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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第8回 8


   O.O.S.『次代の新神』

 ヴェイグ・デリンジャーは、味わうことなく葡萄酒を口に流し込み、気乗りのしない相棒からの誘いに片眉をしかめていた。
 便宜上試験≠ネどと謳っているが、これより行わねばならないのは釈明の余地もない虐殺だ。気が滅入るのも当然である。
 前回までに集まった試験者の人数は六十人あまり。今回は、さらにその人数が増しているはずだ。一夜にして八十人か、はたまた百人の命が刈り取られる。
 デリンジャーは、これを善しとは思えなかった。
 己のような業界の猛者が、場数を踏んでいない若人を手にかけて良いのか。
 なかば反復行為に近い形で、思考の合間に葡萄酒を口腔から体内に流し込む。片足が貧乏ゆすりで品のないタップを踏んだ。
 とどのつまり、〈狂公〉の気を削いでいる点はひとつであった。
 己自身のなすこと、かかわることが、楽しく喜ばしいか否かだ。今、この場で迫られている試験≠ヨの同行は、このどちらも欠落している。
 それゆえ、我が望みは道楽ばかりよと、言葉よりも態度で示さねばならない。
「急いだほうがいいと思うぞ、ヴェイグ」
「んーー? なんでよ?」
 食器を洗いながら話しかけてきたウェッソンに、駄々っ子のように返答する。
 店主の口唇に飾られた笑みからは、こちらを行動させる奥の手を忍ばせていることが予測されるが、まあいい。もうしばらくノンベェの芝居でも続けよう。
 アルコールによる酔いも手伝い、気楽に構えていたデリンジャーであったが、次なるウェッソンの言に、瞬時に素面となる。なぜなら彼の口からでた人物が、いうなれば蛙に対する蛇、蛇に対する蛞蝓のような人物であったためだ。
「今回の試験会場≠用意したのは、スミスの奴だぜ?」
「……!!」
 カウンター上で、硝子細工が壊れたとき特有の、乾いた音がする。
 狼狽した手から離れた酒器が、重力にしたがって落下したのだ。
「ス、スス、ス、スミスだぁっ!?」
「ああ。二度も言う必要はねぇだろ」
 したり顔でウェッソンは蒼に片目を瞑る。
 蒼は小さく相手に頭を垂れたあと、こちらに顔を向けた。
「まっ、待て! 今回の規模は何百……何万人だ? どれだけの人数で!?」
 何万というのはいくらなんでも誇張がすぎるが、二百人はくだらないだろう。相棒と力を合わせて計百人。そしてスミスが孤軍奮闘して打破百人。果たして、あとに残るは屍の山。そばに流れるは紅の河。
「あいつは場所を提供しただけだ。それ自体に参戦はしねぇよ」
「そっ、そうなの……?」
「あったりめぇよ、おれと奴さんはもう潮時だ。あとのことは全部、若いもんに任せるだけさね」
 デリンジャーは気圧されたような心地になり、押し黙った。
 落胆や焦燥に近いものを両の肩に担がされ、身体をやや俯かせる。
「なんだよ、おい。お前には吉報だろ? もう恐れる者はないってわけだ」
「そうだな。相棒としては困りものだが、こいつの枷は実質、消えてなくなったというわけだ」
 ウェッソンから振られた会話に、蒼は冗談まじりに応えた。
 それから腰をあげ、両手を前方に伸ばすと、こちらへと眼差しを向けてくる。
「さ、て。――行くか、ヴェイグ」
「……りょーかい」
 言葉に頷き返し、倣うように腰をあげたあと、服に付着したガラス片を払う。
 この姿は先刻までのノンベェでなければ、不満に唇を尖らせる青年でもなく、暗黒街にて爵位を授かるだけの強者の偉容である。
「ツケとくぜ、ヴェイグ。ま、気楽にな」
「アイサー、キャプテン。ちょいと行ってくるわ」


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