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作品名:バーチャル・フューチャー(仮想未来) 作者:hitori

第4回 二章 適性率(前編)


 大学四年生の夏休みに入ってから、あたしは毎日部屋にこもって勉強をしていた。
 目的はもちろん、明季と同じ研究所に入るためだ。
 ところが、あたしは十月にあった研究所の適性試験を受けられなかった。試験を受けるには紹介状が必要らしくて、明季は大学教授の推薦でもらえたけど、あたしはそれを手に入れられなかった。
 でも、あきらめない。
 明季が研究所の一員になれば明季に紹介してもらえばいいのだから、あたしはそのつもりで勉強を続けていた。
 そんなある日。
「海、お客さんよー」
 母に呼ばれ、あたしは勉強を中断した。
 誰だろ? 明季ならお客さんなんて言わないはずだし、他に訪ねてきそうな人は思い当たらないんだけど……。
 部屋を出て、階段を降り、玄関に向かう。
 一瞬、お伽の国からお姫様がやってきたかと思った。
 そこにいたのは驚くことに、白い肌にプラチナブロンドのポニーテールヘア、青い瞳をした西洋人の女の子だったのだ。
「はじめまして、三波海さん。わたしはVFシステム開発研究所から来ました、アイシャと申します」
 女の子は日本人と変わらないくらい流暢な日本語であいさつした後、丁寧にお辞儀をした。服装は白のロングスカートが似合う可愛らしいコーディネイトだけど、態度はビジネス調だ。
「こ、こちらこそはじめまして!」
 慌ててお辞儀を返す。声が少しうわずってしまった。
 なに? なんなの? なんで外国の女の子がうちに来るの?
 あれ、でもVFなんとか研究所って、明季が勤めることになったところじゃない?
 もしかして、もう紹介してくれた? 
「突然お邪魔してすみません。実は、野川明季さんのことでお伺いしたいことがあってきました」
「明季の?」
「はい。先日明季さんのご両親に伺ったところ、三波さんが明季さんのことを一番よく知ってらっしゃると聞きました。ですので、もしよければ明季さんのことをいろいろと聞かせていただけませんか?」
 う〜ん、これは素行調査みたいなものかな? いまどきめずらしいな。
 なんにしても、この子が研究所の一員なら、これはあたしをアピールするチャンスだ。
「うん、あたしに答えられることならなんでも答えてあげるよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、お茶出すから、とりあえず上がって」
 あたしは母にお茶の用意を頼み、女の子を客間に案内した。


