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作品名:バーチャル・フューチャー(仮想未来) 作者:hitori

第21回 十章 指標(後編)


 それから、みんなで食事をして、後片付けをして、リビングに戻ってお茶を飲みながらさっきとは違う話題で談笑して、気が付いたら時刻は午後七時半過ぎ。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
「そうだな」
 キョウと柴波がソファから立ち上がり、ハンガーに掛かった上着を取る。
 優ちゃんはもう少ししたら家族が迎えに来るので、先に帰る二人を玄関で見送ることに。
「それじゃあ、気を付けて帰ってね」
 あたしが言うと、大きな靴を履いた二人はピンと背筋を伸ばし、穏やかな表情でこちらを見つめてきた。
「三波、早いとこ気持ちの整理をつけといてくれよ」
「俺は何年でも待ちますからね、海さん」
 二人が部屋を出て、少しして足音が消えると、シーンと静まり返る。
「……どうしよう」 
 残った優ちゃんに、あたしはすがりついた。
「はっきり告白されたわけじゃないけど、このまま無視するわけにはいかないよね?」
「そうですね、お二人とも海さんに気があるのは間違いありませんし」
 控えめな声ではっきり言う優ちゃん。
 ますますワケがわからなくなる。
「どうしてあたしなんだろう? あんなすごい人たちが、どうしてあたしのことなんかを……」
「じゃあ、明季さんならお似合いだって言うんですか?」
 不意に刺のある声。
 見ると、そこには可愛くも険しい顔が。
 優ちゃんは言葉を続ける。
「そもそも、あの二人の前に明季さんはどうなったんですか? 海さん、明季さんのこと好きだったんですよね?」
 誰から聞いたんだろう? あ、さっき柴波が言ってたか。
「うん、まあ……」
 好きだった、という過去形なら間違いない。でも……。
「今はどうなんですか?」
「よく……わかんない」
 あたしは優ちゃんから目を逸らす。
 それはごまかしなんかじゃなく、本当にわからなかった。長いこと会ってないせいで薄れてはいるけど、完全に明季への気持ちを忘れたわけじゃない。でも、前ほど好きかと言われたらそうでもない。
 しばらくの間、静寂が空間を支配する。
 優ちゃんの顔が見られなかった。
 こんな曖昧な返答しかできないあたしに、怒っているか呆れているか……。
 ミッション映像を見てだいたいどんな子かは知っていたし、一日一緒に過ごしてずいぶん打ち解けることもできた。それでも、今日会ったばかりの子だ。
 どんな反応をされるか不安で、目を合わせられなかった。
「わたしと同じなんですね」
 返ってきたのは、予想外に静かな言葉だった。
「どういうこと?」
 ようやく優ちゃんの顔を見る。うつむき加減で少し悲しそうな表情をしていた。
「わたしの明季さんに対する気持ちも、海さんと同じだったんです。ただなんとなく憧れていただけで、本気で好きってわけじゃなかったんです。だから、アイシャには敵いませんでした」
 優ちゃんは顔を上げる。
「でも、おかげで一つわかりました。大事なのは本気になることなんです。本気にならなきゃ、何も始まらないんです」
 全然、同じなんかじゃない。優ちゃんはまだ高校一年生。テスターになってから半年くらいで、明季に会えるのは週に一回だけだ。小学生の頃から十年以上一緒に過ごしてきたあたしと比べて、考える時間も親密になるチャンスも、あまりに少なかった。それなのに一つの答えを見つけ出している。あたしより優ちゃんの方が断然大人だ。
「そっか、あたし、今までずっと本気じゃなかったんだ。だから、いつまで経っても気持ちが伝わらなかったのか……」
 中学生の時、いろんな運動部からのお誘いを断って、明季が通う合気道の道場に入門した。それから同じ高校に入学し、大学も柔道の強豪校からのスカウトを断って同じ学校に入った。そして同じテスターにもなった。
 あたしなりに精一杯アプローチしたつもりだった。
 明季はそんなあたしに引け目を感じているのだと、柴波は言った。
 それでも、はっきりと気持ちを伝えていたら、明季の気持ちを動かせたかもしれない。
 なのに、あたしはそれをしなかった。つまり本気じゃなかった。
「海さん、まずは気持ちの整理から始めましょう。気持ちをすっきりさせれば、きっと正しい答えが見つかるはずです。海さんが本気で出した答えなら、それがどんなものであれ、柴波さんも高羽さんも納得してくれますよ」
 立ち尽くすあたしに、優ちゃんは優しく諭すように言ってくれた。
 ああ、すごいな、この子。アイちゃんという強大な壁にぶち当たりながらも、しっかり前に進んでいる。成長している。
 テスターとしては成長したつもりだけど、大人としてはダメダメだな、あたし。
 この子のこと見習わなきゃ。
「そうだね。あたし、本気で考えてみるよ。そのために、もっと大人になる。ちゃんと歳相応と思ってもらえるくらい大人になる。そしたら、きっと答えを出せるよね?」


