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作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第74回 74


   Memory3-2

「似合うじゃない、ストレイシープ! こっちも買いね!」
 試着室から衣服を着替えて出てきたクレメンツ少年に、メアリーは興奮気味に歓声をあげた。
 衣類店への道すがら合流してから、上下を合わせて、かれこれ十着めにもなる衣装変更だ。私はすっかりメアリーの着せ替え人形にされてしまっている。
「そんなに買い込んでも、会食に着ていけるのはワンセットじゃない?」
「男性にとってもオシャレは大事でしょう? あなたにもらしい♀好をしていてもらわなくっちゃね」
 渡世人らしい恰好とはどんなものか、自分には想像することができなかった。一般人と差別化できるような装いをなすことは、互いの安全のために必要なことであろうが、なにもいっぺんに購入することはない気がする。
「男の子の服を買い求めるのも、予想以上に楽しいわね。けっこう悪くないわ」
「充分だよ、買い物は。遅刻しないように、会場に向かおう」
「せっかちはいけないわ。こちらのグラディウスのコートも試してみましょう」
「またコート……? さっきのは、ほつれてたけど?」
 クレメンツ少年の無知な発言に、メアリーは落胆の表情になる。
「ビンテージよ、ストレイシープ。色褪せた美しさというものがわからない?」
「不良品じゃなかったんだ、アレ。世間の流行はよくわからないね」
「まぁっ、嘆かわしい。若者が着飾らないでどうするのよ」
 またも一着の衣服を手に取って、彼女は内に合わせる肌着を選び始める。
 グラディウスという名前のブランドを気に入っているようで、購入が決定した衣類はほとんど大剣を象ったロゴが記されたものである。
「こうなってくると、履物も揃えたくなってくるわね。スクタムの革靴とかも、クールなデザインが素敵なのよ。それはもう、溜め息が出るくらいに」
 どれでもいいから早くしよう。
 私はそうした言葉を喉元までせり上がらせたが、どうにか呑み込んだ。
 彼女には口でも技でも勝てない。無謀な戦いはなるべく避けるべきだ。
「予行練習だと捉えると、この時間は本当に楽しいわ。妄想がはかどっちゃう」
 女性の言うことは、ときたまわからない。
 なにかしらの飛躍的な思考でもしているのだろう。
「絶対に女の子で決まり! って思ってたけど、男の子でもにぎやかになるわ」
「にぎやかって、なんのこと?」
「未来予想図2のこと。レパートリーはまだまだ無尽蔵に増えていく予定♪」
「……メアリー、妄想癖もちだったんだ」
「それのどこかいけない? あなたにだって、夢見ることくらいあるでしょ?」
 夢見る光景――ああ、確かにある。
 復讐の完遂。親友との再会。
 このふたつを果たした未来の姿が、クレメンツ少年の原動力なっている。
 いかなる障壁でも飛び越えていくための武器だ。
 過酷な運命を切り開くため懐にしのばせた鍵だ。
「夢は行動がともなわなければ無駄になる。オレは父からそう教わったよ」
「ええ、そうね。けど夢を心に抱いたり、声音に出すことにも意味はあるのよ。自分の夢を誇る気持ちは誰もが持たなくてはいけない」
「――――」
 私の夢想は、誇りにしていいような、公正なる大義を宿しているのだろうか。
 己と他者の価値観は当然ながら異なり、倫理や概念の理解においても多角的な見地というものがある。
「ことわっておくけれど、赤の他人は関係ないのよ、ストレイシープ。あなた、見た目よりも繊細なところがあるみたいだから、悩むこともあるかもしれない」
 メアリーは冗談めかしつつ、言葉を続ける。
「そういう心のときは、開き直ってしまいなさい。自己まん、逆ギレ、屁理屈、好きにしたらいいのよ。そうすることで整頓される思考もあるんだから」
「…………今のは、修道女っぽかったかもしれない。はっきり声に出されると、気持ちがいいものみたいだ」
 実際、私の胸は彼女の導きで軽くなっていた。
 これが神の教えを受けた者の精神の制御法か。
「『修道女っぽい』じゃなくて、修道女なのよ。少なくとも心は変わりないわ」
 やや機嫌を損ねたらしく、メアリーは眉根を寄せる。
「捨てられないものってあるじゃない。他者よりも影響力のある誰かの言葉は、いつまでも胸にとどまる」
 けれど、それを尊いと感じたのは自分のはずよね?
 そう言って、彼女は己を信じきった言動を紡いだ。
「大切に想える誰かであっても、そのすべてを一から十まで肯定してるわけではないもの。そのなかで点数表を作っている自分の感性が大事よ」
 彼女の言うことは、もっともだと感じた。
 妄信している者は実像を見ていない。相手の行いを善しとするも悪しとするも個人の尺度のはずである。
「父の全部をそのまま尊敬しているかといえば、それは違うからね」
「そうなってしまっては、自らを捨てさったも同じよ。ちゃんと考えなきゃ」
 選び抜いていく基準は個の趣向と主張。
 であるからこそ、世界には多様な人間がいる。
 例を挙げるなら、どれもこれも素晴らしいと感じ、たくさんの衣類を購入する人物もいれば、
「ダメだ、もっとビシッと恰好つけられるのないか? ビシィッと!!」
 購入する衣類のなかから、いちばん好みに合った品を発掘しようとする人物がいたりもする。
「お客様は、どれもとてもお似合いですよ?」
「セールストークはいいんだ。もっとビシッとしたのが欲しいんだって!」
 右隣の試着室にいる男性客は、店員に威勢のいい声を飛ばす。
 声の印象から予想するに、私より五、六歳は年上でありそうだ。男性は何かのアクセサリーを身体に着けているらしく、チャカチャカと金属がこすれる物音が鼓膜を揺さぶる。
「俺に働き口ができるかどうかが、ここで買った洋服で決まるんだ。多少は高額でもかまわないから、いい服を持ってきてくれよ」
 男性の顔が仕切りの先から、身を守っていた亀のごとく伸び出た。
 彼が鳴らしている金属音の正体は、両耳のペンギン型ピアスだったらしい。
「これから、面接か何かで?」
「ああ、飛び入りでね。強行突破が大好きなんだ。たまらなく昂ってるとこさ」
 男性は口元を笑みでかざり、私とメアリーに顔を向ける。
「うるさくさせたんなら、ごめんな。落ち着かないんだ、ドキドキしちまって」


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