小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:刻み小鴉‐夢魔の絡繰り‐ 作者:鈴木翔太

第3回 3


「方々からやってくる男たちがあとを絶たないくらいや、お妃様は聞きしに勝る美人なんやろうなぁ。早いとこ、お顔を拝見したいわ」
 心を浮かれさせる初春は、白米でふくらませた頬を、みそ汁の盛られた汁椀を口唇に傾けることで痩せ細らせる。戦場で調達した体格に合わない青みがかった装束が、仕草のたびに大げさに揺さぶられた。
 女人の色香に敏感な彼は、道中でも物言う花を見つけては、なにかしら理由をつけて話しかけていた。所帯を持つことに熱心であるという観点だけを押せば、初春は諸把と価値観のちかい人物と言えるかもしれない。
「見てくれはどうあれ、心根は醜女(ぶおんな)だろ。楽しみに思うことか?」
「そら、器量がすべてと思うてはへんで。でも、こないにまで有名な別嬪さん、どうしたって気にかかるっちぅもんや」
 初春は小鴉丸に返答してから、小狐丸にも陽気な態度で水を差し向ける。
 蕎麦をすすりあげていた相手のほうは、黒い陣羽織の下に着込んでいる橙色の長着に汁気が飛ばないように気をつけながら、息をついて口をはたらかせた。
「小狐の兄やんはどないや? 小鴉の兄やんと同じ見解かいな?」
「俺は遠目に見れりゃ満足って程度だな。それにやっぱし、女は愛嬌だろうよ」
「可愛らしい女(ひと)が好みやったんか。初めて聞いたわ」
「しなくたってかまわねぇ話だかんな。なんなら広げるか?」
 余計なこと言うんじゃねぇ。仕舞っちまえ。
 小鴉丸は頭のなかで即刻そう想ったが、恋愛がらみの会話を好んでいる初春が乗り気になって、明るい顔で合掌する。
「ええな、ええなぁ。こうした機会がないと出来へん話やで。女子(おなご)の好みをみんなで言い合ってみまひょか!」
 まるで名案であるような面持ちで、彼は食べ終えていない盛り付け皿や小鉢、御膳や汁椀を食卓の端へと寄せた。言い出した者の務めだと了承しているのか、誰も頼んでいないのに舌を躍らせ始める。
「わしは……そやなぁ、凛とした風情の涼やかな女子がええ。ほどよくこっちの心をつねってくれるような気立てをしとったら、なお良し!」
 いくらか照れた姿をかいま見せつつ、身振りを交えて初春は言い切った。
 そのような様子になるのならば、あらかじめ声に発さずともよいものを。
「心をつねるってのは、具体的にどういうのを言うんだ」
「おおっ。小鴉の兄やん、興味を持ってくれとるやん!」
「いや、こりゃ違ぇな。金鳥(きんう)は俺たちの話で時間をつぶして、自分の番が回ってこないようにする腹積もりと見たぜ」
 小狐丸は見事な観察眼でもって、小鴉丸の心の内を見透かしてみせる。
 揶揄するため告げられた渾名に、小袖の上に着込んだ朱の胴服に包まれた肩をかすかにだらけさせて、小鴉丸は機嫌を悪くしたフリをしながら友垣を睨んだ。
「そんな呼び方、すんなって言ったろ。覚えの悪りぃ野郎だぜ」
「おまえだって、俺のこと稀に野干(やかん)って呼ぶことがあるじゃねぇか」
「……俺自身の趣味じゃねぇ。てめぇが始めたからだろうに」
「呵々(かか)っ、やり返してるってことか。胸の底は童(わらし)なんだな」
 減らず口めと、連れ合いに拳骨を見せつけはするものの、悪びれたふうもなくあっけからんと哄笑するさまに、頬が緩やかにほころび始めているのを感じる。
 小鴉丸は、どこか爽やかな気配を身に着けている小狐丸のことを、出会った頃から気の置けない相手だと思っていた。
 士官先のない浪人たちにも、寄り合いのようなものはある。合戦に参ずるにも資金と装備がなくては武功の立てようがない。そういった問題点を人数を集めて解決する小規模な集いは、どんな戦場付近にも必ずと言っていいほど在った。
 命を張って戦に参ずるなら、念頭に入れておくべきは御銭(おあし)である。より大きな目的があったとしても、こいつを抜きにしては協定が成り立たない。金は天下の回り物。やや物悲しくはあるが、金子で事を進ませるのは世の常だ。
