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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第75回 75


   O.O.S.『蝋人形の館』

 にぶく頭部に感じた痛み。それが気絶する直前の記憶だった。
 地面へと倒れ伏したこちらの様子を見おろして、何者かが言葉を残したような気もするけれど、その文言がいかがものであったか思い出せない。
「ここは、どこ?」
 フレア・ヂャミングは、横たわった身体を起こそうとして、見慣れない館内に疑問をつぶいた。
 豪奢といっていい高級感のある建築美。埃がひとつとして目につかない清掃の徹底されたエントランスには、ところどころに精巧な人形が鎮座している。
 なんだか不気味な館だ。
 こんな場所にいることに驚きと戸惑いを覚えながら、その場から起立する。
「おかしいわね。こんな場所に入った覚えはないけれど……」
 街を歩いていたところまでは、完璧に記憶している。
 街を脅かす愉快犯を探るために、グレイを見習い、行動を起こしていたのだ。愉快犯が発生させた瘴気を、呼び招いた識神・緋劉の小規模な結界に封じ込め、己自身で持ち運ぶことで、共鳴反応が示される地点を調査すべく。
 仙術を制御するフレアの聖性には、思念のゆがみを視覚化させるという効力が付加されている。こういった付加効力は個の霊魂が影響しているらしいのだが、この効力を活かして愉快犯の潜伏場所を特定するつもりでいたのである。
 しかし、この効力はそばに強力な聖性を保有する者がいると、その霊的波動に感覚を狂わされてしまう致命的な問題点があった。フレアがいくたびも道に迷う極度の方向音痴なのは、そういう理由である。
「一人で動くのは、勇み足だったかしら」
 緋劉のいる場所を、仙力をはたらかせて捜索する。彼女と大きく距離を隔てていないことから、ブレイゾンシュタットを出ていないことはわかった。
 この館を退出すれば、自身がどの区画にいるかを把握できるはずだ。
「目を覚ましたようだね」
 フレアの背後にある階段の上から、女性がこちらに話しかけてくる。
 薄緑のドレスに包まれたプロポーションは、ほどよい肉づきが官能的な隆起を生み、漂わせる雰囲気には艶やかさがにじんでいる。
「身構えなくていいよ。取って食おうってわけじゃない」
「貴方……誰なの?」
「〈魔銃のスミス〉。聞いたことないかい? 有名なつもりだけどねぇ」
 フレアもこの街の殺し屋たちについては、もちろん把握している。噂話だけで出会ったことはないが、この女性が〈双神〉の片割れだというのなら信じよう。そんな命知らずな虚偽を進んで言い放つ者はいないのだろうから。
「そんな大物が私になんのご用? そこまで話術に長けていないわ」
「話がしたくてアンタを館に入れたと思っているなら、とんだ勘違いだよ」
 スミスは胸元から煙草を一本取りだすと、銃器を模した着火器で火をつける。
「アタシは、倒れていたアンタを館に運んでやったのさ。お礼が聞きたいねぇ」
「私をここに運んだのが貴方なら、貴方は私を気絶させた犯人を見たわよね」
「――――生意気だね。仙術師には、礼をいう文化ってのはないのかい?」
 副流煙を誘発させつつ、スミスは当たり前のように言ってのける。
 目立たないように普段着で調査にあたっていたのに、こちらの素性の看破を、息を吸って吐くようにやってのけるとはたいしたものだ。
「アンタたちが、後からやってきたくせにデカい顔をしてるのは大目に見よう。けど、無礼者にはそれなりの対処をするよ? 急いで礼を述べたらどうだい?」
「犯人は見ていない――そういうことかしら? だったらお暇させてもらうわ」
 脅し文句というよりは、遊興の色合いの濃い瞳をさしむけてくるスミスへと、会話の大暴投を投げ込んだのち、フレアは一礼する。
「お待ちよ。アンタたち、どれくらい情報をつかんでいるんだい?」
「…………」
 スミスの言葉に後ろ髪をひかれ、去ろうとしていたフレアは振り返った。
 尋ねられているのは、例の愉快犯のことで間違いないだろう。
「殺し屋さんには、利用価値のない話だと思うのだけど」
「そうさねぇ。アタシが普通の殺し屋だったら、わざわざ気にかけない話だね」
「? どういう意味なの?」
 問いを返せば、彼女は煙草を階段の手すりにこすりつけ、にんまりと笑んだ。
「なんだい。アタシのご先祖様の伝聞を知らない世代かい、アンタは?」


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