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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第9回 9


〈魔銃のスミス〉が用意した試験会場≠ヘ、人目がつかないよう地下にある。
 地下水道施設を無許可に改築、拡大させた仮設所は、ときおり流れ込んでくる悪臭さえ無視すれば、なかなか住み心地のいい空間に思える。
 もっとも、それは本質を重視する者たちにのみ適用される認識であり、常人にすれば冗談ではないと一蹴されても仕方のない場所であったが。
 ブレイゾンシュタット南住居区第八通りに施された浄水場、そこより程近くにある点検管理用の下降梯子を伝い、この場所に降り立った蒼とデリンジャーは、スミスを目指して歩を進ませていた。
「ヴェイグ。突然だが、知っていたか?」
「あーはん? 何を?」
 ふざけた調子で応えるヴェイグ・デリンジャーに、しかし、ひとたびの怒りも覚えずに、蒼は口をはたらかせ続ける。
 デリンジャーが悩み深きものを抱えていればこそ、軽薄な男と見せかけることは知っていたし、デリンジャーもまた、蒼がそうした性質をおさえていてくれることをわかっているのだ。
「おまえの眼、最近では随分と有名になっているらしい。どうやら、新たな異名が形成されつつあるようだ」
「ほぇ〜〜、もう〈狂公〉っていう呼び名が定着してるのに? 私らのなかにも次から次へと、よくもまぁポンポンそんなものを思いつく輩がいるもんだ」
「同感だ。そんな暇があるのなら鍛錬に励めば良いものを。……だが、そうした者たちのおかげで、こうして話題に事欠かずに済む。面白いものだな」
「ふふ、なるほど。言えてるねぇ」
 話し合いながら、デリンジャーは両手で何かを組み立てていた。
 芳しいほどの照明にめぐまれることのない、拡張された回廊の直中において、彼は迷いなく正しい箇所に、あるべき部品を繋いでいく。
「そうでなくとも、その義眼は『悪魔の眼(イーヴィル・アイ)』などと呼ばれている。おそらくは、それをもじった名を与えられることになるだろう」
「でぇえっ、そんなふうに呼ばれてたのか、コレ。私のように敬虔あらたかな男をつかまえて、よく言ったものだね」
 カチリッ、という音を水路に響かせて、最後の部品が噛み合った。
 デリンジャーの手指のなかで組み上げられたそれは、武骨なことこの上ない、必要以上に大型の戦斧である。断頭、断砕に特化した刃の表装には、祈るように目を閉じた乙女の意匠が施されていた。それまでの仕事によって浴びた鮮血が、行き届かぬ手入れによって凝り固まり、あたかも悲劇に涙しているようだ。
 視線を落とせば、持ち手には茨を模した彫刻が刻まれている。持ち手よりのちに続く鎖も、茨の延長上にあるかのごとき造形だ。
 信仰心のもとに幾千幾万の勇士を打破せしは、群雄をたばねた聖なる愚か者。羨望と畏怖、そのどちらも現代にいたるまで語り継がれし時代の華。ジャンヌ・ダルクの名を冠するこの殺戮の牙は、かつて罪人の首級を刈り取るため使われた装飾武器。つまり元来は、然るべき裁きを下すための神聖なる器具である。
 それが何をまかり間違ったことか、正道を歩むには程遠い道化の手に収まっていることを、戦斧そのものはどう捉えているのだろう?
「此度はそれを使うのか、ヴェイグ。聖なる乙女を以て若きの真価を計る、と」
「『計る』ってのは違くないかい、蒼ちゃん。アンタにも予想はついてるはずさ」
 白刃に自らの顔を映しこみ、こちらの表情を見ることもなく、彼は口にした。
「この仕来たり自体は古臭くってしょうがない。今のままじゃ余計な屍が増えるだけだ。私が今回、引き受ける気になったのは――」
「みなまで言うな。おまえという男の義理堅さは、俺とて知っている。スミスと顔を合わせる最後の機会かもしれないから赴いたのだろう?」
 食ってかかるかのように舌を躍らせるデリンジャーへ、静かにかぶりを振り、さえぎるも同然に語りかける。
「しかし、現在の我らは武功、力を示した者こそが法をつくる。元締めの決定は絶対だ。何人もそれを覆すことはできない」
「………………」
「だから、この仕来たりが重要なんだ。試験≠超え、新たな法を成す者が」
「そんな気概にあふれる奴が、辛気くさい下水道になんか集まるかよ? 此処におとなしく収まっている時点で、受験者≠フ器は計り知れたも同然さ」
 相棒は、脱いだ帽子で戦斧に彫られた女性の美貌を拭い、短い嘆息とともに、それをかぶり直す。
〈魔銃のスミス〉と〈電光のウェッソン〉。
 この地で最初に異名を授けられた生ける伝説、俗にいうところの〈双神〉は、近頃ろくに周期を空けず試験≠催している。彼らの目指すところは明快で、そのためには、若く強い使い手が必要不可欠だった。
 なおかつ、選ばれる使い手はたったひとりであるほうが、より望しい。
〈狂公〉。〈破拳〉。〈斬鬼〉。〈征覆者〉。〈変貌〉。〈鋭華〉。
 そして〈双神〉にすら比肩する新顔(ニューフェイス)。
 いわば暗黒街の新人ならぬ〈新神〉を探し出すことに、スミスとウェッソンは躍起になっているというわけだ。
「ヴェイグ」
「んぁ? あたくち、別にもう文句はタレねーことよ?」
「そうか。だったら、何も言うまい」
 こちらの呼びかけを背に受け、デリンジャーは次なる思想に耽っている様子。
 相棒ながら、ときおりデリンジャーの考えは、蒼にすら読めないことがある。


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