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作品名:もう一度、抱きしめて 作者:

第11回 再認識と
「悪いわね、わざわざ来てもらっちゃって」
 レストランでコーヒーをちびちびとすすりながら待っていると、遅れて来た理香子は席につくなり口を開いた。走ってきたのか、髪が少し乱れていることをそれとなく伝える。
「相変わらず忙しいみたいだな」
「ええ、まあね。そっちは調子どうなの?」
「まあ、ぼちぼち」
「遥香さんの方よ。毎日大変じゃない?」
「そうねえ。……先に仕事の話をしてもいいか?」
 わざとらしく話をそらすと、なんとなく察したように数度うなずいて手帳を開いた。その手元をぼんやりと見つめながら、小さくため息を吐く。
(現段階でこれという問題があるわけじゃない……むしろ、調子はいい方だ。よくやってる)
「それじゃ、早速だけど……」
 執筆中の長編の進捗と、インタビュー数本の打ち合わせを進めるうちに、遥香のことは忘れていた。順調に進んだ話が一区切りついて雑談している最中に、壮年の男が店に入ってくるまでは。
 何気なく、店に入って来た男を目で追う。三十七、八ほどだったか。短く揃えた髪がさわやかな印象を与える、近頃売れ始めた俳優だった。確か、悠月も彼の演技を認めていた。
 このこと自体は大した問題ではなかった。男性がついた席の先客に、目を疑った。よく知った顔、間違いなく遥香だ。人当たりの良い笑顔を浮かべると、調子よく話している。この距離では何をしゃべっているのかまではさすがに聞き取れないが、どうやら初対面ではないらしかった。
(取材か……ずいぶん親しげだな)
 角度のせいもあったかもしれない、しかしあまりに距離が近いようだった。取材対象と、あそこまで顔を寄せあって話す必要があるだろうか。
「……遼一? どうかしたの?」
「ああ……なんでもない。それで、先月号の売り上げはどうよ」
 どうにか視線を引き剥がしながらも、離れた席のあの二人が気になって仕方がない。意識の半分以上をもっていかれながら、今後の仕事の進め方について話す理香子を視野に収めていた。
「……で? めずらしいわね、あなたが集中していないなんて」
「付き合いが長いってのは嫌だねぇ」
「誤魔化さなくていいわよ、どうせ遥香さんのことでしょう?」
 理香子のストレートな言葉に、ため息がもれる。「あそこにいるんだよな」
 ちらっと視線で促すと、さり気なく振り向いて確認している。
「あら、あの人ウチでも最近特集組んでいるわよ。……でも、さすが遥香さんね。あれは心からの笑顔じゃない?」
「そうだな」
「ずいぶん冷たいのね」
 そう言うと、興味なさげにコーヒーのカップを傾けている。ごく普通の対応だ。
(それなのに……なんだ、この胸のざわめきは)
 生ぬるい湿った風に林が揺れているような、普段ならば見過ごしてしまうほどの違和感。しかし一旦気づいてしまうと、ザワザワと落ち着かない、もどかしい、苛立つ。
 「あの二人」が気になって仕方がない。同時に、訳もなくその存在から逃げ出したくてたまらなかった。目を背け、耳を塞ぎ、拒絶してしまえばこのざわめきも落ち着くのかもしれない。そう思う反面、視野の中に収めることができているから、この程度のもどかしさで済んでいるのだと感じてもいた。実際に見て、確認できているからーー
(くそ……落ち着かないばかりか、ますます腹が立つな)
 ふう、と一つ息を吐くと、理香子に向き直った。
「……他に話しておくことはあるか?」
 遥香はただ、仕事をこなしているだけだ。疲れを見せないその健気な笑顔に、称賛したい素直な気持ちもある。では、一体何が納得できないというのか。
「え? いいえ、もうこれで全部よ」
 なぜ、こうも歯痒く煩わしいのか。
「来週のインタビュー、長くなるかもしれないけど、頼んだわね」
 その答えは、確かに沸き起こるこの衝動から、容易に導き出すことができたのかもしれない。しかし俺は、その答えを、可能性のままに留めた。
「ああ。分かっている」
 つぶやく程度の返事。それを器用に聞き取って手を挙げ応じてくれる友人に感謝しながら、席を立つ。一つの決意を胸に抱き、店を後にした。
 もう、この居心地の悪さに、耐えられそうになかった。


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