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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第81回 81


   Memory3-4

 このように言うと、だらしなく思われるかもしれないが、スケジュールというものを滞りなくこなせた回数が、クレメンツ少年はさほど多くはない。
 年端もいかない頃から、突発的な出来事というものが苦手だった。ひとたび、目算を誤った途端、脳内で固く結ばれていた連続した事象が散り散りにほどけ、思考の破片に分解されてしまうのだ。
 こうなると自分は、無意識にひとつの単純な設題にしか対処できなくなる。
 何もかもを投げ出してしまうよりかは、いくらかマシな行動をとれるものの、ほとんどの場合で精神的負債……つまり苦い思い出を重ねる結果となってきた。
 此度もまた、さらなる負債を抱える記念の日と相成った。
 クレメンツ少年は、失態を犯すごとに、いつも思うのだ。
 本来であるなら、もっと上手くやれたのではないか、と。
 より慎重にしていれば、より堅実にしていれば、より熟考していれば……。
 木製の蜘蛛を使役していた術者を討ち、復讐を果たせていたのではないか?
 倒すとまではいかなくとも、術者に近づくための何かしらの糸口をつかめたのではないか?
「こんなことじゃだめだ。オレは安定した精神を錬成しなくちゃいけない」
 衣類店で袖をとおした、黒で統一した真新しいコートとシャツに包まれた傷。きわめて初歩の処置を済ませた右腕へと視線を落として、つぶやきをもらした。
 メアリー・ローズが手綱を操る鋼鉄の暴れ馬の嘶きにかき消された声音へと、耳元にて応答を返されたのはこのときだ。
「浮かぬ顔をしておるな。どうしたのだ、二レオ」
 キャッツなる愛称で仲間に親しまれる可変式殲滅兵器にピッタリと並走する、無色透明な空間のゆがみ――パイソンだ。
 彼自身の身体能力に関しては、細かな知識をもっていなかったため、これなる走行速度には少々と言えず私は驚かされる。実態を露わにした状態でこの場面を目にしていたなら、とてつもなくシュールな絵面となっていたことだろう。
「疲れるだろうし、あとで話すよ」
 キャッツの起動音に救われつつも苦しめられて、両者は会話を打ち切った。
 機上に跨りながら直行しようとしている目的地は、〈魔銃のスミス〉が保有する蝋人形の館。表向きは貴族階級にある人物が使用したとされる、贅の尽くされた大豪邸である。
 だがパイソンに下調べをしてもらった報告によると、その実態は、スミス製の創作物がそこかしこに見受けられる研究施設および保管所であるらしい。
 スミスの技術力の高さは、騎乗しているキャッツを例に出せば、じゅうぶんに伝わることと思う。〈鋭華〉メアリーの乗りこなすキャッツは、四つの形態をもつ驚異の得物。
 メアリー自身の注文による、四大天使のエレメントを表現した変化は必見だ。
『火』を表す特大の規格外拳銃は、第一鍵尻尾・獅子にて起動。
『水』を表す鋼鉄の自動装甲車は、第四鍵尻尾・黒豹にて起動。
『地』を表す連発の特殊噴進弾は、第二鍵尻尾・山猫にて起動。
『風』を表す四肢の装着型爪刃は、第三鍵尻尾・猛虎にて起動。
 いずれも動作性、爆発力において凄まじく、これらの変化を成立させることは非常に難しい。しかし〈魔銃のスミス〉は、難題を申し付けられることで情熱に火を灯されるタイプであるらしく、注文以上の品を五日で完成させている。
〈鋭華〉のみならず、〈異名者〉たちの扱う得物のすべてが〈双神〉両人の合作、またはスミスさん個人の作なのだとか。
 まさしく神憑り的な技量と知識は、一市街の職人としておくには不釣り合いなものである。現在の私はスミスさんを盟友と理解しているので驚きはしないが、クレメンツ少年とって、スミスさんは生き神にも等しい名工だった。
 これから初めて出会う彼女の存在が、クレメンツ少年の女性軽視を打ち砕き、性別の差異などというささいな区分を飛び越えさせる大恩ある元締めだ。
「着いたわ、ストレイシープ。ここが『逢魔の会』の行われる場、蝋人形の館。殺戮者の聖域。大罪人の神殿よ」
