小説&まんが投稿
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ロスト・ネーム 作者:鈴木翔太

第73回 O.O.S.『警告・忠告・お気の毒』 そのC


「こちらの方角だと思ったが……」
 クレメンツと別行動をとったパイソンは、裏路地に向けて歩を進めていた。
 衣類店を目指している途中、〈回収者〉からの目くばせを受けとったために、相手の追跡に専念すべく離脱したのだ。
〈回収者〉とは、紋章地区にて一戦まじえることとなった術者から負わされた痛手を診てもらって以来、身体機能の調整を行ってもらっていたので、この地でもちょくちょく顔を合わせている。
 任務よりも個人的な感情に左右された行動を優先していることは、〈回収者〉にしてみれば快く思えない姿勢であろうが、三年前に引き継がれた〈拘束者〉の指導を任されることになった〈回収者〉には、同種の消滅を避けようとする心理が強くはたらいているようだった。
「〈集約者〉。こっちだ」
 濃紺色のスーツを着込み、梟の描かれた首帯をきつく締めた〈回収者〉は、壁に寄りかかりながら、パイソンに声をかける。
 外見はパイソンを上回るほどに若く、前髪がかかった双眸は紫に澄んでいた。
「できるならば名で呼んでほしいものだ。味気がなさすぎるぞ?」
「役職名で呼んでおけば間違いはない。個人を記憶することは感傷につながる」
「ふぅむ。堪えたか。前任〈拘束者〉の消滅は」
 相手の意にそいながらも、意地の悪い言葉を〈回収者〉に返す。
 彼はこちらの言うことに小さく鼻を鳴らすと、上体を起こした。
「任務の妨げとなるリスクを最小限にとどめる。僕はそう考えたにすぎない。つまらない詮索はやめるんだな」
「それは失礼した。これでも心配りをしたつもりだったのだが、どうやら小生はそうした行為が得意ではないようだ」
 なるべく涼しい顔で返答することを心掛け、パイソンは言った。
 届けられた声音に〈回収者〉は腕を組んで、片眉を持ち上げる。
「人間との口約束を守り続け、任務を軽んじるおまえには理解できはしない」
「広義においては矛盾しておらぬだろう。人間を護るのが〈保護存在〉ぞ?」
「言葉遊びは趣味ではない――紹介したい相手がいる」
 彼は裏路地の奥に視線を移し、誰かを手招いた。陰影から日差しのなかへと踏み込んできたのは、小柄な人物だ。
「前任〈拘束者〉から役目を引き継いだ、現行〈拘束者〉。名はノーナだ」
 手短な説明に異議申し立てをはさむことなく、アニマルモチーフのパーカーを着用している彼女は、フードをはずしてパイソンを眼に映し込んだ。
「ノーナ? では、その娘が例の?」
 パイソンは耳にした名前を復唱して、確認のために質問する。
 だが〈回収者〉は詳細な説明はせず、返事は首肯のみとした。
「とてもこの娘が、そのような特別な者とは思えぬが――」
 やろうと思えば彼女の情報を集め、じかに把握することもできなくはない。
 しかし、きちんと紹介された人物に対して、それはいささかモラルに欠ける。
「〈集約者〉とあろうものが、視覚情報に頼るのか」
「不用意に能力を操作するわけにはいくまいよ。寿命が縮まるゆえ、な」
 役職名に表示されている〈保護存在〉の各能力には使用制限がある。能力を使用するごとに身体に劣化が生じ、消滅に近づくため、状況を見極めたうえで効力を発揮させねば存在を保てなくなってしまうのだ。
「おまえには関係ないだろう。すでに身体じゅうが蝕まれているんだからな」
「……おっと。あまり見くびらないでもらおう。我が身はまだまだ崩壊などはせぬ。あと二十数回の能力使用には耐えうるであろう」
「大蛇を名乗りながら、人間にそそのかされる。身体よりも精神が劣化したか。このまま任務を果たさず消滅を迎えるなど、本意ではないはずだ」
「では貴殿の本意はなんぞ? 人間を嫌いながら任務をこなすほうが奇妙なり」
 両者が言葉を交わすうちに、場の空気が徐々に剣呑になり始めた。
〈回収者〉の不快感を察したのだろうか。ノーナが彼の右腕に寄りそうように、わずかに間隔を狭める。
「ハル。怒っちゃ、やだ」
「怒ってなどはいない。僕はくだらない挑発に乗るような男じゃないからな。あと、ジャマダハルだと教えたはず。正確に覚えろ」
 だけど、ハル……。
 と、言葉を続けようとして、ノーナは彼からの眼差しに押し黙る。
 まるで幼い子供のような言動と態度。〈保護存在〉となる過程で、これまでの過去や経験を喪失したのかもしれない。
 特殊な経歴をもつノーナには、何が起きていても不思議ではない気がする。