「ごめんなさいね、日本茶しかなくて。よかったかしら?」
 客間にお茶を持ってきた母がアイシャさんに尋ねた。
「はい。日本茶は大好きです。わざわざありがとうございます」
 アイシャさんはソファから立ち上がり、深々とお辞儀をする。
 礼儀正しい子だな。若く見えるけど実は年上だったりして?
 新入社員の調査に来るくらいだし、それなりの立場なのかもしれない。
 しまったなぁ、敬語で話すべきだったかな。ふんわりした感じの子だからつい油断してしまった。
 ……ま、いっか。気にしてないみたいだし。
「それじゃ海、失礼のないようにね」
 母はそう言って客間から出ていった。
 あたしはお茶を一口含んだ後、アイシャさんに尋ねる。
「アイシャさんは研究所の職員さんなの?」
「はい。四月から明季さんをサポートするのがわたしの役目になります。ですので、できるだけ明季さんのことを知っておこうと思いまして」
「うわ、なんだかすごいね。勤める前からそこまでするんだ」
「明季さんには、それだけ重要な役割を担っていただかなくてはならないのです」
「そうなんだ……」
 入っていきなり重要な役割だなんて。どんな研究をするんだろう?
 アイシャさんは少しだけ表情を曇らせる。
「もしかして、お忙しいところだったでしょうか?」
「ううん、そんなことないよ。あ、でも、代わりと言ってはなんだけど、ちょっとだけあたしの話も聞いてほしいかなぁ、って思ってるんだけど」
「わかりました。では三波さんのお話から先に伺いましょう」
 アイシャさんは快く返事をしてくれた。
 よかったぁ、いい人で。
 アイシャさんがお茶を飲んで湯飲みを置くのを待ってから、あたしは言う。
「実はね、あたしも研究所の試験受けたかったんだけど、紹介状がなくて困ってたの。どうにかならないかな?」
 明季に紹介してもらう方法が確実とは言い切れないし、何より、できれば明季と一緒に仕事を始めたい。この子にそんな権限があるかどうかはわからないけど、頼んでおいて損はないはず。
「その質問にお答えする前に、三波さんにお尋ねしておきたいことがあります」
 アイシャさんが急に真顔になって聞いてきた。
「なあに?」
「三波さんは、今人類が衰退の危機にあることをご存じですか?」
「え……あ、うん、知ってる。前に明季が言ってたから」
 なに、いきなり?
「では、その危機を乗り切るためにはどうすればいいと思いますか?」
 なにこれ、テスト? ちゃんと答えないと紹介してもらえないの? 
 だとしたら、明季が言ってたことそのまま言うのはまずいよね。あたしの考えを言わないと。
「ええと、人類の衰退とか危機とか言われても、普通の人はなかなかピンとこないと思うの。あたしも、はじめに明季からその話を聞いた時はよくわからなかったから。だから言葉じゃなくて、もっと具体的な何かを見せたらどうかなって思う。実際、危なくなった時の映像とか」
「なるほど、シミュレーション映像ですか」
 アイシャさんは小さくつぶやいた。
 一応あたしなりにがんばって考えたつもりだけど、ダメかな。安直かな。
 そう思って視線を落とすと――
「わかりました。それでは三波さんのことは、わたしから研究所の所長に伝えておきますね」
「え、いいの?」
「はい。三波さんが未来に強い関心を持ってらっしゃる方だとわかりましたから」
「やった!」
 あたしは胸の前でグッと両手を握る。
「ただし、合格できるかどうかは三波さん次第ですので、その点はご理解ください」
「あ、うん」
 そりゃそうだよね。
 でも嬉しい。これで明季に追いつけるかもしれない。
 アイシャさんはまたお茶を一口含み、表情を穏やかにする。
「それでは、本題の方に移ってもよろしいでしょうか?」
「明季のことだったね。なんでも聞いて!」
 あたしは力強く言う。
 自慢じゃないけど、明季のことならなんだって知ってるんだから。
「ふふ、では遠慮なくお聞きしますね」
 アイシャさんは柔らかな笑みを浮かべながら、ハンドバックからメモ帳とペンを取り出した。
「まず、海さんから見た明季さんは、一言で表すとどんな方ですか?」
「う〜ん、一言ねぇ……」
「思い付くままで構いませんので」
「じゃあ、無愛想で不器用で神経質なんだけど実は優しい子、かな」
「……優しい方なんですね」
 アイシャさんはつぶやきつつ、メモ帳に書き込む。
「明季さんの趣味はなんでしょう?」
「読書だよ。いつも本ばっか読んでる」
「どんな本を読んでいますか?」
「小説が一番多いかな。でも漫画も読むし、実用書も読むし、ジャンルに関わらず興味を持ったものはいろいろ読んでるよ」
「好奇心が旺盛なのですね。他に趣味は?」
「特にこれっていうのはないかな。テレビは見ないし、ゲームもやらないし、強いて言うならお散歩かな」
「お散歩はお一人でされるんですか?」
「そうだよ。お散歩に限らず一人でいることが多いんだけどね。基本一人でいるのが好きみたい」
「素朴を好む方なんですね」
「そうそう。質素倹約とか言ってね、とにかくお金を使って遊んだりしないの。お買い物に行っても衝動買いとか絶対しないし。あ、本以外ね」
 アイシャさんはものすごい速さでペンを走らせている。
 もしかして、会話したこと全部書いてるのかな?
 席を立って覗きにいってみる。
「わ、英語だ!」
「?」
 アイシャさんは、こちらを見上げて首を傾げた。
「あ、ごめん。つい気になって」
 あたしは席に戻り、再びアイシャさんと向き合った。
「質問を続けますね。明季さんの好きな食べ物はなんですか?」
「基本的にはなんでも食べるんだけど、さっぱりしたものとか薄味のものが好きみたいだね。逆に脂っこいのと甘々なのは苦手って言ってた」
「では、お菓子はあまり食べないのでしょうか?」
「あれば食べるくらいかな。自分で買ってまでは食べないけどね」
「そうですか。ではお好きな飲み物は?」
「紅茶だよ。いろんな種類のを買ってきては飲んでるよ」
「好きな紅茶の種類はわかりますか?」
「アールなんとかって言ってたかな。なんか薬湯みたいな香りがするの」
「アールグレイですね」
「あ、そうそう。それでね、明季っていつもなんにも入れずに飲むんだよ。お砂糖もミルクもレモンも。ブラックコーヒーならぬブラック紅茶だね」
「……それは貴重な情報ですね」
 アイシャさんは熱心にメモをとる。
「もしかして、明季に紅茶淹れてあげるの?」
「はい。ミッションの前にティータイムを設けようと思ってますので」
「へえー、いい職場だね。あ、じゃあ、コーヒーはダメだよ。飲んだらお腹痛くなるって言ってたから」
「わかりました。コーヒーはダメ……と。他に苦手な飲み物はありますか?」
「あとはお酒くらいかな。お酒は一切飲まないから」
「普段の食事量はどうでしょう?」
「そんなに食べない方かな。男の子にしては少食だよ」
「おタバコは?」
「吸わない吸わない」
「健康的な方なんですね」
 アイシャさんは嬉しそうに言った。
「もう潔癖過ぎてそれが欠点なくらいだよ。あ、でもちょっと意外な趣味、っていうか性癖もあってね」
「な、なんでしょう?」
 アイシャさんは目を輝かせながらソファから身を乗り出してきた。興味津々だ。
「んー、明季ってね。メイド姿の女の子が好きみたいなの」
「メイドですか?」
「うん。偶然なんだけどね、明季の部屋でそういう写真集を何冊か見つけたの。それでその時あたしが着てあげようかって言ったら、真っ赤になって『海じゃダメだ』って言われてね。まったくもう失礼千万だよ」
「まさかご自分で着る趣味は?」
「それはないない。あくまでも鑑賞する方だよ。アイシャさんなんてすっごく似合いそうだから、もし明季に頼まれても着なくていいからね。明季のことだから襲ってきたりは絶対ないけど、頭の中でどんな妄想されるかわかったもんじゃないよ」
「なるほど、良いことをお聞きしました」
 アイシャさんはメモをとりながら、なぜかにんまりしていた。
 なに、その顔? まさかこの子、メイド服着るつもり? 
 いやいや、それはないでしょ。……ないよね?
 アイシャさんはペンを止め、ゆっくりと顔を上げる。
 そして真顔で聞いてきた。
「ところで、メイド服はどこに行けば買えるのでしょう?」
 この子、本気だ!


