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作品名:バーチャル・フューチャー(仮想未来) 作者:hitori

第12回 六章 紛争(前編)


 午前七時。
 朝だってのに暑い! まだ眠いのに眠ってられない。
 あたしはベッドから下りると、汗で湿ったシャツを脱ぎ捨てた。
 それからシャワーを浴びるためにタオルを取りに行く。
 やっぱり真夏の夜、クーラーなしで寝るのはきつい。扇風機では風が当たってるところは涼しいんだけど、背中とかお尻とかベッドに接触してる部分がどうしたって暑い。
 しかも、つけっぱなしで寝ると朝肌寒くなるからタイマーセットして寝るんだけど、そうすると夜中寝苦しくて目を覚ましてしまうことがしょっちゅう。
 去年までクーラーに頼ってたもんだから、これがつらくてつらくて……。
 でもなるべく我慢しなきゃ。
 日本より暑くてクーラーのない国だってあるんだから、耐え切れないことはない……。……ないはず。
 コンクリートジャングルとはいえ、ここは二十五階。窓を開ければ風が通る。虫もほとんど来ない。昼間は熱中症予防のために仕方ないとしても、夜と朝くらいは扇風機で我慢我慢。
 あたしはいつものように自分に言い聞かせつつ、浴室へ向かった。
 梅雨が終わり、一年で最も暑い時期、七月の下旬。
 VFシステムによるミッションが始まってから三ヶ月半が経っていた。
 あたしのミッションは午後二時からだから本来はゆっくりしていて大丈夫だけど、今日は紫波のミッションを見学する日。九時までには研究所に行かなければならない。
 紫波がミッションを開始して以来、あたしはたびたび見学をさせてもらっていた。
 文字どおり見て学ぶために。
 悔しいけど、やっぱり紫波はすごい。
 慎重で用心深い明季とは対照的に、大胆な発想と行動力で次々と道を切り開いていく。
 そんな紫波を上手くコントロールしつつ、見学するあたしにわかりやすい解説までしてくれる和香さん。
 二人の姿を見て、あたしはテスターとしての在り方を大いに学ばせてもらっている。
 同時に、自分は今のままでいいのかという焦りも感じていた。
 あたしのミッションは相変わらず危険度の低い近未来ばかり。成果があったのかどうかもよくわからない。もしあったとしても、きっと明季や紫波に比べれば小さなものなのだろう。
 いつまでもこのままじゃいけない。あたしも早く一人前のテスターにならなきゃ。
 でも、どうすれば?


 パンとヨーグルトで朝食を済ませた後、インターネットで天気やニュースをチェックしたりして三十分ほど過ごす。
 それから軽く部屋の掃除をして、着替えを済ませた頃には八時四十分。
 最後に髪を左側で結び、お気に入りの白猫ヘアピンで前髪を左寄せにとめて準備完了。
 そろそろ研究所に行く時間だ。
 タワーマンションの最上階から、エレベーターを使って一階まで降りる。
 それからエントランスを通り、外に出ると、元気に走り回っている子供たちの姿が目に付いた。
 暑いのに元気だなぁ。そういえば、もう夏休みに入ったのか。
 いいなぁ、夏休み。あたしにはもう一生ないんだよね。
 マンションを出て徒歩五分で研究所に到着。
 IDカードを使って地下一階へ行き、第三ブリーフィングルームに入る。
「おはようございまーす」
「おはよ、海ちゃん」
「おはようさん」
 木製の椅子に座ってお茶を飲んでいた和香さんと紫波がこちらを向いた。
 和香さんは紫陽花(あじさい)柄の白い浴衣姿、紫波はシンプルな黒のTシャツ姿だ。
 なんというか、着ているものが薄くなったせいで二人のボディラインが際立っている。
 和香さんは抜群のプロポーションだし、紫波はすごい筋肉だ。
 研究所の方針で部屋にはエアコンの除湿機能だけ効かせてあるから、そんなに涼しくはないけど不快なほど暑くもない。
 あたしが席に着くとすぐ、和香さんが冷たいお茶を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
「わーい、ありがとうございます」
 ――ゴクゴクゴク、ぷはぁ!
「もう一杯ください!」
「はいはい」
 和香さんは笑顔で二杯目を注いでくれた。
 紫波がこっちを見て苦笑する。
「遠慮のない奴だな。あんたを見てると、こっちまで清々しくなってくるよ」
 あたしはムッとして言い返す。
「別にいいでしょ。和香さんがいいって言ってるんだから」
「それでも遠慮するのが大人ってもんだろう?」
「あたしだって知らない人だったら遠慮するよ。でも、このメンバーでそんな堅苦しいこと言わなくてもいいでしょ」
 この二ヶ月間で、あたしたちはずいぶん打ち解けた。少なくともあたしはそのつもり。
 柴波は、見た目はちょっと怖いけど、少々のことで怒ったりしない。年上だから本来は敬語を使うべきなのかもしれないけど、それも今さらっぽい。最初、敵対関係だったこともあって遠慮しないでいたのがそのまま続いていた。
 和香さんは、さすがにだいぶ歳が離れているから敬語は使うけど、本人があまり遠慮しなくていいと言ってくれているのでそのとおりにしているだけだ。
「だからってなぁ」
 呆れたような声を出す柴波に対し、和香さんが口を挟む。
「海ちゃんの言うとおりよ、リュウ。他人ならいざ知らず、わたしにはそんなことで遠慮しなくていいんだからね。お茶でもお菓子でも、好きなだけ注文して。なんならマッサージだってするわよ?」
「そうかい」
 それだけ返して、紫波は黙ってしまう。
 もしかして照れてるのかな?
