小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:バーチャル・フューチャー(仮想未来) 作者:hitori

第23回 エピローグ


 エピローグ1
 
 
 あの記者会見から一週間が経った日の午前。
 僕は帰国するアイシャを見送るため空港に来ていた。
 他の所員のみんなは先にあいさつを済ませ、最後に僕とアイシャが二人きりで過ごす時間を作ってくれた。
 空港の喫茶店でお茶を飲んだり、お土産を選んだり……。
 そんなひとときさえ、もうじき終わりを告げようとしている。
「お嬢様、そろそろ時間です」
 スーツ姿の西洋人女性がアイシャに声をかける。
 その背後には、同じ服装の女性が一人、男性が二人。アイシャを護衛するために遣わされたベルナドッテ家のSS(シークレットサービス)だ。
「わかりました。最後にお別れのあいさつをしますので、もう少しだけ待っていてください」
 アイシャが言うと、SSたちは無言で五メートルほど距離をとった。
 それとなくこちらを見守る様子だ。
 平日の昼間だからか、利用客が少ない空港のロビー。
 その一角で、僕とアイシャはまっすぐ向き合う。
 アイシャの寂しそうな表情。
「これで本当にお別れだなんて、なんだか信じられません」
「そうだな。また明日も研究所に行けばアイシャに会える気がするよ」
「そんなこと言わないでください。余計に帰りたくなくなってしまいます……」
「ごめん……」
 謝ると、アイシャは少しムッとした。
「行くな、とは言ってくれないのですね」
 そのセリフは帰国の話を聞いた時から何度も言おうとした。
 夢の中では何度も言った。今だって言えるものなら言いたい。
 でも、現実は――
「さすがに、そういうわけにはいかないだろう。事件が解決した以上、祖国に戻って家族と今後のことを話し合わないと……」
 アイシャのことを大切に想うのは僕だけじゃない。
 家族や友人だって会いたがっているはずだ。たとえ記憶を失った状態であっても、その目で無事を確かめたいはずだ。
「それはそうです。でも、明季の本心はどうなのですか?」
 アイシャは青く澄んだ瞳で、まっすぐ僕の目を見つめてくる。
 僕の本心。そんなものは決まっている。
「明季、わたしたちは約束したはずです。いついかなる時も、ごまかさず、繕わず、本心を語ると」
「そうだ……」
「では、おっしゃってください。本当は、わたしにどうしてほしいのかを」
「僕は……」
 アイシャには、ずっと一緒にいてほしい。
 VFシステムが公表された以上、今までのようにはいかないだろうけど、これからもアイシャと協力してミッションを進めていきたい。それが本心だ。
 でも僕は大人だから、そんなわがままを言うわけにはいかない。
 しかし、アイシャとの約束もある。
 だから今言うべきは、これしかない。
「僕は、アイシャに早く戻ってきてほしい。祖国に帰ったら、家族を説得して、また研究所に戻ってきてほしいんだ。僕のナビゲーターはアイシャしかいない。アイシャでなきゃダメなんだ!」 
 するとアイシャは、いつもみたいに穏やかに微笑んでくれた。
「安心してください。わたしはアルメリアではなくアイシャです。たとえ記憶が戻ったとしても、もうこっちが本物です。だから必ず戻ってきます。明季の専属ナビゲーターの座は誰にも譲りません」
「そっか」
 彼女の本心を聞き、僕も自然と表情がほころんだ。
「アイシャ」
「明季」
 互いの名前呼び合い、見つめ合う。
 僕とアイシャの気持ちが一致した。
 もう、大丈夫だ。
「アイシャ、そろそろ時間だ。向こうは日本より気温が低いから風邪を引かないように気を付けて。それから、家族とはケンカしないように」
「わかってます。明季の方こそ、わたしがいない間に浮気しないでくださいね」
「浮気って……まだ付き合ってるわけでもないのに」
「でも、明季がわたしを選んでくれることは、もう決定済みですから」
「未来を変えるんじゃなかったのか?」
 僕は少し呆れたように言う。
 するとアイシャは、子供のようにいたずらっぽい笑顔でこう言った。
「その未来だけは、絶対に変えさせません」