 それから一ヶ月後、あたしは個別で行われた適性試験に見事合格した。
 その後の連絡もアイシャさんと取っていたので、そのうち親しくなって、アイちゃんと呼ぶようになった。
 アイちゃんにも友達言葉で話してほしいと言ったけど、どうやら敬語でしか日本語を話せないらしい。いつか覚えてほしいな。
 それから、あたしが研究所に入ったことは直前まで明季には内緒にしてもらうことにした。柳所長から聞いたテスターの仕事内容は予想以上に過酷そうだった。
 たぶん、明季は反対する。でも、あたしはやめるつもりなんてない。明季だって研究所の仕事内容をあたしに隠していたのだからお互い様だ。
 
 
 さらに月日が流れて四月の中旬。
 明季に遅れること一週間。あたしは今日初めて、正式にテスターとして研究所に出勤する。
 ついにあたしも社会人かぁ。
 仮想未来にアクセスするなんていう特殊な職業だけどね。
「それじゃあ行こっか、アイちゃん」
「はい」
 研究所に手配してもらったマンションへの引っ越し作業は二日前に終わっていたものの、すぐに生活できる状態ではなかったので、アイちゃんの家でお世話になっていた。
 そして今日、月曜日。
 あたしは前金で買った新車でアイちゃんと一緒に出勤する。
 私服でいいと言われたから、あたしもアイちゃんも私服で。
 今日もそうだけど、アイちゃんの服装はいつもロングスカートを基調としたふんわりした服装だ。色は空色とかベージュとか淡い色が多い。
 そして、明季のミッションの時は本当にメイド姿になるらしい。しかも、お店で売っているのは出来が悪いから、すべて自作したとか。
 なんだかもう、すごく女の子って感じだな。
 それに引き換えあたしはというと、パーカーにジーパンにスニーカーと、見た目よりも動きやすさを重視した服装だ。高校の制服以来、スカートなんて履いたことがない。
 年頃の娘にしては飾り気がないとよく言われるけど、あまり気にしない。
 でも、お気に入りの白猫ヘアピンだけはいつも付けている。
 大学生の時に一度だけ、いったいなんの気まぐれか明季が誕生日に贈ってくれたヘアピン。あたしはいつも、これで前髪を左寄せにする。
 そして出発。
 研究所には十五分くらいで到着した。
 それから、アイちゃんから受け取ったIDカードを使って地下一階に降りる。
 薄暗い廊下を進み第二ブリーフィングルーム≠ニ表示された扉の前まで来たところで、アイちゃんは足を止めた。
「では、わたしはこれで失礼しますね。あとは、この中にいるナビゲーターの指示に従って行動してください」
「え、アイちゃんがナビゲーターじゃないの?」
「わたしは明季専属のナビゲーターですので。海さんには別の男性ナビゲーターが専属で就きます」
「へえ、男の人なんだ。どんな人?」
「それは会ってからのお楽しみということで」
 アイちゃんはそう言い残して行ってしまった。
 あたしの専属ナビゲーターかぁ。優しい人だといいな。
 期待に胸を寄せながら、第二ブリーフィングルームの扉を開ける。
 その瞬間、目を疑った。
「え?」
 目の前に男性が立っている。
 若くて背が高くて、驚くほど顔立ちの整った日本人男性。
 服装はオフィススーツに似ているけど少し違う。金色のボタンが付いているし、ジャケットの裾が少し短い。それに真っ白な手袋。
 これって執事さん?
 あたしは反射的に一歩後退し、扉の表示を確認しようとする。
 それより早く、低く深みのある声が響いた。
「ここが第二ブリーフィングルームで間違いありませんよ」
 目の前の男性に視線を戻す。
 すると、男性は左手をお腹に当てて、深く丁寧なお辞儀をした。
「三波海さんですね。はじめまして、私が本日よりあなたの専属ナビゲーターを務めさせていただく、高羽京次(たかばきょうじ)と申します」
「あ、こちらこそはじめまして」
 あたしは慌ててお辞儀を返した。
 この人があたしのナビゲーターか。会ってからのお楽しみとは言われたけど、まさかいきなり執事さんとは。
 あたしは改めて、高羽と名乗った男性を見つめる
 身長は一八〇センチ近くあって、とてもスマートな体型。髪はさわやかなビジネス風のショートスタイル。少し垂れ下がり気味の目をした優しそうな顔だ。
 年齢はあたしと同じくらいに見える。
 はっきり言って、とてつもなくかっこいい。テレビ番組に出演するアイドルが目の前にいるみたいで、ちょっと現実感がないくらいに。
「どうぞ、お入りください」
 執事さんに言われ、部屋の中に入る。
 シックな黒の木目を基調とした内装に木製のテーブルと椅子、観葉植物、それにカウンターまである。まるでちょっとしたバーのような雰囲気だ。
「こちらの席にお掛けください」
 執事さんは、あたしが座りやすいよう椅子を引いてくれる。
 格好だけでなく態度も所作も本物の執事さんみたいだ。
「お飲み物を用意しますので、少々お待ちくださいね」
 執事さんは軽くお辞儀をしてから踵を返し、カウンターへ歩いていった。
 う〜ん、予想以上だな、この研究所。