 和香さんは顔をしかめて言う。
「もう、そうやってすぐカッコつけるんだから。もう一回おうちに侵入して弱みでも探した方がいいかしら?」
「やめてくれ、頼むから」 
 割りと本気で懇願する柴波。
「えー、どうしよっかなぁ」
 相変わらず三十六歳には見えない小悪魔っぽい笑顔だ。
「いや、冗談抜きで頼むから。プライパシーってもんがあるから。つーか、どうやって入ったんだ?」
「それは、あなたが住んでるマンションのオーナーにこっそり頼んでね。あ、ちなみにオーナーとうちは親戚同士でね、入ろうと思えばいつでも入れるから」
「確実に犯罪だろうが!」
 紫波はテーブルをドンと叩く。
 もう、すぐ物に当たるんだから……。まあ本気で怒ってるわけじゃないのはわかってるから怖くないけど。
 当然、和香さんも動じない。
「お互い様でしょ。いや、そうでもないわね。リュウはこの研究所と海ちゃんのマンション、計二回不法侵入してるのに対し、わたしはまだ一回。あと一回は侵入する権利があると思うんだけど、どう?」
「……」
 紫波はぐうの音も出ない。
 アハハ、やっぱり和香さんの方が一枚上手だな。
 その時、壁に設置された内線電話が鳴った。
「あら、何かしら?」
 和香さんが応対する。
 口調からして相手は柳所長のようだった。
 二分くらいで電話が済むと、和香さんはこっちを向いて言う。
「ごめんね、ちょっと所長に呼ばれたから、十分くらい外すわね。海ちゃん、もし襲われそうになったら机下のブザー鳴らしていいからね」
「襲わねえよ! つーか、こんなところにブザーあったのか!」
 紫波は叫びながら、テーブルの下を覗いた。
 あたしも確認してみる。
 ほんとだ! 初めて知った。銀行みたい。
「じゃ、すぐ戻ってくるから」
 和香さんは可愛らしく手を振って、ブリーフィングルームを出ていった。
「ハァ……」
 紫波はため息をもらし、テーブルに突っ伏した。
「……」
 そのまま動かない。
 そんなにショックだったのかな。
 それにしても、こんな大きな男の人を手玉にとるなんて和香さんすごいな。
 あたしもあんなふうになれないかな。
 改めて間近で見ると、すごい筋肉。この腕なんてあたしの太ももより太くない?
 あたしは紫波の二の腕を指先でツンツン触ってみる。
 うわ、固い!
「なんだよ?」
 紫波が顔だけこちらに向けて、ジトッとした目で見てくる。
「いや、すごい筋肉だなーって思って」
「まあ、鍛えてるからな」
「そういえば、あんたって空手やってたんだよね?」
「そうだが?」
「じゃあさ、なんかやって見せてよ」
 柴波はめんどくさそうに上体を起こし、またため息をつく。
「なんかってなんだ?」
「だからー、すごい技とか」
「おいおい、空手をなんだと思ってるんだ?」
「えー、空手といえばあれでしょ。手刀で瓦(かわら)割ったり、正拳で板割ったり」
 あたしは身ぶり手ぶりを交えながら聞いた。
 でも、紫波の反応は芳しくない。
「ずいぶん古いイメージだな。まあ今でもそういうことやってる奴らもいるにはいるが」
「あんたはやったことないの?」
「ないな。俺が習ったのはれっきとした武道空手だから、そういう曲芸みたいなことはやらなかったよ」
「へえ、そうなんだ」
「だいたいな、瓦だって板だってタダじゃないんだ。そんな金のかかる練習そうそうできねえよ。残骸の処理だって大変だしな」
「あー、なるほど。言われてみればそうだね」
 納得の声を上げると、紫波は呆れたような表情をした。
「あんたも武道やってんだろ。そのくらい知らなかったのか?」
「うん。あたしは合気道と柔道しかやったことないから」
「じゃあ、これからは他の武道のことも多少は勉強しておいた方がいい。ちょうどここには武道経験者が多いしな。交流会なんか開いて技の交換とかするのもありかもな」
「そうなんだ……。他に何やってる人がいるの?」
「この間テスターになった茅森(かやもり)ってのが剣道をやってるらしい」
「へえー、あのちっちゃい子がね。他にもいるの?」
「あとは予備のテスターが五人いるんだが、そいつらも全員武術の遣い手だ」
「どんな?」
「名前は覚えてないが、五位の男がムエタイ、六位の女がなぎなた。あとは性別も忘れた。七位の奴がカポエラ、八位が形意拳、九位がシステマだ」
 う〜ん、最後の方は全然聞いたことがない。
 なに、システマって? 歯ブラシ?