 メアリーの言葉を聞きながら、クレメンツ少年は建物の入り口に近づいた。
 門扉を開いて内部を覗き込むと、まずは、足元に敷き詰められている石板群に目をうばわれる。石板のひとつひとつには、辞典を思わせるような武具の絵画が印されていた。
 奇妙に感じながら視線を上向かせれば、まるで息吹ある人間を時のはずれへと送り込んだかのごとき精巧さを誇る、蝋人形たちがこちらを出迎える。
 ただの人形のはずだが、技巧の高さゆえに、相手方からは視線を覚えた。
 自分が見ているのか。相手方から見られているのか。
 こうした気分にさせるのも、スミスさんの手腕あってのものだろう。
 本当に、彼女はそら恐ろしいお方だ。
「とっとと入れ、クソガキ」
「……! うん、わかった」
 いつの間に、クレメンツ少年の背後をとったのだろうか。ダウンジャケットを身に着けたクラスターが短く言った。赤いサンバイザーが私の緊張気味な相貌を反射させている。
〈変貌〉の声音に反応し、いさかいの芽を摘むべく踏み入ったこちらの姿へと、先に集まっていた三人の女性が口を開いた。
「わっ、若っ! コレが噂の新入り? 弱っちそうだけど、使えんの?」
「マチルダ。思ったことをすぐに口走る癖、よしなって言わなかった?」
「口から生まれた小姉(ちいねえ)さまは、沈黙が死ぬことよりもつらいのですよぅ」
 彼女たちが何者であるかは、集約者パイソンの情報でわかっている。
 女性のみで構成されている組織、〈ポイズン・ブラック〉の幹部である。
 毒物の取り扱いに手慣れ、銃火器から射出する針弾で標的を殺めることを基本とした効率重視の使い手たちだ。ガールズ・パンクバンドみたいな手錠や鉄鎖を衣服に巻き、首元には殺害方法を示すようなドクロと交差した骨を模した首輪。なんとも、正装には馴染まない装飾品は目を引いた。
 真っ先に声を上げた女性がマチルダ。続いてしゃべった頭目がシエラ。最後がコメットという名前だ。
「!」
 三人はいちどに自分を取り囲んで、じろじろと眺めてくる。
 針弾ならばドレスでも隠し持てるだろう。油断はならない。
「鍛え始めて数ヶ月……一年に満たないにしては、適度に肉体は育ってるわね」
「シエラの見立て、合ってんの? すごい新人に仕立て上げようとしてない?」
「批判するだけなら楽なものですぅ。何もしない人物にありがちな特徴ですぅ」
 先とこの発言をきっかけに、マチルダはクレメンツ少年から視点を移した。
 眉をピクピクと震わせて、苛立ちを声帯に含ませる。
「コメット。喧嘩がしたいなら、そう言いなよ? 買ってあげるからッ!」
「まるで人間瞬間湯沸かし器なのですぅ。この沸点の低さは不良品ですぅ」
「ああ、不良だけにね――って、やかましいわッ!!」
 マチルダが伝家の宝刀、ノリツッコミを炸裂させれば、コメットはクツクツと独特な笑い声を上げた。
 自分をはさんでもめ始めた両者に、師匠を振り返って指示を仰ごうとすれば、クラスターは興味なげに視界から逃れ、メアリーは苦笑まじりに肩をすくめる。
「マチルダ――ケンカ腰になるんじゃないの」
「喧嘩を売ってきたのはコメットのほうよ!」
「あなた、副官でしょう。我慢しなさい」
 まるで姉妹を仲裁する長女のように、シエラはぴしりと口にした。
 怜悧と言っていい口調を耳にし、マチルダはかすかに涙目となる。
「泣いたらダメですよぅ。強い子になれませんよぅ?」
「コメット。あなたもそれくらいにして」
 釘を刺されるなり、即座にコメットは唇を休ませた。
 シエラはこれを確認したあとで、泣きべそをかいたマチルダの右腕をとって、トイレに牽引しようと試みる。
「メイクをやり直すわ。ほらっ、手伝ってあげるから泣かない」
「悪いのはコメットよ! コメットったら、コメットなのッ!」
「はい、はい」
 騒ぐマチルダの言葉をあしらいながらも、シエラの面持ちは微動だにしない。こうした問題に日々悩まされているのか、こなれている感がある。
「お待ちになってくださぁい、大姉(おおねえ)さま。わたしもご一緒したいですぅ」
「あなたはお手洗いに用はないでしょう」
「それがですねぇ、今さっき急にもよおしてきてしまったのですぅ」
「――女性なんだから、言葉は選びなさい」
「わたしのタンクがメーターいっぱいなので、ご一緒したいですぅ」
 ……タンク!?
