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作品名:咎人戦騎 作者:松野栄司

第2回 第二話【鬼子】
   壱

 神峰史華(かみねふみか)は、自他共に認める天才で在った。成績は常にトップ圏内。容姿は淡麗で、素行も良い。スポーツも万能で、正に欠点が無い完璧な人間で在る。
 周囲からは、羨望と畏怖の眼差しを注がれていた。
 在る者達は、史華を天使と形容した。美しく聡明で、神の寵愛の全てを受けた存在と比喩した。
 史華の通う私立晴明女学院は、富裕層の家庭に育つ所謂、お嬢様が集まる学校で在った。
 生徒の大半は品行方正で、其れなりの教育を施されていてプライドが高い。
 そういった者達の心を、魔性とも言える史華の存在は魅了している。
 史華を奉り上げて、常に周囲を取り囲む彼(か)の者達。
 彼女達は『神峰史華親衛隊』と、周囲に称えられている。――尤も。其の呼称には、悪意が含まれている。生徒の半数近くは、史華の心の奴隷(スレイブ)だ。残り半数の生徒達は、史華を畏れ嫌悪している。
 人成らざる者。
 ――鬼の子。其の呼称には、生徒達の嫌悪、悪意、畏怖、妬み、あらゆる負の感情が籠められている。
 神峰史華は人外の存在。
 人の心を魅了して、喰らう。其の存在事態が、異質で異端だ。
 そして周囲の視線に、史華は気付いている。
 向けられる畏敬の念に、史華は満足している節(ふし)が在った。
 自室の大きな鏡の前で、史華は己の姿を見ていた。
「……美しい。私は、誰よりも美しい。皆が私を崇め敬い、そして恐怖する」
 史華は嘲る様に笑った。
 其の目には、狂気にも似た執念を宿していた。
 自分は常に、完全でなければならない。
 欠点等、在ってはならない。己よりも優れた者は、存在してはいけない。
 学園内で史華よりも美しい者は、誰一人として存在しない。だが、己よりも成績が良い者、身体能力が優れた者が、何人か存在している。
 史華には其れが、どうしても赦せなかった。
 ――私が貴方を、完全にしてあげましょうか?
「誰かいるの?」
 唐突に、女の声が聞こえた。とても美しい、澄んだ声だった。
 辺りを見廻すが、誰も居なかった。
 気の所為かと、視線を鏡に戻す。
「きゃっ……!」
 史華の背後に、女が映っていた。
 慌てて振り返るが、女なんて何処にも居なかった。だが、視線を鏡に戻すと女が居る。どうやら、女は鏡の中にのみ存在するらしい。其れにしても、美しい女だった。白く透き通った肌は、吸い込まれそうに艶やかで。妖艶な瞳は、見る者を惑わせる。秘めやかに心を撫で、同性で在っても魅了してしまう美貌。想わず女に羨望の念を抱いて、史華は嫉妬と怒りに心を掻き乱された。
 ――私の様に、美しくなりたいんでしょう?
 女が史華の肩に、ゆっくりと手を廻す。
「なりたい。貴方よりも、もっと美しくなりたい!」
 妖しく嗤う女。
 ――なら、私を受け入れなさい。
「良いわ。来なさい。そして、私の美貌を、全てを高めて!」
 鏡から女は現れて、史華の瞳の中に吸い込まれていった。
 鏡を覗き込み、史華は高笑いを上げる。
「美しい。私は誰よりも、美しいわ!」
 更なる美を手に入れて、史華の心は舞い上がっていた。