「彼女のその様子は、初期不良のようなものと考えてよろしいか?」
「大筋それでかまわない。人間からの変換とはわけが違うということだ」
「――革命児=B願わくは、生来の威容を眼に収めたかったものだな」
 パイソンの言うことに、ノーナはどこか申し訳なさそうな表情になった。
 責め立てているわけではないので、そんな顔をされると胸が痛むのだけれど、口に出した台詞に偽りはない。
 二百年ちかく〈集約者〉の任に就きながらも、目の当たりにしたことのない伝説の威容。革命児≠フ情報を収集することがもしもできたならと、好奇の心情を今日まで持続させてきたが、人格の再編が始動しているようであれば、自我回復にはもうしばらく時間がかかるだろう。
「いまやノーナは〈保護存在〉の一人。そのような奇異の目で見るのはよせ」
「うむ。そうであるな。あくまでも同種として扱わねば」
 謝罪の意を込め、パイソンはノーナに軽く頭を垂れた。
 彼女はかぶりを振り、両手を少しだけ上に向かわせる。こちらの頭部を持ちあげたいのかもしれない。
「彼女は今後、〈拘束者〉として僕の任務に同行する。おまえにそれを報告せんがため、ここまで呼びつけたんだ」
「是認した。であれば仲睦まじく励むがよいぞ。あの女狐めが嫉妬に狂うほど、息の合った連携が成せるようにな」
 この発言には、〈回収者〉――ジャマダハルの頬がかすかに痙攣する。
 彼もあの人物のことは苦手としているようだ。
「〈抹消者〉には先に知らせ終えている。あいつの行動に利点があるとしたら、情報交換が手早く済むところだろう」
「女狐めは貴殿に惚の字であるからな。行く先々に出没するは心の臓に負担がかかろうが、是非とも貴殿にはあやつを上手く操縦してほしいものであるぞ」
「そうした役は、付き合いの長い者がするものだ。僕をあてにするんじゃない」
 にべもなく拒否する彼の隣では、ノーナが小首をかしげている。どうやら、ふたりから好意的な感情をもたれていない〈抹消者〉に、興味を引かれている様子だ。
「二人は〈抹消者〉のこと、好きじゃない?」
 ノーナの発言を受けて、パイソンとジャマダハルは口を噤む。
 あの人物は傍若無人がすぎるのだ。好きになれるはずがない。
 従者と呼べる相手を常にかたわらに侍らせているが、下知を遂行する従者も彼女を好いているかは判断に困るところである。あまりに無感情であるために。
「ノーナ。これは先輩としての助言だ。あの女狐とはかかわらぬに限る。快楽主義者でエゴイスト、いけ好かぬ人物であるでな」
「任務を軽んじているのはこいつもだが、〈抹消者〉は己自身の超常的な性質に配慮することなく、現世を騒がせる非常識な性格だ。好ましいはずがない」
 それぞれに言い聞かせられた彼女は、ゆっくりと瞬きをし、瞳をめぐらせて、唇をはたらかせる。
「じゃあ、わたしも〈抹消者〉には気をつける」
「それが良かろ。用心のため、あやつの特徴を教えてしんぜよう」
「特徴? 〈抹消者〉の?」
「然様。名前はケルシー。トレンチコートを着て、雨傘の従者を連れておる」
 情報を人相書に換え、ノーナに手渡した。内容を見つめ、相手の容姿を学習したノーナは、またも目蓋を開閉して、気だるげにも思える表情を浮かべる。
 任務をこなせるような状態にはとても思えないが、本当に彼女を実務に投入してしまっていいのだろうか。
「ノーナ、もう行こう。伝えなくてはならない者たちはまだいるんだ」
「うん。それじゃ……あ?」
 ジャマダハルに促された彼女は、別れを告げようとして、ふと言葉に困った。
 こちらの個人名を聞かされていないことに、遅れ気味に気がついたらしい。
「名乗り遅れるが小生の特技よな。ミドガル・ド・シュランゲと呼んでくれ」
「ミ……ド、シュ?」
「……? 長ったらしいようなら、パイソンでかまわぬが?」
「パイソン……。それなら、覚えられるかな」
 踵を返し、ジャマダハルに連れ添う形で、ノーナは別れの挨拶をする。
「さようなら、パイソン。またどこかで会えるといいね」
「うむ。またどこかで。そちらもまたな、〈回収者〉」
「調整が無事完了したとはいえ、無茶をするなよ〈集約者〉。任務に励め」
 背を向けて三人は裏路地を離れた。
 人知れず暗躍する〈保護存在〉。そのうち〈集約者〉の任を務めるパイソンが、ふたりと緩やかに会話をこなすのは、なんとこれが最後となるのであった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 小説&まんが投稿屋 トップページ
アクセス: 354