どのみち事故が起きれば放射能の被害は免れない。それなら日本の安全技術を広めるために継続した方がいい――とかいう話から始まって、結局なし崩し的に復活してしまったんですよ」
 あたしは低くうなる。
「う〜ん、それでよく選挙に勝てますね……」
「まあ、政治家は選挙になった途端いいことばかり言いますからね。そして国民は何度でも騙される。その繰り返しですよ」
 運転手さんはまた呆れたように言った。
 その時ふと気付いた。
 そういえば会話に夢中で今まで気にしてなかったけど、情報収集できてる! 
 会話からならできるんだ! 
 うわ、すごい、大発見じゃない? これ。 

『海、会話が途切れています』

 あ、そうだ、考え事してる場合じゃ――
「ところでお客さん。アメリカではどちらの大学に通われていたんですか?」
 不覚。運転手さんの方から質問されてしまった。
「え……ああ、コロンビア大学です」
 あたしはとっさに思いついた大学名を口にした。
「え、コロンビアですか!」 
 運転手さんの驚きようは想像以上だった。
 しまった、コロンビアってアメリカじゃなかったかな? 南米だったかな?
「あ、あの、何かおかしいですか?」
 おそるおそる尋ねる。
「いえいえ、すごいじゃないですか! それならいくら不況のこの時代でも就職には困らないでしょう?」
 まずい、そんなにすごい大学だったとは。
「ま、まあ、そうかな……」
「ちなみに、どんな職を希望してらっしゃるんですか?」
「あー、ええと、それはですね……」
 まずいって、そんなの考えてない。
あたしは小声で尋ねる。
「キョウ、どうしよう?」
『仕方ありません。ここで終了にしましょう』
 キョウの優しい声が返ってきた。
「お客さん?」
 運転手さんがルームミラー越しに怪訝な表情を見せる。
 聞こえちゃったかな。
「あ、何でもないですよ、こっちのことです。それより運転手さん、今日はいろいろ聞かせてくれてありがとうございました。これからもお仕事がんばってくださいね」
 次の瞬間、あたしの意識は暗転した。


 気が付いたら暗闇の中で座っていた。
 七回目だからもう慣れたけど、今回は座ったまま終了したから、まだ車のシートに座っている感じがする。
「海、気分はいかがですか?」
「うん、何ともないよ。それよりごめんね、集中力が途切れちゃって……」
「いえ、会話による情報収集が可能とわかっただけでも充分な成果です。今回のミッションは大成功ですよ」
「そっか、それならよかった」
 ホッと胸を撫で下ろす。あたしにもちゃんと仕事ができたんだ。
「それで、これからどうすればいいの?」
「まずは一階のメディカルルームでチェックを受けてください。異常がなければ、そのあと柳所長からお話があるそうなので、所長室へお願いします」
「わかった」
 メディカルチェックの内容は健康診断に脳波測定を加えたようなもので、だいたい三十分くらいで終わった。
 結果は異常なし。次回からはもう少し短い時間で済むらしい。
 ただし、深刻なダメージを負っていなかったらの話だけど。
 それから、キョウに言われたとおり所長室へ行く。
 ――コンコン。
 あたしは木製の扉を叩いた後、所長室の扉を開けた。
「失礼します」
 柳所長は応接ソファに腰掛けていた。いつもどおりサングラスをかけている。
 部屋にはもう一人、あたしより少し年上くらいの女性秘書さんがいた。
 あたしが来たらすぐに話ができるよう待っていてくれたみたいだ。
「どうぞ、こちらへお掛けください」
 秘書さんに促され、あたしは柳所長の向かいの席に座る。
 それまで微動だにしなかった柳所長が口を開く。
「三波君、ミッションご苦労だったな。調子はどうかね?」
「身体はないともないですよ。でも、ちょっと精神的に疲れました」
「精神的な負担が大きかったのか?」
 柳所長の眉が微かに引きつる。
「あ、六回目まではずっと単調で失敗続きだったけど、七回目で成果があったからもう落ち込んでないですよ」
「そういうことか……」
 今度はホッとする柳所長。
 心配してくれたのかな?
「ところで、お話って何ですか?」
 尋ねると、
「三波さん、まずはこれを」
 秘書さんが横から封筒を差し出してきた。
 それから柳所長が説明する。
「契約金の支払い明細だ。この場で確認してほしい」
 前金で三百万円もらったのに、その上まだもらえるなんてすごいな。
 いくらだろう。二十万円くらいもらえるのかな?
 封筒を開け、明細書を取り出す。
 そこに記された金額は――
「え……!?」
 一瞬、目を疑った。
 なにこれ、0がいっぱいある。えーと、一、十、百、千、万、十万、百万――
 数えている途中で、柳所長の声が割り込んできた。
「前金で三百万円を支払ったので残り九七〇〇万円を本日、君の銀行口座に振り込ませてもらった。合わせて一億の契約金だ」
 いち……おく……。
 あまりに予想外の金額に、あたしは慌てふためく。
「あ、あの、これはいくらなんでも多過ぎじゃありませんか?」
「そんなことはない。人類の救世主ともなりうる君に、この程度の金額しか支払えないのが心苦しいくらいだ」
「でもあたし、こんなにもらっても使い道ないですし……」
 前金で新車を買っておきながらこう言うのはなんだけど、あたしはあまりお金を使わない方だ。ブランド品とか宝石とか興味ないし、高級レストランよりファミレスの方が気楽でいいと思ってる。もし宝くじで一等が当たったら――という例え話をしても、回転寿司で大トロをお腹いっぱい食べようかな、くらいしか思いつかない。
「そういう問題ではない」
 柳所長は率直な物言いをする。
「この先、更なる人材発掘のために海外からもテスター候補を募る時が来るだろう。そうなった時、契約金が低くては優秀な人材は集まらない。そういう意味でも、君にはこの金額を受け取ってもらわなければならないのだ」
 そう言われてしまっては受け取るしかない。なんだかスポーツ選手みたいだな。
 あたしは明細書をハンドバッグにしまった。
「ちなみに、明季がいくらもらってるか聞いてもいいですか?」
「一八〇〇万円だ」
 またも予想外。
「え、そんなに違うんですか?」
 明季ならあたしと同じかそれ以上かと思ったのに。
「君と野川君の能力差を考えれば妥当な金額だ」
 その言葉に胸がズキッとした。
 能力差。それが何を指しているのかくらいあたしにもわかる。
 午前中キョウから聞いた適性率≠ニいう数値のことだ。努力して手に入れたのではなく、最初から備わっている能力。
 不意に、過去の記憶が蘇る。