「なんていうか、多種多様だね」
「それは偶然だろうが、ミッションを行う上で武道経験があるに越したことはない」
「そういえば柳所長も一応テスターなんだよね? 何かやってたのかな?」
「さあな、それは俺も聞いたことない。あとで和香に聞いてみるか」


 というわけで、戻ってきた和香さんに聞いてみる。
「和香さん、柳所長は何か武道とかやってたんですか?」
「ええ、居合をやってたわよ」
「いあい?」
「抜刀術って言えばわかるかしら?」
「あ、はい、わかります! あれですよね、鞘から刀を抜きつけざま斬る技」
「そうそう。でも、そればっかり練習するわけじゃなくて、要するに古流の剣術ね。竹刀じゃなくて日本刀を振る練習をするの」
「え、それだと試合はどうするんですか? まさか斬り合い――」
「んなわけねえだろ」
 紫波が突っ込んでくる。
 いや、もちろん冗談なんだけどね。
 和香さんは少し笑ってから教えてくれる。
「演舞という形で試合をすることはあるけど、剣道みたいに打ち合ったりする試合はないわね。居合道では人を斬るんじゃなくて、自分で想像した敵を斬るの。わかりやすく言えばイメージトレーニングみたいなものね」
「へえー。でも、想像だけで強くなれるんですか?」
「さあどうでしょうね。実際に刀で戦うなんて現代じゃまずありえないし。でも、居合をやってる人間が長物を持てば結構侮れないと思うわよ。なんたって竹刀の倍以上の重さがある日本刀を自在に振り回せるんだから」
 竹刀の重さがわからないから実感はできないけど、なんとなくすごい気はした。
「詳しいんですね。もしかして和香さんもやってたんですか?」
「そうよ。所長と同じ道場に通ってたわ」
「あ、もしや所長との出会いは道場だったりして?」
 にんまりしながら聞くと、和香さんはキョトンとして首を傾げた。
「え、それってわたしのお父さんとお母さんが道場で知り合ったのかってこと?」
「あ……」
 二秒くらい停止した後、ハッと気付く。
「あ、はい! そうです。お母さんです!」
 しまった、紫波の前では、和香さんは柳所長の娘って設定だった。
 気付かれたかな?
 紫波の表情を確認したいところだけど、今はやめておこう。余計に疑われる。
 和香さんは、本当に所長の娘と思えるくらい自然な態度で返してきた。
「そのとおりよ。お父さんとお母さんは居合道場で知り合って、その後何年も切磋琢磨した末、結ばれたの」
「わぁ、素敵な出会いだったんですね」
 たぶん、お母さんの部分を和香さんに置き換えれば事実なんだろうな。まるっきり嘘を付くんじゃなく、真実に嘘を混ぜるからバレにくいとはよく言ったものだね。
 恋愛の話には興味がないのか、紫波はあさっての方向を見ている。
 この様子だとバレてなさそうだ。和香さんの演技のおかげだな。
 まあバレて困るわけでもないんだけどね。いつまで続けるのかな、これ。
「さてと」
 和香さんの表情が引き締まる。
「そろそろ時間だし、ミッションの話を始めましょうか」


 二ヶ月前のあの日から、紫波は八十年後の都心部を数回調査した後、全国の地方都市を調査して回った。
 結論からいうと、地方都市も都心部と似たような状況だった。都心部ほど大きな壁が築かれているわけではないにせよ、一割の富裕層エリアと九割の貧困層エリアが隔絶された状態に変わりはなかった。
もっとも、1対9の割合なのはエリア面積であって、人口比は1対99だという。
たった1%の富裕層が99%の人を事実上支配しているのだ。
 さらに、グレーエリアよりもっとひどいブラックエリアという区域まで存在することがわかった。
 現地で聞いた話では、ブラックエリアとは産業廃棄物や放射能によって汚染された区域で、一般人はもちろん警察すら立ち入ることがなく、犯罪者の隠れ蓑になっているのだという。
 さすがに危険過ぎるということで、ブラックエリアの調査は見送られた。
 それから、農村の調査も行った。
 八十年後の農村は、四十年後のそれとは少し様子が違っていた。機械制御による大規模農業は相変わらず行われていたけど、そこには村社会があった。
 都市部とその周辺に集中していた人口が元に戻ったのだ。
 国の人口が減ったことによって食料難の危機が過ぎ去り、畜産業が復活していた。
 沿岸部では漁業も復活していた。
 ただし、これらの産業を運営するのは企業であり、村人たちは資本家に実質支配されていた。都市部のように物理的な隔たりはないものの、ここでも大きな格差が問題となっていた。
 
 
 そして今日。
 再び都心部を調査するため、紫波はホワイトエリアにアクセスする。
「それじゃ、ミッション開始するわね」
 和香さんの声とともに、柴波のミッションが始まった。
 アクセスするのはこれまでと同じ八十年後。
 モニターに見覚えのある白く塗装された壁が映った。
「リュウ、何か問題はある?」
 和香さんが尋ねる。
 映像がグルッと時計回りに一周した後、『問題ない』という声が返ってきた。
 柴波は初ミッションの時と同じように、検問を通ってホワイトエリアからグレーエリアに移動する。行き先も同じ。一軒家で日向ぼっこをするあのおばあさんのところだ。
『よう、ばあさん。ちょっといいかい?』
『はい。どちら様ですか?』
『なーに、名乗るほどのもんでもないさ。ちょいとばあさんに聞きたいことがあってね』
 あの時と同じやりとりをして、おばあさんと会話を始める。
