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作品名:バーチャル・フューチャー(仮想未来) 作者:hitori

第13回 六章 紛争(後編)


 ブリーフィングルームに戻り、さっそく準備を開始する。
 まずは装備品だ。
「こちらが海専用の防弾スーツです」
 キョウに手渡されたのはグレーのオフィススーツ。
 もちろん、タイトスカートでは行動しづらいので下はスラックスだ。
 一旦キョウに部屋を出てもらって着替えをする。
 あたし就職活動してなかったから、こういう服着るの初めてなんだよね。
 少しは社会人っぽく見えるかな。
 スタンドミラーに自分の姿を写してみる。
 うん、けっこういけるかも。どっからどう見ても社会人だよ。
 こういうのなんていうんだっけ? 馬子にも衣装……だったかな?
 着替え終わったので、キョウを呼びに行く。
「キョウ、着替えたよ」
 扉を開けると、廊下にはキョウの他にもう一人、見覚えのある若い作業着姿の男性スタッフがいた。確か前に武器を持ってきた人だ。
 あたしは男性スタッフと軽く会釈を交わしてから、キョウに聞く。
「もしかして、あたしも武器を選ぶの?」
「いえ、今回海が使う武器は決まっておりますので、選ぶ必要はありません」
 言われてみれば、男性スタッフはアタッシュケース一個しか持っていない。
「中で説明しましょう」
 キョウに言われ、再び席に着いたあたしの前に、アタッシュケースが置かれる。
 中に入っていたのは――
「え、拳銃?」
「いえ、これは麻酔銃ですよ」
 男性スタッフが答えた。
「なんだぁ、びっくりしたよ」
 一瞬、鼓動が跳ね上がった後、急速に落ち着いていった。いきなり銃撃戦とか難易度高過ぎる。
「では、ボクの方から麻酔銃について説明させていただきますね」
 わざわざ専門スタッフを呼んで説明してもらうなんて本格的だ。
「麻酔銃の有効射程は約十メートルです。さらに、厚い服の上からでは効かないこともありますので、実銃を持った相手と渡り合うのはまず無理と考えてください」
 うん、そりゃムリだ。
「海、麻酔銃は狙撃手を背後から仕留めるのに使うだけです。銃撃戦をするわけではないのでご安心ください」
 キョウが補足。男性スタッフが続ける。
「銃に装填できるのは一発のみです。再装填には時間がかかりますので一発勝負と思ってください。それから、相手の体格や刺さった部位にもよりますが、麻酔が効いてくるまでに約三秒かかります。命中したからといって油断しないよう注意してください」
 武道でいう残心(ざんしん)が必要ってことね。
「狙う部位は素肌であればどこでも構いませんが、首筋に命中させるのが最も効果的です。針が静脈付近に刺されば一秒で行動不能にできるでしょう」
 ま、狙いをつけてる余裕があったらね。
「麻酔は最低でも三時間は身動きがとれない強力なものですが、念のため仕留めた後、武器を取り上げて手足を拘束してください」
 男性スタッフはケースから二つの手錠を出し、あたしに見せた。
 片方は足に付ける錠で、若干鎖が長い。
「説明は以上ですが、何か質問はありますか?」
「ううん。大丈夫」
 答えると、男性スタッフは一礼してブリーフィングルームを出ていった。
「それでは準備が完了したところで、アクセスルームに移動しましょう」
 キョウに促され、席を立つ。
 二人同時にアクセスができるようになったと聞いたけど、椅子が二人掛けになったのとモニターが二つになったの以外、外観はたいして変わらない。
 あたしもいつか誰かと二人でアクセスする時が来るのかな。
 柴波、それとも明季? 
 そういえば、はじめは明季と二人で仮想未来に行くこととか考えてたな。
 まだ三ヶ月ちょっとくらいしか経ってないのに、ずいぶん昔のことみたいだ。
 ――おっと、ミッションに集中しなきゃ。
 一旦麻酔銃と手錠をキョウに預けてから席に着く。
 それから、いつもどおりサイドポニーをほどいて、白猫ヘアピンを外した。
「海、失礼します」
 キョウにヘルメットを被せてもらう。
 いよいよだ。
「それでは、一回目のアクセスを行います。まずは、先ほど所長室で説明したとおり、上空からの映像を撮るため、空中にアクセスしていただきます」
「う、うん」
 ほんとにやるんだ、空中アクセス。
「アクセスポイントは地上一五〇〇メートル。開始から五秒ほどでリセットしますので、くれぐれも顔を地上から背けないようにしてくださいね」
「うん、がんばる」
「今回はカウントダウンを行います。カウントゼロでアクセス開始です。海、心の準備はよろしいですか?」
 コクッと頷く。
 ううう、緊張する。
 パラシュートなしスカイダイビングなんて、どんな絶叫マシンも比じゃないよ。
「では、いきます。3、2、1、0」
 

