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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第83回 83


   O.O.S.『裁決の時、近し』

 突然の異変に、メアリーは疑問と驚愕を覚えずにはいられなかった。
 特別、何があったというわけでもなしに、なにゆえ三人は苦しんでいるのか。
「どうしたの、みんな! 気を確かに持って!」
 みなに呼びかけてから、いちばん近くにいるクラスターを気遣う。
 こうまであからさまに、肉体的苦痛に苛まれているところは見たことがない。おそらくは内側から強い衝撃がもたらされたものと思われるが、直接の起因は、いったいどのような因果関係によって生じているのだろう。
「喚くんじゃねぇ。金切り声が頭に響く……」
 クラスターは呼吸を整えて、頭部を抑えたままクレメンツを視る。
 衝撃の凄まじさは、クレメンツの許容をはみ出してしまっていた。
 気絶した弟子の姿に、彼は小さく歯ぎしりを起こして、異常が見られないかを確認しているスミスに罵声を浴びせかかった。
「わざとやったな、色ボケが。脳みその代わりにクソが詰まってんのか!?」
「頭に響くと言ったのはアンタだろ。もっと静かに喋りなよ」
 スミスもまだ頭痛を覚えている様子だけれど、この現象に耐性があるらしく、立ち直りは三人のなかで最も素早い。小声で二言ぼやきつつも、ドレスの着崩れ具合を気にかける余裕があるのは彼女のみだ。
「こんなに精度の高いうなり≠ェ発生するなんてのは、アタシにも予想外さ。きちんと考えながら励んでいたみたいだね」
「知るか、そんなことは! オマエのくだらねぇ興味のせいでクソガキに支障がでたら、オマエとの契――」
 詰め寄るごとに語気を荒らげていたクラスターは、にわかに言葉をほどいた。
 相手の意識がこちらに向けられるのと時を同じくして、声音の勢いが殺されたという事実を、メアリーは雰囲気から察知する。
 ふたりは、今の現象の詳細を理解しているのだろう。
 そして、その内容はメアリー・ローズに伝わっては都合が悪いということも、相手方の反応を考えれば容易に想像がつく。
 館内に設置されている蝋人形のようにかたまったふたりは、人格と腕前を知る同僚が目にするには、非常に滑稽である。
 このように批評すれば、クラスターもスミスも一部の隙もなく否定意見を口にしてやまないだろうけれど、ふたりは、とても正直者なのだ。他者との協調性を欠くということは、それだけ己の思うがままに行動するということ。
 要するに、本心をあけすけなく表面化させるということに通じる。
 もしも仮に言葉で弁明を図ろうとしたとて、普段からやりなれていない行いはそれだけボロが出やすい。己自身の墓穴を掘り進めるだけになっては無意味だ。
 そうした可哀想な場面に放り出さないためには、相手側ではなく、こちら側が気を遣ってあげなくてはいけない。
 貼り付け台にその身を捧げた聖者でさえも、熱心な信仰心によって三日後には息を吹き返したという。それと比較したなら、よほど楽な手助けだ。
「ともかく、ストレイシープを安心して横になれる場所に運んだらどう?」
 メアリーは素知らぬ顔で、身動きを忘れた者たちに提言した。
 クラスターとスミスは、これによって再起動し、素直そのものにクレメンツをほかの部屋に移そうとする。大元締めの両腕に抱えられるとは、なかなか貴重な経験を愛弟子は積んだものだ。
「…………」
 上階へと進んでいくスミスに続こうと片足をあげ、クラスターはやおら恋人を振り返った。サンバイザーの反射が視線のごとく、メアリーを射抜く。
「話があるんでしょう? わたしはここでおとなしくしているわ」
「女。礼は言わねぇからな」
「あら? なんに対して?」
 小首をかしげて見せたら、クラスターはかすかに頬を震わせた。
 それから、黙してこちらに近寄り、彼は忌々しげに恋人を胸元に引き寄せる。
 気を遣った分だけの見返りはあったようだ。抱擁に心満たされたメアリーは、彼の鼓動や体温が全身で感じられることに、特権的な充足と快感を得た。
 クラスターは頼んだとしても、このような行動をなそうとはしない。
 おのずから親愛行動をとらせるなど、輪をかけて困難な注文である。
 いまメアリーは、その奇跡を勝ち取ったのだ。
 誇らしさも相まって、なんとも清々しい気分。
「……ムカつく女だ、オマエは」
「ごめんなさい。持ち味なのよ」
 クラスターは嘆息すると、なんの未練もないという様子で、腕をはずした。
 颯爽と駆け上がっていく背中を、メアリーは軽く手を振って見送る。
 弟子については、スミスが優秀な頭脳と技術で処置を済ませてくれるだろう、不安になる必要はない。うなり≠ニ称していた奇怪な現象についても同様だ。説明するべき時がくれば聞かせてもらえる。それなる機会が訪れないとすれば、こちらは聞いたところでどうしようもない現象であるということだ。
 だとしたら、どうにかできる者たちに任せておけばいい。
わたし≠ノやれることは、仲間の邪魔をしないことのみ。
 自身のなかで納得できる理由を構築させ、己が感覚に耽溺するメアリー。
 こういうが心地が味わえてしまえるので、恋人との毎日はやめられない。
 予測がつかないからこそ、常識を欠いているからこそ、この胸を満たす。
「あれま。横穴をのぞいたら、メーたん、はっけーーっん!」
 わざとらしい道化っぷりが散りばめられた大声が、破壊されている館の防壁を飛び越えて、両耳に届けられた。
 何かの実験の副産物として穿たれたであろう横穴から、内部に侵入するのは、卸したてのスーツを着用しているデリンジャーだ。
「あなたにしては、ずいぶん余裕をもった登場ね」
「ただでさえ、スミスからの印象が悪くなっているからね。遅刻しないように、こうして早めに来たってわけさ」
 デリンジャーは襟元を気にしながら、右手でスーツの内側をごそごそと探る。すると鳴き声を上げた鳩が一羽、好機とばかりに彼から飛び立つ。それに続き、スーツからは花束や花吹雪なども現れ、次から次へと床に落下する。
「あっ!? あー、あー、あーっ!! とっちらかっちゃったよ、コレ!」
「まったく。一人で何をやっているのよ? 問題ばかりを起こすんだから」
 メアリーがデリンジャーへと歩を進ませると、相手の着衣から飛び出した鳩が小バカにするみたいに鳴き声を発して、階段の手すりで翼を広げた。
 ざまあみろ。閉じ込めた罰だぞ。
 とでも言いたげな態度は、メアリーの笑いのツボを的確に刺激してくる。
「他人の困っている様子が、そんなに愉快?」
 笑みをこぼした背に並び立ったのは、所用を終えた〈ポイズン・ブラック〉。
 親友と呼べる間柄のリリアン・シエラは、発言のあと、彼を手伝い始める。
 彼女は何人に対しても親切だが、特にデリンジャーには、心を砕いていた。
「悪いね、リリィ。しゃがんだら床でドレスが汚れるだろう?」
「いいえ。精神の高潔さが保たれるのなら、私はそんなことかまわないわ」
「――美しいなぁ。君を相手に話していると、己自身の醜さを思い知るよ」
 デリンジャーの言うことに、シエラは口を閉じて、片付け作業に没頭する。
 真面目な人物同士のやりとりは、見ているほうにすればもどかしいものだ。


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