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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第76回 Memory3-3


   Memory3-3

 ペンギン型ピアスの男性客が満足のいく衣服を購入したあとも、メアリーは買い物の手を休めることはなかった。
 私のためと見立てられた衣類の数は、合計で十八着。これで当分のあいだは着るものに困ることはなさそうだ。
「出世払いを期待しておくわね、ストレイシープ。恩返し、してくれるでしょ?」
「この場合、『恩返し』という言葉に深い意味はないと受け取っていいのかな」
 念のために尋ねてみると、メアリーは会計を済ませようと衣類を移しつつ、声だけを送りつけてくる。
「言わんとしているほうは、わたしより男性陣のほうがやりたがると思うわ。狂公≠ネんか、そういうのに憧れているみたいよ」
「デリンジャーが、オレと?」
 東洋においては、弟子が師を超えて成長することを「恩返し」と称する。
 いずれ技量をはかる場を用意する心づもりでいるのならば、デリンジャーはどれほどに、こちらの伸びしろに期待してくれているのであろうか。
 そうまで熱を込めてくれているのであれば、ますます今夜の「逢魔の会」は、くだらない失敗がないように臨まなくてはならない。
「彼はあなたの才を伸ばしたくて仕方ないみたい。どうやって気に入られたの、ストレイシープ」
 店員とのやりとりをこなすことに並行して、メアリーは問いかけてくる。
 私としても、デリンジャーがこちらの素質を高く評価してくれている理由に、これといった心当たりはない。クイックサンドホテルでの昇降機で見せた態度を喜んではいたが、あれだけが理由というのは考えにくいように思える。
「きっとデリンジャーは、オレの本気を買ってくれたんだ」
「そして、わたしはあなたの服を買う。綺麗にオチがついたかしら」
「……それが言いたかっただけじゃないだろうね?」
「タイミングは狙っていたわよ? 言えてスッキリ」
 真面目に返答して、少しばかり損した気分だ。
 家に戻って着替える時間もかかるんだから、さっさと袋に詰めて店を出よう。
≪行ってしまうのかね。私ともささいな会話を愉しもうじゃないか≫
 ――!? なんだ!?
 いきなり頭に響く声。直接、脳に流れ込んでくる。
 私の頼みを聞いてくれたパイソンが、有力情報をもたらしてくれる状態にも類似した感覚だ。
 どこだ? 誰だ?
 どんな方法を使っているんだ?
≪君の精神はなかなかに混雑しているな。知性をはたらかせねば死するとでも言わんばかりだ≫
 こちらからの思念は送信することができないのか、声は己の意を垂れ流し、感嘆とも嘲笑ともつかない吐息を放つ。
 声の主が自分に何かをしたことで、これなる意思疎通がなされていることは疑いようもない。だとするのであれば、全身を検めることにより――
「!!」
 上着に包まれた右肩から鎖骨に下るようにして出てきた、私の変事の原因。そして念話の中継役。
 そいつは八本足の毒々しい色合いの蜘蛛だった。蜘蛛の眼が一度に私の顔を見上げ、首元に近づいてくる。
「……っ!」
≪そう嫌な顔をしないでくれ。この蜘蛛一匹を創り出すだけでも大変なんだ。見事な出来とは感じてもらえないかな?≫
 蜘蛛の再現率については、声の主がいうことに賛同できる。
 しかし、こんな物体を創る相手の気持ちなど理解できない。
 肌の上を這いずられるほうの立場になってほしいものだ。
「樹木で出来ているのか、この蜘蛛……」
≪そう。とびきり貴重な神木で作成した≫
「罰当たりなことしたね。感度は良好?」
≪いいな…………いや、君の話だ。この事態に狼狽しない姿が実にいい≫
 この木製の蜘蛛を通じた中継に、声の主は喜々とした口調になる。
 相手の声音はどこかで耳にした覚えがあるものの、何者かを言い当てるには、いささか材料不足だ。
≪互いに時間がない。要点を告げよう≫
 木製の蜘蛛が、鎖骨の溝にぶら下がる。
 あんまり動きまわるな。気持ちの悪い。
≪『逢魔の会』への参加、見送ってはくれないか? 今なら引き返せる≫