 しばらく待っていると、カウンターから戻ってきた執事さんがマグカップをテーブルの上に置いた。
「どうぞ、ホットココアです」
「ありがとう。これ好きなんだ」
 生クリームが乗ったホットココア。
 明季が言っていたとおり、あたしの一番好きなのが出てきた。
 でもどうやって調べたんだろう? 明季に聞いたのかな。
 生クリームが鼻につかないよう気を付けながら、ほのかに湯気の立つココアをすする。
 インスタントココアとはまるで違う濃厚な味が口の中に広がった。
「うわ、おいしい!」
「ありがとうございます」
 執事さんは、あたしは正面でうやうやしく礼をする。
 話には聞いていたけど、すごい好待遇だな。
 ホットココアをもう一口含んだ後、あたしは尋ねる。
「ところで高羽君は今いくつなの?」
「十八歳です。先月、高校を卒業しました」
「え、そんなに若いんだ!」
 あたしと同じくらいと思ったのに。
「若輩者ゆえに至らぬところもあるかもしれませんが、どうかよろしくお願いしますね」
 執事さんは軽くお辞儀をして、穏やかに微笑んだ。
 口調も動作も十八歳とは思えない。
 あたしは高鳴る鼓動を抑えつつ言葉を返す。
「大丈夫だよ。高羽君すっごく大人っぽいし。精神年齢なんて、あたしより上なんじゃない?」
「いえいえ。これでも緊張しているのですよ。そのせいで昨晩はよく眠れなかったほどです」
「そうなんだ。全然そんなふうには見えないな」
「ナビゲーターの役目はテスターをサポートすることですから。テスターが安心してミッションに臨むためにも、堂々と振舞うのは当然のことです」
「じゃあ、緊張してるとか言っちゃダメじゃん」
 あたしは苦笑する。
「ふふ、そうでしたね」
 執事さんもつられるように苦笑した。
 部屋の中が穏やかな空気に包まれる。ナビゲーターが男の人と言われて少し緊張していたけど、執事さんの温和な態度のおかげですっかり落ち着いた。
 執事さんが言う。
「では、そろそろ本題に入りましょう。まず、お互いの呼び名のことですが――」
「あ、聞いたよ。名前にさん≠ニか君≠ヘ付けないんだよね? ミッション中、一秒を争う場面があるかもしれないからって、明季が言ってた」
「聞いてらっしゃるなら話が早い。今後、あなたのことは海≠ニ名前で呼ばせていただきます。よろしいですね?」
「うん」 
 聞いてはいたけど、いきなり男の子から名前で呼ばれるなんてなんだかこそばゆいな。
「それで、高羽君のことはなんて呼んだらいい?」
「私のことも名前でお呼びください」
「ええと、京次君、だったよね?」
「君≠ヘ要りませんよ」
「じゃあ……京次」
 あたしは試しに呼んでみる。
「はい、海」
 執事さんが返してきた。
「う〜ん、なんか違和感あるな」
「慣れるまで辛抱ですよ」
 ミッションを行う上で必要なことであれば、多少の違和感は仕方がない。
 でもどうせなら、事務的に名前で呼び合うよりフレンドリーな呼び方がいい。
「ねえ、よかったらあたしがニックネームつけてもいいかな?」
「え、私にですか?」
 執事さんは意外そうな顔をする。
「うん。例えば……キョウってのはどう? 一文字減ってさらに時間短縮にもなるし」
 あたしがそう言うと、彼の表情がパアッと明るくなった。
「はい、ぜひそう呼んでください」
「じゃあ決まりだね。これからよろしくね、キョウ」
「はい、海」
 キョウは嬉しそうだった。
 その笑顔は、さっきまでと違い年相応のあどけなさを含んでいた。
 おっきい割に意外と可愛いとこあるんだな。てっきりアイちゃんの男バージョンみたいな人が来ると思ってから意表を突かれたけど、これならうまくやっていけそうだ。
「ところで、キョウはどうして執事さんの服なの? あたしは明季と違って、そういう趣味みたいなのはないんだけど……」
「存じております。この服は忠誠の証と思ってください」
「忠誠? どういう意味?」
「私の役目――いえ、私の存在意義は、テスターであるあなたが可能な限り快適な環境でミッションに臨めるよう尽くすことにあります。私はナビゲーターとして、身も心もあなたに捧げる所存です。この姿はその証とお思いください」
 キョウは直立不動の姿勢のまま左胸に拳を当て、まるで女王に仕える騎士のように堂々と言い切った。
「そ、そんな大げさな……」
 あたしは恥ずかしくなって、つい目を逸らす。 
「同じ研究所の仲間なんだからさ、もうちょっと気楽でいいんだよ?」
「海がそう言うのであればそうします。ですが、我々ナビゲーターが全力でサポートしてなお、テスターの務めが過酷だということはあらかじめご理解ください」
 あたしはコクっと頷く。
「先週説明は聞いたから、それはわかってるつもりだよ」
「では何かご要望がある時は、いつでも遠慮なくおっしゃってくださいね」
「うん、気を遣ってくれてありがとね」
 キョウはアイちゃんとはずいぶん違うタイプだけど、ナビゲーターの役目に違いはないはず。
 つまり、アイちゃんの役目は明季に尽くすこと。
 つまり、アイちゃんは身も心も明季に――
 わああああああ! なに考えてんのあたし!
 煩悩を振り払うように首を左右に振った。
「どうかしましたか?」
 キョウが目を丸くする。
「ううん、なんでもないよ。それより、ミッションはいつ始めるの?」
 あたしはごまかすように話題を変えた。
「海がミッションを行うのは午後からです。午前中は野川さんが行います」
「え、そうなの? 一緒にやるんじゃないの?」
「残念ながら、VFシステムは一つしかありませんし、アクセスも一人ずつしかできないのです」
「そうなんだ……」
 明季と一緒に未来へ行けたらよかったのにな。残念。
「じゃあ、午前中は何すればいいの?」
「野川さんが行ったミッションの映像を見ていただきます」
「え、どうせなら明季がミッションするとこ見に行きたいんだけど」
「申しわけありません。ミッションを直接見学することは禁止されているのです。閲覧許可が出た場合のみ、録画映像をご覧いただけることになっております」
「そっかぁ。けっこう規則が厳しいんだね」
「なにぶん人類の未来に関わることですので。どうか辛抱してください」
「うん……」
 明季のことは気になるけど、規則に従わないわけにはいかない。
 明季、大丈夫かな……。
 ミッションの後は食欲ないって言ってたし。心配だな。