   弐

 闇に溶け込む様に、羅刹は気配を押し殺している。
 真夜中の私立晴明女学院。其の校舎に、一人の少年が居た。まだ幼さが残る其の面(おもて)には、大きな傷跡が残っている。
「タリム。本当に、こんな処に魔徒は居るのか?」
「居るわ。間違いなく、魔徒の匂いの痕跡が在る」
 羅刹の頭の中に直接、幼い声が響く。
 彼女の存在は、現世(うつしよ)の世界では虚(うつ)ろな物で在った。
 故に実体を持たない。
 尤も彼女の力を以ってすれば、実体を生み出す事は可能だった。
「奴は何処に居る?」
「さぁ。朝に為れば、解るんじゃない?」
 無責任に、タリムは答える。
「しかし、学校とか言う寺子屋は、物凄い規模だな……」
 関心する様に、羅刹は呟いた。
「貴方が生きた時代とは、随分と変わってしまったもの」
 羅刹は現代の人間ではなかった。生まれた時代は、江戸。過酷な宿命(さだめ)を負って、現世に転生された存在。
 魔徒と呼ばれる魔物を狩りし者。彼奴等(きゃつら)は人の闇に巣食い、人を喰らう魔物。放っておけば、人は簡単に滅ぼされてしまうだろう。
 黒いコートに身を包み、腰には短剣を提げている。
「在れは、何だ?」
 美しく光り輝く蝶が、無数に闇の中を舞っていた。
「どうやら、魔徒に喰われた者達の残留思念の様ね。神峰史華は鬼の子。人を惑わし、魅了して、喰らう。そう、言ってるわ」
「鬼の子か……」
「昔の事を、思い出したかしら?」
「そんな物、疾うに忘れたさ」
 羅刹は江戸の世を、鬼子と畏(おそ)れられ、人を殺め続けて生きてきた。幼い頃から両親に虐げられ、そして捨てられたのだ。
 江戸時代に於いて、親類・役人等が証人となり作成した勘当届書を名主から奉公所へ提出し、奉公所の許可が出た後に人別帳から外し、勘当帳に記される事で勘当は成立する。
 其の際に、人別帳に「旧離」と書かれた札を付ける事から、札付きの悪と呼ばれた。
 札付きとなった羅刹は、生きる為に、奪い、人を殺めてきた。
 本来なら、地獄の業火で焼かれる宿命で在ったが、閻魔大王の計らいで魔徒を狩る為の騎士と成った。
「タリム。結界を張ってくれ。朝を待つぞ」
「学校を、戦場にするつもり?」
 此れまで羅刹は騎士として、多くの魔徒を狩ってきた。
 だが、人を護る事は考えていなかった。
「俺は、奴等を狩るだけだ。他の奴等が、どうなろうと知った事か!」
 羅刹には、人を思い遣る心が欠けていた。
 此れまでも魔徒を狩る戦いで、何人もの人間を巻き込んできた。
 タリムは幾度も、羅刹を諭(さと)し続けた。けれど、羅刹は其れに応えようとはしなかった。
 羅刹が変わらない限りは、宿命(さだめ)から抜ける事は出来ないだろう。
 タリムは結界を張る為に、意識を集中させた。
 宙を無数の印が、張り巡らされて溶け込んでいく。魔徒に反応して、別空間へと引き摺り込む結界で在る。
 尤も、特殊な能力(ちから)や才能が在る者は、無意識の内に入り込んでしまう。
 そう言った者は稀では在るが、人が集まる場所を戦場に選ぶべきではなかった。先日、出逢った少女――刹那を護った時は、単に気紛れだったのかもしれない。
「俺は、少し眠る」
 羅刹は座り込むと、胡坐を掻いたまま眠りに就いた。