 それから四日後。
 柳所長がリハビリを終え、会見後、初出勤する日。
 早朝、研究所からあたしに呼び出しの電話がかかってきた。
 今日、午後から出勤するようにとの指示だった。
 いったい何をするのかと尋ねてみると、政府が派遣する調査団が研究所の視察にやってくるから、テスター代表として立ち合ってほしいとのことだ。そして、調査団の前で仮想未来にアクセスしてもらうかもしれないとも。
 午後一時。
 防弾スーツを着て出勤したあたしは地下の第二ブリーフィングルームに向かう。どうやら、呼び出しを受けたテスターはあたし、ナビゲーターはキョウだけみたいだ。
 和香さんも連日のマスコミ対応で疲れたため、今日はお休みらしい。
 第二ブリーフィングルームに入ると、キョウの様子がいつもと違っていた。
 服装が執事姿ではなくダークグレーのオフィススーツだった。
「今日は何モードなのかな?」
「ナビゲーターモードですよ」
 あたしが聞くと、キョウはいつものようにさわやかな笑顔で返してきた。
「今日は飾り気なしの本気モードってことだね!」
「それもありますが、調査団の方々の前ですので」
 あ、そっか。さすがに執事姿じゃまずいよね。
 それにしても、初めて見るキョウのスーツ姿。大人っぽくてカッコいい。
 本当に年上の人みたい。
 もしキョウが年上だったら、あたしは今よりもっとキョウに甘えていたかもしれない。
 あたしの方が年上というプライドがほんの少しでもあるから、ギリギリダメ女≠ノならずに済んでいる。
 そう考えるとできる年下≠フキョウをあたしのナビゲーターに就けたのは絶妙の配置だな。さすがは柳所長。
「それでは所長室へ参りましょう。そこで柳所長と調査団の方々が待っていますので」
「うん」
 調査団ってどんな人たちだろう。怖くなきゃいいけど。
 いや、そんなことより、子供っぽいところを見せないように気を付けなきゃ。
 これからはもう、ちゃんと大人として振る舞うって決めたんだから。
 