『海ちゃんは特別だよ。海ちゃんが入ったチームが絶対勝つもん』

『野川君? あの人と海じゃ釣り合わないでしょ?』

『君ならオリンピックで金メダルだって狙える。君は特別な才能を持っているんだ』
 
 またなの? ここでも、またあたしは特別扱いされるの? 
 あたしなんかより、明季の方がずっとがんばってるのに……。
 柳所長は続ける。
「言っておくが、私は野川君を過小評価しているわけではない。彼は優秀だよ。二十代前半の平均年収を知っているかね? おおよそ二五〇万円だ。一八〇〇万という金額は決して安くはない、軽くはない」
「……わかってます」
 柳所長の言うことは正論だし、これ以上お金の話をしても仕方がない。
 あって困るものでもないし、いざとなったらどこかに寄付すればいい。
 あたしは話題を変える。
「ところで、午前中の明季のミッション映像を見せてほしいんですけど、許可はいつ下りるんですか?」
「む……」
 なぜか声を詰まらせる柳所長。それから微かにうつむき、沈黙した。
 どうしたんだろうと思い柳所長の表情を伺うも、サングラスのせいでよくわからないので秘書さんの顔を見上げた。
 すると秘書さんにもわからないのか、小さく首を傾げた。
 しばらくしてから、柳所長は何か言いづらそうに口を開く。
「すまないが、その映像は閲覧を許可できないことになった」
「どうしてですか?」
「ミッション中、野川君が知ってはいけないことを知ってしまったからだ」
「なんですか、知ってはいけないことって?」
「それを言ったら映像を見せたも同然になってしまう。答えることはできない」
「はぁ……」
 何があったのかすごく気になるけど、柳所長に答える気はなさそうだ。   
 昼休みに会った時、明季は無事だったので、無理に聞き出すほどのことでもない。
 これで話は終わりかな。
 そう思って腰を上げようとしたところ――
「三波君、君に一つ大事な頼みがある」
「はい?」
 さっきと同じで、何か言いづらそうな様子。
「今後、野川君と接触することを控えてほしい」
「……は?」
 ワケがわからず、首を傾げる。
 柳所長が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。
「どういうことですか?」
「言葉どおりの意味だ」
「接触を控えろっていうのは要するに……会っちゃいけないってことですか?」
「そうだ」
「ど、どうして!?」
 あたしは声を張り上げながらソファから勢いよく立ち上がった。
 フツフツと怒りがこみ上げてくる。大声を出さずにはいられなかった。
 柳所長は動揺を見せることなく静かに答える。
「野川君が知ってはいけないことを知ってしまったため、そうせざるを得なくなった。それ以上のことは言えない」
「納得できません!」
 さっきの映像を見せてもらえない云々(うんぬん)とはわけが違う。
 明らかにプライベートまで侵害する滅茶苦茶な命令だ。
 あたしがそれを言おうとする前に、柳所長は申し訳なさそうに頭(こうべ)を垂れた。
「すまない、決して君や野川君に過失があるわけではないのだ。だが人類の未来のためにそうしてもらわなければならないのだ……」
 柳所長の肩が震えていた。
 嘘は言ってない。私利私欲のためでもない。それは、なんとなくわかる。
 だからといって怒りが収まるわけではない。
「その会っちゃダメっていうのは、いつまでなんですか? まさか一生ってわけじゃないですよね?」
「そうだな、最低でも二年といったところか」
「電話やメッセージのやりとりもダメなんですか?」
「控えてほしい」
「明季には、そのことを話したんですか?」
「話したよ。彼は納得してくれた」
「明季が……!」
 予想外の答えに頭が混乱する。
 どうして? 明季は、あたしに会えなくなってもいいっていうの?
 明季は、あたしのこと――
 半ば放心状態のあたしの耳に、柳所長の事務的な声が聞こえてきた。
「話は以上だ。私は君のことを信用している」