 フッと身体が浮いた。
 歪んだ視界。
 んんんんんん! 
 なん――息――できな――


「わあ!」
 あたしは悪夢から覚めるように椅子の上でビクンと跳ねた。
 それから、すぐに胸を押さえる。
 心臓がバクバクいってる。でも息は……できる。
「海、大丈夫ですか?」
 キョウがそっとヘルメットを外してくれる。
「わ、ワケがわかんなかった。息できないし、もう景色とか全然見えなかったよ」
 唇が震えて上手く声が出せない。
「走馬灯っていうのも見えなかったし、ほんとにもう、身体が吸い込まれて消えちゃいそうな感覚というか、もうダメだって本能的に悟ったというか……」
 自分でも何を言っているのかよくわからなかった。それでも、とにかく気持ちを伝えたかった。
 額から汗が滴り落ちる。
 キョウが白いタオルハンカチで優しく顔を拭いてくれた。
「海、よくがんばりました。少し休んでいてください。私はその間に映像を分析しておきますので」
 キョウはナビゲーターの席に戻り、パソコンを操作する。
 目の前の大型モニターに上空から地上をとらえた映像が現れた。
「上空からの撮影には成功したようですね。これで狙撃手の位置が割り出せます」
 よかったぁ。撮り直しのためにもう一度空中アクセスなんて言われたら、たぶん心折れてたよ。
 ――それから五分くらい。
「いました」
 拡大映像に狙撃手の姿をはっきりと確認する。
 真上からの映像だから顔も性別もわからないけど、前に突き出ている狙撃銃のおかげで犯人であることは間違えようがない。
 こいつが柴波を……。
 姿を見てしまったせいか、それまではなかった怒りの感情がふつふつと湧いてきた。
 あれは事故なんかじゃない。正真正銘、こいつがやったんだ。
 仲間をやられるのがこんなに腹立たしいなんて初めて知ったよ。
「海、これを」
 キョウから麻酔銃と手錠を受け取る。
 手錠はポケットにしまい、麻酔銃を両手でしっかりと持つ。
 今ならためらうことなく引き金が引けそうだ。
 再び、キョウにヘルメットを被せてもらう。
「それでは、二回目のアクセスを開始します。アクセスポイントは狙撃手の背後五メートルほどの位置です。アクセスしたら即接近して撃ってください」
「わかった」
「それから、足音を消すために靴を脱いでいただきます」
「うん」
 キョウがそっと靴を脱がせてくれる。少しドキっとした。
「では、開始します」
 

 アクセスした瞬間、既視感が走った。
 視界に広がるのは、ついさっき屋上で見たのと同じような光景。
 所狭しと設置された無数の太陽光パネル。
 それから、五メートルくらい先のフェンス際に知らない男の背中が。
 あたしはゆっくりと歩を進める。
 男は背を向けたまま気付かない。
 よーし、この辺りなら。
 距離一メートルくらいまで接近したところで、麻酔銃を構えた。
 そして、人差し指に力を込めた瞬間――
「ん?」
 狙撃手が振り返った。
 ちょ、今動かないでよ!
 麻酔針が虚空に向かって飛んでいく。
 ――外した!
「なんだお前!?」
 狙撃手が怒鳴る。三十歳くらいのいかつい男だ。
 まずい、やられる!
 と思った瞬間、あたしの意識は暗転した。


「ううう、外した! 悔しいいい!」
 あたしは座ったまま地団駄を踏んだ。
「まあまあ、海なら何度でもやり直しができますから、気にせずもう一度いきましょう」
「次は絶対に当ててやるー!」