「失礼します」
 あたしはできる限り凛とした声であいさつし、キョウと所長室に入る。
 室内には柳所長と秘書の葵菜々ちゃん。それから、見知らぬスーツ姿の男性が三人いた。一人は白髪混じりの五十代、あと二人はそれよりもう少し若く見える。
「はじめまして。テスターの三波海と申します」
 あたしは男性たちに向かって深くお辞儀をした。
「ナビゲーターの高羽京次です」
 続いてキョウもお辞儀。
 三人の男性は一斉に立ち上がり、それぞれ自己紹介とお辞儀を返してきた。
 まずは中央の五十代から。
「お会いできて光栄です。私が調査団団長の佐藤です」
 それから、両隣の二人。
「団員の鈴木です」
「同じく高橋です」
 とりあえず最低限の礼儀はわきまえているようだ。
 こっちが若いからといって尊大な態度でなく安心した。
「どうぞ、こちらへお掛けください」
 菜々ちゃんに促され、あたしとキョウはそれぞれ柳所長の隣の席に座る。
 研究所の三人と調査団の三人がソファで向かい合う形になった。
 柳所長が正面を向いたまま言う。
「まずは来てもらった二人に説明しよう。午前中は研究所の施設を調査団の方々に案内させてもらったので、午後からはVFシステムの起動に立ち合ってもらう。君たちを呼んだのはそのためだ」
 まあそんなところでしょうね。
 そして、あたしが呼ばれたということは、何回もアクセスさせるつもりなんだ。
 柳所長の言葉を引き継ぐように、団長の佐藤が発言する。
「今回、我々が派遣された目的の中で最も重要なのが、VFシステムによる未来予測の精度を確かめることです。VFシステムによって構築された仮想未来が実際の未来にどれほど迫るのか。それを確かめないことには、VFシステムの重要性を推し測ることはできません。そこで三波さんには、一時間後の未来にアクセスしていただきたいのです」
「い、一時間ですか?」
「はい。一時間後でしたら、少し待つだけで現実世界との差異を確かめに行くことができますので、調査が手早く済みます」
 なるほど。遥か未来を見据えるあたしたちにはない発想だ。さすが普段から目先のことばかり考えるだけはある。
「どうでしょう、引き受けてもらえますか?」
 もちろん、承諾するのはあたしじゃない。
 柳所長は顎に手を当てて、少し考えるようにしてから答える。
「提案は引き受けます。ですが、一時間後にアクセスするような使い方は想定していないので、システムを調整する必要があります。今すぐにというわけにはいきません」
「では、いつ頃なら?」
「担当者に相談してみますので、少々お待ちください」
 柳所長に指示されるまでもなく、秘書の菜々ちゃんが内線電話をかけに行く。
 返事の報せはすぐだった。
「所長、半日あればできるとのことです」
「わかった。――では、実施は明日ということでいかがでしょう?」
「承知しました。しかし、せっかく三波さんに来ていただいたというのに、このまま引き上げるのではもったいない。ですので、もう一つの重要案件を相談させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「おっしゃってください」と、柳所長。
 佐藤は一度コホンと咳払いをしてから言う。
「我々は百年後の世界の映像までは見ました。ですがその先、社会秩序が崩壊した日本がその後どうなるのか、それを見ておりません。そこで、今から一五〇年後の世界を見せていただきたいのです」
 一五〇年後――
 リスクと成果が釣り合わないとして、今まで一度もアクセスしたことのない領域だ。
 さすがに柳所長も、すぐには返事をしない。
 腕を組み、顔をうつむき加減にして、しばらく考え込むようにした後、あたしに声をかけてきた。
「三波君、一五〇年後の世界は、私も実験ですらアクセスしたことがない未知の領域だ。どのような危険が潜んでいるのか見当もつかない。それでも、引き受けてもらえるか?」
「はい、やります!」
 あたしは即答した。
「本当にいいのか?」
 柳所長の意外そうな声。
 あたしにとっては意外でもなんでもない。
「当然です。このミッション、どう考えてもあたし以上に適任のテスターはいません。もし危険でも、あたしならすぐにリセットして、何度でも再挑戦することができますから。それに――」
 あたしはキョウを見る。
「あたしには頼れるパートナーがいます。以前、戦場に三十回以上アクセスした時も、キョウのサポートのおかげで一度も傷を負うことはありませんでした。あたし、キョウとならきっと無事にやり遂げる自信があります。だから、やらせてください!」
「ふむ」
 柳所長の表情はわからない。
 でも、悩んでくれているのだと思う。あたしの身を案じて。
「高羽君はどうだね?」
「海がやると言った以上、私に異存はありません。全身全霊でサポートします」
 キョウは胸を張って堂々と答えた。
「そうか、ならば決まりだな」
 柳所長も意を決したみたいだ。
「本ミッションは君たち二人に一任する。くれぐれも無理はしないよう、細心の注意を払って進めるように」
「はい!」


