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作品名:★Freshness(フレッシュネス)★ 作者:鈴木翔太

第6回 6


 ダグラスが奥に引っ込んでいく様子を見送ったフレイルとナタルのふたりは、とりたてて何をするでもなく、自由な時間を謳歌した。
 この事務所の人員はみな一様に自由主義者であり、可能な限りは個々の行動を支持している。
 なにより、肝心なときには本気を出す連中の集まりなので、ここ一番の活躍で普段の失態をまるごとノーカウントとする荒業が通用してしまっているのだ。
 どなたもこなたも、両眼が向いている方角はあらかじめ異なっているものの、根っこの部分では類似性が垣間見られるのは、いったい誰に影響されたものか、興味深いところである。
「「!」」
 視界の落差こそはあるものの、身体を寝そべらせていたフレイルとナタルは、耳に聞こえた自走機関の停止音に上半身を起こした。
 依頼人に修理品を届け、アクスが帰ってきたのだ。
「皆さん、ただいま戻りましたっ」
「「おっか〜〜♪」」
 アクスが発する充実感のある声に、両者は例の挨拶にて歓迎の意を表する。
 気の利いた出迎えなんてありえないことは、アクスも承知していたのだろう。投げかけられた言葉に苦笑したあと、彼は緩やかに玄関の扉へと手を伸ばした。
 配達がてら用意したささやかなサプライズを茶色の瞳に収めて、所長はどんな反応を見せるものか、と期待の笑みをしのばせながら。
「どうぞ。レディファーストですから」
「ありがとう」
 予期せぬ声にフレイルが戸口のほうを見やると、古くから親交のある女性が、アクスのかたわらに立っていることが見てとれた。
 彼女はロレーヌ・プロヴァンス。フレイルの実家の近所に住んでいる幼馴染であるため、両者の付き合いはまるっと十四年。おおよそ、お互いの年齢と同じとなる計算だ。
「礼にはおよびません。僕は表面上、女性に優しく接するのが好きなんです」
「そう。だったら、撤回しておくわ」
 アクスが特技たる意地の悪い表情を浮かべると、ロレーヌは涼やかに一瞥し、長机に置かれている未使用の紙袋を手にする。
「フレイル。ぼんやりしてないで、工作をはじめるよ」
「工作って……、もうちょっとカッコイイ言い方できないか?」
 両足の筋力でバネ仕掛けのように立ち上がってみせたフレイルは、人差し指で鼻の頭をかいて苦言を呈した。
 ロレーヌはこれにやや面倒くさそうな表情をしたあとで、片手を口元にやって眉間にひびを刻んだ。フレイルの考える「カッコイイ言い方」に該当する語句を脳内で選出しているのだろうけれども、異様なまでに真剣なロレーヌの様子は、目にする者へ過分なまでに滑稽な印象をもたらした。
「ああ、悪い悪い。そんなに悩むならいいからさ」
「悩んでないわ。すぐに浮かぶから待って」
「いや、だからいいってば。そうしてるうちに日が暮れるのがオチだろ?」
「少し静かにして。絶対にあなたの好みに合った語句を見つけるんだから」
 フレイルの言葉には耳をかさず、得体の知れない使命感に動かされるように、頑なに頭をはたらかせる幼馴染。
 こういうところが、ちょっと厄介なんだよな。ロレーヌって。
 フレイルは指先で右頬をぽりぽりとかきながら、小さくかぶりを振った。
 頑固者。意地っ張り。わからず屋。
 呼び方は各種たくさんあるのだろうが、ロレーヌのそうした一面がすなわち、フレイルが彼女を苦手とする大きな理由であった。
 もちろん幼少期からの付き合いで彼女の長所をよくよく心得てはいるけれど、ロレーヌの融通の利かない愚直なまでに事に取り組む姿勢たるや――少なくとも自分にとっては――、数ある長所を砕いて余りある短所だと言えた。
「フレイル?」
「えっ? おっ、おう、頭の体操は終わった?」
 現状から思考という逃避を行使することで離脱しようとしていたフレイルは、ロレーヌの鈴を転がすような声音に正気に戻される。
 こちらを覗き込むようにして歩み寄ってくる幼馴染の青色の瞳と、ともすれば触れ合いそうな距離感の近さにどぎまぎとしながら後ずさると、長机に横たわるナタルの右足が後頭部に直撃した。
