小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:★Freshness(フレッシュネス)★ 作者:鈴木翔太

第32回 32

「わかった。この子のことは、ひとまず任せて」
「うっし。ありがとう、恩に着るぜ」
 浴室に向かっていくロレーヌに、フレイルは右の拳を握って礼を述べた。
 それから、さっきまで幼子が座っていた長机の椅子を引いて、腰をかける。
 そのまま話を進める気でいたが、ダグラスが幼馴染の背を見つめているので、副所長の準備が整うまでしばらくのあいだ待つことにした。
「フレイル。お前はロレーヌちゃんにどれだけ面倒かけるつもりだ? おい」
「俺だって、埋め合わせしなきゃならないと思ってるよ。大事な幼馴染なんだ」
「『思ってる』だけじゃ意味なんてねぇぞ。今度、デートにでも誘ってやれよ」
「で……、デートぉ!?」
 ダグラスからの予想外の言葉に、フレイルは椅子から立ちあがらせられた。
「なんだよ、気づいてないとでも思ってたか? お前、あの娘に――」
「待て待て、いっぺん口を閉じてくださいって!」
 ダグラスが声音に出そうとすることを、フレイルは右手を突き出して止める。疑うまでもなく、言おうとしたことは、この胸で迸る想いに相違ないのだろう。
 しかし、そうは言っても、そんなことをベラベラ軽はずみにしゃべられては、こちらとしては心穏やかではいられない。
 というかむしろ、いつの間に気取られてしまったのだ?
 これまで誰にも口にしたことなどはなかったはずだぞ!
「冴えない面だな、フレイル。うまく隠してるつもりでいたか?」
「だ、だってさ、俺は一度だって……」
 なんだか気恥ずかしくなってしまい、フレイルの声は小さくなっていく。
 自分はそんなにわかりやすい奴なのかと、顔のまわりが熱くなってくる。
「言わなけりゃバレないってもんでもねぇ。――そうだな、ナタル」
「ま〜〜ね。普段あれだけ目で彼女のこと追ってれば、気づく人は多いでしょ」
 フレイルの羞恥をよそに、ダグラスとナタルは言葉を交えた。
 そばでやりとりを目にしているふたりが言うのだ。おそらく事実なのだろう。
 だが自分に、そのような認識はなかった。みんなと大差なく接しているつもりだった。
「――――ひょっとして、アクスも気づいてんの?」
 確認のために尋ねてみれば、ふたりは意味ありげに微笑する。答えは明白だ。
 フレイルは相手方の反応に左手を顔に押しつけて、溜め息を吐き出した。
「それならそれで、逆に一言ほしかったぜ。なんで黙ってたんだよ」
「俺が黙ってるあいだに、お前が動くと思ってたからな」
 ところがどっこい、とダグラスはサングラスの位置を直す。
 その奥にある赤い瞳は、どこかバカにしたような視線をこちらに送っている。
「お前が予想以上に煮え切らない奴だから、こっちからケツをどやしつけようってわけだ。彼女のほうだって、お前を憎からず思ってるみてぇだしよ」
「見っともない真似すんなよ、ダグラス。俺とロレーヌのことは口出し無用だ。外野は黙っててください!」
 フレイルは頭をガシガシとかいてから、仕切り直すように深呼吸する。
 自分がしたい話はこういった類のものではないのだ。
 自らの恋路なんかよりも、ずっと大切な話題が残されている。
「そんなことより、あのおチビのほうが大変なんだ。こっちを聞いてくれよ」
「あ〜〜ら、自分の幸せより大切なことなんてないわ。自分が誰より一番!」
「あのさ――さっきから、お前は何がしたいんだよ!? ナタルッ!?」
「やぁだぁ、怒らないでよフレイル。あたし、泣いちゃ〜〜うっ」
 またも茶々を入れてくるナタルを一喝してやれば、泣き真似をしながら身体を折りまげて、彼女は縮こまるような体勢になる。
