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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第77回 77


   O.O.S.『No Problem?』

 フレアを感知した。
 途絶えていた聖性からの探索発信を受けたのは、十分ほど前。
 緋劉は、旋風をその身体にまといながら南住居区を疾走する。
 意識の空白が意味するは、昏倒。すなわちフレアの身の危険。
「どうして一人で動くかなぁっ、あの娘はっ!」
 自らとともに行動していたとしても、確実な安全などというものはない。
 けれど、それでもふたりならば危険を軽減することはできる。相互を助成することはできる。
 だいいち、そのためにフレアは我が身を幽界より呼び招いたはずなのだ。
 識神のなかから緋劉という個人を選択し、凶事に立ち向かおうとしたはずだ。
 だというのに、ここ一番で声をかけられなかったことに、緋劉の心には波風が立っていた。悔しくて仕方がない。腹立たしくて仕方がない。
 その気がなくば、最初から識神を召喚などしないでほしい。
「なんだか、ムカムカするなぁ……!」
 想像のなかで、なにを怒っているのかと、フレアが微笑する。
 いつもと変わらないとりすました顔で。優雅とすら感じる挙動にて。
 緋劉は己自身のうちにある彼女に、拳を握り締める。
 きっと彼女と己自身とは、ほかの召喚主と識神にくらべて、接している時間が倍以上に長いはずだ。それゆえフレアに対して緋劉は、実の家族と語らうような違和感のなさを、居心地の良さを感じていた。
 ビジネスライクな関係ではなく、心から向かい合った関係を育めていることを喜ばしく思い、仙術師にも傲慢さのない後進が現れているのが嬉しかった。
 グレイ・セイントのような温和で気が長く、集中力と忍耐力が備わり、物事に粘り強く取り組むことができる恋人がいることも、本心から祝福していたのだ。
 それなのに……なんなのだ、ことわりもなく別行動など!
「フレアのやつぅ! 助け出したら、怒鳴ってやるから!」
 発信源である建物を視界にとらえ、硬質な壁へと拳を叩きつける。
 一発。二発。三発。
 苛立ちのままに四発。五発。六発。
 最後に奇声を上げながら、飛び蹴りで外壁を突き破る。
 宙を滑空する要領で、言葉を交わす二名の中間地点に割り込んだ。
 拉致されたであろうフレアの前に着地し、彼女を護るように左腕を伸ばす。
「緋劉っ、来てくれたのね」
 フレアが喜色を声ににじませる。
 それはそうだろう。我ながら、今現在の戦法式・緋劉は、かなり恰好いい。
「グレイじゃなくて悪かったわね」
 冷淡に返事をするつもりが、いまいち棘のない声が出ていた。
 召喚主の言うことに毒気がないせいだ。このいい娘ちゃんめ。
「ううん。貴方が来てくれて、とても心強いわ」
「……ま、まあ? あなたがやられたら、あたしも現に居られないから。うん」
 あ――まずい。
 この流れは、胸裏の怒りがうやむやになるパターンだ。
 フレアの言の葉の数々が、いとも簡単に怒気を鎮める。
「ごめんなさい。私も迂闊ね。貴方のことも考えずに」
「いや、まあ、うん……。いいだけどさ、そんなこと」
 ああ。だめだ――これだめだ。怒れないわ。
 フレアは嬉しそうだし、嘘もついてなし、反省しているし。
 こちらの求めている言葉を、先にすべて言われてしまった。
 絶対に連れて帰ろう。それさえできたのなら、もういいや。
「その額の札――アンタ、識神かい」
 ドレス姿の女性が、片手で口元をさすりながら問いかけてくる。
 色気がありながらも聡明さを感じさせる独特の双眼に、戦法式・緋劉の容姿はどのように映っているのだろう。
「だったら文句あんの、人攫い」
「だから違うんだってばさ。アタシはそんなに悪人面かねぇ?」
 ドレス姿の女性は小さくかぶりを振り、人差し指と親指で頬を引っ張った。
 妖艶な美女。と呼称してもいい見てくれをしているものの、そこに悪の気配を漂わせていることもまた事実だ。
「しかし、識神にも女ってのはいたんだね。アタシは男しか見たことなくてさ」
