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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第94回 94


 クラスターは、持て余した退屈な時間に辟易していた。
 宴席に微塵も愉楽を見いだせないことは毎度のことだが、ここまで意味のないやりとりの場には、これまでの人生で出くわした試しがない。
 三組織が口にする質問は程度が低く、質も劣悪というほかなかった。
 低俗な問答に付き合う弟子の姿。その健気さは涙を誘うほどである。
最高の名医≠フ息子と知れた途端、幹部たちは趣の異なる言葉を投げかけた。医療知識は人体構造に深く関係しているためだ。
 毒物の検出率を下げるためには、いかなる準備がいるか?
 男性脳と女性脳はそれぞれ、どのように秀でているのか?
 経穴刺激による身体強化は相乗効果を望めるであろうか?
 などといった、実戦のための知恵を授からんと、幹部らは唇を上下させる。
 されど、面々が尋ねる内容には、明らかに既知しているものも含まれていた。
 みんなはこぞって、クレメンツの学のほどを確かめているつもりなのだろう。
 弟子の頭脳の明晰ぶりは、とっくに〈異名者〉が調べ上げているというのに。〈狂公〉が思いつきだけで〈新神〉候補を選考したと思っているのだとしたら、ブレイゾンシュタットの裏稼業人の性質は勘頼りの博徒にも等しい。
「トムー? かくれんぼをやめて出てきなさい、トムー?」
 彼女も暇な時を過ごしていたのだろう。メアリーは視線をさまよわせながら、あたりにくまなく注意を張りめぐらせ、二階から下りてくる。
 お目当てのトムが鈴の音を鳴らして、グロックの背について回っていることを視認するなり、メアリーは眉をしかめ、両手を腰にやった。少し前かがみの状態となったあと、納得がいかないという物帳面で嘆息する。
「上の階を何回も見まわしたのに、下にいるってどういうことよ。もぅ……!」
 クラスターが放した直後、黒猫のトムは四足歩行で階段を駆け上がっていた。彼女は、あのままトムが戻らず仕舞いだとふんでいたらしい。
「猫におちょくられる人間がいるはずはねぇ。そろそろ星に戻れ、エイリアン」
「母星の暮らしは飽きたの。あなたを近くで見つめているほうがずっといいわ」
 突拍子のない戯談に応じたメアリーは、口の端を持ちあげる。
 存外、この女の生まれ故郷は本当に違う星なのかもしれない。
 信じられないほどに歩調を同期させることのできる、メアリーの鋭い洞察力。それが人間でないからこその神通力だというのなら、後顧の憂いも解決される。
「……女。面を貸せ」
「お誘いなら喜んで」
 間髪入れずに返事をした彼女を、人気のない二階の突き当りまで誘導した。
 壁際に追いやり、覆い隠すように逃げ場を塞ぎ、右手で彼女の衣服を乱す。
 わずかな驚きの色が浮かんだが、それも数秒のこと。
 メアリーは信頼を寄せた微笑みののち、力を抜いた。
 行為を拒むことなく、受け入れんとする意思表示だ。
 仮に人間とは別の何かだったなら。もっと単純に済ませられた。
 ためらうことなく奪えたのだろう。ほんのわずかな付加価値を。
 実際のところ、抵抗する意思なくば、もぎ取るのは造作もない。
 出会った当初の彼女に思いの丈を撃ち、楽になる道もあったのだ。
 であるというのに、ずるずると関係を引き延ばしているのは……。
 この苛立たしい相棒の存在を。抜け落ち、欠けてしまった安らぎの代価として重宝しているため――かもしれなかった。
「言いつけどおりだな」
 五本の指先にて触れた、冷ややかで固い感触。
 自身の鼓動がいささか早まったのがわかった。
 立ち昇る微熱に息を吐き出して、メアリーの着衣から銃器を取り外した。
 中身を検めると、かつてと同じ、美しい構造が艶めかしくも露わとなる。
「使い物になるんだろうな。女」
「疑うなら、確かめてはどう?」
 挑発的な発言を受け、メアリーの余裕を崩したくなる衝動に駆られた。
 精神の動きは視えても、身体の動きは視透かせないのが彼女の限界点。
「腐りかけの脳から出たとは思えねぇ、いい考えだ。この場で使うか?」
「今夜のあなたは特別、機嫌がいいのね。ストレイシープ絡みかしら?」
 喜びを満開に花咲かせるメアリーは、穏やかな風情で両目を細める。
 これを都合良しとして、マスターから預けられ、彼女に託した「終の銃」を、自らの顎下にすべらかに潜り込ませて引鉄に指をかけた。
 彼女の表情は、ほとんど瞬時に、緊迫へと切り替わる。
 細腕には似つかわしくない力業で、メアリーは「終の銃」の銃撃目標を移し、天井に舞い上がる弾丸を見送った。
 突発的な奇行に動転したメアリーの腕へ触れ、激しくなった脈拍を数える。
 さすがの彼女でも怒り心頭に発したかと思われたが、彼女はこちらを見やり、「良かった……未遂で済んで」と汗を滲ませながら言うだけだった。
 どこまでも芯の揺らがない一貫した対応は、評価せざるをえない。
 天主の愛のもと平等とされる、命という名称のほんのわずかな付加価値を。
 自殺を罪科とする宗派の教えから誠実に護る姿は、聖職者のそれであると。
「負けず嫌いもいいけど、自分の命を軽く見積もらないで。弟子が泣くわよ」
「――――あいつは、そこまで脆いガキじゃねぇ。だから傍らに置いている」
 メアリーの戒めの言葉へと、脳裏に浮かんだ疑問を滅却し、口早に応答した。
 オマエは涙しないのか。などという問いかけは、クレメンツに群がる三組織の幹部ら以上に低俗なものだ。


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