 だがしかし、自分とダグラスがこうした様子を白けた目で見やるので、彼女はいささか不機嫌に長机を下りた。
「……あんたたち、以前はもっとあたしにやさしかったのに。ひどくない?」
「いつでも相手するわけじゃないからな。無視するときは無視させてもらう」
「結婚して数年経った嫁か、お前は。そもそも、やさしくした覚えもねぇよ」
「ふん、そうですかそうですか」
 拗ねたようにつぶやいているナタルの相手はせず、ふたりはそれぞれ逆方向に首をまわして、両肩の凝りをほぐす。
 そしてたがいの顔に目をやって、話題を別のものに移行させた。
「あのちっこい子供は、ニルゴア森林で拾ってきたんだったな?」
「おう。妙な話だろ、あんな場所に子供が一人だけなんてのはさ」
 フレイルは真面目な顔をして、真剣そのものに口を動かしていく。
 幼子の安全な保護こそが、今の自分のいちばんの目的だ。子供は子供らしく、幸福な時のなかにあるべきなのだ。そのためならなんでもする。
「それに俺、ニルゴア森林でおかしな木を見たんだ。金色に光っているヤツ」
「金色に光る木……?」
 ダグラスは耳にした言葉に、静かだが確かな反応を見せた。
 サングラスを外して、強い意志の宿った瞳を、こちらへと差し向ける。
「その木、ほかに変わったとこなかったか。たとえば、動物が近くにいたとか」
「動物? いや、そんなのはいなかったけど」
 ああでも、とフレイルは言葉を続けた。
 目にした出来事はなるべく、たくさん相手に伝えたほうがいい。
「その木さ。ただ光っているだけじゃなく、光が色々な動物の姿になったんだ。それでいよいよ眩しくなったと思ったら、いつの間にか、あの子が地べたに横になっていたってわけ」
 身振り手振りを交えて説明すると、副所長は目元を険しくさせ、考え込むように視線を落とした。
 聞かされた物事に対して何か知っているように思われたが、フレイルは相手が言葉を返すまでのあいだ、口を噤んだ。雄々しい風貌をしているが、ダグラス・スパルタンはこれでいて、思慮深い側面をもっている。彼が決定を下すまでは、口出し厳禁だ。
「――フレイル。その場にはお前とあの子以外には、絶対に何者もいなかったと断言できるか?」
「できるね。俺とあいつ以外には、鼠の一匹だっていなかった。……そもそも、森に入って木が生えている地点に行くまで、獣にまったく出会わなかったんだ」
 自分の言うことに頷いたダグラスは、サングラスをかけ直して背を向けた。
「お前、とんでもねぇモノを拾ってきたのかもな。お前なんかの手には余るぜ」
「俺の手に余る……? ダグラスは、あいつのこと知ってるのか?」
「まだそれも謎のままだ。俺はちぃとばかし、昔馴染みに用事ができちまった」
 背を向けた姿勢のまま、ダグラスは冗談のひとつも差しはさまず、フレイルに堅い口調で言葉を投げる。
「あの子、しっかり見ておけよ、フレイル。間違っても気を損ねるんじゃねぇ」
「…………泣かせたりしたら、どうなるんだよ。あいつはなんなんだ?」
「不確定な話をするのは嫌いだぜ。聞いた奴らを不安にさせるからよ……」
「――おいっ! 話はまだ終わっ……!!」
 いかなる問いかけへも返答することをしないままに、ダグラスは歩き出した。
 それきり何も言うことはなく、昔馴染みとやらと連絡をとりに行ってしまう。
 悔しくなって両手の拳を握りしめ、フレイルは絞り出すように声を発した。
「どういうことだよ。ちっともわからない……」
「ダグラスの奴も、あんたと変わらない状態なんじゃないの?」
 思わずこぼした言葉に、ナタルは両手を首の後ろにまわして応じる。
「自分自身がわからないことを、誰かに対して教えられるわけないじゃない? そんなことしたら謎は余計に膨れあがって、不満だって増大する」
 あんた、古典文学を読んだことある?