   参

「お嬢様、御早う御座います」
 執事の比津地(ひつじ)が、寝起きの史華に頭を下げる。後ろにも、幾人もの召し使い達が控えている。
 史華は日本有数の大富豪、神峰財団の総帥・神峰慎太郎の娘で在った。
 正真正銘のお嬢様で在る。
「御早う、権座衛門」
 穏やかな笑顔を、比津地に向ける史華。比津地は史華が幼い頃から仕えている。史華が心を許せる数少ない人間で在った。
「お嬢様、今日は一段と御美しゅう御座います」
 比津地の言葉には、嘘はなかった。
 いつだって、比津地は史華に対して真摯に向き合ってくれている。
 時には厳しく、自分を優しく気遣ってくれる比津地が、史華は大好きだった。
 忙しい両親に代わり、比津地が史華を育ててくれていた。
 故に史華に取って、比津地は家族も同然で在った。
「史華様。失礼、致します」
 専属のスタイリストの小池が、史華の髪の手入れをしようと頭を下げる。
 史華の身の周りの事は、召し使い達が全てしてくれていた。
 史華の髪に櫛を入れる小池の指を見て、史華は思わず嫉妬してしまった。
 男の癖に、美しい指をしていた。
 そう、自分よりも美しい指だった。史華には其れがどうしても、赦せなかった。
「本日の髪の艶は、此れまでにない程に美しいですね。肌の方も、最高のコンディションです」
「あら、お上手ね」
 妖艶な笑みを浮かべて、史華は小池に目線を送る。小池は其れだけで、史華に魅了されてしまっていた。
 小池は召し使いとしては日も浅く、まだ若かった。二十代前半、と言った処か。史華の美貌に掛かれば、小池程度の男を虜にするのは容易かった。
「権座衛門、食事の支度をしなさい」
「畏まりました」
 比津地は一礼すると、静かに退室した。
「他の者達も下がりなさい」
 言われる儘に、小池を残して召し使い達は部屋を後にした。
「ねぇ、小池。貴方はもう、私に夢中でしょう?」
 立ち上がり、史華は衣服を脱ぎ捨てた。
 美しい肢体が、顕わになる。一糸纏わぬ史華を見て、小池の目線と心は奪われていた。
 妖しく嗤う史華。小池の息は、次第に荒くなる。
 ゆっくりと、史華へと手を伸ばす。
 柔らかで豊満な乳房に触れる寸前で、小池の手が止まる。
「貴方如きが、此の私に触れる事は赦さないわ」
「申し訳、御座いません……」
「跪きなさい」
 史華の言葉に従う小池。
「貴方の全てを、私に捧げなさい」
 史華の腹に、鏡が埋め込まれていた。
 其の鏡に、小池の姿が映っている。
「私の全てを、史華様に捧げます」
 小池の体が、少しずつ鏡に吸い込まれていた。
 魔徒と成った史華に、喰われているのだ。
「私の美貌の前では、全ての者が無力だわ」
 史華は誰も居なくなった部屋で、嗤っていた。