 せっかくなので、おばあさんとは以前と違う話をして情報を集める。
 そうして二十分ほど過ごし、再び街を歩き出すと、遠くからけたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
『来たな』
「リュウ、わかってると思うけど、抵抗はもちろん挑発するようなことも言っちゃダメよ」
『そっちこそ、少々手荒な扱い受けたくらいでリセットしないでくれよ』
 今回のミッションの目的は未来の警察の活動状況を調べることだ。治安の悪化に合わせて警察組織はどのように変化したのか。それを知るために柴波はわざと捕まる。確実な方法として、初ミッションと同じ状況を繰り返していたというわけ。
 しばらくして、磁気の力で走る二台のパトカーがやってきた。
 それぞれのパトカーから警官が二人ずつ出てくる。
 そのうち、リーダー格と思われる警官が柴波の正面に立った。
『貴様、さっき門をくぐった男だな?』
『そうだが?』
『あの老人と何を話していた?』
『ただの世間話だよ』
『そんなわけあるか!』
 そうしてあの時と同じ問答を繰り返した後、柴波は無抵抗で警察に連行されていった。


『で、お前はいったい誰なんだ?』
『さっき調べたろ、柴波だよ』
『ふざけるな!』
 男性警官が取調室の机を強く叩いた。
『なんで一〇七歳の人間がそんなに若いんだ? おかしいだろう?』
『さあな、機械が壊れてたんじゃないのか? そんなことより俺は何の容疑で捕まったんだ? それを説明してくれ』
『怪しいから捕まえたに決まっているだろう』
『怪しいってだけで強制連行かよ?』
『疑わしきは罰する。それが現代の常識だろうが』
 この横暴な態度。まるで未来じゃなく過去の様子を見ているみたいだ。
『では質問を変える。いったい何の目的で壁の外へ出た?』
『ただの散歩だよ。たまにはあっちでも歩いてみようと思っただけさ。別に禁止されてるわけじゃないんだろ? 警備員は通してくれたわけだし』
『確かに禁止されているわけではない。だが、単身でホワイトエリアを出る馬鹿などまずいないからな。あまりのことに警備員は身元のチェックを忘れていたそうだ』
『それで改めてチェックしに来たってわけか』
『そうだ。その結果がこれだ。しかも、おかしいのは年齢だけではない。住所も現在は存在しない場所になっている。それから職歴も、三十年以上前に解体された自衛隊の隊員になってるんだぞ。おかしいだろう?』
『そこまでわかるのかよ……』
 柴波は呆れたように言った。
『当然だ。国家の治安を守るためには国民を徹底的に管理し、悪しき芽はいち早く摘んでおかなければならん』
 もう横暴を通り越して傲慢だ。自分たちのことは棚に上げて、国民を管理しようだなんて。ここはガツンと言い返してほしいところだけど、目的は情報収集だ。
 柴波は冷静に対応する。
『しかしな、いくら怪しかろうと現時点で俺は何もしてないんだぞ? どうやって裁くつもりだよ?』
『自供しないならスパイ容疑で射殺するだけだ』
『いきなり射殺かよ!? 裁判は?』
『そんな手間のかかることはやってられん。この国に犯罪者を養う金などないのだ!」
 男性警官は堂々と言い切った。
 なるほど、結局はお金か。容疑者だか犯罪者だかに長々と関わっていれば、それだけお金もかかる。コストカットのために怪しい奴はサクッとやっちゃおってことね。
 ひどいといえばひどいんだけど、一部賛成かな。犯罪者の食費にも税金が使われてると考えるとね。裁判もなしに射殺はやりすぎだけど、現代のようにやたらと長引かせるのもどうかと思う。
 なんにしても、ここまで極端に方針が変わるほど国家財政が厳しいということだ。
 柴波は言う。
『じゃあ、弁護士を呼んでくれ』
『そんな職業はもうない。さっさと吐け』
『じゃあ、黙秘権を行使する』
『そんな権利はない。さっきから何十年前の話をしてるんだ? お前まさか、過去からタイムスリップしてきたんじゃないだろうな?』
『お、よくわかったな。実はそうなんだよ』
『見え透いた嘘を付くな!』
『あんたが言ったんだろうが!』
 う〜ん、なんだかもう半分コントだな。
 和香さんもクスクス笑ってるし。余裕だなぁ、この人たちは。
 その時、突然、荒々しい音を立てて取調室のドアが開け放たれた。
『た、大変です!』
 血相を変えて飛び込んできた若い警官が大声を出す。
『どうした?』
『暴動です! グレーエリアの市民が検問を突破して、こちら側になだれ込んできました』
『なんだと!』
 男性警官は椅子を弾き飛ばすように立ち上がり、こちらに背を向けた。
『数はどのくらいだ?』
『正確にはわかりませんが、千人以上いると思われます』
『わかった。すぐ行く』
 男性警官がこちらを向く。
『貴様の処遇は後で決める。とりあえずここにいろ』
 そう言い残して部屋を出ていった。当然、鍵もかけられた。
 警官たちが出ていった後も取調室に静寂は訪れない。
 廊下から響いてくる足音や怒号が騒々しい。
『ハァ……』
 柴波のため息が聞こえてきた。
『暴動か。いつかは起きるんじゃないかと思ってたが、まさかこのタイミングとはな』
 映像が窓の方へと向かう。
「リュウ、どうするつもり?」
『ここにいても仕方ない。外に出て様子を見に行く』
「出るって、窓から? どうやって?」
 さすがの和香さんも少し焦っている。
『ここは二階だ。なんとかなるだろ』
 窓が開け放たれる。
 まさか飛び降りるつもり?