 三回目のアクセス。
 振り向くとわかってれば、今度こそ!
「ん?」
 麻酔針は男の額に命中。
 男は二、三歩ふらついた後、バタっと倒れた。
 あたしはそれを油断することなく見届ける。
『お見事です、海』
 それから、指示されていたとおり武器を取り上げ、手足を拘束する。
「それで、これからどうするの?」
『あと一分ほどで警察署から無人兵器が出動する時間です。まずはその場所から戦闘の様子を眺めてください』
 あたしはフェンス際まで行き、下の様子を見る。
 地点は違ってもあの時と同じ、大勢の暴徒が街にあふれかえっていた。
 暴徒たちは警察署を目指している。
 間もなく、黒い無人兵器の群れが音もなく姿を現した。無人兵器の両側面から二本のアームが伸び、ザリガニのような形状になる。
 そして、アームの尖端が咆哮。
 群がる暴徒たちに次々と弾丸を浴びせ始めた。
 警察署の屋上から見た映像よりは近いにせよ、血や表情まで見える距離ではない。
 なんとか目を背けずにいられる。
 無人兵器の強さは圧倒的だった。
 暴徒たちも拳銃などで応戦するものの、まるで歯が立たない。接近してもアームで凪ぎ払われてしまう。トラックが決死の体当たりを仕掛け、ようやく一機仕留めた。
 でも、無人兵器にだって弾薬に限りがあるはず。
 弾切れになった時が反撃のチャンスと思ったが、それは浅はかだった。
 警察署の倉庫から第二陣が出動する。
 弾切れになった無人兵器は、それと入れ替わるように倉庫に帰っていった。
 弾薬を補給してまた出てくるに違いない。
 ひどすぎる……。
 今は暴徒化しているとはいえ、元は抑圧されたグレーエリアの人たち。
 全滅するまで、こんな一方的な戦いが続くの?
 そう思った時、無人兵器が突如発砲をやめた。
「あれ?」
 それから反転して、一斉に警察署へ戻っていく。
 さらに、今まで攻撃を受けていた暴徒たちが、無人兵器に続いて警察署に向かって進み出した。
「なに? どういうこと?」
『まさか……!』
 キョウが声を上げる。
「何かわかったの?」
『暴徒側が、無人兵器のコントロールを乗っ取ったのかもしれません』
「ウソ……まさか、そんなことが!」
 そのまさかだった。
 無人兵器が警察に対し攻撃を始めた。
 さっきまで暴徒に発砲していた無人兵器が、警官や警察車両を次々と撃つ。
 溜まりに溜まった鬱憤を晴らす感じじゃない。
 ただ無機質に、無感情に、指定された目標を撃つ。
 警察署の倉庫から、弾薬の補給を済ませた無人兵器が再出動する。
 今度は無人兵器同士の撃ち合いが始まった。
「なんなの、これ? こんなの滅茶苦茶だよ!」
 目に涙がにじんでくる。もう直視していられなかった。
『海、目を背けてはいけません!』
 いつものキョウとは違う、厳しい口調。
『その光景は現実です。起きてはならない、現実なのです。あなたが目を背けてしまっては、その現実が本当の未来になってしまいます』
「そんなこと言われても、あたし、あたし……」
『大丈夫、私も一緒に見ています。あなたと同じものを、あなたのそばで見ています』
 今度は穏やかな口調。
「キョウ……」
 不意に胸の奥が暖かくなった。
 そうだ、あたしは一人じゃない。
 姿は見えなくても、すぐそばにキョウがいてくれるんだ。
 涙をぬぐう。
「ごめんね、キョウ。あたし、もう目を背けたりしないから」
『一緒にがんばりましょう』
「うん」
 再び、戦闘の様子を見る。
 ほんの少し目を離している間に状況が変わっていた。
 今やすべての無人兵器が暴徒たちに背を向けている。
『どうやら、待機していた機体も乗っ取られてしまったようですね』
 見たところ警察側にはもう応戦する力は残ってなさそうだ。
「このままじゃ、街がメチャメチャに……」
『いや、おそらくそうはならないでしょう』
「え、どうして?」
『もうそろそろ軍隊が出てくるはずです』
「軍隊って、そんなの出てきたら街ごと破壊されちゃうんじゃ?」
『いえ、未来の軍隊は街を破壊するような戦い方はしないというのが研究所の予想です。街に爆弾を落とすのような戦い方は、膨大な汚染物質と経済的損失を生み出してしまいます。この時代に至ってもまだそのような戦闘が行われているのだとしたら、人類はもっと衰退しているでしょう。ですから、戦闘の仕方が旧来のような爆撃戦とは違っているはずなのです』
「そうなんだ……」 
『例えば、あの無人兵器にしてもそうです。人的被害は甚大ですが、インフラへの被害は爆撃を行うより遥かに小さいでしょう?』
「そっか、言われてみれば……」
 無人兵器が使うのは両腕に内蔵された機関銃だけだ。あれなら建物が倒壊したり橋が落ちたりすることはない。
『軍隊なら警察より強力な兵器を持ってはいるでしょうが、なるべく街を破壊しない、環境を汚染しないというコンセプトに変わりはないと思われます』
「でも、あの無人兵器、拳銃の弾くらいじゃビクともしないみたいだし、爆弾とか使わずにどうやって戦うんだろ?」
『それはもうじき彼らが教えてくれます。よく見ていてください』
 今や暴徒の手先となった無人兵器が警察署を取り囲んでいる。
 しかし、高く強固な壁があるため敷地内に侵入できないでいた。
 そんな膠着状態を数分眺めているうちに、こちらに飛んでくる鳥の群れが目に入った。
 あれ、なんか変だな。鳥にしては、やけに動きが固いような……。
 不意に、鳥の群れから幾筋もの赤い光線が走った。
「え?」
 光の行き先を見る。
 すると、磁力で浮かんでいた無人兵器が数機、その場に落下した。
「なに今の? レーザー?」
 落下した機体から黒い煙が立ち昇る。すでに行動不能なのは明らかだ。
「あの無人兵器が、たった一撃で……!」
『どうやら、あれが軍の兵器のようですね。海、あの鳥型の動きをしっかりと見ていてください』
 鳥の群れは散開し、地上にいる無人兵器に向け次々とレーザーを発射する。
 二本腕の無人兵器は上空からの攻撃にまったく対応できず、瞬く間に破壊されていった。五十機以上いた無人兵器が全滅するまで三分もかからなかった。
 頼みの無人兵器を失った暴徒たちは一目散に逃げ出す。
 鳥型のロボットたちはそんな暴徒たちを見向きもせず、警察署の上空を旋回し続けていた。
「どうして追わないんだろう? 人は攻撃できないのかな?」
『わかりません。単にエネルギー切れか、もしくは、またハッキングされるのを恐れたのかもしれません』
「ハッキングって、あの鳥型まで?」
『ええ。ですから、見た目ほど圧勝ではなかったのかもしれません。もう少し粘っていれば、一気に形勢逆転された可能性もありました。私たちに見えないところで、もう一つの戦いが行われていたのです』
「サイバーなんとかっていうのだね」
『そうです』
 強力な味方が電気信号一つで恐るべき敵に変わってしまう。それが未来の戦争。
 爆弾の落とし合いよりマシとはいえ、泥沼の争いに違いはない。
『海、一旦リセットします。少し休憩しましょう』
「うん」