 そこまでいくと、逆に言葉を選びすぎている気がするが。
「シエラぁあっ、あたしの両目のダムが決壊する! あたしのが一大事っ!」
「あーもう、手が掛かるわね、あなたたちは」
 妹分ふたりに両手を引っ張られるシエラは、等身大の子供の遊具かのように、自らのバランスを保ちつつ、嘆息する。
 幹部だけでこんな調子では、〈ポイズン・ブラック〉はなかなか苦労の多そうな組織である。同性で集まろうとも、いざこざの種は尽きないもののようだ。
「〈魔銃のスミス〉。お手洗いを借りるわよ」
「好きにしな。仲良くトイレとお友達になってくるんだね」
 薄緑のドレスを着用しているスミスさんの返答を聞きとがめて、シエラはやや眉の高度を下げた。彼女は用いる言葉の美しさを重要なものと考えているため、気分を悪くしたのだろう。
 ――この場において、私は彼女に感謝しなくてはならない人間だ。
 妹分たちを引き連れ、一時この場を去ってくれることも、スミスさんの名前を呼んでくれたことも、事をうまく運ぶ効果をもたらしてくれた。
 私は無言でスミスさんの御前に進み出ると、敬意を損なわないように跪いた。
 元締めは移動するシエラたちを瞳で追いながら、小階段の高低差を利用して、こちらを見おろしにかかってくる。
「元気そうだね。バカップル」
 確かにいちど、クレメンツ少年に視線を落としたと思われたが、スミスさんが先に話しかけたのは〈鋭華〉と〈変貌〉だった。
「まぁね。あなたも、変わりがないようでなによりだわ」
 返事をしない相棒に代わって、メアリーが笑顔で応じる。
 ふたりが宴席にそぐわない平時の恰好でいることは黙認しているのか、声音に発することなく、スミスさんは短銃型の着火器の引鉄で指遊びをし、頷き返す。銃口から青白い炎を出現させては消失させ、繰り返す都度に八度目の着火の際、苦々しい表情で問いかけを口にする。
「訊きたかないけど確認するよ。アンタらは、あのバカの口車に乗っただけで、自発的にこのガキを鍛える気はない……そういうこったね?」
「ええ、そういうこと。デリンジャーの押しの強さに根負けしただけ。いわば、わたしたちも被害をこうむった立場なのよ」
 クラスターが何かを言おうとしたのを見逃さずに、メアリーが大げさな挙動をとりながら、言葉を紡いだ。
 スミスさんは聴覚をかたむけつつも、クラスターを見据え、唇だけをわずかに動かしてみせた。何を意味したものかはわからない。
 だが、彼女の所作を目にしたクラスターが、スミスさんのそばまで一足飛びで距離を詰めたことを考えると、彼にとっては許しがたい内容であったらしい。
「さすがに耳がいいね、クラスター。それも恩寵≠ゥい?」
「テメェの虫の居所が悪いからといって、俺まで引きずり込むんじゃねぇ」
「悪かったね。でも、アタシも興味はあるんだよ。アンタみたいな変わり種は、滅多にいるもんじゃない」
「それ以上、つまらねぇことを抜かすのなら――臍の穴を増やすぞ、アバズレ」
 刃銃スティングをガンベルトに結ばれたズタ袋から抜き取って、クラスターは右手に構えた。必要以上に力が込められているらしく、手指の筋肉運動に銃身がカタカタと震えている。いつ暴発してもおかしくはなさそうだ。
「………………ごめんよ。アンタの言うとおり、カリカリしてんのさ」
「……ッ……」
「もう言わないって。このとおりだよ、このとーりっ」
 スミスさんは両手を上にあげ、着火器を床に放る。
 その顔には、彼女には珍しく、本心からの謝罪が見受けられた。
「はぁ――。驚かさないでちょうだいね、二人とも」
 クラスターが得物を下ろしたことで、メアリーが安堵の息をつく。
 高まった緊張感の収縮に胸を撫で下ろしたのは、私も同様だった。
 このまま〈魔銃のスミス〉と〈変貌〉との対決が行われようものなら、確実に射線上の中心にあるクレメンツ少年は無事では済まされなかった。
 いつぞや〈狂公〉と〈破拳〉の仕事に巻き込まれた者、父の病院に搬送された急患も、こうした事態に対応できずにひどいめにあったに違いない。
「で、だよ。アンタたちとは今までのように親しくあれるとして」
 スミスさんはその場で膝を折りまげて、クレメンツ少年の両頬を片手で掴む。
 実際にやられると、この行為は思ったよりも息苦しさをこちらにもたらした。
「アンタとは、どうしたもんかねぇ。アタシの知らないうちに加入した新入り」
「……――ッ!!」
 彼女と、真っ直ぐに視線を絡めた瞬間。
 私の身体に、鋭い電撃がほとばしった。
 スミスさんの瞳の奥から、こちらへと向かって流動してくる情報のかたまり。
 頭が、脳が破裂しそうな、大規模な映像の伝達に、私は頭痛と吐き気を覚え、右手で額を押さえた。
 私自身の視界のなかでは、世界そのものが歪み、色彩が反転し始めている。
 パイソンの能力でも、これほどの衝撃を負った試しはない。
「うっ……うぅぁ……ッ!」
「……ぐッ……あぁ……!」
 経験したことのない景色のなかでは、スミスさんとクラスターも苦悶していることが見てとれた。どうしてかは判じかねるけれども、メアリーには異常がないようだった。


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