 直後、映像は白いコンクリートの地面に向かって急降下。
 それから、画面がグルグルと何回転かした後、ようやく止まった。
「ちょっと、大丈夫!?」
 めずらしく和香さんが大声を上げる。
『痛ってぇ、足首ひねった』
 ダメじゃん!
『着地した瞬間、転がって衝撃を逃がしたんだがな。ノーダメージとはいかなかったよ』 柴波の声には笑いが混じっていた。
 この分だと深刻なダメージではなさそうだ。
「もう、無茶し過ぎよ」
 和香さんは呆れながらもホッとした様子で尋ねる。
「立てそう?」
『問題ない』
 返事とともに、映像が地面から駐車場に移る。
『それじゃあ、せっかく降りたとこだが、もう一度昇るとしようか。ここの屋上なら遠くまで見渡せそうだ』
 柴波は非常階段を使って屋上まで昇った。
 屋上には太陽光パネルが所狭しと設置されていたが、人が歩くスペースはある。
 ――フェンス際。
 十階以上ある建物なので、かなり遠くまで見渡せる。
 少しだけ壁の向こう側も見えた。
『いたぞ』
 画面に暴徒と化した人の群れが映った。
 すごい数だ。さっきの警官が言っていたとおり千人はいるかもしれない。
『こっちに向かってきているな。ここを襲うつもりか』
「かもしれないわね。巻き込まれないように注意して」
『わかってる』
 暴徒たちの激流は止まらない。先頭集団はすでに警察署の付近にまで迫っている。
 警官は応戦せず、逃げの一手だ。
 どうするのだろうと思って見ていると、眼下にある倉庫のシャッターが開き、黒い長方形の物体が次々と飛び出てきた。
 磁気自動車と同じように浮遊状態で移動している。でも車両にしては小さい。
『あれは……まさか!』
 柴波が声を上げた直後だった。
 黒い物体の両側面から二本のアームが伸び、そこからパパパっと乾いた音が響いた。
 先頭にいた何人かがバタバタと倒れた。
「――!」
 あたしは反射的に口を手で覆う。
 ロボットが人を撃ったのだ。
 二本腕のロボットは休むことなく暴徒を撃ち続ける。
 一片の迷いもなく、逃げる人も容赦なく。
『やはり無人兵器か。厄介なもん作りやがって』
 柴波が吐き捨てるように言う。
 無人兵器。全自動で人を殺すロボット。
 それはもはや戦闘ですらない、一方的な虐殺だった。
 吐き気がした。
 距離があるおかげで、人が豆粒くらいにしか見えないのが不幸中の幸いだった。
 じゃなきゃ、たぶん吐いていた。
『次はもっと間近で見る必要があるな』
 柴波が抑揚のない声でつぶやく。
 なに言ってんの!?
「そうね」
 和香さんまで! 
 こんな虐殺シーン、もし近くで見たら……。
 いや、この二人が言うことだ。意味はある。いつものように、ちゃんとあたしにもわかるように説明してくれるはず。
『こんな遠くからの映像ではダメだ。無人兵器がいかに非道なものか人々に伝え――』
 
 ――プツン。
 
 突然、モニターが真っ暗になった。 
「え?」
 リセットしたの? まだしゃべってたのに。
 あたしは和香さんの方を見る。
 和香さんは大きく目を開き、呆然としていた。顔がみるみるうちに青ざめていく。
「違う。わたしはリセットしてない。――リュウ!」
 和香さんは慌てて柴波に駆け寄る。
「ど、どうしたんですか!? 何があったんですか?」
 和香さんは柴波の顔からヘルメットを外す。
 目を開いていない。
 和香さんが身体を揺すっても反応がない。
 ウソ……なんで?
 ガタガタと震える和香さんの口から、最も聞きたくない言葉が出た。
「たぶん、殺された。一瞬で」


 映像を解析した結果、柴波の死因はライフルによる狙撃ということがわかった。
 映像が暗転する寸前、弾丸が空気を裂く音が微かに入っていたという。さらに、その音で弾丸が発射された方向もおおよそわかったらしい。
 狙撃手の正体や目的は不明。暴徒側の人間が柴波を警察関係者と勘違いして誤射したのではないかと和香さんは言うけど、真実はわからない。
 柴波がメディカルルームに運ばれてから三時間経っても何の報告もないまま、あたしがミッションを行う時間がやってきた。
「海、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」 
 アイスココアのグラスをコトッと置きながら、キョウが優しく声をかけてくれた。
 キョウの執事姿は夏仕様ということで、ジャケットはなく黒いベストが表になっている。カッターシャツやスラックスも生地の薄いものになっているらしい。白い手袋は変わらず付けている。
 午前中の出来事はキョウも聞いたみたいだ。
「ありがと、大丈夫だよ」
 あたしは答えてから、アイスココアを口にした。
 甘くてコクがあっておいしい……。こんな時でも、ちゃんと味はわかるんだな。
 しばらくの間、静寂な時が流れる。
 アイスココアを飲み終え、空になったグラスをテーブルの上に置くと、また頭の中があの無人兵器のことでいっぱいになった。
 さっき映像で見たシーンが何度も何度も脳内再生される。