「どぅぐぇわッ!!」
「フレイルっ!?」
 絶妙な力加減によってもたらされた痛烈なる一打に奇声を発したフレイルを、ロレーヌは膝をまげて心配する。
 どのような物事も中途半端にしないのが彼女の性格だ。それゆえ、致命傷には程遠い負傷にも、彼女は過保護なまでに敏感に反応してしまうのだった。
「ごっめぇん、フレイル。まさか頭に当たるとは思ってなくってぇっ」
「狙ったような角度でしたね。見事なまでのクリーンヒットでしたよ」
 誠意の欠片もない謝罪と気遣いの含まれない感想が交差する最中、フレイルはじっと持ち堪えるように頭部を抱え、ロレーヌは何か痛みを引かせるいい方法はないものかと、ふたたび熟考に意識を滑り込ませる。
 もしも、この時点で事務所に来場者があったのならば、その者は広がる光景にどのようなリアクションを起こしたであろうか。
 眼に映り込んだ光景がひたすらに不可解であることは不動の事実であろうが、だからこそ、その者がなす行動で明確な性格判断を下すことができそうだ。
「つぁあ、なんでこーなるんだよ。くそぅ……!」
 うっすらと涙目になったフレイルは、悪態を着きつつも、気を持ち直すべく、その場から立ちあがった。ナタルとアクスはこれに歓声をあげて、けたたましく両手を打ち鳴らしている。
 そんなことをしている暇があるならば、手を貸すなり氷枕を持ってくるなり、ほかにできることがありそうなものである。
「フレイル、平気?」
「あぁ? 平気、平気。ダグラスの拳骨よりは全然たいしたことないって」
「そう。良かった。けど、本当はつらいなら――」
「くどいぜ、ロレーヌ。平気なんだって。ほらっ、手を貸してみろよ」
 あまりにも真っ直ぐに自分へと心情を割くロレーヌの片手を掴んで、苦笑いを浮かべながら頭部に出来たばかりのコブを指でなぞらせる。
 幼馴染は掴まれた腕から感じる体温に頬を上気させながらも、されるがままにあたえられた感触を受け入れた。
「なっ? 少し腫れてるけど、そんなに騒ぐことじゃないのがわかるだろ?」
「そう、だね。騒ぎ立てるほどの怪我じゃない、みたい」
「そーいうことっ。だから必要以上に心配すんなよ」
 笑いかけながら言い聞かせれば、ロレーヌは普段は冷涼な双眸を揺らがせて、年相応の輝きを呼び起こさせる。
「! あ、あとさ! ナタルも気にすんなよ、俺はこれでも頑丈だから!!」
 幼馴染の内なる変化をともに過ごした日々の長さから感じとったフレイルは、不自然にロレーヌから視線を移し、ナタルへとお調子者を装おって話しかけた。
 自分と話しているとき、ロレーヌがおもむろに気配を変えることがあるのは、これまでの経験でじゅうぶんに把握していたのだ。
 だがしかし、フレイルはこのむず痒さに、どうしても耐えきれないのである。
 しかも自分で、胸に宿る期待にわずかながら気づいているのが、始末に悪い。その結果として裏目に出る自意識が、彼女の放つ艶めかしい雰囲気への嫌遠を、格段に高めてしまっているのだから。
「言われなくても気にしてないわよ。フレイルは石頭だかんね〜〜」
 詫びれた様子もなく笑うナタルは、勢いよく腕を伸ばし、身体をほぐす。
 どうやら彼女の興味は所長の負傷よりも、かたわらのロレーヌにあるらしく、ニヤついた両目はそちらを捉えてはなさない。
「ナタル。あなたの今の目つき、わたしはあまり好きじゃないわ」
「うわわっ。いきなり冷たい口調だなぁ、もぅ。傷つくぞぉうっ」
 値踏みするような視線を嫌がったロレーヌの言葉に、ナタルはおどけて嘘泣きなどしてみせる。
 ナタルに付き合うつもりのなかったロレーヌは、こちらの片腕を強引に掴み、裏口と直結しているガレージに向けて引っ張って行くことを決める。
 だが、そうしたやりとりの合間でさえも、ナタルは愉悦に浸るようなねっとりとした眼差しを、依然として絡みつかせることをやめなかった。
 意味ありげに口元を緩めるアクスからも同様の目で見ているように感じられ、ロレーヌは応接室から離れるあいだ、とても不愉快な気分を味わう羽目となる。


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