   肆

「羅刹。誰かが、結界に入ったみたいよ」
「魔徒が現れたか?」
 何処にも、邪悪な気配は感じられなかった。
「どうして、あいつが此処に居る?」
「どうやら、此処の生徒の様ね」
「そんな事を、聞いているんじゃない」
 羅刹の視線の先には、刹那が居た。
 此の結界の中には、普通の人間は入れない。矢張り、刹那には不思議な力が在る様だ。本人に其の自覚はないのだろうが、力を持つ者は魔徒に取っては極上の餌と成り得る。
 つまり其れだけ、魔徒に狙われ易いと言う事だ。
「貴方、どうして此処に居るのよ?」
「其れは、此方の台詞だ。どうやって、入って来た?」
「おかしな事を言うのね。私は、此処の生徒よ。普通に入って来たに決まってるじゃない。其れよりも、勝手に入って来たら駄目じゃない!」
 羅刹が苛立ちながら、口を開こうとした時だった。
「魔徒が、学園内に入ったわ」
「誰?」
 訝る刹那。
 そんな刹那を無視して、羅刹は口を開く。
「奴は、何処に居る?」
「残念ながら、結界の中には居ないわ」
「どういう事だ?」
「何らかの力で、結界を中和しているみたい。厄介ね」
 詰まる処、魔徒を結界内に閉じ込める事が出来ないと言う訳だ。
「其れに此処は、人が多すぎるわ。誰が魔徒なのか特定、出来ない」
「不味いな……」
 羅刹は闘う以外の事は、全てが不得手で在った。
「一体、誰なの。何処に居るの?」
 困惑する刹那。
 不思議そうに、辺りを見廻している。
「お前、タリムの声が聴こえるのか?」
「タリムって言うの?」
「どうやら、此の子。《禍人の血族》の様ね」
「矢張り、そうか」
 《禍人の血族》とは神と呼ばれる存在と契約し、魔徒を倒す術を得た一族の事だ。其の存在は、神と呼ぶには余りにも禍々しい存在で在る。
 此の世界には、数多の神々が存在している。其の土地に眠る神と契約した者は、力を得る為に対価を支払わなければならない。
 《血の定め》と《地の掟》で在る。
 《血の定め》に依り、禍人が得た力は、子や孫へと継承され続ける。当人の意思に関わらず、生まれた時から神に仕える事を宿命付けられるのだ。
 そして、神の定めた掟を守らなければならない。《地の掟》は絶対で、抗う術はない。又、神の赦しなくして、其の土地の外に出る事も出来なかった。
「良い事を、思い付いた」
 妖しい笑みを浮かべる羅刹。
 其の視線の先には、刹那が居た。
「羅刹、貴方……まさか?」
「そうだ。こいつを、囮に使う」
「駄目よ、そんなの。危険だわ!」
「一体、何の話?」
 当の本人は、至って暢気な様子だった。
「こいつは、魔徒に取って極上の餌だ」
「魔徒って、まさか。此の間みたいな怪物が又、現れたの?」
「そうだ。そいつは、此の学園の生徒に紛れている。放っておけば、罪もない生徒達が奴の餌食になる。まぁ、俺には関係ないがな」
 冷淡な口調で、最後を締める。
「駄目よ、そんな事。放って、置けないわ!」
 刹那は表情を強張らせて、食って掛かった。
「私に出来る事なら、何だってする。だから、皆を守ってあげて。お願い、羅刹!」
 真っ直ぐな瞳で、羅刹を見据える。其の瞳には、覚悟の光が灯っていた。
 真っ直ぐで純粋な刹那に、羅刹の心は乱されていた。他人の為にどうして其処まで出来るのか、羅刹には理解、出来なかった。
「貴方の覚悟は、解ったわ。なら、私の分身を授けるわ、刹那ちゃん」
 白く半透明な石が付いたペンダントが、虚空に現れた。
「其れを付けていれば、貴方を危険から護ってあげれるわ」
「ありがとう、タリムさん」
「なら、決まりだな。俺達は、此処で待っている。頼んだぞ」

   伍

 教室の真ん中の席に、静かに佇む史華。只、其れだけなのに、皆の視線を集めていた。凛とした其の佇まいに、クラス中の人間が魅了されていた。
 生徒も教師も、史華に魅入られている。
 其れ程までに、史華は美しかった。
「跪きなさい!」
 其の場に居る者が皆、史華に従った。
 史華の妖艶な美と魔性に、皆が操られている。此の場に居る者は皆、史華の傀儡と化していた。
 ――戦騎騎士が、私達を狙っているわ。
 内なる声が、史華に囁き掛ける。
「解っているわ。私の美しさの前には、如何なる者も無力に等しい。此れから、其れを証明してみせる」
 妖しく嗤う史華。
「其処の貴女。此方へ来なさい」
 生徒の一人に、声を掛ける。史華の言葉に従う生徒。生徒の名前は、観月。先日の体力測定で観月は、史華より良い結果を出していた。
 ほんの些細な差では在ったが、史華は赦せなかった。自分より少しでも優れた存在を、史華には赦せなかった。
「貴女の全てを、私に捧げなさい」
「畏まりました。私の全ては、史華様の物で御座います」
 史華の腹に埋め込まれた鏡に、観月の顔が映り込む。あどけなさが残るが、可愛らしい顔をしていた。活発そうな娘だった。
 観月の体が、ゆっくりと鏡に吸い込まれて消えた。
「此れで又、一つ。私は、完全な存在に近付いたわ!」
 心地良い甘美の渦が、史華の体を包み込んだ。
 己よりも優れた人間を喰らって、完全なる美を求めていた。
「貴女達、私に平伏しなさい。私を崇めなさい。貴方達の全ては、私の為に存在する」
 恍惚の表情を浮かべて、史華は両手を広げた。
「此の学園の中に、私を殺そうとする者がいる。其の者を見付けて、捕らえなさい!」
 授業終了のチャイムが鳴った。
 其の瞬間。何事もなかったかの様に皆、日常へと戻った。