 そのうち、あの虐殺を間近で見た時の光景が浮かんできた。
 そして、無人兵器に自分が撃たれるところまで……。
「海、本日のミッションは中止しましょう」
 キョウが唐突に告げてきた。
「え、どうして?」
「そのように上の空でミッションを行うのは危険です」
「だ、大丈夫だよ! こっからはちゃんと集中するから」
 慌てて抗議するが、キョウは態度を変えない。
「いけません。前にも言いましたが、私には海をお守りする義務があります。体調や心に不安が見られる時は即ミッションを中止するよう柳所長から言われておりますので、どうか聞き分けてください」
 丁寧な口調の中にも強い意思を感じる。
 だからって簡単には引き下がれない。
「でも、みんながんばってるのに、あたしだけそんな理由で休むなんてできないよ」
 キョウも引き下がらなかった。
「海、どうか自分一人のことと考えないでください。あなたはエーステスターであり、私たちにとって希望の星なのです。もしもあなたに万一のことがあったら……」
 その言い方にあたしはカチンときた。
「それって、あたしじゃなくてエーステスターが大事ってこと?」
「いえ、決してそういうわけでは……」
「そう言ってるじゃない。要するに、たまたま適性率が高かったからあたしは大事にされてるだけなんでしょ?」
 キョウが悪いわけじゃないのはわかってる。なのに止まらない。
「本当はあたしより明季や柴波の適性率が高ければよかったと思ってるんでしょ? あたしみたいなおバカな子より、その方が絶対ミッションがうまく進むんだから!」
「海、それは違います!」
「もういいよ! どうせキョウにあたしの気持ちなんてわかんないんだから!」
 どうしても感情を抑えきれなかった。
 テスターになってからのことだけじゃない。
 ずっと特別扱いされてきたことへのコンプレックスが、ここで爆発してしまった。
 あたしはいたたまれなくなって、席を立ちブリーフィングルームから飛び出した。
「海、お待ちください!」
 キョウの声にも耳を貸さず、廊下を走り出す。
 行く当てなんかどこにもない。とにかく全力で走った。
 階段を駆け上がり、分厚い扉を開け、一階の廊下に出る。
 このまま外へ出ようかとも思ったけど、さすがに勝手に帰ってしまうのは後ろめたくて、あたしは階段を駆け上がった。
 二階、三階、四階――夏だけに、あっという間に汗がにじんでくる。
 五階、六階――汗が頬を伝う。それでもペースは落ちない。
 まったく我ながらなんて体力なの……。この三分の一でいいから知能に回してくれればよかったのに。
 さらに上がって七階――と思いきや、そこは屋上に出る扉になっていた。
 この建物が六階建てだということを今さらながら知る。今まで所長室のある二階より上へ上がったことは一度もなかった。三階より上が何に使われているのかは知らないし、興味もない。今は一人になれさえすればどこでもいい。
 あたしは呼吸を整えつつ、ハンカチで顔の汗を拭いた。
 それからドアノブを捻る。鍵は掛かっていない。
 金属製の扉をゆっくりと開ける。
 途端、まぶしさに一瞬目がくらんだ。
 そこに現れたのは、太陽光パネルが一面に設置された空間だった。
 畳一枚分くらいの大きさのパネルが、少し斜めに傾いた状態で所狭しと並んでいる。
 初めて来たけど、屋上ってこんなふうになってたんだ。この太陽光パネルで研究所の電力を賄ってるのかな。これだけで足りるのかな?
 しばらく眺めていると、パネルの角度が微妙に動いた。効率よく発電するために太陽の動きに合わせて自動で角度が変わるみたいだ。
 人が通れるくらいの通路はあるので、屋上に足を踏み入れる。
「ぁ……!」
 ふと、右手に人がいることに気付いた。
 この暑い中、屋上の隅っこに設けられた小さな花壇のそばでしゃがみこんでいる。
 白衣、それにスキンヘッド。
 あれは開発整備主任の、名前は確か呉さん。
 何度かすれ違ったことがあるけど、骸骨みたいな顔してコワイんだよね……。あいさつしても返してくれないし。VFシステムを作った人だから悪い人ではないはずだけど、正直あまり関わりたくない。なんか植物に語りかけてるし、ここは黙って立ち去った方がよさそうだな。
 そう思って踵を返そうとした瞬間、ちょうど振り向いた主任さんと目が合ってしまった。
 威圧感のある三白眼が、じっとこちらを見据えてくる。
 まるで蛇ににらまれた蛙のように、あたしは逃げるに逃げられなくなった。
 主任さんがゆっくりと立ち上がり、こちらに近付いてくる。
「お前さん、何をやっとるんだ? 今はミッションの時間であろう?」
 柳所長と同年代とは思えない妙にしわがれた声。
「あ、ええと、その……」
 あたしは視線を宙に泳がせる。とっさに言葉が出てこなかった。
 主任さんがすぐ目の前まで来る。あたしより背が低い。頭まぶしい。
「んんー?」
 低く唸りながら、ギョロッとした目で見上げてくる。
 ううー、怖い! 逃げたい!
