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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第86回 86


   Memory3-5

 無数の干戈が閃き、清澄な金属音と火花が舞い踊る。
 装いを揃えながらも、認識を違えた者たちが相争う。
 苦境と知りながら前進する理由。戦士ふたりには大義があったのだろう。
 自分たちの行為を正しいと信じられる指針。その生末が最善の結果である、と疑わずにあれる道程。
 一種族の存在だけでなく、世界そのものを含めた大義を動力とする強さ。
 肉体と精神を突き動かすものとして、およそ、これ以上の起爆剤はあるまい。
 それゆえ戦士は、ふたたび心を通わせた同志が地に伏せようとも、自らが地に膝をつこうとも、力尽きるまで前を向いていた。身に纏う防具は輝きを失わず、利き手に操る武具は黄金の煌きを失わなかった。
 あれなる威光は、霊魂から発せられていたものに相違ない。
 だから、私には断言できる。戦いに勝利したのは戦士たちのほうだと。
 どのように成し得たかは知らないが、見事に戦況を塗り替えたものと。
「――――」
 何時とも知れぬ時、何処とも知らぬ場、何者とも知りえぬ戦士たちへの想いを断ち切らせたのは、鼻をついた薬品の匂いだ。
 現実へと意識を呼び寄せられ、目蓋を開く。そこは簡易的な寝所であった。
 寝台があり、なおかつ枕と毛布があるなら、寝所と呼ぶことに問題はない。
 たとえドレスの上から白衣を羽織った女性が、見るからにマッドな笑顔にて、非合法な薬物からラメみたく反射する煙を立ち昇らせて調合していようと。
 たとえ彼女の召使が、いわゆる拷問器具としか形容しようがない道具一式――大工用具や医療器具などを改悪したものを、こちらに運び込んでいようと。
 永遠に眠りたくなくば、早く身を起こせと言わんばかりの状況下に青ざめる。
 機会を逸していたらどうなっていたか。嫌な想像に臓腑が逆流しそうになる。
「〜〜っと、なんだい。起きたのかい。まだ眠りこけてて良かったのにねぇ?」
 ゴシック・ホラー映画で目にしたような蒸留装置を使って、薬液を純化させていたスミスさんが振り返り、召使へと声をかけた。隠しようもない手術跡が残る顔面に狂気を浮きだたせ、グロックのほうも不気味に応える。
「なんとも惜しいでゲスな。せっかくの人体実験の準備が無駄になったでゲス」
 禍々しい気配を放つ主従。私は思わずゾッとした。
 あのわずかな合間に、不興を買ってしまったのか。
 どこでスミスさんへの心象を悪くさせてしまったものかはわからないけれど、これも間違いなく、ひとつの修羅場だ。
 気絶から立ち直ったクレメンツ少年をいじくり回すつもりないようだけれど、それは対応しだいで逆転してしまう、曖昧な決定にすぎないと見るべきだろう。
「ふぅん――少しは怯えの色も出せるんじゃないか。さっきのつまらない態度に比べたら、そのほうが何百倍もマシだよ」
 元締めは瞬時に真顔になると、取り出した薬液をフラスコに移して振るう。
 気泡が上方に揃うのを観察してから、グロックにそれを手渡してしゃべる。
「アタシはね、二レオ・クレメンツ。淡白な反応が嫌いなんだ。〈異名者〉を目前にしてビビりもしないガキなんてのは、特にね」
 舌を躍らせながら、白衣の内側より、ビー玉ほどの黄色い球体を指のあいだに抜き取ったスミスさんは、グロックに視線を差し向けた。
「下の階の連中に、大広間での飲み食いの許可をやっておくれ。ひとつの球で、七匹のチャバが出せる。アンタが必要な分だけ、薬液へ浸けて解放していいよ」
 申し付けられた指示に頷き、グロックは持たされた品を手に、部屋の出口へと歩みを進める。もちろん、去り際に主人に頭を下げることは忘れなかった。
 忠実な召使が出ていくのと同時に、
「ああした相手がいると、使役しているこちらは楽なもんだ。グロックの奴は、本当によく働くよ。毎日ご苦労なこった」
 などと、彼女は他人事みたく言ってのける。
