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作品名:★Freshness(フレッシュネス)★ 作者:鈴木翔太

第33回 33


 バスルームでの湯浴みを終えた幼子は、ロレーヌの手で頭髪を乾かされつつ、ドライヤーの熱風にはしゃいでいる。
「おとなしくして。動いていたら頭に当たるよ」
「♪」
 こちらに話しかけられ、幼子は嬉しそうに顔を向けた。
 くりくりとした大きな両目が、自分の容姿を映し込む。
「やんちゃっぽいのは、男の子だから仕方ないのかな?」
 神秘のベールに包まれていた、幼子の性別。その実態は、予想どおりの男の子であった。極端な口数の少なさから、女の子にしてはしゃべらなすぎると感じていただけのことだったが、予想が的中したのは気分がいい。
「わたしの小さい頃の洋服だけど、シャツとズボンだから我慢してね」
「……! ……!」
 ロレーヌが少々申し訳なさそうに言うと、幼子は素早く、二回頷いてみせた。
 勢いのある動作に、ロレーヌは自分とぶつかるのではないか、と心配になる。
 この子はどことなくフレイルに似ているなと、ロレーヌは思っていた。
 見た目ではなく雰囲気が、危なっかしい幼馴染の姿を連想させるのだ。
「あなたは大きくなったら、きっと格好いいよ。ジョニーズ系の顔してる」
「? …………??」
「ジョニーズ、わかんないか。クッキー&ショコラとか、好きなんだけどな」
 アイドルの話をされても、幼子はきょとんとした顔で瞬きをするだけだ。
 なんの話をされているかわからないのだから、こうなってしまうのは当然か。
「わたし、うるさい? 迷惑してる?」
「…………!!」
 つまらない話をしてしまったかと思い、尋ねてみると、幼子は首を大きく横に振って意思表示をする。明るい笑顔で、見る者を安心させる心配りも万全だ。
「そう、だったら良かったわ」
 ロレーヌは幼子の頭を撫でて、唇を綻ばせる。
 自分にもこういう可愛げのある年代があったというのだから、時の移ろいとは無慈悲なものである。
 子供の頃――か。
 幼子を撫で続けながら、ロレーヌは小さい頃の出来事を脳裏に呼び起こす。
 ロレーヌは、父親を不運な事故で失ったことが、とてもショックであった。
 父のことがとても好きでいたので、死んでしまったと聞いても、そんなことを信じる気にはどうしてもなれずにいた。
 そのうちにフラッと、なんでもない様子で家に戻ってくるのではないか。
 自分はそうした希望を持ち続け、夕飯時も『家族がそろうまでは』と、いつも遅れて手をつけていた。
 母親はこれに、いたたまれない気持ちとなったのだろう。
 母親は努めて明るい語り口で、『お父さんはお星さまになったのよ』と告げた。この苦しみを乗り越えさせるための、親ならではの気遣いからの言葉であった。
 だが伝えられた内容に、娘は母の意図とはまったく別のことを考えてしまう。
 父親が『お星さまになった』のだとしたらな、もしかしたら、また近いうちにどこかで出会えるのかもしれない、と。
 童女ロレーヌは流れ星というものを知っていたし、それらが地上へと落下して隕石と呼ばれることも心得ていた。
 しかも、なんの因果か――この当時は、地方都市アルシエロは歴史的にも稀な流星群が観測されるという話題でもちきりであり、ロレーヌはこれに強い期待を示していたのだ。
 まさに子供の発想、である。死んだ人間に会えるなんてあるはずもないのに。
 夢見がちな幼少期を振り返り、ロレーヌは自嘲した。
 結果として幼馴染までも巻き込んで、夕闇のさなか街外れで迷子になった事の顛末を思えば、こうした反応となるのもやむなしなのだが。
「ロレーヌ、ロレーヌ? おっ、そこか!」
「フレイル。ダグラスさんとの話は、もう済んだの?」
 横顔を覗かせて、こちらに近づいてくるフレイルに、ロレーヌはドライヤーのスイッチを切り、言葉を返す。
 彼が現れるなり、幼子は嬉しそうに足元まで駆け込んだ。
「そうとも言えるし、違うとも言えるかな。なんか一方的に中断させられてさ」
「そうなんだ。この子のこと、役人さんに伝えてるのかもね」
「わかんないけどな。だけどダグラス、その手の知り合いと話すみたいだから、おチビを放っておきはしないはずだぜ」
 そうした点において、ふたりの認識は共通していた。
 副所長は社会奉仕の精神を大前提に行動しており、少年少女のより良い豊かな生活をいつでも応援している。ダグラスとあろう者が、現状に窮している幼子を捨て置き、個人的な思惑に則って行動しているわけはない。