 ブリーフィングルームに戻ったあたしは、キョウが用意してくれたお水を飲んでホッと一息ついた。
 キョウも一緒にと声をかけたけど、
「いえ、私は映像の分析を急ぎますので」
 と言って、アクセスルームにこもっている。
 そう、まだ終わりじゃない。むしろここからが本番だ。
 さっきは遠くから見た戦闘を、今度はすぐ近くで見なきゃいけない。
 戦闘の詳細と悲惨な様子を映像に残すために。
 十五分くらいするとアクセスルームの扉が開き、キョウが顔を出した。
「海、準備ができました」
 あたしは再びアクセスルームに入り、席に着く。
「では、次のミッションの説明をします。先ほどのミッション映像を分析し、安全なポイントを二十四ヵ所割り出しました。海には、そのポイントへのアクセスとリセットを繰り返し、至近距離からの映像を集めていただきます。アクセスする時間は数秒から長くても数十秒程度。もし危険と判断したら、すぐにリセット≠ニ叫んでください。リセットは予告なしで即実行します。説明は以上です。何か質問はありますか?」
「大丈夫、要するに危なくなったらリセット≠チて叫べばいいんでしょ?」
 自信満々に答えると、なぜかキョウは穏やかに微笑んだ。
「そうですね、それが一番重要です。海、くれぐれもむやみに飛び出したりしないでくださいね」
 あ、なんか子供扱いしてない?
「わかってるよぉ、それくらい」
 そう言って頬をプクッと膨らませると、キョウは少し心配そうな顔をした。
「でも、海は優しいですから、目の前にいる人を助けようとしてしまわないか心配です」
 あ、そっか。それ言われなかったら、ヤバかったかも……。
「我々はこれから、とても残酷で悲しい光景を目にします。ですが、どうか目先のことに捕らわれず、ありのままを受け入れてください」
「うん。心配しないで、覚悟はできてるから」
「では始めましょう」
 キョウがヘルメットを被せてくれる。
 不思議と緊張はしなかった。
 さっきの光景が、あまりにも現実離れしていたせいかもしれない。
 あるいは、ここのところ驚きっぱなしだったから?
 それもあるけど、やっぱりキョウがそばにいてくれるからに違いない。
「ミッション、開始します」


 四回目のアクセス。
 場所はホワイトエリアの路上。
 ほんの数メートル先に、ハンマーでパトカーの窓ガラスを叩き割る暴徒たちがいた。
『あと五秒で無人兵器による攻撃が始まります。絶対にその場から動かないでください』
 五秒なんて、そんなこと言ってる間に――
 パパパっと乾いた音が響く。
 次の瞬間、無数の弾丸が暴徒たちの頭部を貫いた。
 飛び散る鮮血が、はっきりと見えた。
 
 五回目のアクセス。
 二本腕の無人兵器に対し、暴徒たちが拳銃で応戦する。
 無人兵器の真っ黒な装甲は甲高い音を立て、やすやすと弾丸を弾いた。
 次の瞬間、暴徒たちの頭部を弾丸が通り抜けた。
 
 六回目のアクセス。
 無人兵器を前に何人かが逃げ出した。
 無人兵器はすぐに彼らを追いかけ、容赦なく後頭部を撃ち抜いた。 
 
 七回目のアクセス。
 暴徒たちが二十人くらい密集しているところに無人兵器が現れる。
 十秒もかからずに全滅した。しかも、全員が頭部を撃ち抜かれていた。
 どうやら、無人兵器は必ず人間の頭部を狙うようプログラムされているようだ。
 せめて苦しませないようにという配慮なのかもしれない。
 
 八回目のアクセス。
 物陰に潜んでいた男が無人兵器に飛びつく。
 しかし、横凪ぎに払われたアームに男はあっさりと吹き飛ばされた。
 無人兵器は接近戦にも対応していた。
 
 九回目のアクセス。
 トラックが無人兵器に向かって猛然と突っ込む。
 無人兵器は数メートル吹き飛ばされ壁に激突。煙を吹いて動かなくなった。
 運転手がガッツポーズをする。
 直後、別方向からの射撃が運転席を襲った。
 