「引き返す? 馬鹿なことを言うな。オレは進む」
 誰が何を嗅ぎつけ話しているのか、定かではないが、命令される覚えはない。
 だいたい、そういうことなら自分自身が目の前までやってきて、事と次第を順序よく述べるべきである。
「こんなもの寄こさず、出てきてほしいな。少しは話をする気になるかも」
≪恐れ知らずだな。君の血族は皆、そのような気概にあふれていたのかね≫
「時間がないんだろ。どうするか決めなよ」
 クレメンツ少年は木製の蜘蛛を掴み上げ、わずかに力を込める。
 蜘蛛を壊してしまえば、念話の手段もなくなるはず。
 さて――相手の出方が見ものだ。
≪やめておくといい。ウクル・ストライフの二の舞になりたくはないだろう≫
 ウクル・ストライフ――
 武器倉庫で怪生物へと変化し、壮絶な最期を遂げた、あの被害者。
 相手は今、ウクルの二の舞になると自分に忠告をした。
 聞き間違いではあるまい。この至近距離で聴いたのだ。
 ということは…………ということは、こいつがッッ!!
「――ウクルを変化させたのも、間接的に父を絶命させたのも、アンタか」
≪私にも読みきれない事柄はある。君の父上に関しては、すまなかったな≫
 ふざけるな! そんな言葉で済ませられるわけがない!
 父は、このブレイゾンシュタットに必要な人間だった。
 この街の人々がもつ不安を和らげる、万能薬であったのだ。
「出てこい、卑怯者。八つ裂きにしてやる」
 感情を抑え、静穏な語気で口にする。
 店のなかで怪しまれてはいけない。冷静に対応しよう。
 声の主は、私の身体に蜘蛛を放てるほどそばにいる。敵を逃さないためには、まわりからの無用な干渉を排除したい。
≪そう言われてしまっては、出ていけなくなった。ならば、あえて隠れよう≫
「隠れるだ――ッ!?」
 発言とほぼ同時に、蜘蛛がこちらの右手の甲に乗った。
 蜘蛛はそのままクレメンツ少年の皮下にもぐると、腕に向かって上り詰める。
 予想外の行動。なおかつ、予測外の移動速度。二の腕まで登ってきたところを左手で抑え込むが、蜘蛛は力も強く、長くは止めていられない。
 ちくしょう。行動せざるを得ないか。
 すぐさま、私はメアリーが会計中のレジ方面に、両足で駆け出すこととする。
 タグを切り、ほつれなどを解決するための鋏が、レジの裁縫箱に入っている。
 さながら飢餓に苦しむ獣のごとく、店員と彼女の奇異の視線に射抜かれつつ、私は鋏を掴んで二の腕ごと、木製の蜘蛛を突き刺してやった。
「んぅあッ……!」
「ストレイシープ!? なにをしているの!?」
 女性は男性に比べて、脳からの指令伝達が速いということはないのだろうか。
 反射神経の俊敏性において、常に男性より勝っているような気がするのだが。
「くっ……蜘蛛が、身体を這っていたんだッ……」
「どんな重度の蜘蛛嫌いよっ!? そんな方法、普通はとらないでしょ!?」
 蜘蛛は嫌いではない。カニに似て、美味しそうに見えることもあるくらいだ。
 もっとも、鋏で腹部を貫かれてもがいているこの蜘蛛には、食欲はそそられそうもないけれど。
「メアリー……布と、それから針と糸を貰える?」
「えぇ? なんですって?」
「布とっ、針とっ、糸だよっっ!!」
「わっ、わかったわよ。借りるからじっとしているのよ、いいこと?」
 思惑の不発と右腕の激痛に、クレメンツ少年は声を荒らげてしまう。
 メアリーは弟子の様子に驚き、店員に用件を願い出てくれた。
 クレメンツ少年はレジを乗り越え、そちらの内側に座り込む。
「スト……、ストレイシープ。これでいいの? ほかは?」
「この高さのまま、布で傷口の上側を押さえてほしい。針と糸は、こっちに」
「どうするつもり? ……まさか、よね?」
「たぶん、そのまさかをやる。これからオレ自身が傷を縫うんだ」
 手順はわかっている。準備と環境は良いとは言えないけれど、やるしかない。
 医者の息子で感謝だ。父の息子で、感謝だ。
「逃げ足が速いな。気に入らない……」
 鋏を刺されていた蜘蛛は消えていた。仇敵の元にまで帰ったのだろう。


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