「それでは、野川さんが最初に行ったミッションの映像を見てみましょう。あちらの画面をご覧ください」
 キョウがブリーフィングルームの壁に設置された大型モニターを指した。
 それから、手にしたリモコンを操作してミッション映像を開始させる。
 まるでこれから自分がミッションを始めるように胸が高鳴った。
 しばらくすると、大画面に灰色の壁が映った。
 それから周囲を見回す。どこかの路地裏みたいだ。
『明季、聞こえますか?』
『ああ、聞こえている』
 アイちゃんの声、次に明季の声がした。
 明季の声は鮮明だけど、アイちゃんの声はスピーカー越しのようで少しこもっている。
 あたしは脇に立つキョウに尋ねる。
「ねえ、明季はどこなの?」
「この映像はテスターの主観視点を録画したものなので、本人の姿は見えません」
「へえー、じゃあ明季の見たままが映されてるんだ?」
「正確には顔の向いている方が、ですね。眼球の動きやまばたきは関係ありません」
 なるほど。なんだか明季とシンクロしているみたいで緊張するな。
 それから一時間少々、あたしはキョウと一緒にミッション映像を見た。
 明季から話を聞いて内容は知っていたけど、こうして未来の映像を見てみると、物語みたいだった話が現実味を帯びてくる。
 色褪せ、ひび割れたコンクリートの建物が並ぶ街。
 全然便利そうじゃないコンビニ。
 そして、自然公園と都市が一体化した夢のような光景。
 映像は八人のテロリストが一斉に襲いかかってくるところで終わった。
 番組の途中でいきなり電源を消したみたいに画面が真っ黒になった。
「う〜ん、いいとこで終わるなぁ。すっごく続きが気になるんだけど」
 あたしは、テーブルの向かい側に座るキョウに言った。
 はじめは立ったまま映像を見ていたキョウだけど、あたしが椅子に座るよう勧めた。
 黙ってたら何時間でも立ってそうだったから。
 キョウは少し困ったような顔をする。
「お気持ちはわかりますが、あのまま戦っていたら、いくら野川さんでもやられてしまいます」
「だよねぇ、ドラマじゃないんだし、油断するとほんとにやられちゃうんだよね……」
「もちろん、そうならないよう全力でフォローしますが、くれぐれも無理はなさらないように。現実世界と同じと思って行動してください」
 まだ会って間もないというのに、心配そうに言ってくれるキョウ。
 不謹慎な発言をあたしは後悔した。
「ごめん、仕事だもんね。あたし真面目にやるよ」
 