 言いつけがあるから動くのであって、グロックは、自身から苦労をしたいとは思ってはいないだろうに。
「働き者と言えば、アタシたちの身体の脳や脊髄もそうだけれどね。とりわけ、情報処理にかけては大脳皮質周辺の活躍がめざましいんだっけ?」
 発言権をあたえてやろうといった感じで、スミスさんは尋ねてくる。
 寝台に腰かけたまま、壁に背中を寄りかからせ、私は言葉を返した。
「視覚。聴覚。嗅覚。味覚。触覚。――つまり五感は、今しがた言われた部位を代表に、神経細胞によって加工ないし処理されることで実感できるらしい」
 こちらが話し始めれば、彼女は両腕を組み、薄く唇を開いた。
 不敵な微笑は艶やかではあるものの、心の不安を煽りたてる。
「が、詳細においては不明な点も多く、外部情報の入出力相関に対応した変化を観察することで、未解明な部分を調査しているとか……」
「アタシがしてるのは脳の話題なんだよ、おバカさん。大脳皮質の神経細胞は、外部からの情報入力がなくとも、恒常的に独自の継続活動をしているだろう?」
 言葉とは裏腹な喜ばしげな口調にて、スミスさんは会話をもりあげる。議論を戦わせることが楽しい手合いのようだ。
 継続活動は脳を特徴づけている現象。
 この働きについて議論する場合、なぜ休まることなく活動しているのか?
 という根本的な疑問の解消は欠かせない。
「継続活動は、背景ノイズとも呼ばれている。外部とは無関係な活動として」
「無関係……要するに、無意味って結論づけるわけかい?」
「いいや、一見すると無意味に思えるけれど、揺らぎ(ノイズ)≠ノは意味がある。神経系統に限らず、ノイズは身体構造がもつ明確な役割だ」
 ノイズは従来の考えた方では、情報の質を低下させるお邪魔虫だった。
 だがしかし、情報の検出を高める確率共振と呼ばれる現象も、ノイズによって引き起こされている。
「ふふん。では、二レオ。アンタなりの意見を聞かせてごらん」
 彼女に燃料を加算される形で、気づけば、私は議論に乗り気になっていた。
 突飛であろうと、荒唐であろうと、一泡吹かせてやろうと躍起なっていた。
「継続活動にも、巨視的に見れば規則性が成り立つはずだ。神経回路には予め、外部と遜色ない範型が作成されていて、視覚刺激をもって誤差を再計算している……というのはどうかな?」
「頭のなかに世界が写実されているってのかい。だとすれば、その範型とやらをどうやってアタシらは学習したんだい?」
「言うまでもなく内部記録からだよ。子供には親がいる。先祖代々、加筆された記録が蓄積され、子供へと受け継がれているんだ。範型はそこに含まれている」
 いささか強引な論説であることはいやめない。だが、脳を内部記録から特定の状態を選択する処理基盤とすることは、あながち無茶な理屈ではないだろう。
 遺伝は人間のあらゆるところに影響を及ぼすものだ。
 体型や容姿にはじまり、心のはたらきまで左右する。
「見えない痕跡が人間にはある――自力でそこまで導き出すとは、感心したよ」
 スミスさんは口元をつり上げ、拍手で乾いた響きを巻き起こす。
 そののち、実験装置の置かれた机に備え付けられた椅子に座して、部屋にいるもうひとりの人物へ視線を向かわせる。
「アンタも息をひそめていないで、出ておいでよ。ミドガル・ド・シュランゲ」
「…………やれやれ。やはり、居らぬものとしては扱ってくれなんだか……」
 名を呼ばれて、しぶしぶといった様子で、パイソンが身体をすべりださせた。
 表情は硬く、決まりが悪そうな眼差しで自分を見てから、片手を額にやって、二度はたいてみせたりする。
「アタシに会っておきながら、挨拶なしで済ませるもんかね。甘いんだよ」
「己に厳しく他者に甘ければ、今現在よりもずっと尊敬を得ていただろうに」
「――いい度胸だ。近頃アタシの知り合いのあいだで、冒険が流行りらしい」
 スミスさんが抜き手も見せずに、拳銃アルマを発砲すれば、パイソンも高速でこれを回避して見せた。彼は六発の銃撃をかいくぐり、私の隣に居並ぶ。
「冗談ひとつも命懸け。若気の至りと思いきや、貴殿の気性は生来のものか」