 柳所長と菜々ちゃん、調査団の三人、あたしとキョウ、計七人で所長室から第二ブリーフィングルームに移動した。
 今回アクセスする一五〇年後の世界は完全に未知の領域なので、事前に打ち合わせできることはほとんどない。あたしとキョウは、団長の佐藤から希望するアクセスポイントだけを聞き、すぐにアクセスルームへと移った。
 その際、調査団の人たちは自分たちもアクセスルームに入って見学したいと申し出てきたが、テスターに精神的負担が掛かるからとキョウが断ってくれた。代わりにブリーフィングルームの大型モニターにもミッション映像を送信し、リアルタイムで見られるように設定することで彼らを納得させた。
 おかげで、いつもどおりアクセスルームにはあたしとキョウの二人きりだ。
 あたしが席に着くと、キョウは説明を始める。
「はじめにアクセスしていただくのは、放射能汚染の影響が比較的少ないと思われる地方都市です。百年後の都心部では社会秩序が崩壊し、略奪行為が日常的に行われていました。また地方の農村の多くは放射能汚染によって荒廃し、人の住めない状態になってしまいます。そうなれば必然、残された安全な土地に人口が集中していきます」
「問題はその後どうなるかだよね?」
「そうです。原子力発電所が点在する日本国内において、確実に安全と言える場所は多くありません。いかに人口が減ったとはいえ、土地の争奪戦は避けられないでしょう。その争いの果てに人々がどのような社会を築くのか、それとも社会は消滅してしまうのか。それを確かめるのが今回のミッションです」
 あたしはコクっと頷く。話が進むにつれ緊張が増してきた。
 キョウは説明を続ける。
「今回のミッションで第一に考えなければならないのは身の安全です。危険なのが人間だけとは限りません。自然災害はもちろん、猛獣、害虫、あるいはロボットが襲ってくるかもしれません。微かでも異変を感じましたら、すぐにリセットとおっしゃってください。もちろん、こちらで異変を察知した場合も即リセットします」
「うん」
「説明は以上です。何か質問はありますか?」
「ううん、大丈夫だよ」
 とは言うものの、本当は怖い。
 でも行ってみなきゃ何もわからない。覚悟はできている。
「では……」
 キョウがゆっくり丁寧にヘルメットを被せてくれる。
 その瞬間は、頭を撫でられるような心地よさを感じるのだけど、キョウの手が離れた途端、暗闇に置いてきぼりにされたような感覚に襲われる。
 それはいつものことだから、もう慣れてる。それなのに――
「キョウ……!」
 あたしは、離れていくキョウの手を握った。
「海?」
 キョウの大きくて柔らかい手がピクッと反応する。
「あ、ごめん、つい……」
 つい不安で手を握ってしまった。
 名残惜しいけど、このままではアクセスできないから、手の力を緩める。
 でも、キョウがあたしの手を放さなかった。
「え?」
 キョウの両手が、あたしの両手を包み込む。
 温かい……いや、熱い。
「海、私はここにいます。たとえ姿は見えなくても、ずっとあなたのそばについています。私の気持ちを聞いてください」
 あたしの右手がゆっくりと引っ張られる。
 手のひらがキョウの身体に触れる。
 この固い感触は……胸。
 ――トクン、トクン。
 キョウの鼓動が、服越しでもはっきりわかるくらい伝わってくる。
「聞こえますか、私の気持ちが」 
「うん……」
「私も不安です。私も怖いのです」
 微かに、キョウの手に力がこもる。
「私も、あなたと同じ気持ちなのです」
「キョウ……」
「ですから、私たちの心はいつでもつながっています。どれほど遠い未来へアクセスしようとも、それだけは変わりません」
 スッと手が放される。
 手にキョウの鼓動を感じなくなる。
 でも、自分の胸に手を当ててみると、さっきと同じ鼓動が伝わってきた。キョウと同じ鼓動が。
 ほんとだ。ほんとにあたしたち、つながってる。
 システムでアクセスするのはテスターでも、未来へ行くのはテスターとナビゲーターの二人なんだ。
「行きましょう、海」
「うん!」
 大丈夫。キョウと一緒なら、どこへだって行ける。
 どんなに変わり果てた未来でも、一人じゃないから。
「それではミッション開始します」