   陸

「魔徒に憑かれそうな生徒に、心当たりは在る?」
 タリムが刹那の頭の中に直接、語り掛ける。
「解らないわ」
「魔徒は、人の心の闇に付け込むの。何処か、心に陰りが在る人を知らない?」
 そう言う意味では、殆ど全ての人間が該当すると刹那は思った。多感な年頃で在る女子高生には、悩みの種は尽きない。好きな人がいる。勉強が出来ない。嫌いな人がいる。ニキビが出来た。親が煩い。飼っているペットが、いつもより元気がない。部活が忙しい。人間関係が、上手くいかない。
 数え上げれば、切りがない。
 刹那ぐらいの年齢の女子ならば、ほんの些細な事でも悩みの種となった。そして、其の悩みの種は次第に育ち大きくなる。
 きっと、魔徒に付け込まれる様な、心の闇へと成長する。
 此の学園の全ての人間が、魔徒に憑かれる可能性を孕んでいた。
「御法院さん、ちょっと良いかしら?」
「貴方は、えっと……?」
 隣りのクラスの生徒だったが、名前が解らなかった。
「私は、山下よ。少し、話しが在るの。ついて来て」
 刹那には、山下に呼び出される心当たりはなかった。そもそも、話すのも初めてだった。
 山下の事で解っているのは、神峰史華親衛隊で在る事ぐらいだ。
「直ぐに終わるの。ほんの少しだけ、お願い。ね?」
「解ったわ」

   漆

 白い装束を身に纏った男が、私立晴明女学院の屋上にいた。
 男の肩には鷹が、足元には狼がいる。
「香流羅、此の学校に魔徒が居るよ」
 鷹が男に囁く。
「けど、此の学校って確か……」
「そうだ。あいつの通ってる学校だ」
 男が不敵な笑みを浮かべる。
「だが、既に戦騎騎士が来ている様だな」
 狼が、男を見上げる。
 男の眼前には、羅刹の姿が映像として浮かんでいた。
「まずは、お手並みを拝見させて貰うとしよう。赤丸、青丸。俺と奴、どっちが強いと思う?」
 男は好戦的に問い掛ける。
「香流羅に決まってるよ」
「お前は、我等が長に選ばれた男。戦騎騎士等に、遅れを取るべくもない」
 二頭が口々に答える。
「まぁ、直ぐに解るさ」

   捌

「ようこそ、御法院刹那さん」
 山下に連れられた教室の中央に、史華が居た。
 教室の中には神峰史華親衛隊が佇んでいた。
 其の光景は異様で在った。史華はまるで、女王の様だった。
「貴女を呼び出した理由は、他でもないの」
「刹那ちゃん。どうやら、彼女が魔徒の様ね」
「嘘。神峰さんが、心に闇を抱えてるなんて……」
 刹那には意外だった。
 史華は全てに於いて、完璧で悩みとは無縁の存在だとばかり思っていた。
 史華は、ゆっくりと刹那の元へと歩んでいく。
「ずっと前から、思っていたの」
 そっと、刹那の頬に手を当てる。
「貴女の其の、極め細やかな白い肌。透き通る様な、漆黒の髪。とても、美しいと思っていたのよ」
 刹那の髪を撫でる史華。
 周囲の者達が、刹那に羨望と嫉妬の目線を送る。
「本当に、美しいわ。本当に……」
 史華は衣服を脱ぎ捨てる。
「気に喰わないわ!」
 腹に埋め込まれた鏡に、刹那の姿が映り込む。
 どうやら史華は、刹那を喰らうつもりの様だ。
「あら、残念ね。刹那ちゃんは、食べれないわよ」
「貴様、戦騎の加護を受けているのか!」
 タリムの存在が、魔徒の食事を妨げていた。
「ならば、殺すまでよ!」
 史華の合図で、神峰史華親衛隊が動き出した。
「其処までだ!」
 羅刹が、何も無い空間から出現した。
「戦騎騎士か。お前に、罪の無い人間を斬れるのか?」
 神峰史華親衛隊は、操られこそしているが、只の人間だった。
 斬る訳には、いかなかった。
「斬れるさ。俺は、咎人だからな」
「駄目よ、羅刹。罪の無い人間を斬ったりしたら、地獄に落とされるわよ」
「解っている。今の俺は、騎士だからな。殺しはしない!」
 一気に、史華との間合いを詰める。
 速すぎて誰も、羅刹の動きに反応し切れなかった。既に羅刹は、戦騎を換装していた。
 刀に依る一閃を、史華に浴びせる。
 だが、深手を負わせる迄には至らなかった。
「貴女達、私を護りなさい!」
 言われるままに、神峰史華親衛隊が羅刹を阻む。
「糞、こいつら邪魔だ!」
 羅刹は戦騎の換装を解いて、刹那の元へ向かう。
 無意識の内に、刹那を護ろうとする自分が居た。
 つい此の間までは、考えられなかっただろう。誰かを護ろう等とは、夢にも想いはしない。
「刹那。此処は一旦、退くぞ!」
 刹那を連れて、羅刹は教室を後にした。