 だが、侍くずれの浪人どもの集いなど、しょせんゴロツキひしめく溜まり場。威圧と暴力で取り分が決まり、公平な分配など期待できはしない。
 であるとすれば、寄り合いに己自身がどれほどの使い手であるかを知らしめ、貰えるだけの御銭を奪い取る確約を取りつけることが賢明だ。
 とある参道での合戦に加わろうと考えた小鴉丸は、血の気の多い浪人どもへ、
『てめぇら全員と刀で戦わせろ。首のすげ替えだ』
 と開口一番に宣言した。
 このような挑発を受け、居並ぶ者々が平然としていられるわけもなく、小汚い納屋のなかは敵意と怒気とで瞬時に充満する。剣の腕前だけが自慢の浪人たちは掴みあげた得物を構えて、いまにも斬りかかってきそうな雰囲気だった。
『力試しなら俺一人で足りるぜ。この場限りなら、一番の腕利きは俺だからな』
 物騒なことこの上ない状況に、頭に額当を装着し、上等な着物を羽織っている大柄な男が言葉をつむいだ。よく見れば、その双眸は珍しい青に染まっている。
 声に出された内容から、こちらはこの男が寄り合いの大頭目だと合点したが、ほかの浪人たちは納得がいかぬという表情をして、そちらの男に対しても得物を脅しつけるように向かわせた。
『ありがたい献言だが、どうにも、そうは運びそうにねぇな』
『呵々っ。お互い身体を温めてから、腕の程を剣に尋ねるのも悪かないだろ?』
 のんきだとすら受けとめたくなる、焦燥も恐怖心も覗かせない言動。
 泰然自若な態度に面白みを覚え、小鴉丸は太刀を逆手に持ち替える。
『言った以上は最後まで残れよ』
『おまえもな。誘いをかけて地べたにのびるんじゃないぜ?』
 小気味のいい売り言葉と買い言葉の応酬に、ふたりは歯を見せて笑った。
 こちらの者の数を意に介さない様に、敵方は不満の刃を向かわせてくる。
『次から次へと、口の減らねぇ野郎だ!』
『皮肉を利かされちゃ、こうもならぁ!』
 駆けだしたふたりは、刀身を閃かせ、あらゆる流派の剣技を叩き伏せた。
 この時、この瞬間に、ふたりの素浪人はすでに手を組んだも同然だった。
 刀身が振るわれるたび、日差しが両者のあいだを駆け抜ける龍のごとく、刃の表層をするする縦断する。さながら双子の光龍が天より降り立ち、奇抜な舞踊を披露しているかのようだった。
 光龍が飛び跳ねたが敗北の報せ。
 その軌道の先にある相手は沈み、両者の太刀筋に身をかわす間もない者々は、龍の牙が己自身の得物に移り込んだことに瞠目する。
 やがて地上での戯れに飽いた双子の光龍は、あつらえたような寝具に収まり、暴れまわった充足感にいったんは眠りについた。
『で、どうする?』
『合戦に混ざるにゃ、もうチャンバラやってる時間はねぇ。倒れたこいつらも、しばらくのあいだは起きそうにない。こうなったら……』
『俺とてめぇで乗り込むしかねぇか』
『どういうわけか、そうみたいだな』
 おたがいに嫌々ながら、というふうをよそおいはしたが、ふたりとも口の端は持ちあがっていた。相性の良い連れ合いを得たことを、胸中で神仏に感謝する。
 用いる殺人剣の飛びぬけた冴えに、友垣に恵まれることのなかった小鴉丸は、こうした語らうに足る同世代との邂逅を、知らず知らずのうちに待ち望んでいたのかもしれなかった。
 小狐丸以前にも友と呼べる相手はいたが、世間一般の定義に当てはめるなら、その人物の評は義父とすべきだろう。友情も恩義もあれど、世代の溝に精神的な距離を感じるために気安さは覚えなかった、というのが幼い頃の率直な感想だ。
 現在、戦火の活躍から二つ名を付加された自分へ、いっさい遠慮することなく接してくれる小狐丸は、平安な日常を送るに欠かせない連れ合いと言い表わすにふさわしい人物だろう。
 己に引けをとらない刀剣の扱い方。雲を晴らすような快活なる性根。
 この青年と手を組んでからは、負け戦を経験することがなくなった。
 今後とも、こいつと戦っているあいだは地べたを舐める心配はない。こちらにそう断言させるだけの実績を、小狐丸は示し続けてきたのだ。
「なんや、兄やんたち? 二人して微笑み合って、アヤシイなぁ」