 気が付いたら路地裏に立っていた。
 日中だけど周囲は薄暗い。曇り空だ。
『海、異常はありませんか?』
 キョウが早口で聞いてくる。
 あたしはその場でグルリと一回転するようにして辺りを見回す。
「とりあえず危険ってことはなさそうだよ」
 薄汚れた建物の壁。ひび割れたコンクリートの地面。割れた部分からは雑草が伸びている。パッと見た感じは百年後と大差ない普通の路地裏だ。
 不思議なのは、やけに静かだということ。街の喧騒が聞こえてこない。
「シーンとしてるね。鳥と虫の鳴き声しか聞こえてこない。なんだか森の中にいるみたいだよ。空気も澄んでるし」
『見た感じはともかく、今までとは状況が大きく違っている可能性が高いですね。何が起こるかわかりません。注意して行動を開始してください』
 あたしは表通りのある方へと歩き出す。
 一歩一歩踏み出すにつれ、鼓動が高鳴っていく。
 この先はどうなっているのか、人類の未来はどうなるのか。
 その一端が、目の前に――
「なに……これ?」 
 目に映るのは一面緑色の景色。
「廃墟っていうか、遺跡?」
 一言で表せば、街全体を植物が覆っている状態だった。
 戦争で破壊された様子はない。建物も道路も信号機も標識も、多少崩れている部分はあるにせよ、ほぼ原形を留めている。
 でも、それらが全く機能していないのは一目でわかった。ありとあらゆる植物が、四方八方から絡みつき、こびりつき、覆い被さり、街を緑色に染め上げていた。
「どうして、街がこんなことに……?」
『おそらく何十年も放置されてこうなったのでしょう』
「じゃあ、この辺りに人は住んでないってこと?」
『まだわかりません。もう少し進んでみてください』
 あたしは草を踏み分けながら道を歩く。
 どのくらい放置されたかはわからないけど、アスファルトの道路ですら九割方植物に侵食されていた。ほとんど草むらを歩くのと同じ状態だ。
 塗装が剥げ落ちたロボットが草木に埋もれている光景は痛々しかった。
 
 
 それから、しばらく歩いても人や動物は見つからなかった。
 道を通った形跡すらない。そこにいる生き物は鳥と爬虫類と虫ばかり。
 虫が身体に引っ付くたびにゾワゾワする。
「ねえ、どう考えてもこの辺、誰も住んでなさそうだよ? 次行ってみない?」
『そうですね。では一度リセットします』
 そうして、あたしたちは何度か地点を変えて都市へのアクセスを繰り返したが、どの街へ行っても景色は変わらなかった。
 日の当たらない路地裏などを除き、とにかく一面、植物、植物、植物。
 唯一発見した哺乳類がノネズミという末期ぶり。 
 一五〇年後の地上を支配するのは人間でも動物でもロボットでもなく、植物だった。


 地方都市の次は農村を調査した。
 結果は無惨。
 農村も都市と同様、植物に支配されていた。民家は蔦に覆われ、荒野に成り果てていた農地は林に変わっていた。もう百年くらいしたら森になっているかもしれない。
 最後に首都をはじめとした大都市にもアクセスした。
 さすがにコンクリートジャングルの異名を持つだけあって植物の侵食は少なかったが、代わりに建物やインフラの損傷が激しかった。街の作りが複雑な分、各所が脆かったのかもしれない。
 二十回目のアクセスを終えたところで、柳所長からミッション終了の通達があった。
「お疲れさまです、海。無事で何よりです」
 キョウがヘルメットを外してくれる。
 何事もなく無事終われたことにはホッとしたけど、とても喜べる心境じゃなかった。
「結局、誰も見つからなかったね。もしかして、もう人類は地球を捨てて宇宙に旅立っちゃった……とか?」
「それはないでしょう。地球のことで精一杯の人類に、宇宙開発を進める余裕があるとは思えません」
「だよね……」
 もう滅んじゃったのかなとは、怖くて口に出せなかった。
「とにかく、ブリーフィングルームに戻りましょう」
 キョウと二人でブリーフィングルームに戻る。
 真っ先に目に入ったのは調査団三人の沈み込んだ表情だった。
 どうやら、調査結果がお気に召さなかったらしい。
 団長の佐藤が柳所長に食ってかかる。
「柳所長、この映像は本当に一五〇年後でしょうか? 千年後や二千年後ではありませんか?」
「間違いありません。いくらなんでも千年経てば、腐食によって建物やインフラは原型を留めていないでしょう」
 あたしとキョウは黙って席に座る。
 佐藤はこちらをチラッと見ただけで、すぐに柳所長に視線を戻した。
「では、なぜ人間が見当たらないのですか? これではまるで、人類滅亡後の世界ではありませんか」
 何がそんなに不満なのか、佐藤は興奮気味のようだ。
 柳所長は冷静に答える。
「一五〇年後の世界を見たのは私も今日が初めてですので、現段階ではなんとも言えません。この時代の調査は引き続き三波君に担当してもらいます。調査に進展があれば連絡しますので、結論を出すのはお待ちください」
 柳所長が言うことはもっともだ。国内二十ヵ所を調べたくらいで人類が滅亡したと決め付けるのは早い。
 しかし、佐藤は引き下がらない。
「そもそも、あの未来は本物ですか? 映像にあった出来事は絶対に実現するのですか?」
 うわ、根底から疑ってきたよ。失礼な人だな。
 だいたい、それは明日一時間後にアクセスすることで確かめるって話だったじゃない。
 そんな大事なことも忘れちゃったの? 
 柳所長はあくまでも冷静に答える。
「VFシステムが構築する仮想未来は本物の未来ではありません。このまま人類の活動を放置すれば、高い確率でこうなるという一つの指標です。未来は私たちの行動次第でいかようにも変化します。絶対的な予測は不可能です」
「ばかな……」
 佐藤は忌々しげに言う。
「それでは結局、未来がどうなるかわからないではないか」
 団員の鈴木と高橋も続く。
「これだけのシステムや組織を作っておいて、ただの指標だと?」
「そんな漠然とした情報では勝負に出られないぞ」
 勝手なこと言うなぁ。もはや敬語ですらないし。
 勝負って、あなたたち何がしたいの? 博打?
 柳所長はそんな三人を無視して、あたしたちに告げる。
「三波君、高羽君、二人ともご苦労だった。あとは私が引き受けるから、帰って身体を休めてくれ」