 所長室を出たあたしはキョウに話を聞いてもらおうと思い、第二ブリーフィングルームに戻った。
 でも、キョウはいなかった。まだ仕事が残っているのかもしれない。
 仕方なく踵を返し、地下一階の薄暗い廊下を早足で歩く。
 ワケわかんない。明季と会っちゃダメって、いったい何がどうなったらそんな状況になるの? それが人類の未来となんの関係があるっていうの? しかも明季は承知したって……。そんなの絶対納得いかない!
 とにかく、命令違反だろうとなんだろうと明季に会って直接聞いてみなきゃ。
 と、その時。
「失礼」
 廊下に背の大きな男性が立っていた。
「え?」
 あたしは立ち止まって声の主を見つめる。
 年齢は二十代後半、身長は一八五センチくらい。ただし、同じ長身でも細身のキョウとは身体の厚みが違う、筋量が違う。少しクセのある短髪に、鋭い目付き。服装はグレーのミリタリージャケットで、まるで軍人のような威圧感を放っている。
 男が低い声で尋ねてくる。
「三波海さんかな?」
「そうですけど。所員の方ですか?」
 この地下一階に入ってこられるのは、柳所長とその秘書、テスター、ナビゲーターの他はVFシステムの整備スタッフくらい。つまり、この人はあたしの知らない整備スタッフさんのはずだ。
 言い知れぬ不安とともに、男の口からそうだという返事がくることを期待した。
 しかし、男は否定した。
「いや、俺は元テスター候補の紫波という者だ」
「……!」
 反射的に後ずさり、距離をとる。
 柴波隆翔(しばりゅうしょう)。
 VFシステム適性試験において第二位の適性率を示すも、危険思想を持っていたがために採用されなかった男。
「その反応からすると、俺のことは聞いているようだな」
「な、何しに来たの?」
 うわずった声で聞くと、紫波はサッと手のひらをこちらへ向けた。
「まあ落ち着け。危害を加えるつもりはない。あんたと取引がしたいんだ」
「取引?」
「そうだ。だがその前に忠告しておこう。このままでは野川明季は殺されるぞ」
「殺されるって、誰に?」
「VFシステムにさ」
「どういうこと?」
「簡単な話だ。野川は今、本来なら三、四人のチームでやるべきミッションを一人でやっている。それでは心身に掛かる負担が重過ぎるんだ」
「それなら、これからはあたしがいるんだから問題ないでしょ?」
「いや、あんたは特別扱いさ。研究所も不慮の事故で金看板を失うわけにはいかないからな。当分は今日みたいなぬるいミッションが続くだろうよ。その間に野川を先行させて安全性を高めておこうってのが研究所の方針なんだ」
「そんな……」
 あたしは言葉を失う。
 まさか明季に会わないよう命じてきたのもそのため?
「……でもどうして、ミッションのことを知ってるの?」
「見せてもらったからさ。方法は企業秘密だがね」
 柴波はしれっと言う。
「どうせ盗撮でもしたんでしょ」
「そうにらむな。今、野川を救えるのは俺しかいないんだぞ?」
 紫波は不法侵入の上に盗撮までした身でありながら余裕の表情だ。通報されるとは微塵も思ってない。この男は、あたしが話に応じると確信している。あたしの明季に対する気持ちを知っている。その上で取引に来ている。そんな態度だ。
「あたしにどうしろっての?」
「俺はテスターになりたいが、今のままでは無理だ。そこで、あんたから柳所長に頼んでもらいたい。最高の適性率を持つあんたの言うことなら、所長も無下にはできんだろうしな」
「それでもダメって言われたら?」
「その時はテスターを辞めると言えばいい。所長は絶対にあんたを手放したくないはずだから、それで通る」
 あたしや明季のことだけでなく、柳所長のことまで調べ尽くしてあるようだ。
 悔しいけど、あたしの頭じゃこの男に対抗できない。
 だからといって素直に取引なんてしたくない。
「そこまでしてテスターになって、いったい何がしたいの?」
「それはあんたたちと同じさ。俺も未来を変えたいんだよ。だから、基本的にはここの方針に従うと約束する」
「そんなの信用できるわけないでしょ!」
 あたしが叫んでも、紫波は全くひるむことなく不敵な笑みを浮かべた。
「俺がテスターになれば野川の負担は半分になる。あんたにとっても魅力的な取引だと思うんだがな」
 こんな男どう考えても信用できない。
 でも、この研究所だって何かおかしい。
 明季が殺されるという言い方は大げさにしても、限界まで酷使される可能性はある。
「……」 
 言葉が出てこない。
「すぐに返事をよこせとは言わない。決心がついたら、ここに連絡してくれ」
 紫波はそう言ってから、電話番号が記されたメモを差し出してきた。
 あたしはそれを受け取らず、紫波をにらみつける。
 すると、紫波はフッと小さく笑い、メモを手離した。
 メモはヒラリと宙を舞い、あたしの足元に落ちた。
 それから紫波は言う。
「取引に応じるかどうかはあんたの自由だ。応じなかったからといって危害を加えるようなことはしない。だがこれだけは言っておこう。野川を含め、ここの連中は命よりミッションの方が大事だと思っている。だから、あんたの悩む時間が長ければ長いほど、野川の寿命は短くなっていく」
 紫波は不敵な笑みを浮かべたまま、ゆっくりと背を向けて歩き出した。
 今すぐ通報すれば間に合う。あの男を捕まえられる。
 それなのに、あたしは床に落ちたメモを見つめたまま一歩も動けなかった。