 十回目のアクセス。
 逃げ回る乗用車を無人兵器が追いかける。
 二本のアームから放たれた弾丸は、リアガラス越しに運転手の後頭部を正確に捕らえ、コントロールを失った乗用車は壁に激突した。  
 とてつもない射撃精度だ。

 十一回目のアクセス。
 道端に寝転んで死んだふりをする男がいた。
 無人兵器は一瞬の迷いもなく、男の頭部を撃ち抜いた。
 
 十二回目のアクセス。
 弾切れを起こした無人兵器に暴徒たちが次々と襲いかかる。
 何人かはアームでやられたが、そのうち大勢がハンマーやバールで関節やモニターなどの脆い部分を壊し、やがて行動を停止させた。
 
 十三回目のアクセス。
 暴徒たちが、補給のため倉庫に戻ろうとする無人兵器を執拗に追いかける。
 しかし、新たに出現した無人兵器によって射殺された。
 
 十四回目のアクセス。
 戦意を失って逃げようとしたところ、味方に撃たれた者がいた。
 
 十五回目のアクセス。
 無人兵器は頭部しか狙わないと見抜き、ブリッジ回避を行う者がいた。
 なんと回避成功。
 無人兵器は仕留めたと誤認したのか、そのまま見逃してもらえた。
 
 十六回目のアクセス。
 混乱に乗じて食料品店に忍び込み、盗みを働く者がいた。
 店から出た瞬間、無人兵器に頭部を撃たれた。
 
 十七回目のアクセス。
 暴徒数人を撃ち殺した無人兵器が、ゆっくりとあたしの方を向いた。
「リ、リセット!」
 叫び終わるや否や、意識が暗転した。
 
 十八回目のアクセス。
 まるでヒットマンのような雰囲気の大柄な男がいた。
 その男は、大砲みたいな音がする拳銃で無人兵器のモニターとアームの付け根を正確に射撃し、行動不能にした。
 何者だろう?
 
 十九回目のアクセス。
 弾切れになった無人兵器を収容するために警察署のゲートが開いたところへ、乗用車が何台か突っ込んだ。
 すぐさま乗用車に集中砲火が浴びせられる。
 その隙に一人の男がこっそり敷地内へと侵入した。
 おそらく、無人兵器のプログラムを書き換える人だ。
 
 二十回目のアクセス。
 突然、無人兵器が攻撃をやめ、反転する。
 暴徒たちは狂喜乱舞した。
 どうやら、始めからこういう作戦だったようだ。
 要するに暴徒たち全員が囮ということだ。
 こんなに多くの犠牲を出す方法しか思いつかなかったの?
 
 二十一回目のアクセス。
 無人兵器が警察に対し攻撃を始めた。
 警察に応戦する気はなく、ひたすら逃げの一手。
 逃げ遅れた警官が後頭部を撃ち抜かれた。
 
 二十二回目のアクセス。
 今さらだけど、ホワイトエリアの住民を全く見かけないことに気付いた。
 おそらく、緊急事態が発生した時すぐに情報が行き渡って避難ができるようになっているのだろう。
 危機管理意識が現代人とはずいぶん違うと思った。
 ちょっと卑怯とも思った。
 
 二十三回目のアクセス。
 警察署から新たな無人兵器が出動した。
 キョウが言ったとおり、全部が一気に乗っ取られないようコントロールを分けてあるようだ。

 二十四回目のアクセス。
 無人兵器同士の撃ち合いが始まった。
 無人兵器は互いの攻撃を避けようともせず、ひたすら銃弾を浴びせ合っていた。
 必然、相打ちが多くなる。
 無人兵器には逃げる≠ヘおろか避ける≠ニいう選択肢すらないらしい。

 二十五回目のアクセス。
 無人兵器が撃ち合いをやめる。
 警察側の無人兵器がくるりと反転した。
 同時に、物陰に潜んでいた暴徒たちがわらわらと姿を現した。

 二十六回目のアクセス。
 ついに、暴徒たちが警察署の目前まで迫った。
 警察側は逃げ遅れた仲間を見捨ててゲートを封鎖した。
 ゲートの前で警官数人が射殺される。
 その後、大勢の暴徒と無人兵器が警察署を包囲するも、壁のせいで侵入することができないでいた。
 あの無人兵器、磁力で浮くからといって空を飛べるわけではないようだ。

 二十七回目のアクセス。
 膠着状態から数分が経った警察署ゲート付近。
 この後、上空から鳥型のロボットが現れてレーザーを撃ってくるはず。
 ――という予想を裏切って、いきなりレーザーが降り注いだ。
 まだ鳥型は影も形もない。
 な、なんて遠くから!
 二本腕の無人兵器は全く反応できない。完全に射程外からの攻撃だ。
 さらに第二射がくる。
 拳銃の弾丸を軽々と弾いた黒い装甲も、レーザーにかかれば飴細工みたいに脆弱だった。
 
