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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第88回 88


 いちど自宅へ引き返し、服装を整えたブリッツは、五度目の溜め息をついた。
 裏稼業に専念する以前から知れていることであり、いまさらではあるものの、かしこまった衣類というものが、自分にはどうしようもないほどに似合わない。
 足を進ませる街の先々に見られる、店内を透かした陳列窓に映ったブリッツのたたずまいは、服を着ているというより服に着せられているといった風情だ。
 いっぽうで、娘であるベレッタはどうであろうか。
 可愛い淑女は、名高きイギリス貴族の流れを受けたブリガディール家の血統に裏打ちされた美貌より民衆を眩耀させ、偉観を見る者に感じさせる。
 ブリッツとベレッタの立ち姿は、年齢や背丈の差異があろうとも、王族と賎民ほどの気品の溝を視覚的に設けていた。
「ベレッタはこういう服も似合うよな。どんなものでも着こなしちまうもんな」
「パパだってキマってるよ。あんまりスーツを着ないからシンセンだ」
 祭事のために購入した紅色のドレスをしわにならないようにと気遣いつつも、ベレッタは振り返った。ドレスと同色の結い紐でまとめた髪の両端が揺れる。
 いつかは父親の手を借りることもなく、自力で小奇麗な礼装を身体にまとい、同年代の若者たちと煌びやかに過ごす日も来るだろう。
 ずっと先の出来事と考えたくなるが、子供はすぐに大きくなっていくものだ。女の子ともなれば、大人びる時間は瞬きのあいだ。
「良し、ポーズをとってくれ。ドレス姿を写真に収めるぜ、ベレッタ」
「んっと、こう?」
 カメラを構えると、彼女はすぐ右手で二本指を立て、笑ってみせる。
 思い出を捕らえるように、愛娘との日々を残すために、撮影を行う。
 現像したら、妻へもアルバムにひとまとめにして郵送しよう。
 今度のアルバムが完成すれば三冊めとなるが、かさばるとしても、嫌な表情はせずに受け取ってくれるだろう。あちらのご両親とて、初孫の写真集では無碍に扱うことはできないはずだ。
「視線こっちな。そうそう、自然な笑顔はすごくグッとくるぜ!」
「カメラの前じゃ、フツウに笑えないよ。高度な要求はやめてよ」
 やや照れた様子ではあるものの、ベレッタは仕草を切り替える。
 というか、今の台詞を聞いただろうか? うちの娘、賢いぞ!!
「街通りで撮影会が開かれているかと思えば、お前だとはな。エンフィールド」
 かけられた言葉に首を動かすと、大げさな装束の男がそこに立っていた。
 筋肉質でありながら絞り込まれた体格は、武術鍛錬と修験の賜物である。
「テメェは――渾(コン)! 〈ドラゴン・フォース〉の渾じゃねぇか!」
「おいおい、大きな声で言うんじゃない。良からぬ相手にまで聞かれるぞ」
 相手はにこやかに言いながら、後方へと視線をめぐらせる。
 渾が気にかけている者たちは、組織に所属する幹部らの姿だ。遠目にもわかる巨大な荷物を担いだ幹部は、歩道に跡を残しそうな重苦しい足取りをしている。
「頑張れ、頑張れ。コツは重心をどこに置くかだ。丹田を意識しろ」
「たんでん? 師父(しふ)、それってどこ?」
「お臍の下あたりよ。とっくに習ったじゃない」
 幹部ふたりは荒い息で会話をこなし、こちらにゆっくりと距離を狭めてくる。
 肉体を仕事の道具とする〈ドラゴン・フォース〉は、山伏の道を生きている。
「山を降りても学べることはある。蝋人形の館はもうそばだ。キリキリ進め」


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