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作品名:★Freshness(フレッシュネス)★ 作者:鈴木翔太

第49回 49


 ファルシオンがアクスを敵視する理由を詳らかにするには、おたがいが未来を担う若者を輩出しようとする特進スクールで勉学に励んでいた時期にまで、話を遡らせる必要がある。
 アクス・ハルベルトは幼くして卓越した才の持ち主であり、名門である家名を大切にする両親からも、『我が子は稀にみる天才』だと見込まれていた。
 アクスとしても、良い成績を取れば両親に褒められ、屋敷の者たちにちやほやされるので、特になんの問題もなく日々を過ごしていた。
 だけれど、十歳になり、飛び級を繰り返して大人たちのなかにまぎれてペンを執っていると、アクスは一方的な教育≠ノだんだんと飽きてきてしまう。
 両親からも、すっかりできる息子だと認識されているので、学業を褒められることは減り、もっと上を目指せと言われるばかりだ。
 屋敷の者の見え透いたおべっかも見抜けるようになっていき、アクスはほかに何か面白いことはないかと、別の楽しみを探すことに熱を入れ始める。
 机に向かっているばかりでは身体が鈍るので、スポーツをしようとしたこともあったが、跡取りとなる身に傷がついては申し訳が立たないと、使用人たちから止められたきり、自分は縄跳びさえしたことがない。
 こちらがしてみたいことは何かにつけて却下され、アクスはせめてもの不満を反抗で薄めようと、少しずつ成績を下げてみた。
 しかし、アクスがいささか手をぬいたくらいでは、もとより年齢にそぐわない学力を有しているばかりに、誰も少年の心境の変化に気がつかなかった。
 本気でとりかからなくても、自分は常に上位三名のうちに名を刻んでいたし、誰ひとりそれを不審がることはなかったのである。
『僕に不足しているものは、経験値なのでは?』
 学習に最も必要とされるものは探究だ。知りたい心が意欲をかき立てる。
 ならば己が感じている想いも無駄にしてはならない。得たいものがあるなら、他人にどう言われたとて吸収しよう。
 アクスは学問に基づく見地から料理やスポーツなどに取り組み、自分の成果をノートに書き留めていった。
 行動することで頭だけではなく、身体全体で多くを修める。
 こうした面白さに味をしめ、特進スクールの休憩時間などでも、次なる課題を思いついてはノートに書き記し、その日のうちに実行していった。
 ――だがしかし、自分の探究を快くは思わない相手が、こちらの姿を妬ましい視線でねめつけていたことを、アクスは翌日いきなり思い知らされる。
『アクス。お前、最近やけに楽しそうだな』
 突然、ロバート・ファルシオンが、ノートをつけている自分に話しかけた。
 ファルシオンとは上位を競い合う者のひとりであり、自分をライバル視して、ちょっかいをかけにやってきたのだった。
『ファルシオン? なんですか』
『お前こそ、何をしてるんだ。それ、よこしてみろよ』
 片手間に学科試験に臨んでいるように感じられるアクスから、強引にノートを奪い取ったファルシオンは、ページをパラパラとめくり大げさな溜め息をつく。
『お前の家、使用人がいないのか?』
『いますけど。だったらどうだと?』
 アクスがノートを返すように手を伸ばしながら言えば、相手はいびつに笑い、
『こんなくだらない料理とか、体力作りがいるのは、雑用係がいないからだろ』
 などと、決めつけてかかる言い方をする。
 ファルシオンとは親交などほとんどなかったので、相手の言葉から嫌な印象を受けた。ろくに会話もしたことない相手に、急になんだと言うのだ。
『貴方は、これらをやったことは?』
『ないさ。下の人間にやらせている』
『……では、どうしてくだらないとわかるんです』
 やった試しのない物事を軽んじ、見下すかのよう口ぶりに、アクスは尋ねた。
 ファルシオンはこれに機嫌を損ねたらしく、眦を持ちあげる。
『俺がしなくていいことだ、くだらねぇに決まってんだろ。下っ端の仕事だぜ』
『身のまわりの世話をしてくれている方々に対して、ずいぶんな呼び方ですね』
『…………なんだよ、お前。気にくわねぇな』
『そうですか。しかし、それは僕からも言えることですよ?』
 口をはたらかせつつ、アクスは席から立ち、伸ばしている右手の指を動かす。
『まだ途中なので、ノートを返してください。貴方には価値のない物です』
『俺に命令してんのかよ。アクス・ハルベルト』
『言っている意味がわかりません。それは僕の私物です。貴方の手にある方が、おかしなことでしょう』
『おかしい……? 俺がか……?』
 ファルシオンは肩を震わせ、ぶつぶつと何かを小声でつぶやき始める。
 作業が先に進まないので、アクスは相手からノートを取り返すことにした。
 ところが、こちらがノートに触れると、相手は動作を振りきって指をはがし、両手で開かれているノートに圧力をかける。
『おかしいのはお前だろ、お利口さんが!!』
 叫ぶファルシオンはノートを破り裂き、今まで自分が積みあげてきたものを、一瞬にして打ち捨てた。
 教室に舞い散る断片を踏みにじり、やたらに喚き声をあげる。
 アクスは相手の暴挙に目を瞠り、身体を硬直させてから、激情を込めた右手で相手の頬を張った。
『うぉああああッ!』
 ファルシオンは床へと倒れると吠えるような声を発し、机をアクスに向かって蹴り飛ばしてくる。ファルシオンは怯んだこちらを黒板に叩きつけて、両の拳で理性のない殴打を放った。まわりの生徒たちが教員を呼んでくるまでのあいだ、アクスは相手に殴られ続け、病院に運ばれるほどひどい有様となる。
 ――そうして、アクスが病院から戻ってからは、親と屋敷の者たちの対応に、皮肉にも明らかな変化が見られた。
 決してこちら側に非があるわけではないのだが、このような騒ぎを起こす者はハルベルト家の恥さらしであり、一族の面汚しであるというのが、みんなの見解であったためだ。
 けれどアクスには、妙な期待を背負わせられることもなくなり、様々な経験を望めるようになったことは、かえってありがたいことだと言えた。
教育≠ゥら自由になれたので、鼻持ちならない相手とも顔を会わせずに済む。
 意気揚々と荷物をまとめ、経験を稼ぐには何をするのが効率的か考えながら、アクスは新たな居場所を求めて旅立った。
 自分が、本当にありたい場所。望ましい憩いの場所を求めて。


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