 雲一つない快晴の空に向かって、アイシャの乗った旅客機が飛び立つ。
 僕はスカイデッキから、旅客機が空に吸い込まれて見えなくなるまで様子を見守った。
 次に会えるのは一ヶ月後か、それとも一年後になってしまうのだろうか……。
 アイシャは十五歳の頃に記憶を失い、それから日本で四年近くの月日を過ごした。
 まだ十九歳だ。
 祖国でもう一度、学校に通い直すのだろうか。
 あるいは、記憶を取り戻すための治療に専念するのか。
 祖父であるアルフさんは僕に対しアルメリアをよろしく頼むと言ったが、他の家族の意向もある。
 もしアイシャが記憶を取り戻したら、考えが変わる可能性もある。
 僕のことや研究所のことを忘れてしまう可能性もある。
 すべてが夢のように消えてしまうかもしれない。
 そう思うと、胸が締め付けられるように苦しかった。
 それでも、今は信じて待つしかない。
 僕とアイシャ、二人の未来が再び交わる日が来ることを。


 そうして、どのくらいたたずんでいただろうか。
 不意にメッセージの着信音が鳴った。
 確認してみると、アドレスは葵さんのものだった。
 しかし、差出人は――
「海?」
 自分の息子と出会ってしまったあのミッション以来、海のアドレスからの着信は拒否設定にしてある。だからこんな形でメッセージを送ってきたのだろうが……。
 どんな事情があるのかは、本文を開いて確かめるしかない。
 僕は緊張で震える手を動かし、画面上のアイコンに触れた。