 最後に、鳥型の無人兵器を間近で見るために数回空中アクセスを行った。
 危険な正面を除き、真上、真下、後方など、あらゆる角度から映像を撮影。
 レーザーを発射する瞬間もとらえた。
 サイズはカラスより一回り大きいくらい。色はライトグレー。
 ちょっとずんぐりしていて、「意外と可愛い」と思ってしまうデザインだった。お尻の部分に超小型のジェットエンジンを二基積んでおり、速度は途方もない。
 とてつもない技術だ。


 三十四回目のアクセスが終わったところで、キョウが声をかけてきた。
「おつかれさまです、海。本日のミッションはこれで終了です」
 ヘルメットを外してもらう。
 休憩後からずっと着けっぱなしだったから、目が暗闇に慣れてしまってまぶしい。
「海、気分はいかがですか?」
「ううん、あたしはなんともないよ。それより、キョウの方が……」
 キョウの顔が少し青ざめていた。
 映像とはいえ、あんな光景を何度も見せられたんじゃ無理もない。
 それでも、キョウは弱音を吐いたりしなかった。
「私のことは心配いりません。所詮は映像です。それより、目の前で見ていた海の方が心配です。本当になんでもないのですか?」
 なんともないとは思うんだけど、一応セルフチェックしてみる。
 吐き気や眩暈はない。立ち上がっても平気。やっぱりなんともない。
「うん、自分でも不思議なんだけどね、ほんとになんともないみたい。確かに、目の前で次々と人が撃たれて、怖いし、気持ち悪いし、吐きそうにもなったけど、それはアクセスしてる間だけで、リセットされた瞬間、そういうのもリセットされるみたいなんだよね」
「海……」
 キョウは一瞬だけ驚いた表情を見せたけど、すぐ安心したようにつぶやいた。
「それならよかったです」


 以前、あたしが一回のアクセスで受けるダメージは明季の約七十分の一と聞いた。
 今日は三十四回アクセスしたわけだから、少しはダメージがあるのかなと思ったけど、意外とそうでもなかった。もちろんメディカルチェックも異常なし。
 やっぱり明季が神経質なだけなんじゃない? 
 いや、一回一回のアクセス時間が短かったからかな。
 よくわかんないけど、まあいいや。
 でもそうなると、自分のことより柴波の方が気がかりだった。
 あれからどうなったんだろう。意識は戻ったのかな。仮に戻ったとして、ちゃんと動けるのかな。まさか、もうテスターとして活動できないなんてことは……。
 考えながらうつむき加減で廊下を歩いていると、前方から声をかけられた。
「よう」
 え……!? 
 立ち止まって顔を上げる。
「なにうつむいてんだ。らしくねえな」
 まるで何事もなかったような様子で、そこに柴波が立っていた。
「な、なんで? 身体は、なんともないの?」
「おう、よくわからんが、なんともなかったみたいだな」
「ほんとに? どうして?」
「さあな。そんなもんどうでもいいだろ。無事で済んだんだからよ」
 柴波は得意気に笑った。本当に、いつもの柴波だ。
「馬鹿、人の気も知らないで……」
 でもよかった。言葉とは裏腹に、心の中は喜びと安心でいっぱいだった。
 悔しいから言わないけど。
「それにしても昼食抜きだったから腹が減って仕方がねえ。ラーメンでも食いに行かないか?」
「うん」
 って、あれ、自然に返事しちゃった。
「この前うまい店を見つけたんだ。こっからバスで行けるから帰りも安心だぞ」
 ど、ど、どうしよう、もう断れないよ。
「あ、あの……」
「ああ、もちろん全部俺の奢りだ。遠慮なく食いたいだけ食ってくれ」
 しゃべらせてくれないし。
「六時過ぎると混んでくるから、早いとこ――」
「待ってください」
 こ、この声は!
 あたしの後方を柴波がにらみつける。
「またお前か」 
 振り返ると、そこには私服姿のキョウが。
 ワインカラーの長袖シャツとチェック柄のカーゴパンツというカジュアルな服装だ。
「柴波さん、海さんとどこ行くんですか?」
「ラーメン食いに行くんだよ。言っとくが今日はもう承諾済みだからな。今さら口挟んだって遅いぞ」 
 柴波はニヤリと笑う。
 すると、キョウもつられるようにニヤリとした。
「柴波さん、俺も連れてってくださいよ」
「はぁ、なに言ってんだ?」
「柴波さんにいろいろ聞きたいんですよ。ミッション映像を見てね、俺、柴波さんのこと見直したんです。先輩として、ぜひアドバイスしていただきたいことがあるんで、一緒に連れてってください」
 柴波は苦々しい表情をする。
 うまいな、キョウ。これは断りにくい。断ったら年上として大人げないもんね。
 キョウはさらに言う。
「代わりと言ってはなんですが、車は俺が出しますよ。海さんも柴波さんも家まできっちり送りますので」
 未成年のキョウが一緒にいれば「食事の後お酒を一件飲みに――」とはならない。
 あたしとってもその方が好都合だし、悪いけどここは加勢させてもらおう。
「ねえ、キョウもああ言ってるし、連れてってあげようよ」
 柴波先輩はとっても懐の深い人だからね。ここまで言われて断るなんてありえないよね。
「わかったよ。じゃあ運転は任せるからな」
 ほらね。
「じゃ、行きましょう。車はこっちです」
 キョウの案内で、あたしたちは廊下を歩き出す。
「つーか、高羽。お前、雰囲気がミッションの時と変わってないか? しゃべり方とか」
「ああ、ミッションの時は執事モードなんですよ。今は通常モードです」
「なんだそりゃ、おもしれえ奴だな」
「失敬な。遊びでやってるんじゃないんですよ」
「じゃあ、俺も迷彩服でも着た方がいいのか?」
「やめてくださいよ。痛い人と思われるから」
「お前が言うんじゃねえよ」
 アハハ、なんかいつの間にか普通に話してるよ、この二人。
 でもいいなぁ、こういうの。ほんとに先輩と後輩みたいで。
 これからも仲良くしてくれるといいな。


