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作品名:もう一度、抱きしめて 作者:

第3回 「遥香」
 フワリフワリと漂うような感覚に身を任せているうちに、意識がだんだんとはっきりしてくる。一呼吸ごとに鼻になじんでゆく、薬のツンとした匂い。そういえば病院にいたのだと思い出し、瞼をもちあげたとき真っ先に飛び込んできたのは、心配そうにこちらをのぞく、複数の人影。
「お。目、覚ましたぞ」
「……悠月?」
 一番そばで声を発した彼は、俺の反応を確かめるとすぐに、あいつ呼んでくる、と言って離れてしまった。怪訝に思いながらもぐるりと周囲を見回してみると、普段一緒につるんでいる仲間が全員そろっていた。
「遼くん、具合はどう……?」
 こちらを覗きこむ未来の表情から、自分の顔色があまり良くないだろうことを悟る。確かに、軽いめまいのような自覚症状はあるが、取り立てて騒ぐほどのものではない。大丈夫だと答え笑ってみせた。
 しかしながら、ゆっくりとベッドに手をついて座り直してみると、思うように力が入らず、多少苦労した。違和感に顔をしかめると、千早さんが身体を支えてくれる。
「丸三日以上動いていないから、筋力が落ちたのかもしれないね」
 そして、すぐに戻るだろう、と付け足した。
「ありがとう、千早さん」
「当然のことだよ」
 微笑む千早さんに、つられて口の端を上げる。すると、少し離れて立っていたノエルも近寄ってきて、表情を和らげた。
「遼一、思ったより元気そう」
「心配して損したな」
 そんな響の軽口に、苦笑してしまう。久しぶりのやり取りに、気がつけばすっかりリラックスしていた。
「なんで病院にいるのか、自分で分からないくらいだからな」
「本当に忘れたわけじゃないよね?」
「……いや」
 半分冗談、半分本気といった調子の未来に、笑顔を崩さないまま短く否定する。半数が眉をわずかに寄せたので、なんでもないという風に肩をすくめてみせた。すると、千早さんが、またもフォローするように口を開く。
「一時的に記憶が混乱することはよくあることだから、気にしなくていいと思うよ」
「聞いた話によると、階段から落ちたそうだ。遥香さんをかばって頭を強打したらしい。幸い命に別条はないと言うから、この機会に養生するといいんじゃないか?」
 皐月さんの言葉に、なるほど、とうなずきおおよその状況は把握するが……
「……はるか?」
 聞き慣れない名前に目を伏せたとき、ガラッと大きな音が鳴り、悠月が戻ってきた。続いて、見知らぬ女性も入ってくる。驚いたような顔のまま入ってきて、驚いた顔のまま俺の顔を見ると、一ミリも表情を動かさず歩み寄ってきた。
 先に目が覚めたときの、女性であるとすぐに気がついた。そのときよりも目の隈は薄れ、充血はすっかり治っているようだった。
「よく眠れたのか……」
 女性の顔を見据えてつぶやくように言うと、彼女は安堵したように微笑んだ。
「はい。未来くんに、怒られてしまって。でも、遼一さんがあのとき目を覚ましたおかげです。でないと、気になってしまって、寝ても寝つけないですもん」
 ベッドの側から伸ばされた華奢な手が、まるでこわれものを扱うように手の甲に触れる。両手で包み込むようにして握ると、身をかがめ、唇を寄せている。
「この手が……守ってくれたんですね」
 目を閉じ、祈るかのようにささやく彼女を見下ろし、薬指に光るものを見つけた。そして同時に、自分の右手薬指にも同じようなリングがあることに気づいたのだ。
(まさかーー)
 見間違いかもしれないと、手を握り返し自分の方へ寄せる。あくまで自然に、二つの指輪を見比べる。女性は嬉しそうにこちらを見上げていたが、そのとき胸の内を占めていたのは戸惑いばかりだった。訳が分からず、ただただ二つのリングを注視する。
「遼一さん……また、顔色悪くなってきちゃいましたね。何か飲み物を用意しましょうか」
 突然真剣な顔になると、ぱっと立ち上がって女性は部屋を出た。今の自分にとっては、かなりありがたいタイミング。
 とはいえ、女性の背中を無言で見送りながらも、戸惑い、焦り、混乱……様々の感情が渦巻いて胸の内を支配していた。頭の中もぐちゃぐちゃで、まったく整理がつかない。が、今のうちに気づいたことを確かめなければ、彼女はきっとすぐに戻ってきてしまう。そう思い、無理に心を落ち着けながら口を開くと、それよりも早く未来が声を出した。
「ねえ遼くん。もしかして、その……まさかとは思うんだけど、遥香ちゃんのこと、分かってない……?」
「は……? いや、遼一に限ってあいつを忘れるとか、んなこと……」
「悠月。そのまさかだと言ったら?」
 一つ深い呼吸をして、言葉を遮る。自分自身が一番困惑していた。しかし、決定的な証拠を見てしまった以上、否定はできないだろう。
 誰かと特別な関係になったなどという記憶はない。それどころか、候補となるような女性もいなかったはずだ。どう考えてもおかしい。しかし、目をそらせない現実が、そこにはあった。
「……あいつと俺は、同じ指輪をはめていた。そういうこと、だろ?」
 誰に言うでもなく、事実を確認する。全員、何も言わなかった。いいや、言えなかったのだ。
 おそらく、頭を打った拍子に抜けてしまった記憶を、思い出そうとしたためだろう、頭がズキンと痛んだ。さっき目が覚めたときと、同じ痛み。今回は気を失うほどではなく、心臓の拍動に合わせてズキズキとする頭を抱えていると、やがて落ち着いてきた。
 まだ、誰も口を開かなかった。もうそろそろ、彼女が戻ってきてしまう頃だろう。
 やれるか。
 そう自分自身に問いかけ、再度深呼吸する。
「……大丈夫だ。思い出すまでの間、なんとかしてみる」
 俺の言葉に、みんな驚き無理だと言おうとしたようだったが、ドアの開く軽い音に、一斉に口をつぐんだ。


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