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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第90回 90


「さぁて、着いたぞ。もう荷を下ろすといい」
 渾が蝋人形の館の扉を開くと、幹部らが息をはき出し、重量から解放される。
 短髪の少年はふたつも荷物を運んでいたので動けず、床の冷たさに頬を緩め、散漫なだらしのない顔になった。長髪を右耳の後ろにかきわけた少女は、そんな彼の姿に視線を厳しくさせ、荷物をエントランスの脇まで引きずる。
「煉(レン)。出席者たちの邪魔よ。立ち上がって」
「頼む、佩(パイ)。ほんのちょっと寝かしてくれ」
 床に吸い付いたかのようになっている煉の言葉に、佩は両腕を組んで応える。
「いいわ。――はい、終わり。立ち上がって」
「短いな! 休ましてよ、たーのーむーっ!」
「うるさいわね。『ちょっと』休んだじゃない」
 腕の力を使って上体を起こした煉の反発を、やや苛立たしげに佩は受け流す。
 渾は幹部ふたりの会話へ楽しく耳をかたむけ、宴に盛り上がる面々を眺めた。
 風の便りに伝わる新入りは、観客をもてなしている。
 余興から目が離せない組織のみながため、言われるまえに食事と飲料を補充。手が汚れればテーブルナプキンを手配。魚の小骨などといった余計な物は処分。
 飲食店で勤務したことがあるのか、新入りはなかなかどうして、手際がいい。
「あれがお前の弟子のクレメンツ君だろう? 目上の者への心掛けは天晴だ」
「うん? ああ、まぁな。上下関係ってのは、キッチリさせとかねぇとだろ」
 話しかけられたブリッツは、手品に魅入られた愛娘を送り出し、返答する。
 子供はどこに行ってもウケがいいもののようで、裏稼業人の輪は、ベレッタを手放しで迎え入れた。
「李(リー)にも会わせてやりたかった。小僧とは仲良くなれたと思うぜ」
「だろうな。あいつもお前と同じで日本文化を好み、礼儀を重んじていた」
 渾の部下でありブリッツの友人だった李は、依頼を果たせずに他界している。
 武闘派という共通項から蒼とも友人関係であり、〈斬鬼〉なる異名をブリッツが〈双神〉より授けられたことへの陰の功労者でもあった。
「…………しょっと!」
 ふたたび這いつくばっていた煉が、床を思いきり蹴って、いきなり起立する。
〈ドラゴン・フォース〉全員がおそろいで着込んでいる華服古装をはためかせ、バキバキと身体じゅういたるところを軋ませたのち、ゆっくりと息をはいた。
「ながい休憩、終わった?」
「ながくはないだろ? それはともかく、組み手に付き合ってくれよ。佩」
「いいわ。泣かせてあげる」
「それが目的みたく言うな。俺は、佩や師父、ほかの誰より強くなる男だぜ」
 言い終えるなり、煉は館の奥へと向けて走り出す。
 なぜ走るのだ、といった顔で、佩はあとに続いた。
「死んじまっても、何も残らないわけじゃねぇか。李は煉のなかに生きている」
「うむ。あれは結構いい男だぞ。勢いが良すぎるあまり、躓きやすくはあるが」


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