 ……って、アレは識神とは別物だっけか。
 などと、常人には聞きとれそうもないほどの囁き声で、彼女は発言を続けた。
 どうやら、性質において識神と類縁した存在と顔なじみである様子。
「いろいろと詳しそうな雰囲気だけど、あなた誰?」
「一日に何度も自己紹介なんかしたかぁないよ。面倒くさい。それでなくても、アンタの召喚主にベラベラと喋って口が疲れているんだ。とっととお帰り」
 緋劉はドレス姿の女性の口にしたことに、フレアの表情をうかがった。
 相手から語られた説明は、我々にとって有益な内容であったかを問う。
「フレア。この人、そんなに物知り博士なの?」
「ええ。彼女の発言が本当であれば」
 完全に信用しているというわけではないのか、フレアの瞳がかすかに揺れる。
「緋劉。迦仙に戻って、トンファー老師に尋ねたいことがあるわ」
「トンファーに訊かなければ確認がとれないような話をしたの? ここで?」
 迦仙への案内を請われ、差し出された柔らかな右手を掴みながら、緋劉は眉をハの字にまげた。
 そこまで踏み込んだ話をしたのならば、あの女性も仙道を修めているのか?
 いいや。だとすれば単独で行動している意味がわからない。
 相手から聖性を練り込んだ仙力を感じとることもできない。
 つまり、彼女は一般的な普通の人間なのだ。
 では、いったい――と考えていると、おもむろにエントラスの扉が開かれた。
 そちら側から黄昏にまぎれて出現したのは、茶髪の青年である。誠実な人物であるらしく、手ぬかりなく肢体を包んだタキシードは着用者の清潔さと真面目な性分を余すことなく伝達させてくる。
 着衣の上からでも健全なる肉体美を連想させるボディライン。適度に発達したまるみのある肩から視線を移せば、責任感の強そうな眼差しに行き当たった。
「まだ、臨場したのは俺だけみたいだな」
 タキシードの男性はそう言うと、こちらを一瞥する。
 己の記憶を探り、面識はないものと判断したようだ。
「蒼。ちょうどいいところに顔を見せたじゃないか」
 ドレス姿の女性が、識神と仙術師を左右の手でどかし、タキシードの彼の元に歩みを進ませる。
「先んじて十分前から行動するのが世間の良識だろう」
「五分前じゃなかったかい? ま、どちらでもささいな差異だけれどね」
 微笑を浮かべ、ドレスの女性は返答した。
 美男美女の両者は、親しい間柄みたいだ。
「内装を見る限り、用意が済んでいないみたいだが?」
「そんなんはすぐ終わるからいいのさ。アタシには自慢の召使がいるんだよ」
 彼女が妙なことを言えば、彼は溜め息をついた。
 相手側の口にした意味は通じているみたいだけれど、それを歓迎しているようには思えない。
「アタシらが宴席を整えるあいだに、アンタ、この二人を送っておやりよ」
「なんだ。客人≠ナはなかったのか」
「客どころか、二人そろって小生意気な無礼者さね。若者に甘くなりすぎたね、まともな大人たちは」
 若者……というのは、言いえて妙なものだ。
 と、緋劉は眉と眉のあいだにひびをきざむ。
 目にする分には間違ってはいないが、順当に換算すれば、とんでもない大年増となるのが識神なのだから。
「そう思うなら、今からでも真っ当な大人とやらを目指したらどうだ、スミス」
「やだよアタシは。こんな歳になって生き方を変えられやしないだろうからね」
 こんな歳などと言うものの、彼女の年齢はそれでも三十代前半くらいだろう。むしろ旬ではなかろうか。女性が最も輝く年齢である。
「さぁっ、アタシにかまわず行った行った。迦仙の場所はわかってるだろ?」
「迦仙……とすると、彼女たちは」
 タキシードの男性――蒼と呼ばれていたか――は、こちらを眺め、得心する。
 前述のとおり、年の差はかなりあるけれど、かなり美丈夫だ。
「どこかで見た恰好だと思ったが、そういうことだったか」
「? 緋劉、この方と知り合いだったの?」
 フレアの尋ねることに首を横に振れば、蒼はわずかに唇をほころばせた。
「蒼劉という女性と、前に少しだけ話をした。何か聞いているんじゃないか?」


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