小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名: 作者:

第1回 決意の日
「京」
 真剣な表情で机に向かう幼馴染みのノートへ向かい、シャープペンシルをつき出す。くすんだピンク色の柄が、文字で埋め尽くされたノートの上にぽかりと浮かんでいるように見えた。
 それから数秒。ゆっくりと顔を上げた京と目が合うと、彼はひとつまばたきをした。
「なに」
 声変わりが済んで、ちょっと大人びて聞こえる返事は、しかしながら昔と変わらない。
「ううん、暇だなって」
 ほんの数ミリ持ち上げられた、京のシャープペンシルの先端を見つめる。短く飛び出た、黒い芯。
「そんなことで呼ぶなよ……」
 それからまた続きを始めるのかと思ったら、目線の先にあった黒は紙の上から外れ、脇に小さな音を立てて置かれる。
 続きは。そう聞こうと思って顔を上げると、京の真っ直ぐな視線とぶつかる。
 不意に見つめ合う、私たち。
「……あのさ」
「ん……」
 小さく首を傾けながら、京の瞳が揺れるのを見逃さなかった。こんなことはめったにない。なにか問題が起こっても、表情には出さず、落ち着き払って対処する方だ。それが今は、おそらくは不安のためだろうか、調子を乱している。
「……?」
「やっぱり、家出るよ、俺」
 ――ああ、そうか。
 めずらしく熱心に机に向かっていると思ったら、勉強していたわけじゃないんだ。
「そうなの」
 私の目を見ていながら、小刻みに揺れる、綺麗な瞳。女の子みたいに黒目が大きいのに、目尻はスッと締まっていて、さらにはそこに色気を漂わせて。ただでさえ、中学に上がってからは女の子に囲まれることが増えているのに、そんな京が、みんなのものになるなんて。
「……真由香」
「なに」
「本気だから」
 これまでは、幼馴染みという特権で京のそばを独り占めできた。でも、きっとそれはもう、叶わない。
「そんな目で見なくても……わかってる」
 少しだけ拗ねて返すと、彼はふいっと目をそらした。ただそれだけの仕草ですら、艷っぽく見えて、たまらなくなって窓の外を見るふりをして顔をそむけた。
「あ……」
 雪。いつの間に降り始めたのだろうか。
 まだちらちらと舞うのがぼんやり見えるくらいだが、このまま強くなったら帰り道に京が濡れてしまうかもしれない。
「ねえ、京。その話の続き、あとで聞かせてくれない?」
 本当は聞きたくないけれど。
 ずっとずっと好きだった人が、みんなのものになる話なんて。
「雪、強くなったら帰れないでしょ」
 大丈夫だと聞かない京を無理やり帰し、ベッドに背中を預ける。家に着いたら電話をかけてもらう予定だ。それまでに、心の準備をしなくちゃ。



 それから、ほんの数日だった。
 京の家のリビングで、京のお母さまと向かい合って、ただ短く、私も止めなかったのだと告げた。ご家族が取り乱している様子はなかった。
 二、三十分の滞在だった。
 京の家の玄関を押し開くと、ふいに舞い込んできた、白い粒。
 数歩踏み出すと、あの日と同じような雪が、私を包み込んだ。
 京が一人でこの道を逆向きにたどった、あの日と同じだった。


次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 28