   玖

「何なのよ、あいつ。私の美しい肌に、傷がついたわ。嗚呼、こんなに血が出てる。もう!」
 史華は憤っていた。
 血に塗れる己の姿が、どうしても赦せなかった。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
 比津地が血相を変えて、駆け寄る。
「嗚呼、比津地。痛い。痛いの。私を助けて!」
「此の比津地権左衛門、お嬢様を御守りする為なら、此の命投げ出す覚悟は出来ております!」
「なら、私の代わりに死んでくれる?」
「私に出来る事なら、何なりと御申し付け下さい。必ずや、史華様のお役に立ちます」
 比津地は、史華が幼い頃から仕えていた。何時如何(いついか)なる時も、史華の事だけを考えて生きてきた。史華の幸せだけを願い、史華の為ならば何でも出来た。
 既に史華が、以前とは違っている事に気付いていた。人ではない存在で在る事も、薄々は勘付いていた。其れでも比津地には、史華に生き続けて欲しかった。
 幸せになって貰いたかった。
 例え人外の道を歩もうとも、史華に仕え続ける覚悟が出来ていた。
 全ては、史華の為。
 比津地も又、主と共に人の道を外れる決心をしている。
 史華の為に死ねるならば、此の命は少しも惜しくはなかった。

   拾

「さぁ、観念して貰おうか?」
 放課後の誰も居ない教室。其の中を、史華は佇んでいる。不敵に笑いながら、羅刹を見据えている。
 史華に短剣の切尖(きっさき)を向け、問い詰める。
「神峰史華は、何処に居る?」
「何を馬鹿な事、言ってるの?」
「奴の術で、上手く化けたつもりか?」
 羅刹は懐から、鈴を取り出した。
 ゆっくりと鈴を振ると、美しい音(ね)が流れて来た。
 其の途端、史華の姿が輪郭を変えた。
「お前は、史華の使いの者か?」
 目の前には、比津地がいた。
「お願いします。史華様を、見逃して頂けませんか?」
 涙ながらに、比津地は懇願した。
「駄目だ」
「お願いします。私が代わりに、命を捧げます。だから、何卒!」
「此のまま放っておけば、在の女は多くの命を奪う。史華とか言う女の魂は、永遠に魔徒に縛られる」
 比津地の襟を掴み上げる羅刹。
「一生、在の女は苦しみ続けるんだぞ。其れでも、良いのか?」
 比津地を放り投げる。
 血に這いつくばり、嗚咽を漏らす比津地。
 暫くして、比津地が意を決したのか言の葉を紡ぐ。
「どうか。史華様を、お救い下さい……」
「解った。お前の覚悟、聢(しか)と貰い受けた」

