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作品名:もう一度、抱きしめて 作者:

第12回 決意のデート
「ここって……」
 日曜日。
 退屈そうにメアリを撫でていた遥香を連れ出し、あるカフェに来ていた。店へ入るなり目を輝かせ、口を半開きの間抜けな顔をする遥香に苦笑しつつ、案内された席の椅子を引いた。
「とりあえず座れば? お嬢さん」
「はっ、はい……」
 興奮に頬を紅潮させてキョロキョロと周りを見まわす。その表情から目を離さないまま、ゆっくりと真向かいへ腰を下ろした。喜びと感動のために落ち着きのない動きを見せる遥香。首の動きなどは、まるで小動物だ。
「……驚いたか?」
 メニューを開き、ひかえめに問いかけてみる。こくこくと何度もうなずいて肯定すると、彼女は身を乗り出した。
「それは驚きますよ! だってここ、前に一度だけ来た、スイーツのお店じゃないですか」
「よくご存知で」
「もともと私が来たがっていたんですもん、覚えていますよ。それに、遼一さんが夕食としてスイーツのお店に連れて来てくれたという、夢のような思い出……忘れるわけがありません!」
(そうだったのか……)
 過去に、このカフェを二人で訪れた可能性があるということしか把握していなかった俺は、言葉を飲み込んで遥香を見つめた。あいかわらず興奮したままの二つの瞳は、早くもメニューに釘付けだ。ああでもないこうでもないと、絶えず独り言をもらす唇は、忙しない。
 仕事の資料を探して開いた本に、挟まっていた名刺。それに書かれていたのがこの店の名前だった。スイーツの専門店なら、遥香が行きたがっていたか、連れて行ったことのある場所だろうと見当をつけ、いつか来ようと思っていた。レストランで遥香を見かけた日に覚悟を決め、今日連れ立って訪れたのだ。
(幸と出るか、それとも……)
 注文をしながら、無視できない緊張を強く感じていた。今日、このデートを終えても記憶が戻らなければ、おそらくどんな努力をしたところで遥香とのことは思い出さないだろう。
 これは一つの賭けだった。
 そんな心中は悟られないように、きらきらと目を輝かせる遥香にだけ集中する。
「相変わらずにぎわってますね……当時はめずらしかったからか、もっと混んでいましたけど」
「十分すぎるくらい人が多いけどねぇ」
「遼一さん、人混み苦手ですもんね」
 そう言って、屈託を忘れたような笑顔を見せる遥香に、ふと見惚れた。思考がぼんやりと霞みがかって、彼女のほくほく顔が視界いっぱいを占める。別段整った顔というわけではない。しかしその表情は、自信をもって美しいと言えるものだった。
 飲み物が運ばれてきた声で、現実にかえる。忘れていた周囲の騒がしい音も、一斉に耳元へ戻ってきた。同時に遥香が口を開く。
「そんな遼一さんが、週末のショッピングモールに連れて行ってくれたんですもんね……あのとき。よく覚えていますよ、試着室でのことも」
 言葉とともに、笑顔が頬を膨らませた照れ顔へと変化する。ほんのり色づいた面に、やや斜め下へそらされた目線。よくもまあこんなにも短時間に表情が移り変わるものだと、感心してじっと見つめる。
「試着室で、ねぇ……」
 彼女を見据えたまま、あいまいに返す。すると、遥香はほんの少しだけ声を大きくした。
「忘れたなんて、言わせませんよ! ……って、ああいうことするの、いつものことですけど。これからは、その、やっぱりひかえてほしいです」
 そしてまたもじもじとする。
 まったく、遥香のことを見ているだけで、遥香のそばにいるだけで、これっぽちも退屈しない。
 記憶は戻らなくても、なぜ過去の自分がこの女性と一生を添い遂げようと決意したのか、なんとなく分かるような気がしていた。いいや、なんとなく、などと言っては失礼かもしれない。こんなにも納得してしまっているのだから。
「聞いてます……?」
 やや上目遣いの問いかけに、悪戯心が動く。
「聞いていますよ。これからはもっと触れてほしいんだろ?」
「なっ……!」
 みるみるうちに真っ赤になる顔。ここまで心の内をあからさまに表現できる人もめずらしいのではないかとあらためて考えるほど、なんでも顔に出ている。
「分かってるから、安心しなさい」
 退院から三週間も二人で過ごしてきて、記憶喪失がばれずに済んだのは、この性質のおかげだろう。遥香の表情から推測して、多少あいまいな言葉を使えば、誤魔化しが効いた。
「もう……分かってない……」
 とはいえ、それもいつまでも続くわけがない。
 そんなことを考えながら、落胆したような息をもらすのを見つめた。嬉しそうにかすかに頬を緩めたまま、眉を下げる遥香を。


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