 ますますワケがわからなくなった。
 なんなのあいつ? なんなのこの研究所? どうして明季のこと実験機みたいに扱うの? 明季はどうして納得してるの?
 せめて明季の気持ちだけは確かめなければならない。
 いざとなったら、さっきの契約金を突き返せばいい。車を売って、足りない分はアルバイトでもして返せばいい。
 決心して明季に電話をかける。
 でも出てくれないどころか、着信拒否設定までされていた。メッセージも同様だった。
 こうなったら直接会いにいくしかない。
 あたしは車に乗って、帰宅ラッシュが始まりかけた夕方の道路を走った。
 十五分ほどで到着し、外から十四階にある明季の部屋を見ると、電気が付いていた。
 ――いる。
 セキュリティの都合上、部屋の前までは行けないので、玄関でインターホンを鳴らす。
 しばらくして、スピーカーから明季の声がした。
『はい。野川です』
 まずは普通の声。
「あの、あたしだけど」
『海……!』
 それから、少し驚きの混じった声が返ってきた。
 スピーカー越しでも、いつもと様子が違うのがわかる。
「ねえ、明季。話がしたいの。部屋に入れてくれない?」
『所長から話を聞いたんだろ?』
「そうだけど、あたしはまだ納得してないの。だから、こうなったワケを聞かせて」
『ダメだ』
 短く冷たい返答に、胸が凍りつきそうになる。
 それでも、あたしはめげない。
「じゃあ普通の話をするだけでいいから、部屋に入れて」
『ダメだ』
「どうして!?」
 堪えきれなくなって、あたしは叫んだ。
『僕は研究所の方針に従うことにした。それだけだ』
 明季の態度は変わらなかった。実際には平静を装っているだけかもしれない、いや、きっとそうなんだろうけど、それが許せなかった。
「でも、今日お昼に会った時、『また明日ね』って言ったじゃん!」
『ごめん……』
「謝るんなら開けてよ!」 
『ごめん、海』
「とにかく開けて!」
 あたしはスピーカーにめいっぱい顔を近付けて叫んだ。
 いつの間にか声に嗚咽が混じっていた。
 どうして……どうして……?
 明季は返事をくれない。でも、通信はまだ切られていない。
 だから、あたしは待った。
『……海』
 長い沈黙の後、声が返ってきた。
『帰ってくれ』
 え……。
『もう、ここへは来るな』


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 515