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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第92回 92


   O.O.S.『EGOISM』

 冷徹かつ迅速に。
 巧妙かつ大胆に。
 進軍の手を緩めることなく、フレシェットは、ただ前進制圧の構えをとる。
「左右より現れ出でよ! 挟撃にて敵を打ち滅ぼせ!」
 あえて自衛地まで撤退させていた小隊を使い、乗り込んできた者たちに伏兵による兵力差を見せつけるべく、研ぎ澄まされた紫電を煌かせる。刀剣の光輝は、それ自体が殺傷能力を持つかのように相手方を怯えさせた。
 肌身を斬り裂かれる激痛に凡下のうめき声がこだまする。
 返り血が何滴か頬を濡らしたが、かまわずに次なる指令を出した。
「弓兵隊は定位置へ! 足を止めた後続を射止めろ!」
 統率のとれた行動で拠点の上方に整列する配下。
 挟撃に臆した敵兵たちは、今度は死を予感した。
 望みを失くした顔貌の下方、かすかに動いた首級を目がけ、最期の雨が降る。
 矢が突き刺さる音は、意外に思われるほど軽い。
 これが命の音だとすれば、あまりに軽薄である。
 崩落の氷雨が降りしきるなか、フレシェットは前方に踏み出した。
 弓矢の軌道は背後からでも読み取れる。
 剣と盾を用い、身を守りつつ進み出る。
「数日ぶりかな。異国の名手」
 特別、親しみを込めるでもなく、敵大将に挨拶なす。
 どういうわけか、相手はこぼれ落ちそうなくらいに目を剥いている。
 急な方向転換ではあったものの、交戦はすでに決していただろうに。
「すまないが、これが俺の答えだ。土へと還ってくれ」
 処刑剣サマエルを閃かせ、こちらが告げた言葉に、敵大将は発狂した。
 なにやら叫びをあげて、乱雑に長剣を放ってくる。
 フレシェットは、憐れみを以てこの剣を受け止めた。大盾ルシファーは放り、四合の斬り合いで相手を地に沈め、命乞いを聞かずに斬首する。
「〈双神〉の不利益は、俺の不利益。あの二人の為すことは邪魔だてさせん」
 当初の目論見とは違ってはいるが、これで〈双神〉の領土は拡大した。
 戦闘での昂りを冷まそうとする粋な計らいか、空から本物の雨がざあざあと、地を清めるべく注がれる。
「………………」
 雨粒の勢いに香る泥土の臭いを鼻腔に嗅ぎながら、フレシェットは、奥底から喚起される愚行の一部始終を視ていた。
 あの日にも、空は悲観に涙を流し、その感涙を祝福と誤解した蒙昧は、必勝を胸裏に誓って猛然と進撃していた。
 自身よりも知恵に秀でる者はなく、強固な軍を築ける人徳を有する者もなく、混迷する暗黒街を治められるのは己のみだと過信した阿呆には、相対する猛者の落ち着きぶりすら、感情の凍結によるものだと思えていたのだ。
 しかし、〈双神〉は初めから本気で指揮を執ってなどはいなかったのである。
〈電光のウェッソン〉と〈魔銃のスミス〉は、フレシェットよりもさらに周到であり、空間認識能力も高かった。我々が相手をしていたのは、尖兵ぞろいの斥候に過ぎず、実力を備えた本隊と呼ぶべき者々が砦に集っていたのである。
 敵方の情報をおさえていたつもりが、間諜兵を組織に潜入させられ、こちらの手の内は〈双神〉に筒抜けとなっていた。ふたりを確実に撃破するため、軍団を力量特化で選考していたことが裏目に出た形だった。
〈双神〉はわざとフレシェットを砦へと侵攻させることにより、自らの圧倒的な才覚と戦略を披露する。いかに斥候部隊とはいっても、部下たちは戦いに体力を消耗している。そのうえ、頭のなかは幻の勝利に酔いしれている慢心状態だ。
 このまま――砦に流れ込めば、全軍は粛清される。
 連絡機能を絶ったことが己自身の首を絞めていた。
 工作部隊に復旧させようにも、そのような暇を双神@シ名があたえてくれるわけがない。市街全域の電線をいじくりまわすのは大仕事だ。ましてや、両名が工作隊を見過ごすほど慈悲ぶかいようにも思えない。
『――――この首を刎ねたければ望みのままに! されど、部下たちの命だけはご容赦願いたい! この願いが聞き届けられるなら、俺は喜んで死を選ぶ!』
 傅いた自身へと、〈双神〉は忠節の礼を求めた。
 宣誓を告げ臣従すれば、部下の生命を救い、今回の動乱を不問とすると。
 迷う理由はなかった。志を共にするみなを、見捨てるなどできはしない。
 フレシェットは、持ち得るすべてを〈双神〉に捧げると決めた。
 それが己自身の夢である、暗黒街の安寧のためであると信じて。


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