 翌日、午後一時。
 昨日と同じメンバーが第二ブリーフィングルームに集まった。
 調査団団長の佐藤が言う。
「それでは約束どおり、今日は一時間後にアクセスしてもらいましょう」
 昨日あれから柳所長と何を話したかはわからないけど、三人とも機嫌は悪くなさそうだ。VFシステムの予測精度を確かめられるのが楽しみなのかもしれない。
 佐藤は続ける。
「場所はそうですね……。ここから一番近い位置にある駅前広場でどうでしょう。そこで人の流れなどを観察して、仮想未来と現実世界の違いを見比べてみましょう」
「わかりました。ではさっそくミッションを開始します」
 キョウは返事をすると、すぐに席を立ち、「海、行きましょう」と促してくれた。
 さすがに気が利いてる。調査団の人たちと長々と話をしてもあまり意味はないからね。早く始めて早く終わらせた方がいい。
 あたしたちは決して露骨に急いだりはせず、アクセスルームに移動する。
 今回のアクセスはたった一時間後、それも駅前広場で人の流れを観察するだけの楽々ミッションだ。全然緊張しない。
「海、いくら簡単なミッションだからといって油断しないでくださいね。交通事故にでも遭ったら大変ですから」
「う……」
 キョウに言われ、硬直する。
「考えようによっては現代だってそれほど安全とはいえませんよ。一トンを超える鉄の固まりが、そこらじゅう走り回っているのですから」
「わ、わかってるよ、そのくらい。子供扱いしないでよね」
 思いきり油断していたくせに、恥ずかしくてつい反発してしまう。
 そんな態度のあたしにも、キョウは優しい笑顔を向けてくれた。
「そうですね、あまり過保護なのはいけませんね。ですがそれも、あなたを想ってのことです。多少うるさくとも、どうか辛抱してください」
「うん……」
 ずるいよ、キョウ……。そんなふうに言われたら反論できないよ。
 ヘルメットを被せてもらう。
「それではミッション開始します」
 