 というわけで、三人でラーメン店へ。
 店内は広くて、新しくて、とってもキレイ。
 どちらかというと仕事帰りのサラリーマンよりファミリーの客が多い。
 平日だというのに席は八割方埋まっている。なかなか人気があるみたいだ。
 ただし、メニューは豊富とはいえなかった。
 ラーメンはたった一種類、醤油ラーメンしかなく、あとは好みに合わせて具をトッピングできるだけだ。
 つまりこれは、その一種類に相当な自信がある証拠。期待できそうだ。
「いただきまーす」
 ――ずるずるずる。
 んー、おいしい!
 ちなみに、あたしはラーメンを食べる時レンゲに移してからちまちま口に運んだりしない。ラーメンは音を立てて食べてもいいと思うの。
「うん、おいしいですね。この麺の固さは、俺好みです」
 キョウも絶賛している。
 ところが柴波は――
「んん……なんだこれ?」 
 箸を止めたまま首を傾げていた。 
「どしたの、髪の毛でも入ってた?」
「いや、そうじゃなくて」
 柴波はレンゲでスープをすくい、毒味でもするようにゆっくり口に含む。
「味がしないぞ」
「は? そんなに薄味だったの?」
 柴波のラーメンを覗く。
 同じものを注文したのだから見た目は何も変わらない。
「おい、一口もらうぞ」 
 柴波は突然、隣にいるキョウのスープをすくった。
「ちょっと、何を?」 
 驚くキョウを無視し、おそるおそるスープを口にする。
「……やっぱり、おかしいのはラーメンじゃない。俺の舌だ」
 柴波はラーメンを見つめたまま呆然とした。
「それって、舌が麻痺したってこと?」
「いや、スープの熱さは感じる。麻痺してんのは味覚だ」
 まさか、そんな……。
 あまりのことに現実感が湧いてこない。
 でも、柴波はどう見ても冗談を言っている雰囲気じゃない。
「味覚って、なんでそんないきなり? 朝はなんともなかったでしょ?」 
 午前中、ブリーフィングルームで和香さんと三人でお茶を飲んでいたのだから間違いない。
「柴波さん、もしかして、それってミッションの影響――」
「待て、高羽」
 キョウの言葉を柴波が制した。
「話は後だ。まずは食っちまおう」
 店内は満員状態。ざわざわと騒がしい中、あたしたちのテーブルだけがシーンと静まりかえっているようだった。