「歳のことは互いに言えた義理かい。長生きのクセに落ち着きがない半端者」
 痛いところをつかれたらしく、パイソンはこれに自嘲気味に小さく笑った。
 両者に旧交があることは、クレメンツ少年にとって、驚くべき事柄ではない。
 若かりし父親と集約者は、誠心誠意、我が街の安全に努めてきた過去がある。怪異と敵対するには、それにふさわしい装備が必要とされたはずだ。
「スミスさんは、父の活動をパイソンとともに援助してくれていたんですね」
「援助? よしとくれ。こっちは研究成果の試験に体よく利用してただけさ」
 煙たがるように、彼女は頭髪を指先でいじくった。
「ニコムスは、利害関係を結びやすかったんだよ。己自身を理解していたしね」
「己自身を理解……?」
 耳にした言葉がよくわからず、私はおうむ返しに尋ねた。
 彼女は椅子から立ち上がると、机の引き出しをあさりつつ、声を連ならせる。
「二レオ。ついさっきまでの対話には、当たり前だけれども意味があるんだよ。正確ではないけれど、アンタはいい線をいってる答えを出した……だから」
 引き出しから古びた手帳を取り出して、スミスさんが近づいてくる。
 目にした覚えのある手帳のデザインは、デリンジャーの物と同じだった。
「賞品としてこれをくれてやるよ。アタシやアンタの先祖、そして世界ってのについてまとめた物さ。暗号化してあるけど、アンタなら解読できるだろ」
 受け渡された手帳を眺め、寝台から起き上がり、衣服に収める。
現世の向こう側≠ニ対立できたクレメンツの血筋。
 高品質の品々を作成できるスミスさんの超絶技巧。
 それらを学ぶための貴重な手がかりだ。間違っても失くさないようにしよう。
 ひと心地ついて息をはき出せば、〈双神〉の片割れは唇に笑みを描いた。
 クレメンツ少年も、ある程度は認めてもらえたといったところだろうか。
「スミスさん、ありが――」
 こちらが贈り物に礼を述べようとした、そのときである。
 部屋に駆け上がって来ようとする、ふたりの男の足音が折り重なったのは。
 床を転がるようになかへ飛び込んできたのは、派手な赤と黒のドット柄をしたスーツを、それぞれ反転した配色で着込んでいる銃器使いたちだ。
「Q」と「A」と刻印されている拳銃を互いの片腕で交差させ、名乗りを挙げる。
「元締めに挨拶するイカしたダブルリーダー! 俺たちの組織の名はッ!?」
「模範解答! 俺たち素敵で無敵な〈ソウル・ガンズ〉ッ!! Yeaaaah!!」
 陽気どころかファンキーと呼んだほうがよさそうなノリで、両人は微笑む。
 得物に「Q」と刻まれている相手は、マカロフ。「A」と刻まれているほうは、トカレフという。今しがた口にしたとおり、〈ソウル・ガンズ〉の二大頭目だ。
 ――心配している方がいたらご安心を。彼らの登場に合わせ、パイソンはすでに空間に融け込み終えている。
「騒がしいよ、マカロフにトカレフ。新入りが驚くじゃないか」
 スミスさんがたしなめれば、マカロフとトカレフは得物をいちど回転させて、ガンベルトにしまう。どういうわけか、〈双神〉関連の銃火器使いは得物に簡単に手を伸ばす傾向があるらしい。
「サーセン、サーセン! 仕事終わりなんで、疲れすぎて逆にハイなんだわ!」
「疲労によって機能が向上することもある! 人体の神秘! 神魂のレシピ!」
 口やかましい配下に辟易しているスミスさんは、私に横目で行動を促した。
 これなる意思を汲んで、舌のまわる二人組に、礼儀を果たすため歩きだす。
 まだ「逢魔の会」は始まったばかり。
 参加者すら揃っていない状況なのだ。
 疲れている余裕も暇も、クレメンツ少年にはない。
 すべての幹部を味方につけ、暗黒街に認知されねば、未来は遠ざかる。
「二レオ・クレメンツです。よろしくお願いします」
 差し出した手に、〈ソウル・ガンズ〉は快く応じてくれた。
 さぁ、ここからは全力でみなに媚びを売るとしよう。嘗められない範囲内で。


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