 ミッションは十分で終了。
 その後、調査団の三人が駅前広場まで現地調査に出掛ける。
 約一時間後に戻ってきた彼らの表情は苦々しさで満ち溢れていた。
 佐藤は苛立ちを隠そうともせず、撮影に使ったハンディカメラを机にドンと置いて着席する。
「柳所長、どういうことですか? 仮想未来と現実世界では人の流れが全く違うではありませんか。多少の違いではない。全くです!」
 なるほど、調査が期待外れだったからイライラしているわけか。
 柳所長は眉一つ動かすことなく冷静に答える。
「どうやらVFシステムでは、人の流れのように必然性のない事象を正確に再現することができないようですね」
「知らなかったのですか? なんて無責任な!」
 あからさまに憤る佐藤。
 今調査したばかりなんだから知らなくて当然でしょうに。
 佐藤よりは幾分冷静な鈴木が聞く。
「でしたら、どのような事象なら正確に再現できるのですか?」
「歴史の流れです」
 柳所長は即答した。
「それは、どういう意味ですか?」
 高橋が低く聞いた。
「過去の歴史があるように、未来にも歴史はあります。VFシステムが構築する世界は、いわば未来の歴史です。過去の歴史について記録にない細かな出来事を伺い知ることができないように、未来についても細かな出来事を知ることはできません。ただ、大きな歴史の流れとしては間違っていないということです」
「そ、そんな!」
 佐藤はガックリと机にうなだれる。
「VFシステムはその程度のものだったのか! それでは、国益につながるまで時間がかかってしまうではないか」
 あーあ、本音が出ちゃった。
 やっぱり目的は利益か。期待通りじゃなくて残念だったね。
 悔しがる三人の姿を見て、あたしはほくそ笑んだ。
 柳所長は表情を変えない。
 あたしと同じ心境だろうか。それとも、VFシステムをその程度だなんて言われて内心では怒っているかもしれない。表情からは何もわからない。
 ただ冷静に、こう言い放った。
「VFシステムで利益を得ようなどと考えるのは愚かなことです。むしろ逆。VFシステムは現代の過剰なまでの利益追求社会を改めさせるためのものです」
 調査団の三人は信じられないものを見るような目で柳所長を見た。
 佐藤が苛立たしげに声を上げる。
「柳所長、あなたは人が利益を求める行為を悪だと言うのか? それでは我々にどう生きろと言うのだ?」
「利益を求めること自体が悪ではありません。自然環境を破壊し、子孫に多大な負債を残してまで利益を得ようとする姿勢が悪だと言っているのです。どう生きろと問うならば、こう答えましょう。もっと慎ましく生きろと」
 三人は絶句した
 この人たちには、今のような浪費生活を見直すことなんて考えられないんだ。
 いや、自分たちが浪費生活をしていると思ってすらいないのかもしれない。
 当然、自分が死んだ後、地球がどうなるかなんて考えたこともない。
 考えることを放棄してしまった悲しい人たち……。
 そんな彼らに優しく声をかけたのはキョウだった。
「少しお尋ねしたいのですが、あなた方には、お子さんはいらっしゃいますか?」
「ん? ああ、私は息子が二人いるが」
 はじめに高橋が答えた。
「うちには今年高校生になった娘がいるよ」
 次に鈴木。
 最後に佐藤が答える。
「うちも娘だ。娘は去年結婚してな、孫ができるのが楽しみだよ」
 子供の話になった途端、三人の態度が柔らかくなった。
 この人たちも、人の親なのだと実感させられる。
「それなら話は簡単です」
 キョウは自分の倍以上の年齢の彼らに対し、優しく諭すように言う。
「あなた方には子や孫を大切に想う気持ちがあります。ならば、その子たちが将来生きていく世界のことも一緒に考えてあげれば良いのです。地球を救うだとか人類を救うなどという大それた話ではありません。ただ子供たちの未来について考える時、周囲の環境も含めて考えてあげてください」
 そう言われた三人は、少し気恥ずかしそうにキョウから視線を逸らした。
 自分の子供の話をされて、ようやく事の重大さに気付いたのかもしれない。
 しばらくしてから、佐藤がうつむき加減で言う。
「なるほど、それは一理あるな。言われてみれば、私も子や孫のことは考えても、その子たちが住む世界のことまでは深く考えてなかった」
「視野が狭かったんだな。私もたった今気付かされたよ」
「高羽君といったか。うちの息子と変わらないくらいの歳だというのに、たいしたものだな」
 鈴木と高橋もキョウの意見を認めてくれた。
 キョウのおかげで部屋の空気がたちまち和やかになった。
 その後も、あたしたちは家族の話を交えながら未来について語り合った。
『地球のため』『人類ため』という壮大な話はなかなか伝わらなくても、家族や身近な人の話ならちゃんと伝わる。
 キョウがそれを示してくれた。


 翌日。記者会見から六日目。
 調査によって明らかになったVFシステムの実態が全国的に報道された。
 VFシステムの予測が完璧でないという事実は世の中に衝撃を与えた。
 政財界から、学者から、一般人から、次々と失意の声が上がる。