 とはいえ、そこまで失礼なことはできないので、あたしは正直に言ってみる。
「実はその、ナビゲーターの子と口論になってしまいまして……」
「それで飛び出してきたのか?」
「はい……」
 これからどうしよう……。
 やっぱり怒られるのかな……。 
 いっそこの人に相談して……。
 いや、でも怖いし……。
 キョウ、来てくれないかな……。
 ほんの数秒間のうちに、いろんな考えが頭の中を錯綜する。
 しばらくの沈黙の後、主任さんが口を開いた。
「もしや、自分だけぬるいミッションをやらされておるのが気に入らんのではないか?」
「え……!」
 あたしは大きく目を開く。
「どうしてわかったんですか?」
「わしもそう思っとったからさ。柳の奴め、これほどの才能なぜもっと生かさんのかとな」
 主任さんは忌々しげに言い放った。
 まさかの図星。でも理由は、あたし自身よくわかっている。
「それは、あたしが不甲斐ないからです。あたし体力しか取り柄がなくて、全然役に立たないから……」
「違う違う、奴は甘過ぎるのだ」
「え、甘い?」
 主任さんは真顔になる。
「そう、だからお前さんを箱入りのように扱うのだ。わしならもっとこう、容赦せんのだがな」
「意味がわかんないんですけど」
 なに、容赦せんって? やっぱり怖くない? この人。
「もっと働かせるということさ。お前さんもそれを希望しておるのだろ?」
「は、はい」
「ならば、柳に言えばよかろう。もっと働かせてほしいと」
「でも、あたしなんかが意見してもいいんでしょうか?」
「構わんさ。案外、お前さんの方から言い出すのを待っておるのかもしれんぞ」
「まさか……」
 そんなはずない、とは言い切れない。あたしはずっと心の中で思っていただけで、一度も口にはしてこなかったのだから。
「言ってみればよかろう。というか、お前さんが言わんのなら、わしが言うぞ。奴のやり方にはそろそろ我慢の限界だったところだ。刻一刻と破滅の危機が迫っておるというのに、こんな才能と時間の無駄遣い、これ以上許してはおけん」
 突然、憤慨する主任さん。
「あ、いえ、あたし言いますから」
 この人に任せておくと柳所長とケンカになりかねないので、あたしはなだめるように言った。
「ん、そうか。まあその方がよかろう」
 その時、背後から走るような足音が聞こえてきた。
「海!」
 一瞬呼吸ができなくなるくらい、大きく心臓が跳ねる。
 振り向くと、開けっ放しだった扉からキョウが。
「ぁ……」
 あたしは、とっさにうつむいて目を逸らしてしまう。
 キョウが肩で息を切らしながら歩み寄ってきた。顔が汗だくだ。
「海、先ほどは――」
「ごめん!」
 キョウが言いかけたところで、あたしは頭を下げて謝った。
「キョウは悪くないのに、あたし……」
 そのまま頭を下げ続ける。
 キョウの激しい呼吸音はなかなか収まらない。
 ずっと走りっぱなしであたしのこと探してくれてたんだ……。
 深呼吸で息を整える音がする。それから、優しく諭すような声がした。
「海、それは違います」
 顔を上げてキョウを見る。
 穏やかで優しいはずの顔が、悲しそうに曇っていた。
「今回の件、私にも責任があります。私はあなたの専属ナビゲーターでありながら、あなたの精神状態を見抜けませんでした。あなたの心のケアができていませんでした。私がもっと早く気付いていれば、こんなことには……」
「ち、違うよ、キョウ! 悪いのはあたし。あたしが自分勝手だから……」
 キョウはすぐさま首を横に振る。
「いいえ、私が未熟なせいです。私が、海にとってもっと心を打ち明けられる存在であったならば」
「だから違うってば! あたしがちゃんと言わなかったから――」
「ならばお互い様ということでよかろうが」
 主任さんが、あたしとキョウの間に割って入ってきた。
 思わず仰け反る。もちろんキョウも。
 主任さんは、そんなあたしたちを交互ににらんでから言う。
「両者とも、もう答えは出ておるではないか。これ以上の言い合いは無意味だ。若いからといって時間を無駄にするでない。とっとと柳のところへゆけ」
「どういうことでしょうか、呉主任? なぜ柳所長のところへ?」
 キョウが姿勢を正しながら聞いた。
 すると、主任さんはあたしを見て、
「お前さんが説明してやれ」
 それだけ言って、花壇の方へ戻っていった。
 改めて、キョウと向き合う。
 キョウは黙ってあたしの言葉を待っている。
 い、言わなきゃ。
「あ、あのね、キョウ。あたし、柳所長に頼んでみようと思うの。あたしも、みんなと同じようにミッションに参加したいって。だから、その……一緒に付いて来てくれる?」
「もちろんです」
 キョウは穏やかな表情で返事をしてくれた。
 汗が引いて冷えかけていた胸が、じんわりと暖かくなる。
 はじめからこうしていればよかった。もっとキョウを頼っていれば……。
「ありがとね、キョウ」
「礼には及びません。それが私の役目――いえ、存在意義なのですから」
 初めて会った時にも聞いたセリフだ。相変わらず大げさだけど、それでも嬉しい。
 キョウとなら、あたしは大事な一歩を踏み出せる。
「それじゃ、行こっか」
「はい」
 と、その前に――
 あたしは主任さんの方を向く。
 主任さんはこちらに背を向けて、またぶつぶつと植物に語りかけている。
 やっぱり何考えてるかわからない人だ。
 でも、あたし一人じゃ絶対に決心できなかった。あたしのためを思って言ってくれた感じではなかったけど、結果的にあたしのためになったんだから感謝はしておかなきゃ。
「あ、あの! ありがとうございました!」