「あと少しの辛抱だぞ、おチビ。お前のことは必ず助けるからな」
「♪」
 フレイルに話しかけられると、幼子は喜ばしげに頷き、微笑んだ。
 この子は彼を好いているようで、短い足でぴょんぴょんとそばを跳ねまわる。
「ああ、そうそう。来る途中にこんなの見つけてさ。お前、やってみるか?」
 彼は自身も笑いながら話しかけ、ジーンズのポケットから何かを取り出した。それは低価格で販売されているシャボン玉キット。子供の遊び道具には最適だ。
「………………?」
「へへっ、見てろよ。こうやって遊ぶんだ」
 少年は手馴れた様子で準備を始めると、石けん水からシャボン玉を作り出し、部屋のなかにひとつ浮かべてみせる。幼子はこれに目をまんまるにして驚いて、ロレーヌは懐かしい遊びだと、目元を緩めた。
「ほらっ、次は自分でやってみなよ。面白いぞ」
「……っ……! ……っ!」
 フレイルに薦められるまま、幼子はすぐにこの遊びに飛びついた。
 一生懸命に息を吹き出し、たくさんのシャボン玉で部屋を埋め尽くしていく。
 空中に漂うそれらを見て、幼子は琥珀色の眼をパッと輝かせた。シャボン玉に映る表情も合わさり、その輝きは十倍増しである。
「うっし。それじゃ、次はもっとデカいの作ろう。こっちのヤツを使うと……」
「フレイル」
「ちょうど風呂場だから洗面器があるよな。そっちに石けん水を移して……」
「フレイル。聞いて」
 幼子に負けないくらいに遊びに夢中になっているフレイルの肩を、ロレーヌは軽く掴んで声をかける。フレイルはやっと気づいたようにこちらのほうを見て、心底楽しそうな表情を向けながら口を動かした。
「どうかしたか、ロレーヌ。あっ、お前もやる?」
「わたしはいいよ。そうじゃなくって」
 しゃべっているロレーヌの顔を、フレイルも幼子もきょとんと見つめてくる。
 こちらは、やはりこのふたりは似ているな、と内心で笑みをこぼした。
「この子、何か呼び名が必要だと思うの。ダグラスさん、少し時間がかかるかも知れないでしょ。それまで、『おチビ』だとか『ぼく』じゃあ困らない?」
「名前かぁ。確かに不便だもんな。言われてみれば、そういうのが必要だよな」
 ロレーヌの言うことに、フレイルはふむふむと頷く。
 たぶん、この幼子にも、れっきとした名前があるのだろうけれど、仮の呼称を用意しておくのは悪くない考えだ。いわゆるニックネームというものである。
「となれば、いい名前を考えなくっちゃいけないよな。この子に似合うヤツを」
「うん。そこで提案なんだけど、あなたは小鳥を拾ったことがあったでしょ?」
「小鳥って、怪我して巣から落ちてたから、昔に助けようとした白いの?」
「そう。珍しい白い烏のことよ」
『お星さま』の父との再会を願っていた頃、フレイルは両翼を怪我した白烏を、自宅に連れ帰って助けようとしていた。本来の機能を取り戻すために添え木し、五日間ほど自室で面倒を見ていたのである。
鮮度≠フ申し子としては、飛行できるようになるまで経過を見届けたかったのだろうが、両親から親元に早く返してあげるべきだと言われ、考え直した少年は白烏を森に帰すことにしたのである。
「あの時は大変だった。鳥を返すついでに、お前も森に行きたいっていうから」
「それは……うん、迷惑かけたよね?」
「迷惑だなんてとんでもないさ。あれは俺の初めての冒険なんだぜ、楽しくってしょうがなかったよ」
 フレイルはニッと顔に笑みを飾ると、幼子に目を向け、指先で額をつついた。
「あの小鳥の名前、なんて言ったっけなぁ。その時は、まだ鮮度≠ノ目覚めてなかったんだよ。今なら絶対に覚えてるのに!」
 指を鳴らして頭のなかを探っていくフレイル。ロレーヌは彼に向けて静かに、
「――リタ。確かあなたは、あの小鳥をそう呼んでいたと思うけど」
 と、確認をとるために言葉を投げた。
 フレイルが両手で包み込むようにした白烏へ、何度も話しかけていた様子は、脳裏に克明に記録している。その名は、リタというもので間違いがないはずだ。
「そうだった、リタだよ。そう呼んでたんだ」
 口のなかに引っかかった魚の骨が取れたように、彼は大げさに頷いてみせた。
「思い返せばあの時から、俺は空を目指していたんだな」
 上機嫌に何回も首を縦に振るフレイルに、ロレーヌは「あっ」と思った。
 フレイルが空を志すと決めた情景を、ロレーヌは片時も忘れたことなどない。
 なぜかといえばそれは、自分に対して誓ってくれた想いに、感動したからだ。


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