『指標などという漠然とした未来しか見えないなら、政府や民間の未来予測とたいして変わらない』
『未来の道具じゃあるまいし、やっぱり先のことなんて誰にもわからないんですよ』
『新手の宗教団体かもしれませんね。人々の不安につけこんで、自分たちの思想を広めようとかいう』
『だいたい、日本があんなひどいことになるわけがないんですよ。日本人は何があっても戦争なんかしません。食べ物が足りないなら輸入すればいいし、資源だってまたどっかから見つかるでしょ。悲観的過ぎるんです』
 
 中には好意的な発言もあったけど、ほとんどはこんな感じで馬鹿にしているというかなんというか。
 ネットにもひどい書き込みがあった。

『本物じゃなくていいから仮想未来にアクセスしてみたい。家庭用ゲーム機として発売してくれないかな』
『お騒がせな連中。でもあのシステム、映画製作にはもってこいかも』
『リセットすればすべてなかったことになるんだろ? じゃあ射撃訓練に使えるぞ』
 
 これだもん。
「ううう、悔しい! こっちの苦労も知らず言いたいこと言ってー!」
 あたしはノートパソコンの画面を見ながら、テーブルをドンドン叩いた。
「海、落ち着いてください」
 低く深みのある声とともに、ホットココアがスッと目の前に出される。
「でもキョウ、こんなのひどくない? 期待外れだからって、よってたかってさ」
 あたしはココアを一口含んでから、脇に立つキョウを見上げた。
 今日はブリーフィングルームで二人きり。もちろん、キョウは執事姿だ。
「これでいいのですよ。柳所長の計画どおりです」
「え、どういうこと?」
「VFシステムの予測は完璧ではない。漠然とした未来しかわからない。そういった話が広まれば、システムを使って利益を得ようとする人々の関心が薄れていきます。映画やゲームの製作会社にとっては垂涎もののシステムでしょうが、娯楽産業の要求くらいならはね除けられます」
「でも、世間の関心がなくなっちゃったら、振り出しに戻ってまたアイちゃんが狙われるんじゃない?」
 キョウは首を横に振った。
「いいえ、振り出しには戻りません。関心を失うのは目先の利益を追う者たちばかりです。我々の活動を支持してくれる人も決して少なくはないのですよ」
「え、そうなの?」
「この六日間で、研究所の活動を支援したいという企業や団体からの申し出が国内外で二百件近く寄せられています。また、テスターに志願する者が、これも国内外で三千人以上います」
「そんなに! まさに棚ぼただね」
「いえいえ、VFシステムの公表は初めから計画に入っていましたから。ただ、時期が思いのほか早くなってしまったというだけのことなのですよ」
 全然知らなかった。それも秘匿事項だったのか……。
 柳所長、それに和香さん。
 あの二人は、いったいどんな計画をしているのだろう? 
 どれほど先の世界を見ているのだろう?
 キョウは話を続ける。
「ですから、決してVFシステムが世界から見放されたわけではありません。全人口の割合からすれば極少数ではありますが、我々の活動を理解してくださる人たちは確実に存在します」
「そっか、あたしたちのこと、ちゃんと見てくれてる人がいるんだ」
 胸がジンと暖かくなる。
「それに、欧州ではベルナドッテ家を支持する人たちが急増しています。アイシャさんの記者会見での演説が大きな影響を与えているようですね。さらにアイシャさん自身の人気も急上昇し、海外メディアからテレビ出演などの依頼が多数寄せられています」
「ア、アイちゃん、有名になっちゃったんだ。まさかこのままアイドルになっちゃったりして……」
 キョウは苦笑した。
「どうでしょうね。本人にその気はなさそうでしたが」
 アイちゃん、確かに可愛いしスタイルもいいけど……でもあのアイちゃんが人前で歌ったり踊ったりしているところなんて想像できないな。たぶんないな。
「ただ一つ間違いないのは、ベルナドッテ家の影響力が強まった上、アイシャさんが有名人となった今、もう誘拐などできないということです。今欧州でベルナドッテ家を敵に回す行為は、自己の破滅を意味しますから」
「それじゃあ、もう事件は解決したとみていいんだね」
「そうですね。ですが――」
 キョウの表情がキリッと引き締まる。
「私たちには、まだ大事なミッションが残されています」
「うん」
 もちろん、忘れてなんかいない。
「一五〇年後の世界にも、ちゃんと人が生きてるところを確かめなきゃね」


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