 それから、あたしたちは研究所に戻り、所長室を訪ねた。
 キョウがノックをすると、返事の代わりにドアが開き、和香さんが顔を出す。
「あら、どうしたの? めずらしいわね、三人で来るなんて」
「実は、お話ししたいことがありまして」
 キョウの口調から異変を察したのか、和香さんの表情が引き締まった。
「わかったわ。所長もいるから、中で話しましょう」
 あたしたち三人は、柳所長、和香さんと向かい合う形で応接ソファに座った。
 まず、柳所長が口を開く。
「いったい何があったのかね?」
「実は、俺の味覚が麻痺してしまったみたいなんです」
 柴波が敬語で話すの初めて聞いた。さすがに柳所長には敬語なんだ。
「味覚が? それはいつからだ?」
「ついさっきです。朝はなんともありませんでした。三人でラーメンを食べに行ってわかったんです」
「他には、何か異常はあったか?」
「今のところは何も」
「ふむ……」
 柳所長は考え事をするように顎に手を当てる。
 何か心当たりがありそうな様子だ。
「私の時と似ているな。私がアクセス中に死亡した時も、視力を失った他は何事もなかった」
 え、柳所長が視力を失ったのもアクセス中の死……。
「柴波君が味覚を失ったのはアクセス中に死亡した影響とみて間違いあるまい。となると、考えられるのは……」
 ゴクリ、と固唾を飲んで柳所長の言葉を待つ。
「アクセス中に死亡すると、五感のいずれかを失うのかもしれん」
 五感。
 柳所長は視覚で、柴波は味覚。
 じゃあ、聴覚や嗅覚、触覚を失う可能性もあるってこと? 
 もしあの時、無人兵器に撃たれていたら、あたしも……。
 想像したら、身体が小刻みに震え出した。ついさっき覚悟したはずなのに。
「ハハ、そういうことか」
 突然、柴波が場違いな笑い声を上げた。
「なに笑ってんの、この大変な時に」
 あたしはイラッときて、ついきつく言ってしまう。
 こっちが心配しているのに、そんなヘラヘラされたら怒りたくもなる。
 しかし、柴波はふざけているわけでも、ましてや自暴自棄になっているわけでもなかった。
「笑いたくもなるさ。考えてもみろ、味覚つったらミッションには一番関係のない感覚だ。五分の一が当たったんだぞ。我ながらなんて強運だよ」
 いや、そういう問題じゃなくて……。
 味がしないってことは、もうおいしいものを食べられないのと同じなんだよ? 
 一緒に食事へ行って、おいしいねって言うこともできないんだよ?
「所長、当然ミッションはこのまま継続ってことでいいですよね?」
 なんでそんなポジティブに考えられるの?
「そうだな。君に異存がないなら続けてもらおうか」
 柳所長もあっさり認めるし。
「そうなると、やっぱり怖いのは遠方からの狙撃よね……。今後は、あんな目立つところへは行かせないよう注意するわ」
 和香さんは少し暗い表情だけど、なんとかそれを隠してるような感じだ。
 そんな和香さんに気を遣ってか、柴波はすかさずフォローする。
「ああ、あれは俺が悪かった。警察が標的とわかった時点ですぐに退くべきだったよ」
 一番苦しいのは自分のはずなのに……。
 その様子を見て、前々からこの研究所がどこかおかしいと思っていた理由がわかった。
 この人たちは自分の命を使っている。たった一つしかない命を、まるで道具のように使っている。自分のためではなく、人類の未来のために。
 平和な今の時代、ここまでの覚悟を持っている人間なんてまずめったにいない。
 選挙の時は命懸けと言う政治家だって、いざ当選すると本当の命どころか政治家生命すら懸けやしない。みんな口先だけの偽物だ。
 歴史上になら本物はいた。
 同じ人間とは思えないほど、崇高な理想を持った偉大な人物たちが。
 この人たちは、そういった歴史上の人物に近付きつつある。もしVFシステムによって世界が救われたなら、間違いなく歴史の教科書に載るだろう。
 だからかもしれない。
 この研究所の人たちに人間味を感じないのは。
 あたしが知っている人間という生き物は、自分に甘くて、自分勝手で、自分が一番かわいい、とても弱い存在だ。
 人間だけじゃない。動物も植物も魚も虫も、生き物は自分が一番。それが普通。
 見ず知らずの人たち、ましてや生まれてもいない子孫のために命を懸けられる人間なんて普通じゃない。だから、おかしいと感じる。
 あたし、付いていけるのかな……。
「すみません」
 不意にキョウが立ち上がった。
 全員が注目する。
「海さんが気分悪そうなので、俺が家まで送っていきます」
 え、別に気分なんて悪くないけど……。
「そうか。ご苦労だったな、三波君、体調管理には気を付けてな」
 柳所長が穏やかに言った後、キョウがこちらに手を差し伸べてきた。
「行こう、海さん」
「う、うん」
 所長室を出る。
 非常灯だけが小さく光を放つ暗い廊下を、キョウと二人並んで歩いた。
「ありがとね、キョウ。気を遣ってくれて」
「海さんが困ってたみたいなのでつい……。余計な世話じゃなかったみたいでよかったです」 
 その後、ずっと沈黙が続いた。
 さっきのことをキョウがどう思っているのか気になるけど、怖くて聞けなかった。
 キョウもあの人たちと同じなのかな?
 自分や親しい人が五感の一つを失っても、あんなに平然としていられるのかな?
 暗くてキョウの表情はよく見えない。
 でも、連れ出してくれたってことは、あたしの気持ちわかってくれてるんだよね?
 あたしの住んでいるマンションは近い。
 研究所を出てからほんの五分ほどで着いてしまった。
 結局、無言のままで。
 あたしってヘタレだな。四つも年下の男子に自分から切り出せないなんて……。
「あ、あの、キョウ、送ってくれてありがとね。また明日ね」
 そう言って、踵を返そうとした時――
「海さん、俺……」
「え?」
 心臓がトクンと跳ねる。
「俺、海さんがあんなことにならないように、全力でサポートするから……! 今はまだ柴波さんに比べたら未熟かもしれないけど、絶対、海さんのこと守れる男になる。だから……」
 キョウはそこで口を紡いでしまう。
また沈黙。
自分の心臓の音だけがトクントクンと聞えてくる。
 なんだか告白されたみたい……。
 いや、違う違う。キョウはあくまでもナビゲーターとして言ってるんだから。不謹慎なこと考えちゃダメ。
 とにかく、ここは年上のあたしがフォローしてあげなきゃ。
「キョウ、未熟なのはあたしも同じだよ。だから一緒にがんばろ、ね?」
 あたしはキョウの手を取って、そっと包んであげた。
 キョウの手は大きくてとても暖かかった。


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