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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第80回 80


 これより自らが行うことを例えるなら、適当な名称はなんであろう。
 子供の遊戯とは、少し違う。
 ささいな点ではあるが、当てはめる解にはそぐわない。
 子供の行動とは、無意識のなかで行われるのが大半だ。
 だが我が心は、なぜ自身が動き、なぜ剣を揮うかを識っている。
 これは反抗であり、八つ当たりであり、なおかつ帰順である。
 いわば、あるべき己自身に還るための儀式とでも呼ぶべきか。
 重厚な扉を両腕にて押し開け、屋内にある戦士たちを見やる。
 老いも若きもこちらを認めると、友好的な微笑を浮かべ、なんの疑いもなく、そばにまで足を動かしてくる。
 その無防備な様子を目にし、こちらも笑みを唇にかざった。
「地獄に堕ちろ。腐れどもォ――ッ!」
 こちらにとって意味のない言の葉を並べ立てていた前方の男五人の頭蓋骨を、背負っていた大剣の一撃で砕き飛ばす。
 鋼を繋ぎ合わせて作られた分厚い刃。人肉を斬るためではなく、鎧甲冑を粉砕することで敵を撲殺するための得物――銘をベルフェゴールという凶器だ。
 重量にして、通常の刀剣の五倍。鮫の背びれを思わせる強暴な刀身造形には、付着したばかりの鮮血が良く映える。
 ベルフェゴールとは、かの七つの罪源に連なる、怠惰を司る悪魔だそうだ。
 その前身は、バアル・ぺオルと呼称されたモアブ人の神だという。こと男児を魅了する好色の悪魔であるとのことだが、なるほど男性を喰った℃pはとても美しく艶やかだ。
 しかも、ベルフェゴールなる悪魔の主張には、人界に根を張る人間という種に共存などと呼ばれる夢物語は存在せず、創造神の被造物としては致命的な欠陥をもっているという旨のものがあるらしい。
 首座悪霊の二つ名に表されるとおり、展開する文言の崇高さはきらきらしい。
 なにより、このギサルメ・ロンコーネの理念と親和性をもっている主義主張は賛美すべきであろう。
 人間とは争いを好む獣。それが真実の姿。
 調和や平穏を心から望むなど愚の骨頂だ。
 知人を斬殺されたことに激高したフリ≠して、戦士たちが剣と銃を構え、こちらになだれ込んでくる。
 お前たちは仲間を失ったから生殺の場に躍り出たわけではない。
 前々から人を殺したくて堪らなかっただけだ。体のいい理由を用意されたことに喜び勇んで、生命を蹂躙したいだけなのだ。
「ハハッ――ハッハッハッハッハァッッ!!」
 無地の壁一面に、血飛沫による芸術がほどこされていく。
 直線。曲線。点。
 それらが大小さまざまに混ざり合い、描き出される抽象。
 ときには画材そのものが壁に直撃して、湿り気を帯びた生々しい音色までもが奏でられる。嗚呼――人間とはなんたる自然の傑作か。不完全であるからこそ、醜さがあってこそ、この身を興奮させる。
 化粧の成された表面など、まったく美しくはない。裏に潜んだ臓物を引きずり出すことではじめて、その腹の底が知れるというもの。
「そうだ、来い! 俺を殺したいんだろ!? 息の根を止めてみろォッ!!」
 大剣ベルフェゴールから伝わる感触が気持ちいい。
 衣服が裂ける感触。人肉が潰れる感触。人骨が砕ける感触。
 すべてが本能に宿る闘争の喜悦を、とめどなく刺激する。
 闘争は愚直に、闘争それ自体を求めて行われていればいいのである。
 終結のために武器を取るだとか。
 望ましい者に主権を譲るだとか。
 そのような考えはまやかしだ。平和的交渉など耳にするだけで吐き気がする。
 一聴の利もない妄念に魂魄を堕とすとあれば、偽りなき現実へとこの技で直面させてやるのみ。
「血染めの楽園(Bloodbath in Paradise)!」
 大剣ベルフェゴールの先端部を血だまりに突っ込み、さながら水圧カッターのごとく血液による剣圧撃を放出する。三層構造となっている刀身の隙間から噴射した即席の飛び道具は、敵勢の胸部を立て続けに貫通した。
 あたかも噴水のごとくほとばしる出血。
 えぐられた傷から顔をのぞかせる臓腑。
 死体を眺めていると空腹になってくる。今晩はステーキでも食べるとしよう。
 残っているのは腰を抜かした小娘だけだ。すぐにでも鼓動を休ませてやれる。
「震えることはねぇだろ、お嬢ちゃん。こう見えてナイーヴなんだぜ?」
 返事もできなくなった肉人形に近づきながら、ギサルメはいささか残念がる。
 どうせ残しておくのならば、もっと熟れた女にしておけばよかった。こうまで乳臭い小娘では、殺す前に愉しめそうもない。
 もっとも、ここまで各部位に散りばめられた霊長類の成れの果てのなかでは、よろしくやる雰囲気では元々ない。せめて親族や恋人でもそばにいれば、気分を盛り上げてくれるのだが……いないな。仮にいたとしても今はつまらん死骸だ。
「選ばせてやる。頭を壊されるのと、腹を開かれるのなら、どっちがいい?」
 戯れに質問を投げるが、小娘はあたえた臨終プランの選択肢にも応じない。
 もういい。死ね。どちらにせよ死ぬのだ。お前は死ぬ運命にあるのだ。
「〈双神〉の膝元に向かうか。あの男、問題なく兵隊を集めているといいがな」
 ギサルメは頭部から股下までを断砕した骸を見おろすと、その場を去った。


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