 
 時刻は十時半。お昼までまだ一時間以上ある。
 あたしは、ふと気になったことを尋ねてみた。
「ねえ、どうしてキョウはナビゲーターになったの?」
「元々、私はナビゲーターを志願していたわけではなかったのですが、柳所長からぜひにと勧められまして」
「柳所長に? どうして?」
「おそらく、サポート役に向いていると判断されたのでしょう」
「へえー。そうだったんだ。でも、ナビゲーターを志願してたんじゃないなら、最初はなんだったの? この研究所には自分の意思で来たんだよね?」
「はい。実は私もテスターの志願者だったのです」
「えっ、そうなの!」
「はい。ですから、半年前に行われた適性試験に私も参加していたのです」
「じゃあ、明季と一緒に試験受けてたんだ?」
「そうなりますね。もっとも、私は適性率が低かったため、テスターにはなれませんでしたが」
「適性率って?」
「おや、聞いていませんでしたか? 海も適性試験の時に測ってもらったはずですが」
「あー、そういえば学科試験の後、なんか測ったかな。でも詳しくは覚えてなくて……」
 あたしはエヘヘと笑ってごまかす。
 そんな態度にもキョウは決して嫌な顔はせず、優しく微笑んでくれた。
「時間もありますし、改めて説明いたしましょうか?」
「うん、お願い」
「では少々お待ちを」
 キョウは席を立ち、カウンターの方へ行く。そして一枚の用紙を持ってきた。
「まずはこちらをご覧ください」
 キョウから用紙を受け取る。
 そこに記載されていたのは二十人の名前と数値の羅列。
 名前はすべて日本名。数値の高い順に一位から二十位まで記されていた。
 その中に、あたしの知っている人が三人いた。

【一位】  野川明季  86.8%
【三位】  柳正道   79.6%
【十六位】 高羽京次  58.2%

 あれ、柳正道って所長だよね。所長なのに試験受けてたの?
 そんな疑問を余所に、キョウは説明を始める。
「氏名の下に記された数字がVFシステムに対する適性率です。そして、その適性率が高いほど、アクセスを行った際、身体にかかる負担が小さくなります」
 明季がミッションの影響で食欲がないと言っていたのを思い出した。あれはシステムによる負担だったのか。ちょっと無神経だったな。でも、一位の明季でさえたった一回のミッションであれなのに、他の人がやったら……。
 想像しただけで背筋に悪寒が走った。
 キョウは続ける。
「適性率の最大値は100%。そして、アクセスを行うには最低でも50%の適性率が必要になります。50%以下ではシステムと脳をリンクさせることすらできません」
 あたしはもう一度名前と数値が書かれた用紙を見た。
 確かに50%以下の人はいない。
「適性率50%を越えたのは試験を受けた二百名のうちわずか二十名。その中でも十一名が50%台に留まっています。私もその一人ですが、この十一名には実質適性がないとみなされています」
「50%台の人はアクセスできないの?」
「アクセス自体は可能ですが、心身に深刻なダメージを負ってしまいます。下手をするとたった一度のアクセスで廃人になってしまうかもしれません」
「そうなんだ。じゃあ60%台の人は?」
「60%台の数値を示したのは残り九名のうち五名。この方たちであれば、ごく短時間のミッションを行うことができます。ですが、やはり心身に掛かる負担が大きく回復に時間がかかりますので、現時点でテスターとしての活動は見込めません。しかし訓練次第では将来性もあるとされ、五名は予備のテスターとして登録してされています」
 予備のテスターがいるなんて初めて聞いた。
 これで残りは四人。明季と柳所長は知っているから、気になるのはあとの二人。

【二位】 紫波隆翔(しばりゅうしょう) 85.4%
【四位】 茅森優(かやもりゆう) 77.9%

「この二人はどうなの?」
「まず四位の茅森さんですが、この数値なら週に一、二回の頻度でミッションを行うことができます。しかし彼女の場合、年齢的な問題がありまして……」
「いくつなの?」
「十五歳です」
「え、それってまだ中学生?」
「半年前に試験を受けた時点で中学三年生でしたので、この春から高校生です。その若さにして驚くべき数値ではありますが、現時点でテスターとして登録するのは好ましくないと判断されました。彼女ならこの先、適性率がさらに上がる可能性があります。今ミッションを行えば、成長を阻害する原因となりかねないので、将来のことを考え登録は一旦保留となりました」
 それなら仕方がない。
 残るは一人、明季と同等と言えるくらいの適性率を持つ人。
「じゃあ、この紫波って人は? この数値なら明季と同じようにミッションこなせそうだけど」
「そうですね。ですが、彼は危険な思想を持っていたためテスターには相応しくないと判断され、不採用となりました」
「危険な思想って……それどんな?」
 聞くと、キョウの表情が深刻な様子に変わる。
「闘争行為によってのみ人は進化するという理念の元、武力行使による変革を追求する極めて過激な思想です」
 闘争、武力……。
 胸に嫌なものが込み上げてきた。自然、声が低くなる。
「要するに、戦争したがってるってこと?」
「現状を打破する最も有効な手段と考えているようです」
「そんな人がいるなんて……」
 戦争したがっている人間がテスターになるなんて、あたしには考えられない。
 採用されなくてよかったと心底思った。


