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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第85回 85


「グレイ。秋蜘蛛。次はそこの角を右っ! お箸を持つ手のほうっ!」
「わかった。その調子でどんどん行こう」
 フレアを感知した緋劉の聖性を、姉妹ならではの霊魂のつながりから、蒼劉に辿ってもらい、グレイは両足をはたらかせる。
 フレアに何かあったらと思うと、じっとしてはいられない。
 彼女の無事な姿を見るまで、とても心が休まりそうにない。
「俺は左利きだ。箸を持つほうじゃ逆方向になっちまうぜ」
「知らないよ、あたしが言ってるのは一般的にってこと!」
「そうして少数派は淘汰されていくってわけか。ご立派なことで」
「なんでそういう捻くれた言い方するかな。秋蜘蛛のヘンクツ!」
 秋蜘蛛の軽口に言い返しながら、蒼劉は指で道を指し示して、きっちり先導をこなしていく。グレイが肌に感じているように、両者への距離間が近づいていることは間違いない。
 焦燥から安心に向けて、心の波が少しずつ移り変わる。
 再会したら、なんと声をかけようか。どう接しようか。
 待った。何があったのかを質問することのほうが先だろうか。
 けれど、それは彼女の体調に問題がなければの話ではないか。
 ――気が早いといったらそれまでだが、グレイはあれこれと頭を悩ませつつ、フレアと緋劉の元にまで行き着いた。
「…………?」
 終点に当たる通りでは、円陣を作るように街の人々が集まっていた。
 両眉をひそませながら、みなに声かけを行って、中心へと進み出る。
「フレア! ……緋劉も!」
 輪の中心にいるのは、フレアと緋劉。そして、見知らぬ礼装の男性であった。
 どうやら、三者が気にかけているのは、地に伏せている着物姿の女性らしい。目立った外傷はないものの、ぐったりと横たわっている様子は痛ましかった。
「到着を待っていたわ、グレイ。蒼劉は一緒ね? この人の身体を調べたいの」
「一緒に来てはいるけど、身体を調べるって、どういう?」
 一瞬、理解が遅れたものの、すぐさま蒼劉へ視線を送り、彼女を呼びつける。
 こちらと同じように、緋劉が妹の聖性を感知していたということなのだろう。
「どうかした……って、蒼くん! 女の人が倒れてるけど、大丈夫なの!?」
「大丈夫ではないから、来てくれることを待っていた。ミツを助けるために」
 蒼劉の言葉を受けて、彼は着物姿の女性を抱き上げる。
 人々を追い払っていた秋蜘蛛は――仙術師の一団だとわかったせいか、進んで離れる者も多かったが――訝しんだ様子で、ふたりまで歩幅を詰めた。
「待てよ。面識があるのか?」
「彼女とは、いつぞや市街を歩いているときに――」
「おまえには訊いちゃいねぇよ。蒼劉に訊いてんだ」
 相手の言葉を妨げて、秋蜘蛛は苛立ち気味に言う。
 蒼劉は眉間を険しくさせ、この態度をたしなめる。
「秋蜘蛛。そういう言い方、良くないよ。蒼くん、返事しようとしたのに」
「いいだろ、そんなことはどうだって。訊いてることに答えろよ」
「……なんか、嫌だな。今のキミ、なんか変だよ。怒ってるの?」
「頭にきてなんかいねぇよ。余計な探り入れないで答えろって言ってんだろ」
 秋蜘蛛から発せられている怒気に、蒼劉も触発されてしまったようだ。
 彼女は唇をそれはそれは固く結び、彼から冷たく背中を向けてみせる。
 妹とその友人がケンカ状態となったことに呆れて、緋劉は場をとりなすべく、叱責の声を上げた。
「ケンカをしている場合じゃないの、見てわからない? 人助けが優先っ!!」
「「………………」」
 それぞれにとって、耳に刺さる台詞だったのだろう。
 識神という存在がいかがものであるかを鑑みれば、胸裏に感じる自戒もまた、埒外にあるものと慮るにはじゅうぶんである。
「えーと……、その女性を診察するのに適した場所って、当てはあるのかな」
「融通を利かせてくれる店には心当たりがある。ミツ自身、落ち着ける場所だ」
 緋劉の叱責を無為とさせないために、グレイが投げた問いへ、蒼が打てば響くというように答えた。彼からの返事をもって、仙術師は結びの文言を口にする。
「じゃあ、今度は君に、そこまでの道案内をお願いしたい。その他もろもろも、そこで彼女を診てからの話でいいよね?」
 こう言うと、フレアと緋劉は頷き、秋蜘蛛と蒼劉も異は唱えなかった。
 蒼は着物姿の女性を抱きかかえて、場所を移さんと動き始める。グレイたちは彼の進行方向へ、女性の安否を気にしつつ追随した。
 ……グレイがフレアにいろいろと言葉をかけたかったことを思い出したのは、木蘭艶紅に到着する直後である。残念なことに、機会は完全に過ぎ去っていた。
「どうかしたかしら、グレイ。失敗した、みたいな顔をしているけど」
「いや、ええと……気にしなくていいよ。無事ならそれが一番なんだ」


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