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作品名:刻み小鴉‐夢魔の絡繰り‐ 作者:鈴木翔太

第5回 仮初の栄華 そのD


 浪人三人組に伝えられた、婿選びの概要は以下の通りである。
 その一。これより半刻ののち、町に築かれた城の門前で待機していること。
 その二。審査は各個人の力量だけで進むこと。他者との連携はこれを禁ず。
 その三。参加する他者への妨害行為は容認さられており、殺人も許可する。
 その四。カラクリの破壊も容認されているが、壊した分の金銭は徴収する。
 その五。天守閣まで到達し、妃から好感を得られた者に、町の統治を託す。
「――何かこちらに問うておきたきことはあるか」
 硬質で淡々とした口調のまま、驫駕は尋ねた。
 おそらくは武人としても冴えがあり、利発さをにおわせる風体をしながらも、彼の眼には熱のこもる情念が宿っていない。
 己自身の精神に鉄条を巻きつけているかのような、自由を奪われた囚われ人がごとき昏(くら)き緑の双眸。ゾッとしない気色だ。
「婿選びとは直に関わりないが、ちょっくら聞かせてもらえるか?」
「私に答えられることならば、応じよと申しつかっている。して?」
 小狐丸が挙手をすると、驫駕は首肯し、先を促した。
 小狐丸が質すは、己が観察にてつぶさに見てとっていた町内の異質さであり、流れ者と町人を明確に分かつ差異にまつわる事柄。
「鶴町の男衆ってなぁ、いつもこんなおとなしいのか? 一人じゃ飯を食うのもおぼつかないほどに?」
 着いた時から、男衆の魂が抜けてしまったみたいな様子が気にかかっていた。
 カラクリにお役をかすめ取られた連中が酒におぼれているのかとも考えたが、目につく者みんな千鳥足とあっては、日和の偶然と思い込もうにも無茶がある。
 しかも女衆はそれなる者たちを叱り飛ばすでもなく、怒りを発するでもなく、うすら寒いほどにかいがいしく尽くすばかりなのである。
 通りを歩こうものなら手を引き、空腹を察せば箸を口に、なんぞ声に発しそうならば耳をかたむける。
 これが恋仲や夫婦(めおと)だというのなら、まだ話はわからないでもない。
 が、町内で出くわす男衆は誰もそんなありさまなうえ、女衆も何者も隔てなく慈愛を差し伸べる風景は、奇妙奇天烈にすぎる。
「この地の民は穏やかなのだ。そちらに害があったわけではないだろう」
「『穏やか』……俺に覚えのある『穏やか』と、町の様相は違うんだがな」
 食卓に手をついて、上半身を詰めよらせつつ、追及の言の葉を放つ。
 小狐丸は、噂を耳にしていた頃合から直感的にきなくさいと疑っていた考察を確認したいのだ。
 カラクリを生活の役に立てている者はいる。
 機巧士と呼ばれる職人に会ったこともある。
 けれど、そういった業を用いられるのは限られた一握りの人間だ。町じゅうをカラクリで囲い込み、一部の狂いもなく作動させるには、浪人ではなく機巧士を募集することが不可欠であったはず。にもかかわらず、噂の変化に要した曜日の巡りの短さは、そのような期間がもうけられていたならばありえないものだ。
 人間がやったとは思えない早業。魔性の働きがあったと睨むも無理からぬ。
 であるなら、手始めに疑いを向ける相手は、カラクリ製造に着手した当人。
「その土地にはその土地の気風があるもの。ほかに問いがないなら失礼する」
「逃げようとすんな。俺からも訊きてぇことがある」
 表に出て行こうとする驫駕を、そうはさせまいと小鴉丸が呼び止めた。
 無造作に伸ばした頭髪を歩みにぶらつかせ、相手の間近へと彼は迫る。
 剣呑な眼光を浴び、機巧士は腰元の刀剣に右手を添えた。
 益荒男は警戒態勢に鼻を鳴らし、自身の指先で首をかく。