   拾壱

「さて。今度こそ、終わりにしようか?」
 史華に短剣を向けながら、周囲を窺う。
「此の状況で、私を斬れるかしら?」
 神峰史華親衛隊は、相変わらず史華の周囲を囲んでいる。
「斬れるさ」
「無関係な人間ごと、斬ろうとでも言うのか?」
「俺達が何もしなかったとでも思ったか?」
 羅刹が手を翳すと、教室中に魔法陣が浮かび上がる。
「俺の戦騎タリムには、空間を操る力が備わっている」
「馬鹿な?」
 神峰史華親衛隊の姿が消えた。
「お前だけを、結界内に閉じ込めさせて貰った。準備に多少、手間取ったがな」
 大掛かりな結界装置を作る為、刹那に依代(よりしろ)となって貰った。
 禍人の血を受け継ぐ刹那だからこそ、可能で在った。彼女の体力を考えると、三分程しか保たないが其れで充分だった。
「余り時間がない。早速、斬らせて貰うぞ」
「ふぅん。其れで、私を追い詰めたつもり?」
 史華から、余裕の表情は消えなかった。
「羅刹、気を付けて。奴の能力は、複写。お腹の鏡に映った者の力を、再現する事が出来るみたいよ」
 史華が、戦騎を纏っていた。
「只の猿真似だろ?」
 間合いを詰める史華。
 太刀筋も、剣速も、羅刹と寸分違(すんぶんたが)わぬ精度でトレースしていた。
 だが、所詮は二番煎じに過ぎない。
 太刀筋が解っているなら、受け流すのも容易い。
 短剣で払い、左腕で殴り付ける。
 戦騎を換装して、大剣で叩き付ける。其れを、刀で受ける史華。
 史華の刀は、あっさりと折れた。
 刀での戦い方を真似ると言うのならば、違う戦い方をすれば良いだけの事だ。刀と違って、剣での戦い方は打撃が主体で在る。
「幾ら自分を着飾ろうと、どれだけ他者の真似をしようと無駄だ!」
 大きく体勢を崩した史華を、羅刹は斬った。
「己の力で勝負も出来ない奴に、俺は負けない」
 史華の体が、硝子の様に粉々に砕け散った。
 結界が消えて、元の空間に戻った。
 神峰史華親衛隊は皆、一様に倒れていた。
 洗脳が解けて、一時的に意識を失っているだけだった。暫くすれば又、意識を取り戻す。
 部屋の片隅に蹲(うずくま)る刹那に、羅刹は仏頂面を向ける。
「お前のお陰で、助かった。ありがとう……」
 照れくさそうに、礼を述べる羅刹を見て刹那は笑った。
「何を笑っている?」
「貴方がそんな事を言うなんて、意外だなって思ったの」
「俺だって、礼ぐらい言うさ……」
 羅刹の頬が、朱に染まっている。
「貴方、意外と可愛い処も在るのね」
「黙れ。其れ以上、余計な事を言うなら斬るぞ!」
「どうぞ!」
 真っ直ぐな瞳に、羅刹は戸惑っていた。
「羅刹、貴方の負けよ」
 タリムが羅刹を諭す。
 羅刹は無言で教室を出て行った。
「あ。ちょっと、待ちなさいよぉ!」
 刹那は、慌てて羅刹を追い掛けた。

   拾弐

「あいつ結構、強いね?」
「だが、香流羅の方が強い」
 千里眼を通して、羅刹の戦いを一通り見た。
 羅刹は確かに強い。
 だが、戦えば勝つ自信が在った。
「人の妹に、ちょっかい出してるんだ。少しぐらいお仕置きしても、良いよな?」
「やっちゃえ、やっちゃえ!」
 香流羅は千里眼越しに、羅刹を睨み付ける。
 羅刹自身には、何の恨みもない。だが、戦騎騎士は赦さない。
 全ての騎士は、此の御法院香流羅が倒す。
 香流羅は戦騎騎士も魔徒も、等しく敵視していた。
 《禍人の血族》の力は、戦騎騎士の力を凌駕していると言う事を証明してみせる。
 香流羅は、静かに笑った。


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