 と、ナタルは人差し指を立てて、横に振るって見せた。
「『自分の知ってる以上のことは語るな』。あいつは、この言葉を実践したの」
「……わからなくたって、ある程度のフォローくらいはできそうなもんだろ」
「あいつがぁ? それは期待のしすぎよ。あいつ、そういうの下手そうだし」
 彼女はそう言って笑ったが、今の自分はそれにつられて笑う気にはなれない。
 フレイルは、ダグラスと自分を、対等な関係にある同士だと思っていた。
 けれど、相手側はこちらをそのように見てくれていなかったのだとわかって、それがとても悔しいのだ。
「案外、男心も複雑なのねぇ」
「へん、悪かったな。どうせ俺は子供だよ」
「ちょっとちょっと、八つ当たりはナシよ。飛び火はご勘弁!」
 火の粉が飛び移るのを防いでいるつもりなのか、ナタルはファッション雑誌で自らのまわりを無茶苦茶に扇ぐ。
 ナタルのそうした所作がとてもコメディチックなので、フレイルは図らずも、この仕草に笑みをこぼしてしまった。
「ナタル、お前って本当に面白いな」
「笑いのツボも大事な要素(ファクター)。モテたいあなた、ギャグを極めよ!」
 幻視したディスプレイに向かい、ナタルは指を鳴らして微笑んでみせる。
 相手の気分やその場の雰囲気まで、彼女にかかれば容易に操作できるらしい。
「助けられたよ。ナタルって、思いのほか癒し系なんだな」
「あたしに惚れるなよ? Baby?」
「それはないから安心しなよ」
 微笑みを浮かべて、ロレーヌと幼子が向かったバスルームのほうを見やる。
 シャワーを浴びるくらいなら、これまでの時間でじゅうぶん達成できたはず。
 幼子は自分のことがお気に召しているようであった。ご機嫌を保つためには、自分ができるだけそばにいて、遊び相手になってやったほうがいいだろう。
「どれどれ、あの子は男か女か。ロレーヌに教えてもらうかな」
「そんなことせずとも、あたしは答えを知ってるんだけど? 安くしとくわよ」
「歩いて行けば、すぐにわかることだぜ? 無駄な金は払いたくないね」
「気前悪〜〜い。感謝してるんじゃないのか〜〜」
 ナタルはブーイングを口にする。
 けれどおそらくは、こう言い返されるとわかっていながら、わざと今しがたの言を述べたのだろう。フレイルにも段々、ナタルの性格がわかり始めてきた。
「まぁ、いいや。ロレーヌに会いたいなら、さっさとバスルームに……――」
 ナタルは、自分を後押しする言葉を口に出そうとして、けれども、考え直したように声を途切れさせた。
「どうかしたか、ナタル」
「あー……うん。ちょっと聞いていい?」
 ふざけた様子もなく、ナタルは声音を連ねだした。
 彼女には、先ほどの説明で気にかかっている点があったのだ。
「あんた、なぜあの子のこと、『人間じゃないかもしれない』と言わなかったの? あたしの話、やっぱり信用できなかった?」
「いいや、俺はお前の話を信じてるよ。あんな話をパッと思いつくはずないし、嘘っぱちなんか話しても、お前は何も得しないじゃん」
 フレイルは、ナタルの言うことに真顔で返答し、軽く頭をかしげる。
 どうしてそんなことを尋ねるのかが不思議だったのだ。疑いをもたずに信じた事柄に対し、なぜ相手は訝しむような言動をとっているのだろうか。
「なら、そのことをダグラスに言わなかった理由はなんなのよ? そうすれば、あいつ、核心に迫った内容について喋ったんじゃない?」
「うーん……それは少し違うだろ。ダグラスにそれをしゃべることは、そもそもあっちゃならないことなんだしさ」
「なんで話しちゃならないんだっちゅうの! あんた、やっぱり――」
「違うって言ってるだろ。興奮するなってばさ」
 どうどう、とフレイルは両手を動かしつつ、口をはたらかせる。
 ナタルはこの仕草に口を噤んだが、その目は納得がいっていないようだった。
「お前、あのとき言ったろ? 『あんただから話す』って。だから、あいつには言わなかったんだ」
「……は?」
「信頼って鮮度≠ヘ、特に扱い方を気をつけないといけないからな。軽々しく見せびらかしてたら、すぐに腐っちまう。だから俺は、大事に取っておくんだ」
 こちらの言うことに、ナタルはハッと驚いた面差しとなり、息を詰まらせる。
 会話にけりをつけるべく「説明終わり!」と告げて、自分は両の足を動かし、この場から去る。
鮮度≠ニいう概念は用法が厳守されてこそ、価値のあるものなのだ。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 227