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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第84回 O.O.S.『裁決の時、近し』 そのA


『ブレイゾンシュタットに発つ。この行為への決着は戻り次第つける』
 残虐な仕打ちのすえに息絶え、無造作に打ち捨てられた死体の血液を用いて記された文章は、いくら目を通してもこうとしか読めなかった。
 ようやく交渉が成立し、和平が実現しようとしていた矢先、部下がなにゆえ蛮行にいたったのか。ハイドラ・フレシェットは、それがわからずに苦悩する。
 ……いや、苦悩というには表現に誤りがあるかもしれない。
 同じ組織に属した部下。その真意が計り知れないことへの、虚しさと寂しさ。
 誤解から拡がっていた亀裂の始点が定まらないことに、心が痛んでいるのだ。
 道が分かれたとするなら、それはいったいどこで別れてしまったのか。
 理想の在処そのものが異なっていたとすれば、なぜ供をしていたのか。
 わからない。この眼は開きながらに閉ざされていたらしい。
「ギサルメ・ロンコーネの、ベルフェゴールに間違いないんだな?」
「形状が一致しています。遺体の斬り口から、粉砕剣ベルフェゴール以外には考えられません」
 国境に本拠をもつ商談相手に遣わされた者々は、斬り口が統一されている。得物の形状を調べれば、この惨劇の犯人が特定される。
「双方の納得には、惜しみなく時間をかけたのだがな。このほうが我々らしいといえばらしいのだが……」
 フレシェットはかぶりを振り、皮肉めいた微笑みを浮かべた。
 こうなってしまった以上は、成果をふいにして実益を得よう。
「軍勢を率いて、先方と話をつけてくる。おまえは私兵に死者の弔いを任せ、『逢魔の会』に参加しろ」
「ご命令、承りました。……フレシェット様のお言葉に倣え」
 この死臭の漂う現場に、二名の私兵を同伴させていた間諜リコニトーレは、指示を出すと同時に身支度を済ませるべく、拠点へと足を進ませる。
 個人として思うところがあるはずだが、そういう自らの思考を持ち出さないリコニトーレの姿は、徹底しているのか関心がないのか、判定が難しい。
「責めないのか。リコニトーレ」
「責める……私めが、貴方様を?」
「俺が組織を完全に管理していれば、ギサルメが暴走することなどなかった。おまえは正規の臣というわけでもない。率直な意を述べてみてはくれないか」
 フレシェットが口にする内容に、リコニトーレはしばし黙り込んだ。
 だが頭のなかを整理し終えるなり、うやうやしく身体を屈して語る。
「フレシェット様におかれましては、ギサルメ様こそ信頼も篤き第一の臣下。そのギサルメ様の変事となれば、最も心中お辛いのは貴方様かと存じます」
 低い姿勢のまま、言の葉はなお紡ぎ出される。
「私は貴方様のご意思のもと、ギサルメ様に真意を問いたく思っております。それによって決裂の道が示されようとも、あくまでお二方の望まれる決着を、この眼に収めるのが役目であると」
「…………そうか」
 想像以上に熱の入った返答に、むしろ自身がどう応じたものか困りながら、フレシェットはあまりにも意味のない言葉をもらした。
 おかしなものだ。リコニトーレの言い分ではまるで、忠義を果たすべき者が我々であるように聞こえる。あくまで双神≠謔闡翌闕桙ワれた一介の手駒にすぎないはずの男が、何を勘違いしているのだろう。
 それとも、こうした信を託しているような態度も、我々の内情を把握せんがための演技というだけなのか?
 苦悩と苦悩とが混ざりあって、なんだか気分が優れない。
 確かなことに。確実な事柄だけに意識を向けるとしよう。
 制圧しなければならい敵と、成敗しなければならない臣。それだけを解しておけば、ほかの些事に向き合う時間も、やがてはとれる。
「要らぬ進言かもしれないが、身の振り方は考えておけ。おまえにとっての、利得ある明日はどちらなのかをな。リコニトーレ」
「お言葉ながら、私は私の決定に納得しております。今後も、その意思をただ真っすぐに突き進み、フレシェット様にお仕えするのみにございます」
 それでは、これにて失礼。と頭を垂れ、リコニトーレは去って行った。
 フレシェットは軍備を充実させるため、小型無線機を取り出してから、壁面に記されている文章を指先で滲ませる。
「ギサルメ。おまえも、この行いに納得しているのか」
 呟いた言葉に解答はなく、虚しさと寂しさも、すでに内側からは消えていた。


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