 適性率だけを見れば、テスターとしてミッションを遂行できる人は四人もいた。
 けれど、茅森優は年齢、紫波隆翔は危険思想、そして柳所長は目が見えないという問題があって、結局は明季が一人でミッションをやっている。
 やっぱりあたしががんばんなきゃ。
 あたしが、あたしが……あれ?
「そういえば、あたしの名前がないんだけど?」
 尋ねると、キョウは「あっ」と気付いたような声を出した。
「そこに書かれているのは半年前に行われた適性試験の結果ですから、個別に試験を受けた海は含まれていません」
「じゃあ、あたしの適性率は? キョウなら知ってるでしょ?」
「はい、もちろん」
「いくつなの?」
「聞いて驚かないでくださいね」
 なぜそこで思わせぶりな態度? 余計に緊張するんだけど。
 今テスターとしてここにいるんだから70%以上なのは確かだけど、ちゃんと明季のこと支えるために80%はあってほしい。
 キョウはコホンと咳払いする。
 ううう、お願い!
「海の適性率は99.8%です」
「え?」
 今なんかすごい数字が聞こえたんだけど。
「ごめん、もう一度」
「99.8%です」
 今度こそ聞き違いない。
「それって明季よりも上ってこと?」
「そうです。ですので、今は海が一位、それも二位以下を大きく突き放す桁違いの数値です」
「お、大げさだなぁ。桁はおんなじでしょ?」
 86と99なら、そこまで大差ないと思うけど。
 キョウは首を横に振る。
「いいえ、それが違うのです。VFシステムに対する適性率は、実は100%から自己の適性率を引いた数値が重要なのです。今から計算式を書きますので、少々お待ちください」
 キョウは適性率のプリントを裏返し、ペンで数字を書き始めた。

 野川   100 ― 86.2=13.8

 海    100 ― 99.8=0.2
 
 二人の差 13.8 ÷ 0.2=69.0

 書き終えてから、キョウは言う。 
「見てください。この0.2の方が海の真の適性率なのです。つまり、海は野川さんの六十九倍の適性を持っていることになります」
「は……?」
 ワケがわからず固まる。
 なにその数値? なにその計算?
「あ……ええと、ごめん。あたし計算とか苦手だから、ちょっと意味わかんないんなぁ」
 言いながら目を逸らすと、キョウが申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「失礼しました、言い直します」
 いや、キョウは悪くないんだけどね。
「要するにです、海が一度のアクセスで心身に受ける負担は野川さんの六十九分の一で済むということです」
「じゃあ、あたしは明季と違ってあんまり気持ち悪くならないってこと?」
「そうです。ですから一日に一度しかアクセスできない野川さんと違い、海は何度も繰り返しアクセスができます。その気になれば七十回のリトライが可能なのです」
 明季が一回なのに対し、あたしは七十回。確かに桁違いだ。
 でもそうなると、なんだか自分自身が気味悪く思えてくる。
 明季だって二百人中一位の逸材なのに、そこから更に桁が違うなんて……。
「ねえ、キョウ、あたしっていったいなんなの? あたしの何が、そんなに人と違うっていうの?」
「柳所長は、感性の優れた者が高い適性を示す傾向があるとおっしゃっていました」
「感性?」
「もしくは、直感、第六感、感受性などと言っていましたが、まだはっきりしないのが現状です。私の想像を言わせてもらうならば、常識や固定観念にとらわれている人間は適性率が低く、自由な発想ができる奔放な人間は高い、といったところでしょうか」
「そうなんだ……」
 そういえば合気道の先生が言ってたな。海はとても感性豊かな子だって。
 まあ難しいことはよくわかんないけど、これならあたしががんばれば明季の負担が減りそうだし、とりあえずよしとしよう。
 
 
 説明が終わった後は、キョウと雑談をして過ごした。
 まあ、ほとんどあたしがしゃべってたんだけどね。
 でもキョウってすっごく聞き上手だから、ついついいっぱいしゃべっちゃう。
 そういうところは明季と違うところかな。
 時刻は十一時五十分。
 お腹空いたな。
「ねえ、キョウはお昼ご飯どうするの?」
「私はお弁当を持参していますので、ここで昼食をとらせていただきます」
「へえ、もしかしてお弁当は自分で作ったとか?」
「そうですよ」
「うわ、すごーい! あたしなんてお料理全然できないよ」
 キョウは控えめな笑みを浮かべ謙遜した。
「いえ、それほどでもありません。料理は趣味で少しやっているだけなので……。海は昼食をどうされますか?」
「ん、あたしは一階の食堂で食べるよ」
「では、そろそろ行かれた方がよろしいでしょう。正午になると混んできますから」
 ここって混むほど職員いるのか。所長と秘書さんの他は受付の事務員さんしか見たことがない。いったい誰がどこでなにやってるんだろう?
 ま、いいか。
「じゃあ行ってくるね」
 第二ブリーフィングルームを出ると、すぐ隣の部屋の前で明季が立っていた。
「あ、明季」
 あたしは駆け寄って声をかける。
「明季、もうミッション終わったの?」
「ああ」
「じゃあ、一緒にお昼食べに行こ?」
「ごめん、食欲がないんだ」
 明季はつらそうに答える。
 以前のあたしならそれでも強引に誘ったんだろうけど、事情を知った今そんな気にはなれなかった。
「そっか、残念」
 地下一階から地上一階に着くまで一緒に歩く。
 食堂と玄関は逆方向だから、今日はここでお別れだ。
「じゃあ、無理せずしっかり休んでね。お腹空いたらちゃんと食べるんだよ?」
「わかってる」
「ほんとにわかってる?」
「ほんとだよ」
「そ。じゃあ、また明日ね」
 あたしは小さく手を振った。
「うん。また明日」
 なんとなく、明季は無理して笑っているような気がした。