「アヤシイのはてめぇだ」
「呵々っ、違いねぇな。初春は妖しいうえに怪しいときたもんだ」
 ふたりして口にすれば、上手いこと言うなぁ、と初春は感心しきりに頷いた。
 戦国の世には、何処から来たものか、絵物語に見られる妖魔が跋扈している。多くの場合は体格が頑健になった獣の類だが、なかには知恵があるものや珍奇な術技を操るものもあり、さらに珍しい手合いには人に恋をする輩すらいるのだ。
 妖魔と人間が結ばれたとき、授けられた子は俗にマダラと言い慣わらされた。
 正しく字に書き起こすなら魔堕達とでもなろうか。片親である妖魔を象徴する部位を肉体に接合することでマダラは姿形を変え、人間の子をはるかに超越した能力を発動させることができるようになる。
 初春も、そうしたマダラのひとりである。本人は両親のことを、真剣で純粋な愛の果てに自らを生んだと了解しているが、人間は奇異なる者のことは容易には受け入れられないもの。
 ほかのマダラがそうであるように、初春にも理不尽な非難は殺到したらしい。
 彼はこれに鬱憤が溜まり、妖力を利用した術技にて、戦地で大いに暴走した。
 狂犬時代の彼には敵も味方もなかった。利益さえ度外視した殺戮を巻き起こす初春は誰にも手がつけられなかったほどで、いわば意思を持った暴風のごとし。
 自分たちふたりに遭遇していなかったら、こんな語らいを過ごすこともなく、無理がたたって死地に没していただろうと想像することは難くない。
「でも、それで言うたら、もっと直接アヤシイのがおるやんけ」
 初春は、出自にまつわる話題にも機嫌を損ねずに、小狐丸の頭髪を指さした。
 話題に挙げられたことを察し、黒髪をかけ分け、額当てに前足をかけるように出てきたのは、一匹の栗鼠(りす)。
 いいや。よく観察すれば、この生き物は栗鼠ではなかった。赤色の瞳をした、渦巻きの紋が肢体に浮かんでいる、片手に乗るほどの大きさの妖魔だ。鼻の頭をヒクヒクさせた妖魔は卓上に視線を落として、小鴉丸へ用意された小鉢のそばにまで走ってくる。
「おらっ。近寄ってんじゃねぇ、栗鼠(くりねずみ)」
 小鉢に鼻を突っ込もうとしたところを、小鴉丸は箸で牽制する。妖魔はこれに上体を起こし、顔をあげてこちらへ威嚇の鳴き声を発した。くぴぃっ、と両耳に捉えられた声は、ご立腹なのだろうがあまり迫力がない。
「睨み利かせたら可哀そうやんか。少しくらい分けたってもええやろ」
「だったらてめぇの残飯をやれ。なんで栗鼠に情けをかける必要が――」
 小鴉丸が初春のほうを見ている隙に、妖魔は箸を右前足で跳ねのけて、小鉢のきんぴらごぼうを頬張った。見せつけているつもりなのか、ちらっとこちら側に視線を送りつけてから、きんぴらを飲み込んで小狐丸の元に退く。
「いい根性してるじゃねぇか……」
 眉をしかめさせ、右手を真横に伸ばす小鴉丸。
 小狐丸と初春は、これに慌てて気色を変える。
「待ちぃや、小鴉の兄やん! 相手はこないに小さな背丈やないか!」
「ここで抜く≠ネんて駄目だろ!? お茶目な一幕に和んどけよ!」
 ふたりは椅子から立ちあがり、小鴉丸の腕を押さえ、心をなだめにかかった。
 振りほどいてしまっても良かったが、そうこうしているうちにふたりが本気になったりしたら、食事処が迷惑どころの騒ぎではなくなる。というか、あくまで脅しをかけていただけで、こちらに得物を取り出す≠ツもりはない。
「――騒がしいことだ」
 声音だけで人柄をうかがわせる硬い声が、暖簾の外で発せられた。
 こちらに向けられたものとして、浪人三人は店内に踏み入った男を眼に映す。
 異国からの舶来品と思しき生地を仕立てた艶のある衣装は、星空を斬り取ったかのごとく、あらゆるものに銀光をちらつかせている。袖を通した男の好みとは思えぬあたり、何者かに着用を強要されているのだろう。
「どうも。私は驫駕(ひゅうが)。お妃様に仕え、カラクリを構築した機巧士だ。そこの君が、〈刻み小鴉〉と称される男(おのこ)で良かったか」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 127