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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第78回 78


 バターナイフを使って器用もに削り取った乳脂肪分のかたまりを、オーブンで熱せられたロールパンに乗せたデリンジャーは、とろける様子を見つめながら、酒器を左手に口をはたらかせる。
「っでさぁ、例の物は見つけてくれた?」
 ウェッソンは差し向けられた水に、カウンター下から一対の刀剣を取り出し、デリンジャーの目の前に提示した。
 コンビを組んで仕事をこなしていたイカルス愛用の得物、リトル・ウィング。
 その試作品として作成された刃に映り込むは、ひとり残された〈狂公〉の姿。
「扱うには問題ないはずだ。おれにできる範囲で調子を診ておいた」
「スミスはノータッチか。彼女、まだご立腹なの?」
「……しゃあないだろ。あいつ、かまってちゃんだからな」
「かまってほしいなら、なんであんな場所に住んでるかな」
 デリンジャーが〈新神〉候補を見繕い、〈異名者〉たちがこれを了承したとき、スミスは自身だけに話がまわってこなかったことに、憤懣を爆発させたのだ。
 それからというもの、彼女はこちらから訪ねてみても、口を利いてくれない。露骨な無視と紫煙の猛威で取り次がず、何をしても機嫌を直してくれないのだ。
「使えるならいいんだけどさ。ウェッソンからも、彼女の機嫌をとってーよ?」
「スミスの機嫌を上向かせる方法なんてなぁ、スフィンクスの謎解きだろうが」
「好きな飯を奢るとか、花を贈るとか、寝る前に電話入れるとかってどうよ?」
「おれはカレシかよ。気色の悪りぃ」
 口に出しながら、効果は薄いだろうなと、デリンジャー自身も思った。
 いちばん効果が見込めそうなものは詫びを入れることであるが、スミス本人に聞く耳がないのではどうしようもないだろう。
「機嫌が悪いのも機嫌がいいのも、どっちもまいったな」
「おれたちの仲間に、最近、機嫌がいい奴なんていたか」
「……――蒼ちゃんだよ」
 リトル・ウィングの試作品を研磨するウェッソンに、苦々しい口調で応じる。
 無理に好調であることを示してくる相棒の不自然さに、大元締めは気がついていないのだろうか。
「ノッてるならいいだろ? どうして頭を抱えんだよ」
「はぁああ〜〜。表面しか見ないなぁ、私らの上司は」
 今に始まったことではないけれど、〈双神〉は感情の機微に疎い。
 それだけならまだしも、察知した場合にも適切なフォローができずに塩をすりこんだり、当事者の感情を逆撫でしてしまう話術の粗削りさまで持ち合わせる。
 スミスとウェッソンは、この街を成り立たせるうえで己自身の苦しみや痛みを自力で消化してきたのだろうが、そうしたことに手慣れていない人物だって少なからず業界にはいるのである。
 そういった若者たちの心を思いやる器の大きさを、これまでのあいだになぜ、持ち得ることができなかったのか。〈狂公〉デリンジャーには甚だ疑問だった。
「もちっと、いい上司になってくれよ、〈双神〉サマ。蒼もブリッツもニレオも、みんな大変な時なんだぜ。マ・ジ・で!」
 顔を出しそうになった仄暗さをしまい込み、受け取った双剣を衣に収める。
 新たな即戦力を組織に向かい入れるときは、我が身がソフトに打ち解けられるように心を配ればいいのだ。ブレイゾンシュタットの四方区画に割り振られた、管轄下を担当する〈異名者〉らの半数にも、声をかけるようにしてきたのだし、近隣国境との領土配分を命じられている六っつの〈双神〉下部組織においても、そうした気遣いをこれまでに幾度か行ってきた。
 安否不明、行方知れずの〈征覆者〉も紋章地区を担当するまえから、かかわりをもっていた相手のひとりだ。彼はほかと異なる文化人めいた雰囲気に違わず、詩を暗唱するかのような風変わりな文言をよく用いたけれども、だからといって嫌ったりするような気持ちは、まったく浮かんでこなかった。
 いつぞや声にだしたが、裏稼業人は同じ穴のムジナなのだ。ムジナとムジナの小競り合いや背比べに時間を割いている暇があるのなら、もっとこの街のために協力してできることがあるはず。
 そして、協力に求められるものは心の根っこがギュッ! と結ばれた交流だ。
 こうしたあらゆる行為は、業界全体が求むひとつの目的に帰結する。
 すなわち、〈新神〉二レオ・クレメンツの華々しい生誕に、である。
「考えておいてやる。ヴェイグ、蝋人形の館に向かえよ。うるさくて敵わねぇ」
「アイアイサー。この手土産、お坊ちゃんならきっと役立ててくれるだろうぜ」


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