「俺と対した奴はみな、なんだって身構えやがる?」
「さて? 君が他者に対して構えているからでは?」
 言葉を返しながら、驫駕は、柄頭を撫でた手指を鍔近くまで滑らせる。
「なるほど。思いもしなかったが、一考程度の価値はありそうだ」
「……問いかけをどうぞ。貴人をお待たせしているゆえ、手早く」
 聞いているかぎり、驫駕の声音にはどこか焦れた響きがあった。
 小鴉丸からの気炎を受けて、心身が圧迫されているのだろうか。
「ああ。では、ひとつ」
 こちらも起伏のない口ぶりで、面倒きわまりないという心情を覗かせつつも、友垣は疑念をほどくための声を発する。
「『審査は各個人の力量だけで進むこと。他者との連携はこれを禁ず』だったか。俺が引っかかってるのはそこだ」
「三人がかりで推し進められぬのが不服であるなら、残念だが参加資格はない。算段の狂いは、そちらの浅慮が招いたものだ」
 的を外した驫駕の台詞に、小狐丸は笑った。
 自分たちに手を貸し合うような親睦意識はない。いわば利用価値を最優先した結託なのである。人格面などは考慮されておらず、そこから芽生える好悪の感情による機微なども発生しえない関係性。
 それゆえの、気安さ。負担の少ない交友。粗野な会話での罵詈雑言。
友≠ニいう語を尊称と認識する者たちには理解できないかもしれないけれど、我々はこれに違和を感じたことがない。出生も立場も趣向も、徒党を組むうえで必要とされるものではないのだ。
 むしろ、無用な干渉はひとりひとりの技能を低下させる精神上の毒素だ。
 当人が当人の生命に責任をもっていれば、そもそも心配する理由がない。
「堪忍してぇなぁ。兄やんたちと息を合わせるなんて億劫なこと、したないわ」
「そこまで兄貴風吹かしたくねぇしな。てーか、そいつに合わす気がないだろ」
 初春ともども口にすると、小鴉丸もわずかに口の端を持ちあげ、ほくそ笑む。
 代弁のほど、ご苦労さん。とでも言わんばかりの横顔である。
「――俺たちはこのとおりでな。暴れ放題、好き放題。連携なんぞ見込めねぇ」
「無軌道なる者は無軌道なる者の元に集う。惹かれ合う人間同士は訳ありよな」
 独り言のごとく、驫駕はつぶやいた。
 実際、思いがけずに衝き出た言葉だったのかもしれない。
 刀の柄に触れていた右手が、だらりと脱力してさまよう。
「訳ありなのは人だけじゃねぇがな。とかく、浮世ってのは面倒だ」
 顎先を引き、両肩をすくませる小鴉丸。こうした気構えをほどいた態度でも、灰色の瞳には鋭利なる眼光が迸っていた。
「俺が問いてぇのは、てめぇら審査側が連携の有無をいかに見分けているかだ。一人ずつ順に城内に入れる、なんて眠てぇ婿選びをしているわけじゃねぇだろ」
 審査のため解放される城では、各地から募った武芸者たちが所せましと得物を振り回すのだ。大混戦となる内部では、意図したものか否かは別として、他者を守護もしくは支援したとして受け取られかねない状況が散見するだろう。
「なんとも、先ほどから信用がないことだな」
 驫駕の声音に、今度は明らかな敵愾心が盛り込まれた。
 強固な意志が感じとれたことに、自分たちは安堵する。見立ては良さそうだ。
「二、三日まえ、審査を始めたわけではない。こちらの体制に一切の死角なし」
「なんだ、その自信は? てめぇらのなかには千里眼持ちでもいるってのか?」
「ふむ……天眼(てんげん)の別称だな。君の口から六神通(ろくじんずう)を聞くとは。見かけとは当てにならないものよ」
 仏門にかかわる語句を繰り出し、どこか苦く口を結んだ彼は、食事処を去る。
「アレは、そんな可愛げのあるものではない。より悪辣なる者だ……」


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