 エピローグ2
 
 
 午後五時前。
 あたしは明季の住むマンションを訪れた。
 ここに来るのは、あたしが初めてミッションを行ったあの日以来だ。
 あの時は、まさか明季と会えなくなるなんて思ってもみなかった。
 それに未来のことだって、たいして考えていなかった。
 明季がテスターになったから、あたしもテスターなっただけだった。
 でも今は違う。
 あたしは自分の頭で考え、自分の足で歩けるようになった。自分が本気でやりたいことを見つけた。今なら対等な仲間として、ミッションや未来のことを語り合える。
 インターホンを鳴らすと、ガチャリと音を立てて玄関の扉が開き、明季が顔を出した。
 その瞬間、懐かしいと思っていた感覚がいつもどおりの感覚に戻った。
 あたしより七、八センチ高い位置にある少しつり上がった目、機嫌が悪いわけでもないのにいつもムッとしたように見える口。でも全体を見れば割と整っていると言えなくもない顔。
 背は高くないけど体型はそこそこがっしりしている。柴波ほど筋肉質じゃないにせよ、キョウみたいに細身でもない。運動に邪魔にならない程度の長さの髪は、うらやましいくらいサラサラだ。
 八ヶ月経っても何も変わってない、いつもどおりの明季。
「やっほー、明季。元気してた?」
 明季は一瞬目を丸くした後、穏やかに返してくる。
「変わらないな、海は」
「失敬だな、変わったよ。あたしだって成長してんだからね!」
「わかったわかった。とりあえず入って。近所の人に聞かれると恥ずかしいから」
「何それ、せっかく感動の再会になると思ってたのに」
 あたしは文句を言いながら部屋に入り、リビングのソファにドカッ腰を下ろした。
 ほんとに何も変わらない。まるであの日にタイムスリップしたみたいだ。
 もしかして、ここ仮想未来? いや、仮想過去?
 あの日のミッションで、これといった異変が起きなかった方の世界に迷い込んじゃったのかな?
「何か飲む?」
 あれこれ考えるあたしのことなんか特に気にするでもなく聞いてくる明季。
「ホットココア」
 いつもの癖で、すぐに言葉が出る。
「ん」
 明季は最低限の返事をして、キッチンに歩いていった。
 もうちょっとギクシャクすると思ってたのに、普通過ぎて逆に違和感あるな……。
 数分後。明季は両手にマグカップを持ってリビングに戻ってきた。
「早かったね。ちゃんと温まったの?」
「たぶん」
 明季はあたしの前にマグカップを置いてから、自分の分を持ってあたしの正面に座った。
 ホットココアは、ちょっとぬるいけどギリギリ許せる温かさだった。
 このぞんざいな扱い。やっぱりテスターになる前の明季と何も変わってない。
 今まで思い悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。
 いや、落ち着けあたし。変わってないといってもそれは表面的なことであって、中身はちゃんと変わっているはず。明季だって成長しているはず。
 明季は一口だけカップに口を付けてから話を始める。
「ついさっき一五〇年後の映像を見てきたけど、驚いたよ。まるで僕が最初に見たサイクルシティみたいだった。なんだか運命的だな」
 ミッションの話だ。
「だよね、あたしもそう思った。結局、人は行き着くところへ行き着くんだってね」
 これなら、自然と言葉が出てくる。
「でも、あそこまで追い込まれてようやくってのもな」
 相変わらず明季は真面目だな。
「ほんと、その気になればできるのにね。どんだけやる気ないの、人類」
 こうして会話をするために、帰ってきてから急いで映像を見てきたんだ。
「今からちゃんと対策すれば、適正人口が五億なんてそんな低い数字にはならないはずだ。七十億は難しいにしても、自然環境を破壊し過ぎない節度ある社会作りをすれば、二十億はいける」
 またなんか力説しちゃってるし。
「二十億って、めちゃめちゃ減ってんじゃん。ダメじゃん」
 その天然発言に、とりあえず突っ込んでおくのがあたしの役目。
「あるいは、地球があと四つあればいいんだがな」
 今度は吹き出しそうになった。
「何言ってんの、あるわけないでしょ。いつからそんなユーモア言うようになったかな?」
 明季の表情は真顔のまま変わらない。
「ユーモアじゃない、事実だ。七十億の人間が現代のような消費社会を続けようと思ったら、地球が五つ必要なんだよ」
 こんな顔の明季に対し、どう返したらいいのかも知っている。
「ほんとなの? でもそうだとしたら、火星のテラフォーミング計画でどうにかできるレベルじゃないね」
 すると突然、明季は驚いたように目を丸くした。少し意外な反応だ。
「どしたの?」
「いや、海の口からテラフォーミングなんて言葉が出てくるとは思わなかった」
「はぁ? 何それ、馬鹿にしてんの?」
「逆だよ、褒めてるんだ。海もずいぶん未来のことを考えるようになったんだな。特に、あの街の公園でみんなに向けて言ったことには感心した。すごかったよ」
 明季は真面目に言っている。それは表情でわかる。
 まだちょっと子供扱いが混じってるけど、こんなふうに褒められたのは初めてだ。
 だから、すごく嬉しい。
「研究所のみんなのおかげだよ。みんなのおかげで、あたしは未来のことを本気で考えるようになったの。きっかけを作ってくれたのは明季なんだよ?」
「僕が?」
「そう。それでね」
 あたしは少しだけ視線を落とす。
「あたしね、明季にずっとお礼言いたかったの。明季のおかげで、あたしは自分の本当にしたいことが見つかった。明季とおんなじになっちゃうんだけど、テスターとして未来を変えることが、あたしの一番したいことになったんだよ。だから……」
 それから顔を上げ、まっすぐ明季を見て、素直な気持ちを言った。
「ありがとね。あたしをここまで連れてきてくれて」
「海……」
 今度は明季が恥ずかしそうに視線を逸らした。
「そんな、感謝されるようなことは何も……。僕はただ、自分の信念に従って行動しただけだ」
「それが大事なんだよ。人を動かすには口で言うだけじゃなく、行動で示しさなきゃダメなんだってあたしは学んだよ。研究所のみんながあたしにお手本を見せてくれた。だから今のあたしがあるの。感謝してもしきれないよ」
「そっか。そう言ってもらえるなら嬉しいかな。でも、それなら感謝するより、もっと大事なことがある」
「なに?」
 明季は穏やかな表情で言う。 
「みんなから学ばせてもらったことを、今度は海が学ばせてあげるんだ。そしたら、その人たちを見て、また次の人たちが学んでくれる。そうして次世代に大切なことを伝えていくのが、他の生き物とは違う人間の育て方なんだと思う」
「そうだね。そのためには、まず自分がしっかりしなきゃね。あたしもみんなのお手本になれるようにがんばるよ」
 一見変わらないあたしと明季の関係だけど、お互いが成長した分、何かが変わった気がする。きっと変わってる。
 それがなんなのかは、まだはっきりしない。
 今はしなくていい。
 でもそれとは別に、はっきり聞いておかないと気が済まないことがある。
「ところでさ、明季はアイちゃんのことどう思ってんの?」
「は? なんだいきなり」
「いきなりじゃないよ。ずっと前から気になってたんだから」
「それは……」
 明季は顔を赤くして視線を逸らす。
 この期に及んではぐらかすなんて許さない。
「なに? 明季のアイちゃんに対する気持ちって、口にするのもはばかれるような気持ちなの? やらしいの?」
「そんなことはない! 僕は、アイシャが……」
「はっきり言って」
 明季はしばらく宙に視線をさまよわせた後、小さく口を開いた。