 昼食を終えてブリーフィングルームに戻ってきたあたしは、その後一時間近くもお昼寝してしまった。まるでお昼寝してくださいと言わんばかりに大きなソファが設置されていたのだから仕方がない。適度な仮眠は仕事効率を上げるにはいいって言うしね。
 ちょっと寝過ぎてだるいけど。
 目が覚めたのは午後一時過ぎ。
 眠気覚ましにコーヒーを淹れてもらい、それから御手洗いを済ませて、午後一時半。
 こんなにのんびりしてても怒られないなんて普通の会社じゃありえないな。
 でもここからは、そうはいかない。
 なんたって人類の命運がかかってるミッションが始まるんだから。
「それでは、これよりシステムの説明を始めます」
 席に着くと、キョウはまずVFシステムについての説明を始めた。
 説明はマニュアルに書いてある内容とほとんど同じはずだけど、覚えてなかったこともいくつかあったから助かった。
「では次にミッションの内容に移りましょう。最初にアクセスしてもらうのは、一年後の未来です」
「え、それって、今とあんまり変わらないんじゃ?」
「そうでしょうね。ですから、今回のミッションは街の様子を探るのではなく、インターネットをはじめとしたメディアからの情報収集ができるかどうかを確かめていただきたいのです」
「そっか、一年後なら今持ってるスマホが使えそうだしね」
「それがそうとも限らないのです」
 キョウは小さく横に首を振った。
「どういうこと?」
「野川さんがアクセスした四十年後の世界では、彼の持っていったスマートフォンでネットに接続することができませんでした。しかし、その原因が単に現代の機種が四十年後のネット回線に対応していないのか、そもそも仮想未来において我々の持ち込んだ情報端末が使えないのか、それがわかっていません」
「ええと、とにかくあっちの世界でネットができるかどうか試してみればいいんだね?」
「はい」
「それなら簡単だよ。任せて」
「では、実際にミッションを行うアクセスルームへ移動しましょう」
 ブリーフィングルームと隣接する位置にあるアクセスルームは、いかにも実験室といった感じで殺風景だった。広さは六畳間くらい。ブリーフィングルームの半分以下の小さな部屋だ。
 あたしたちが入ってきた扉と反対の位置にも扉がある。
 こっちはなんだろ?
 気になって開けようとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。
「そちらは野川さんたちが使う第一ブリーフィングルームです。今は誰もいませんよ」
「そっか、中でつながってるんだ」
 そういえば装置は一つしかないって言ってたな。
 ということは、午前中は明季がここに座ってミッションをやってたのか。
「海、こちらの席にお掛けください」
 キョウに促され、あたしは部屋の中央にあるソファのような椅子に腰を下ろす。
「ミッションは、そこに座った状態で仮想未来へ意識を飛ばして行います。次に通信ですが、特別な手順は必要ありません。そのまま声を出していただければ、いつでもこちら側と会話ができるようになっています」
 あたしは頷く。
「それからアクセスポイントですが、できるだけ人目につかない方が望ましいので、とある地方の廃校予定の校舎の中にします。そこなら一年後には誰もいないはずですし、電波が届かないこともないでしょう」
「うん」
「説明は以上ですが、何か質問はありますか?」
「ううん、大丈夫」
「ではミッションを開始しましょう」
 キョウはこちらに背を向け、ナビゲーター用の席に行く。
 いよいよミッションが始まるんだ。緊張するなぁ。
 だんだんと鼓動が高鳴ってくる。あたしは胸の前でぎゅっと手を握り締めた。
 キョウが戻ってくる。
 その手には、これまたいかにも実験用といったツヤのない銀色のヘルメットが。
「こちらは映像と音声を送信するための装置です。海、お手数ですが、髪をほどいてヘアピンを外していただけますか?」
「うん」
 確かにこのままじゃヘルメットは被れない。
 あたしは言われたとおりサイドポニーをほどく。
 それから白猫ヘアピンも外し、ヘアゴムと一緒にキョウに手渡した。
 その後、ヘルメットを渡してくるかと思ったら――
「海、失礼しますね」
 突然、膝と膝がくっつきそうなくらい近くに迫ってきた。
「え、え?」
 ドキッとした瞬間、ヘルメットを被せられ、目の前が真っ暗になる。
 ……びっくりした。いきなり迫ってくるんだもん。
 あ、でも、おかげで緊張が収まったかも。
「海、心の準備はよろしいですか?」
「うん」
「それでは、これよりミッションを開始します」


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