 主任さんからは見えないけど、あたしは深く頭を下げた。
 主任さんは軽く手を上げて応えてくれた。


 ――コンコン 
 あたしは所長室の扉を叩く。
「どうぞ」
 中から女性の声が返ってきた。
「失礼します」
 扉を開け、あたしとキョウは所長室に入る。
 部屋には柳所長と秘書さんの二人がいた。
「どうした、二人とも。今はミッション中のはずだが?」
 柳所長が席に座ったまま、こちらに顔も向けずに尋ねてきた。
 決して冷酷なわけでも無関心なわけでもなく、目が見えないからだ。
 あたしは胸に手を当てて軽く息を整える。
 ……もう迷わない。はっきりと自分の気持ちを言う。
「所長、柴波の代わりにあたしを八十年後の世界に行かせてください」
 柳所長の眉がピクッと動く。
 サングラスのせいで表情の変化がわかりにくいけど、少なからず驚いていた。
「突然どうしたのかね?」
「実は、先ほど――」
 キョウが、あたしの代わりにさっきまでの経緯を簡単に説明してくれた。
「なるほどな。それで私のところまで来たということか?」
「はい」
 あたしは返事をしつつ、一歩前に出る。
「だから所長、あたしのこと特別扱いしないでほしいんです。みんなが危険を冒してまでがんばってるのに、あたしだけ安全なミッションばかりなんて嫌なんです!」
「ほう……」
 しばらくの間を置いて、柳所長が口を開く。
「では聞くが、君に何ができる?」
「え……?」
「君が八十年後へ行ったとして、柴波君以上のことができるのか?」
 そんなこといきなり言われても……。柴波以上なんて。
「できます」
 不意に横から発せられた低く深みのある声に、あたしは驚き目を開く。
 答えたのはキョウだった。
「では聞かせてもらおうか。君のミッションプランを」
 柳所長にはめずらしく挑発的な口調だ。
 キョウはほんの少しだけ考えるように目を閉じた後、落ち着いた声で話す。 
「海が持つ最大の特性は連続アクセスができることです。その能力を生かして、無人兵器と暴徒による戦闘の様子を間近で撮影します」
「本気で言っているのか? 下手をすれば、柴波君のように一瞬で射殺されるぞ」
「もちろん、海の身の安全には万全を帰すつもりです。そのためのプランは、すでに考えてあります」
「内容を詳しく説明してもらおうか」
 柳所長が促すと、キョウは自信に満ちた表情で説明を始める。
「まずは上空にアクセスすることで、街の全体写真を撮影します」
 え、上空?
「次に、弾丸の音で特定した方角と写真を照らし合わせ、柴波さんを撃った狙撃手の位置を割り出します。それができたら、次はアクセス直後に狙撃手を仕留め、狙撃ポイントを占拠します。狙撃ポイントは見晴らしの良い場所にあるはずですので、そこから安全に、それでいて間近で戦闘が見られる地点を探します。そうして探し当てた地点に、アクセスとリセットを繰り返しながらあらゆる場面の映像を集めていく。これが私の考えたミッションプランです」
「ふむ……」
 柳所長は顎に手を当てて考え込む。
 それから、あたしに聞いてきた。
「三波君はどう思う? 実際にプランを実行するのは君だが」
 そうだ、他人事じゃない。これあたしがやるんだ。
「たぶん、いけると思います。難しいことはよくわからないけど、キョウが考えたプランならあたしは信用します!」
 説明は半分くらいしか理解できなかったけど、このミッションが今までとは比べ物にならないくらい困難だってことはわかる。その困難なミッションを、あたしならできるとキョウは判断してくれた。だったら迷うことなんて何もない。
 柳所長の口元がフッと笑った。
「いいだろう。そのプランの実行を許可する」
 やった!
 あたしはキョウの顔を見る。
 キョウも嬉しそうな顔でこっちを見てくれた。
「でも、いいんですか? そんなにあっさりと」
 正直、意外だった。説得するのにもっと時間がかかると思っていたから。
「三波君、私は待っていたのだよ。君がその気になってくれるのをな」
「え……」
「君は野川君を追いかける形でテスターになった。だから、自分の意思や目標というものがどうにも希薄だった。君を危険なミッションから遠ざけたのは能力が劣るからではない。覚悟の問題だ。今までの君にはミッションに命を懸ける覚悟がなかった」
 まったくもってそのとおりだ。恥ずかしい話、半分くらいピクニック気分だった。
「しかし、今の君は違う。君は自らの意思でここに来た。自らの意思で未来を変えることを望んだ。君はもう、一人前のテスターだ」
 あたしは勘違いをしていた。特別扱いではなく、それ以前の問題だったんだ。
 なんの覚悟もなく、みんなと同じ扱いをしてほしいなんて間違ってた。
 結局、あたしを特別扱いしていたのは、誰よりもあたし自身だったんだな。
「所長、ありがとうございます。それから、お騒がせしてすみませんでした」
 あたしは深く頭を下げた。
 柳所長の表情はやっぱりわかりづらい。
 でも、ちょっとだけ口元が緩んでいた。
「構わんさ。君がその気になってくれたことが私は何より嬉しい。今日はいよいよエーステスター出撃の日だな」
 エーステスターの称号が今のあたしにふさわしいとは思えない。
 だから、これからがんばろう。キョウと一緒に。
 あたしはキョウともう一度、目を合わせる。
「では、さっそくミッションに移ってもらおうか。三波君、高羽君、くれぐれも気を引き締めてな」
「はい!」


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