「……好きだ」

 ――ドクン。
 一瞬、自分に言われたような気がして心臓が跳ねた。
 トクントクンと心臓の音が聞こえる。
 わかってはいたけど、本当に明季はあたし以外の人を好きになったんだな。
「そっか……」
 心臓の高鳴りが収まっていくのに合わせて、今まであたしの心に取り憑いていたものがスッと消えていく。自然と顔がほころぶ。
 ようやく一段落ついた。これで前に進める。
 あたしは強く言う。
「アイちゃんは、あたしにとっても大事な友達なんだからね。泣かしたら絶対許さないからね」
「わかってるよ。海の方こそどうなんだ? 柴波や高羽がアプローチかけてるって噂を聞いたが」
「う〜ん、それはね」
「それは?」
「教えてあげない」
 わざと子供っぽい口調でそう答える。
 明季はソファから身を乗り出して声を上げた。
「な、卑怯だぞ! 人には言わせておいて!」
 それに対し、あたしはニヤリと笑い、
「だって、明季のせいであたしずいぶん悩まされたんだもん。そのくらい当然の報いだよ。明季も同じくらい悩みなさい」
 会心の反撃を食らわせてやった。
「ハァ……」
 明季は大きくため息をつき、ソファにドサッと身体を埋めた。
 よし、効果てきめんだな。
 あたしは明季からは見えない位置で拳をグッと握り締めた。
 さてと――
 ソファから立ち上がる。
「今日はもう帰るね。そろそろ夕飯の時間だし」
「そうか。またな」
 明季はソファの上でぐったりしたまま返してきた。
 何気ないやりとり。でも、今のあたしにはそれが嬉しかった。
「うん、またね」
 これからはいつでも会えるんだから。


 VFシステムに対する世間の注目が薄れたとはいえ、まだまだ完全に元通りというわけにはいかない。政府の調査団はたびたび視察にやってくるし、外国からも調査団がやってきた。
 もっとも、VFシステムの経済的価値が暴落したおかげで、彼らもそれほど熱心とはいえなかった。ただ放置はできないから一応見に来たという感じだ。
 だから争いが起きることもない。
 代わりに民間の科学者や技術者の訪問が増えた。VFシステムの性能向上に協力を申し出る人が世界各地から集まってくれた。資金提供してくれる企業や団体の人が出入りするのも見かけるようになった。中には、どこかで見たことのある大物もいた。
 それから、人員の配置転換があった。
 まず和香さんが柴波のナビゲーターを降りて、今後は副所長として組織の運営に専念することになった。
 代わりに、柴波の専属ナビゲーターには新人の子が就くらしい。
 アイちゃんがいない間、明季には代理のナビゲーターが就く。
 優ちゃんは引き続き週一回のスケジュールで明季とコンビを組むということだ。
 研究所を取り巻く環境が目まぐるしく変わっていく。
 でも、あたしの役目は変わらない。
 そして、あたしのパートナーも。
 テスターという大事な役目を続けるために、今はまだ想いに応えることができないけど、ナビゲーターとしていつもあたしを支えてくれるパートナー。
 あたしの役目。あたしの居場所。そして、大切な人たち。
 全部ここに詰まってる。ここが、あたしのすべて。
 ――さて、今日もミッションがんばるぞ。
「それでは、本日のミッションの説明を始めます。今回、海にアクセスしていただくのは二百年後の世界です。自然の淘汰による衰退から立ち直り、持続可能革命を成し遂げた人類がその後どのように発展していくのか。それを調査します」
「二百年後かぁ。どうなるんだろうね。そこまでいくと、もう全然予想がつかないよ」
「そうですね。産業革命以前の人々に現代のような世界が予想できなかったように、我々にもそれは予想できません」
「あ、そうでもなかった。この次って言ったらやっぱりあれじゃない? 人類の宇宙進出」
「なるほど、その可能性は考えられますね」
「もしそうだったら、その次はいよいよ宇宙ミッションだね!」
「いえいえ、VFシステムでは宇宙へアクセスすることはできませんから」
「じゃあ、地上からスペースシャトルに乗って飛び立ったら?」
「高度二万メートルに達したところで強制的にリセットされます」
「うわ、初めて知った。そんなリセット方法もあったんだ!」
「ほぼありえないシチュエーションなのであえて説明はしませんでしたが、確かにテスターの意思でリセットする方法に違いはありませんね」
「もはや裏技中の裏技だね。でも残念だなぁ。宇宙行けたらよかったのに」
「宇宙に行くことは無理でも、宇宙の外がどうなっているかならわかるかもしれませんよ」
「あ、それ気になる! ほんとどうなってるんだろう、宇宙の外」
「それも含めて調査を進めていきましょう」
「うん!」


 未来がどうなるのかは誰にもわからない。
 わからないから、人はみな今を大切にする。
 それは間違っていない。
 でも、みんながもう少しだけ、先のことを見つめられるようになったら、人類の未来は明るくなるんじゃないかな。
 みんなが、もう少しだけ。


                                     終


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 515